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果南(カナン)
2025-05-30 23:03:10
3441文字
Public
さめしし
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初めてが増えてゆく
さめしし。ワンドロのお題「パジャマ」「幸せ」で書きました。つき合って一年が過ぎて、夏が近づいてきたさめししのお話。これからも二人で、いろいろなことを積み重ねていく。
「獅子神、そろそろアレを出してほしい」
夕食を食べ終え、ソファーでくつろいでいた村雨が、そう言った。
オレが風呂を沸かしに行って、戻ってきて食器の後片付けをしながら、カウンター越しにあれこれ話していたところだった。暑くなってきたから掛布団薄いやつにしたぞ、とか、梅雨入りもそろそろか、湿気が鬱陶しいな、などと何気ない会話をしていたら、ふと何かを思いついたらしい村雨が、きらりと眼を光らせてオレを見たのだった。
「アレ、って
……
」
反射的に疑問形で応じながら、村雨の言いたい事を推測する。今は天気や気温の話をしていたところで、だからつまり
……
と考えていたら、オレが答えに辿り着いたのとほぼ同時に、村雨が大きなため息をついた。
「アレは、アレだ。そんなこともわからんのか、マヌケ」
「違ぇし! さすがにわかってるって!」
ぎりぎりだったけれど、と心の中でつけ足しながら、それでも虚勢は張っておく。やれやれ、という表情になる村雨にこれ以上小言を言われないうちに、急いで言葉を探して、話を続けた。
「
……
でも、アレってもう去年だいぶ使っただろ? 今年は今年で、新しいやつにしたほうがいいんじゃねぇの」
「必要ない。アレがいい」
村雨は即座に否定を放つと、少し口調を和らげてつけ加えた。
「傷んで穴でも開いてしまえば、勿論考えるが。今のところは、そんなことは無いだろう?」
「まあ、そうだけどさ」
「だったら頼む。ああ、当然だがあなたの分もだぞ」
「へーへー。りょーかい」
ちょうど洗い物も終わったので、オレは水を止めて手を拭くと、寝室に向かった。
クローゼットの中の、村雨の服を入れている抽斗を開ける。まだ手前に置いていた冬物をよけて、目的のやつを取り出した。
ネイビーブルーの麻混生地の、シンプルな無地のパジャマ。去年の夏に、オレが買ってきたやつだ。自分の買い替えのついでに何気なく一緒に買ったのだが、村雨はいたく気に入って、夏の間中どころか肌寒くなる頃まで、ウチに来るとこればかり着ていた。
畳んであるのをいったん広げて、状態を確かめる。新品の時に比べれば多少は色が落ちているけれど、ひどく傷んでいる箇所はなさそうだった。首元や袖口、肘や膝の部分なんかの擦れも許容範囲内だ。
パジャマを畳み直して、立ち上がる。隣の抽斗を開け、村雨に言われたように自分のぶんも取り出してから、重ねて一緒に持ってリビングへ戻った。
オレが抱えてきたものを見て、村雨は嬉しそうな顔になった。
「ちゃんと持って来たな」
「まあ、そーだろ。別に断るようなことでもねぇし」
「ならば何故、そのように恥ずかしがっている」
村雨がオレの眼を見て、にやりと笑う。途端に、抑えていた動揺が持ち上がって、顔が熱くなってきた。
「うっ
……
だって
……
」
オレが取り出してきたのは、二人分の夏物のパジャマ。
それは色違いで、同じデザインで
——
つまりはお揃いの、要するにペアルックなのだった。
「あなたが選んで、私たちのために買ってきてくれた品だ。それで私もいたく喜んでいるのだし、もっと堂々としていればいいだろう」
「そう言われると、かえって恥ずかしーんだよ! ったく、もう
……
」
浮かれていたのだ。村雨と、恋人同士としてつき合うようになって。
何気ない日常の中でも、何かにつけてコイツのことを思ってしまって。その度にドキドキして、ふわふわした気持ちになって。
こういうコトしたら喜ぶんじゃねえかな、って、ついあれこれと、今から思えばどうでもいいようなことまで考えてしまっていた。
もちろん村雨は喜んでくれたんだから、良かったんだけれど。
お揃いのパジャマを着て、オレのベッドで一緒に眠って。それが当たり前になっていくのが妙にこそばゆくて、そして不安だった。
こんなにも近くに寄り添う相手ができたことが、うまく信じられなかった。
今はもう慣れて、普通にこうして過ごしているけれど、諸々がぎこちなかった初期の事を思い出させられるのは、やっぱり恥ずかしい。村雨のほうはずっと平然としているから、なおさらだ。
そう思いながら村雨のほうを見たら、村雨もオレを見ていた。
視線が絡み合って、ふっと微笑まれる。
「私も同じだ、獅子神」
村雨はそう言うと、立ち上がってオレの腕を引いた。パジャマを抱えたままのオレをソファーに座らせてから、自分も隣に腰掛けてくる。
しなやかな指が、そっとオレの頬に触れた。
「家族以外で、こんなにも寄り添える相手に出逢えるとは思っていなかった。あなたが共に居てくれて、私は幸せだ」
「村雨
……
」
「まだ私と過ごすことに不慣れだったあなたが、そのパジャマを買ってきてくれた時、私がどれほど嬉しかったことか。あぁ、あなたも私のことをいろいろと思ってくれているのだと
……
私を自分の生活に入れてくれようとしているのだと、実感できて安心した」
そう語る村雨の声は、いつになく切々としたものが含まれていた。
「意外だな
……
オレ、お前はいっつも余裕たっぷりだから、こういうのも慣れてるんだろうと思って」
「そんなわけないだろう、マヌケ。これほどどうしようもなく好きになったのは、あなたが初めてなのだからな」
「
……
ハハっ」
力が抜けて、思わず笑った。
ムッとしたように睨んでくる深紅の瞳を見つめて、微笑み返す。頬に当てられていた手を握って、そっと唇を重ねた。
「ありがとう、村雨」
オレのことを好きになって、一緒に居てくれて。
オレはたくさんのモノを、お前から貰ってる。
初めてで上手くできなかったり、浮かれたり、おたおたしたり。そんな思い出したら恥ずかしいコトだって、ひとりじゃ絶対できないことだ。
お前とだから、できたこと。
「このパジャマだって、そうなんだよな」
膝の上に載せていた二人分のパジャマを改めて見遣ると、村雨がおかしそうに眼を細めた。
「大袈裟だな、たかがパジャマだ」
「そのパジャマに拘りまくってんのは、どこの誰だよ」
「もちろん私だ」
村雨が全く悪びれずに堂々と言うので、オレは苦笑するしかなかった。こんなコイツが可愛いんだから、もう仕方がないのだ。
「あーもう、ホントお前って
……
」
オレが笑っていると、村雨もパジャマに視線を遣ってから、改めてオレを見つめてきた。
深紅の瞳が、オレを底まで掬い取る。
「私がたかがパジャマ、と言ったのは、何もあなたの行為を軽んじてのことではない。あなたと私はこれからも、ひとりでは成し得ないことをたくさん経験していく。お揃いのパジャマは、あくまでその一端だということだ」
「
……
そっか」
「先は長いぞ、獅子神
……
だから、よろしく頼む」
「ん。こちらこそ、な」
どちらからともなくキスをして、そっと抱き合った。膝の上のパジャマが落ちかけて、慌てて片手で位置を戻す。
「でもこの調子で着まくってたら、布地が傷むのも早いぞ。今度、もう一着買いに行こうな」
「これと同じものがいい」
「いいケド
……
お前、アイツらと集まった時に着てたパジャマも、気に入ってただろ。あーゆーヤツじゃなくていいのか?」
「あれはあれ、これはこれだ。あなたと二人で過ごす時には、それに相応しい装いでいたい」
つまり、オレと同じやつがいいってコトなんだろう。じゃあオレがお前と同じチェックのパジャマ着てやるよ、って言ったらどうなるんだろうと思ったが、話がややこしくなりそうなので止めておいた。
一緒に買いに行った時に、尋ねてみればいい。
「ほら、そろそろ風呂沸くぞ。しっかりあったまれよ」
「あなたも一緒に」
「え⁉︎ んー
……
ま、いっか」
ちょっと驚いたけれど了承すると、村雨が嬉しそうに笑った。
頬が熱くなるのを感じながら、立ち上がる。自分のベージュのパジャマを抱え、ネイビーブルーのを村雨に渡した。
季節がひと廻りして、またこうして同じものを出してくること。
それを、お前と一緒に迎えられること。
こういうのを、幸せって言うんだろう。
これからもオレ達は、いくつもの初めてを体験して、それを当たり前のコトにしていく。小さなものから大きなものまで、幸せを積み重ねていく。
きっとそうだよな、と思いながら村雨を見つめたら、深紅の瞳が優しく笑って、当然だろう、と答えてくれた。
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