果南(カナン)
2025-05-02 23:06:00
3092文字
Public さめしし
 

勇気の一枚

さめしし。ワンドロのお題「真ん中」「書く」で書きました。絵葉書がきっかけで愛を確認しあう、らぶらぶなさめししのお話です。
どんなに些細なことでも、あなたが喜んでくれるのなら。



 リビングのテーブルの上に、絵葉書が置かれている。
 外の郵便受けから、園田が回収してきてくれたものだ。オレは料理中で手が離せなかったので、そこに置いておけと言って、そのままになっていた。
 観光地によくありそうな、整った写真の絵葉書だった。眼下に市街地が広がり、その向こうに狭い海と、それほど高くない山が写っている。特徴的なのはその山で、両側になだらかな裾野を引き、平たい山頂の一角からはもくもくとした噴煙を青空に向かって立ち昇らせているのだった。
 街のそばに、活火山。自分で訪れたことはないが、知ってはいる。
 今そこに居るはずの男が、行く前に教えてくれたからだ。
……何でまた」
 ひっくり返せば、真ん中にまっすぐ引かれた線の上に、ウチの住所とオレの名前が書いてある。きちんと「様」がつけられていて、宛名なんだから当然なのだが、それでも何となくこそばゆい。上端には速達を示す赤い帯線が塗られて、あまり見ない金額の切手が貼られていた。
 そして下半分の通信欄には、見慣れた文字が適度な間隔で並んでいた。少し癖があって独特の流れ方をする、でも読みやすい字。ボールペンではなく濃淡のつくインクで書かれていて、愛用の万年筆を使ったのが見てとれた。
「村雨」
 学会で出張に行っている、アイツからの葉書だった。差出人の記載を見るまでもない。
 でも、メッセージアプリでも電話でもなく、何で絵葉書なんだろう。
 リビングの真ん中に立ちつくしたままで、オレは村雨からの書面を読んだ。


 獅子神へ
  変わりないだろうか。こちらは快晴で、フライトも問題なかった。
  着いてすぐに、これを書いている。うまくいけば私が帰り着くより先に、あなたの手元に届
 くだろう。
  あなたを直に見て、話して、触れるのが勿論至上だが、こうして旅先から手紙を書くという
 のもなかなか悪くない。離れていても、あなたを強く感じることができる。
  夕食は同期と薩摩名物の店に行く予定だが、もうあなたの料理が恋しい。帰ったらまっすぐ
 に向かうから、よろしく頼む。
  それでは、くれぐれも無茶をしないように。夜空にたなびく白い噴煙を見ながら、私はあな
 たを想っている。
                                     村雨


……っ」
 読み終えた時には、すっかり顔が火照っていた。たいして長い文面でもないのだけれど。
「アイツ……これ、葉書だぞ? 何の封もねぇのに……ったく、もう」
 葉書を持ってきてくれた時の園田が、微妙にぎこちなかったのも納得だ。人の手紙を盗み見るような奴じゃないが、見えてしまったら仕方がない。その中身がコレだったら、確かにどんな顔をしたらいいか分からないだろう。
 村雨が悪い。
……何が悪い? 私は思ったとおりに、私の心を伝えているだけだ。恥ずかしいことなど全く無いな』
 堂々と言い放つ声が聞こえた気がして、苦笑した。
「そーだよな。お前は、そういう奴だよ」
 強くて、自分に自信があって。
 まっすぐに想いを告げることをためらわない。

 でも、それが嬉しくて。
 いつだって、オレの心を温かくしてくれているから。

「オレも、ちょっと頑張らないとだよな……
 しばらくそうして、リビングの真ん中に佇んだまま、オレは村雨が送ってくれた絵葉書を眺めていた。
 遠い西南の空の下から、やってきた絵葉書。その表と裏を何度も返して眺めているうちに、ふとあることを思い出す。
 前に村雨と小旅行をした時に、自分が言ったことだった。
……あれか」
 たぶん、それが原因——というか、きっかけだ。この絵葉書の。
「律儀だなぁ、アイツ」
 オレは本当に、何気なく言っただけだったのに。村雨はしっかり覚えていたのだろう。
 些細なこと、いつ果たせるかわからないことでも。
 機会があれば、逃さず捉えられるように。
「ホント、凄ぇヤツだよ。お前は」
 どさりとソファーに腰を下ろして、背もたれに体を預ける。じわりと眼の奥が熱くなるのを感じながら、もう一度絵葉書を眺めて、つかの間まぶたを閉じた。

   *   *   *   *   *

 その日の夜に、村雨はオレの家に帰ってきた。
 ただいま、おかえり、と挨拶を交わして、村雨はソファーのいつもの位置に体を落ち着ける。ローテーブルの上に絵葉書が置いてあるのを見て、にやりと笑った。
「無事に届いたようだな」
「あぁ。ありがとな」
 オレは頷きながら、村雨の隣に座った。
 そのまま体を寄せて、両腕を伸ばす。まだジャケットを着たままの体を、しっかりと抱きしめた。
「獅子神」
……ありがとな、村雨」
 感謝の言葉を繰り返して、やわらかい頬にキスをする。顔が赤くなっているのが見えないように——バレているとしても、直接見られるとやっぱり恥ずかしさが違うのだ——村雨の首元に顔を埋めるようにして囁いた。
「お前、覚えててくれたんだろ。前にオレが、絵葉書とか誰からも貰ったことねぇよ、って言ったのをさ」
 ふっ、と村雨が笑ったのがわかった。
……そうだな」
「ンなこと、気にしなくてよかったのに。オレ、ホントに何気なく言っただけで」
「だが、忘れ難かった」
 村雨の手が、そっとオレの背中を撫でた。
「些細なことでも、私にできることがあるなら……あなたの心のつかえを一つでも取り除けるなら、そうしたかった。迷惑だったか?」
「そんなワケないだろ」
 オレは顔を起こすと、正面から村雨を見つめた。
「すっげえ、嬉しかった。ていうか、ちょっと泣いたし」
「そうか」
「お前がオレのこと考えてくれてるのが、よくわかったし。好きでいてくれるの、本当にありがてぇなって思った。だからオレも、ちゃんと伝えなくちゃって思って」
 言いながら、自分の顔がどんどん熱くなってくる。でも、ここは恥ずかしがってる場合じゃないトコだった。
 村雨が、愉快そうに眼を細めてくる。
「どうした、獅子神。今日のあなたは、随分と素直だな」
「茶化すなって。オレ、これでも結構いっぱいいっぱいなんだぜ」
「わかっている。すまなかった」
 背中を撫でていた手が、するりと頬を包んだ。
 しなやかな指先が優しく耳朶を挟んできて、髪を梳く。オレが堅くなっているのをほぐすように、軽く唇を重ねられて微笑まれた。
 いつでもいいぞ、と紅い瞳が言っているのがわかった。
 そんなに堂々と待ち構えられたら、かえって緊張してしまう。でも、まあ仕方ないんだろう。これが、村雨なんだから。
……村雨」
 今度はオレからキスをして、微笑み返した。
「オレも、お前のこと大好き。愛してる。だから、ずっとオレの傍にいて、オレのこと好きでいてくれよな」
「当たり前だろう。あなたこそ、その言葉を決して違えるな」
 即座に、自信たっぷりの言葉が返ってくる。
 笑みを含んだ、嬉しそうな声で。
「あーもう! ほんっと、お前はそーだよなぁ!」 
 オレがすっげぇ緊張して、恥ずかしいのを抑えて言ってるのに。あっさり当然のように返しやがって。
 でも、喜んでるのはわかるし。
 そんなところも、大好きだから。
「すぐに、晩メシの支度するからな。おとなしく待ってろよ」
「ありがとう。楽しみだ」
 ふわりと顔を綻ばせた村雨が、ねだるようにまたキスを仕掛けてくる。オレはその唇に応えながら改めて、心の真ん中にこいつがいる幸せをしっかりと噛みしめたのだった。