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果南(カナン)
2025-05-09 23:06:30
3979文字
Public
さめしし
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待ち焦がれた日
さめしし。ワンドロのお題「告白」「アイスクリーム」で書きました。つき合ってそれなりに時間が経った二人で、思いきってサプライズを仕掛けたししさんと、とにかくししさんが大好きなさめ先生です。
大切なあなたを、ずっと守り続けたい。
急に気温が上昇し、初夏の訪れも感じられるようになった、ある日の夜。
獅子神の家で夕食を終えた私の前には、アイスクリームが置かれていた。
大きなスプーンでざっくりと掬われ、ガラスの器に盛りつけられた、いちごアイス。ほんのりピンクに色づいて、ジャム状になった紅い果肉がふんだんに混ぜ込まれている。山盛りのアイスの頂上には小さなミントの葉が飾られていて、緑の葉との対比でいちごの紅がより美しく、芳しく輝いて見えた。
顔を近づけて、すんと匂いを嗅いでみる。ミントの爽やかな香り、煮詰めたいちごの甘い香りが突き抜けていったが、市販のアイスに一般的ないちごの香料の感じは乏しかった。
「香りが、違う」
私が呟くと、獅子神はテーブルの正面で椅子を引きながら、にっと笑った。
「これ、オレが作ったからな」
「そうなのか」
「まぁ、試作品ってトコだな。初めて作ったから、食感がイマイチかもしれねぇけど」
「初めて?」
思わず問い返すと、獅子神は頷いた。
「告白するとさ、実はアイスクリームって、自分で作ったこと無かったんだよな」
「
……
そうだったか?」
スプーンに伸ばした手を止めて、私は記憶を辿ってみた。確かに、市販の大きな容器をこの家で目にしたことはあっても、獅子神が作ったものは見たことも食べたこともない気がする。
「意外だな。あなたなら、大抵のものは作っていそうだが」
「アイスクリームって、作るのにすげぇ手間かかるからな。でも、味なら結局売ってるやつの方が美味いし、お前もアイツらも食うから量が要るだろ? だから、今まで作ろうって思わなかったんだよな」
それならば何故今になって、と思ったが、口には出さないでおいた。目の前に獅子神お手製の、素晴らしいいちごアイスがある。それが、この場の全てだ。
私はいただきます、と唱えてから、スプーンを持ち上げて、ぐっとアイスに差し入れた。大きく掬って、口へ運ぶ。
広がる冷たさとクリーミーさ、いちごの果肉の芳醇さ。甘さは控えめになっていたが、その分いちごらしい酸味も感じられて、味は申し分ない。舌触りは一瞬ざらっとするものの、こういうアイスクリームは今まで食べた中にも普通に存在する。つまり、市販のものと遜色ないと言ってよかった。
「
……
美味いな。流石だ」
「へへっ。よかったぜ」
テーブルの正面に座った獅子神は、得意げに白い歯を見せて笑った。
「試作と言っていたが、いちごの季節はもう終わりだろう。次に作る時はどうするのだ?」
「それなら問題ねぇよ。こないだ大量にイチゴ仕入れて、煮詰めてプリザーブにして冷凍したからな。この夏の間くらいは保つから、アイスにもソースにもできるぜ」
「ほぅ。ならば期待していよう」
私はいい気分で、いちごアイスを食べ進めた。これから暑い夏が来ても、獅子神がまた同じものを作って、私を癒してくれる。そう思うと、期待で胸は膨らむばかりだった。まったくもって私の恋人は、優しくて気遣いに溢れている。
きっと私は、自分で思うよりも浮かれていたのだろう。だから、獅子神の観察が疎かになっていた。
いつもなら気づくはずの、彼の緊張に気づけなかった。
幾度めかにアイスクリームに差し入れたスプーンの先が、明らかに皿ではない位置で。
かつん、と硬いものに当たるまで。
「?」
私が眉をひそめると、ぴくりと獅子神の肩も揺れた。視界の隅でも、私の眼は容易にその反応を捉える。
「獅子神」
私は顔を上げて、正面から獅子神を見つめた。
「
……
村雨」
薄青色の瞳が、気丈に見返してくる。多少緊張し、動揺も無くはないが、落ち着いた光だった。
「そのまま、進めてくれるか。間違いとかじゃねえから」
低い声でゆっくりと、獅子神は言った。
私を、しっかり見つめたままで。
「オレなりに、いろいろ考えたんだよ。だから、頼む」
とても真剣な眼と、声色。彼なりに大きな覚悟が込められているのが、見てとれた。
それに獅子神は、食べ物で私にくだらない悪戯を仕掛けるようなことはしない。ましてや私を害するような事などあるはずもないのだから、私はただ、これを受け止めればいいのだった。
「
……
わかった」
私は頷くと、スプーンを持ち直した。
先ほど硬い感触に当たった部分を狙って、縦にスプーンを突き立てる。かつん、と同じ手応えが得られたのを確認してから、ぐっとスプーンを捻って、残りのいちごアイスを割った。
溶けかけたアイスの中から、金属の輝きが現れる。
指で摘まみ上げてみると、細い輪っかの形をしていた。
「これは
……
」
指輪、だった。どう見ても。
シンプルな銀色で、中央にわずかに捩りの入ったデザインになっている。石は付いていなかったが、裏面を覗くと、砂粒ほどの紅い宝石が埋め込まれているのが見えた。
「獅子神。まさか」
視線を向けると、獅子神はあからさまに動揺した顔になった。
「あなたは、私に」
「あーそうだよ、それ以外にねーだろ! 恥ずかしいから今それ以上言うなって! オメーは外科医だから指につけたりはできねぇかもって思ったけど、でも休みの日もあるし、何ならペンダント用のチェーンもちゃんと買ってっから!」
「落ち着け、獅子神。大丈夫だから、そう喚くな。埒が明かん」
私は指輪を持って、立ち上がった。
キッチンに入り、流しで水を出して手と指輪を洗う。タオルで丁寧に水気を拭き取っていると、傍らに獅子神がやって来た。
「村雨」
差し出された手に、指輪を乗せる。
獅子神は少し緊張した顔で、それでも笑ってみせると、大きな手でそっと私の左手を掴んで、薬指に指輪を通してくれた。
銀色の細い輪が、吸いつくように指のつけ根に収まる。
支える獅子神の手が、あたたかかった。
「何故
……
こんな手の込んだマネを?」
「え?」
問いかけると、わずかに上ずった声が応じてきた。
「あなたの気持ちと意志は、大変嬉しい。いちごアイスも美味しかった。が、普通に渡してくれても、私は十分喜んだと思わないか」
「あー
……
それは、なぁ
……
」
獅子神は私から視線を逸らすと、指先でぽりぽりと自分の頬を掻いた。
「だって、さ
……
オレが普通にお前に指輪渡そうとしたら、絶対緊張するだろ。んで、お前はすぐにそれを見破って、追究しちまうだろ。そうしたらオレ、とても躱せねぇし。でも、アイス作って食ってもらえば、少しはお前の気も逸れるかなって」
「
……
」
「もちろん普通に渡したって、お前は喜んだとは思うけどさ。でも、それだといつも通りすぎるだろ。せっかくだから、驚かせてぇだろ。何かサプライズがあった方が、お前もいっそう嬉しい気持ちになるんじゃねぇかなって思って」
「獅子神
……
」
言い続けるうちに、獅子神の頬がぽわりと赤くなっていく。脈拍も上昇し、あちこちの筋が落ち着かなさげに収縮するのが見てとれた。
私は、両手を伸ばした。
やわらかな頬を包み、こちらを向かせる。少しこわばっている唇を優しく喰むようにしながら、口づけた。
「ありがとう、獅子神。十分に驚いたし、とても嬉しい」
美しい金髪を梳き、頭を抱き寄せながら囁く。
「そして、すまなかったな。あなたは素直で心が読みやすいし、私に言い当てられて照れる姿も格別に可愛らしい。だから、ついその様子を見たくなってしまうのだが」
「
……
それをわざわざオレに向かって言うのが、まぁオメーだよな」
「これからは気づいていたとしても、程々に控えて見ていることにしよう。私に心を読まれているのかと伺いつつ、緊張しながら話を切り出すあなたの姿も、また愛らしいものだからな」
「いや、だから! それを面と向かって言うなっつーの!」
声を荒げ、いっそう顔を赤くした獅子神を、私はしっかりと抱きしめた。
逞しく、あたたかい体。寛大な心。
溢れる向上心で強さを求めながらも、どこまでも素直で、優しさを失わない。
愛おしい獅子神。
すべて、私のものだ。
「明日、あなたの指輪も買いに行こう。私も自分の手で、あなたの指に嵌めてやりたい」
「
……
おぅ」
「その次は諸々の手続きと、式の相談だな。あぁ、海外でも構わないぞ。一生に一度の特別な祝い事だからな、有給くらい幾らでももぎ取ってくる。文句は言わせん」
「いや待てよ! 展開早すぎんだろ⁉︎」
「ここまで来たら、早いか遅いかだけの違いだ。ならば早い方が良いに決まっている」
私が堂々と言い切ると、獅子神はぱちぱちと眼を瞬かせてから、くしゃりと笑った。
「あーもう! ほんっとオメーは、そういうトコ引かねぇよなあ!」
「当然だ。私は、あなたを愛しているのだからな」
にまりと笑い返すと、獅子神も私を抱きしめてくれた。
厚い胸に顔を埋め、腕を回して鍛えられた背筋を撫でる。動かす自分の指に慣れない金属の感触があるのが、ふつふつと嬉しさを湧き起こさせた。その有り難みを改めて感じながら、ほぅっと長く息を吐く。
——
ようやく、ここまで来た。
一日も早く、正式に縁を結べば。
万が一あなたが倒れ、命を失うような事があっても、私が全てを守ることができる。
臨終ごっこの際に、私は医者として、死後の展開を説明してみせた。それが、あの時私に求められていた答えだったからだ。
だが、何処に居るとも知れぬ、あなたに愛を注がなかった親などに、私はあなたを踏み荒らさせはしない。他にどんな輩が現れたとて、あなたの築き上げてきた大切な全てを、何ひとつ奪わせたりするものか。
これは、あなたに告白することはない、私の決意。
獅子神。私はあなたの生死に関わらず、必ずあなたを守り抜く。
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