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果南(カナン)
2025-04-25 21:38:24
4564文字
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さめしし
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果ての先へ
さめしし。ワンドロのお題「遺伝子」「落し物」で書きました。ピロートークするさめししで、愛は揺らぐはずもないけれど、真面目ゆえにふと心配になったさめ先生のお話。
かけがえのない、決して手放したくないあなただから。
高く声を上げて、獅子神が達した。
「あぁっ
……
!!」
放たれる熱。飛び散る白。
がくがくと震える体躯を縋るように抱きしめながら、私もありったけの熱を叩き出す。何ものにも代え難い解放感と充足感を、全身の隅々まで、余すところなく行き渡らせながら。
「くっ、ぁ
……
獅子神
……
っ」
「むらさめぇ
……
」
名前を呼び、キスを交わしながら、満ち足りた幸福感に浸る。とぷりと甘い、蜜のようなひと時。いつもどおりの。
——
なのに、どうしてそんなことを思ってしまったのか。
獅子神の腹に点々と飛んだ、白い雫。正しく減数分裂を終え、然るべき部位に貯め込まれていたそれは、本来は定められた遺伝子情報を運ぶために存在するものだ。
私の愛する獅子神の、美しい金の髪、澄んだ薄青色の瞳。逞しい骨格や、健やかな内臓。その全ての元となった染色体が、この白濁に詰まっている。
だが、己が欲に任せて私が放たせたそれは、何処にも届くことはない。この先に繋がっていく、生命にはなり得ない。
勿論、行為によって私たちは深く満たされる。が、それだけといえば、そうなのだ。
この点について獅子神と話し合ったことがない、という事実も、急速に生まれた私の不安を煽った。私を選んでくれた以上尋ねるまでもないと思っていたが、本当にそれで良かったのだろうか。
獅子神の素晴らしい遺伝子は、言うまでもなく獅子神のものだ。
しかし私の愛は、それを無為に失わせているだけではないだろうか?
「村雨
……
?」
何をどう思ったのか、獅子神が手を伸ばしてきた。まだ上気している頬が震え、濡れた薄青色の瞳が心配そうに私を見つめる。
「大丈夫だ
……
獅子神」
ぎこちなく微笑みを返し、熱くて大きな手を自分の頬に押し当てる。しかし、一度心に巣食ってしまった考えを払拭するのは至難の業で、私は深くため息をついた。
互いに体を拭き、寝具を整え、獅子神と並んでシーツと布団の間に潜り込んでからも、私の気持ちは晴れなかった。二人分のパジャマはまだ床の上に放り出されたままで、肩口には張りのある獅子神の肌が直接触れている。もっと体を寄せてその体温を享受したいのは山々だったが、先ほどの思考があてどもなく脳内を駆け巡って、私を躊躇わせていた。
状況が状況なだけに、心を隠すこともしていなかったので、私が浮かない表情になってしまっているのは獅子神も分かっていたらしい。しばらく思案顔になっていたが、思い切ったようにこちらを向いて口火を切ってきた。
「なぁ、村雨。どっか具合でも悪いのか? 終わった後から、なんか変だぞ?」
獅子神の口調に苛立ったところは少しも無く、純粋に私のことを心配してくれているのがよく伝わってきた。相変わらずこの男は寛大で、優しすぎるほどに優しい。
「ひょっとして、オレが何かダメだったか? オレ自身はいつもどおりっつーか、むしろヨかったくらいだったンだけど
……
」
「いや、あなたに問題があるのではない」
私は首を横に振った。そこはしっかりと否定しておかなくてはならない。
「あなたは最高だ、獅子神。今日も色気と淫らさが素晴らしかったし、おかげで大変興奮した」
「
……
なら、いいけどよ」
獅子神が頬を赤くして、落ち着かなさげに視線を彷徨わせる。
でもすぐに気持ちを切り替えたらしく、しっかりと私を見て尋ねてきた。
「だったら、いったいどうしたんだ? 話せることなら話してくれよ、心配すんだろ」
「そうだな
……
」
獅子神のための模索のはずなのに、獅子神の不安を増すのでは本末転倒だ。何処から話すべきか、話の糸口を素早く組み立てながら、私はおもむろに口を開いた。
「私は、生涯あなたを手放す気などないが」
「
……
おぅ」
「しかしそれでは、あなたは決して子を成せないということになる。本当に、それでいいのだろうかと
……
考えていた」
「村雨、それは」
獅子神が眼の光を強め、早口で何かを言いかける。が、私は視線でそれを制して、先に話を続けた。
「あなたの美しい金の髪、澄んだ空色の青の瞳。鍛錬に耐え、逞しく頑健に育つ素養を持つ体。そんな全てを兼ね備えた遺伝子が、この世から失われる。何より、あなたの寛大な愛で包まれ、その優しく気高い心を受け継いでいく子が発生しないということになってしまう。それを私のエゴひとつで決めてしまって良いのだろうかと、ふと思ってしまったのだ」
「オメーが勝手に決めたわけじゃねーだろ。オレだってお前のことが好きで、一緒に居たいと思ってるからこうしてるんだろ」
「
……
そうだな。すまない」
そこは獅子神の言う通りだったので、私は素直に謝った。
ふっ、と鼻息を漏らして、獅子神が挑むように私を見つめてくる。
「そんなこと言うなら
……
お前こそ、どうなんだよ」
「何がだ」
「フツーに結婚して家庭持って、て考えたことねぇのかよ。ちゃんとした家に育って、前途洋々たるお医者様やってんだから、言い寄ってくる女も見合い話も事欠かないんじゃねーの」
ぎらりと閃く眼が、剣呑な光を浮かび上がらせる。が、表面だけの威嚇なのはすぐに分かったので、私は肩をすくめただけでさらりと言い返した。
「愚問だな。例えそうだとしても、あなた以上に愛する相手などいるわけがない」
「う
……
」
「ちなみに私の実家の事を心配しているなら、それも不要だ。両親は思慮深く、分別があり、私の選んだあなたを変な色眼鏡で見るような人たちではない。孫の有無という点でも、既に兄の子たちがいるから問題ないぞ」
「一希さんのお子さんたちがいても、お前の子供はまた別だろ。多ければ多い方がいいんじゃねぇの、孫って」
お前の子供、といった瞬間、露骨に獅子神の表情筋が歪んだ。
自分で言って、自分でダメージを受ける。そんなところも愛おしいといえばそうだが、今は獅子神を苦しめるためにこんな会話をしているわけではない。
私は小さく息を吐いて、なるべく穏やかに言葉を継いだ。
「
……
私は、親になれるような人間ではないからな。ひとの子の親としてふさわしいのは、あなたや兄のような人間のことを言うのだ」
「オレだって、そんなご大層なモンじゃねーよ。買い被りすぎだ、村雨」
そう言うと獅子神は、ごろりと体を離して仰向けになった。
右手でぐしゃりと前髪をかき上げてから、顔を覆う。青い瞳が見えなくなり、乾きかけた唇だけが苦しげに言葉を紡いだ。
「お前だって、わかってんだろ。賭場のこととか、試合で人を殺しちまってるとか、それだけじゃねぇ
……
」
獅子神は絞り出すように言って、言葉を途切れさせた。
それでも、あなたの心根は歪まない。
それこそがあなたの尊い人間性だと言いたかったが、私は待った。
今は、獅子神の話を聴かねばならない。何か深いところからの勘のようなものが、そう私に告げていた。
「オレのこの髪の色も、瞳の色も、普通の日本人にしちゃあり得ねぇだろ。実際オレだって、オレのルーツがわからねぇ。何処から来たかもわからない、誰も拾いに来ない落し物のような遺伝子なんだよ。そんなもの
……
受け継がせたら、可哀想だろ」
言葉を吐ききって、唇がきゅっと結ばれる。顔に置かれた右手に力が籠もり、鍛えられた体がぶるっと震えたのが見て取れた。
「獅子神
……
」
私はただ、彼の名を呼ぶことしかできなかった。正直、獅子神がそこまで言いだすとは思っていなかったのだ。
獅子神は顔にのせていた手を退けると、ゆっくりとこちらを向いた。
口元に微笑みを浮かべ、遠くを見るような目つきで喋り出す。
「小学校とかでさ、時々あっただろ。校内でたまった落し物を集めて、体育館かどっかに並べて置いてあるやつ。誰かが落として手元から無くなってるはずなのに、誰も取りに来なくて
……
あれを見るたびに、オレもこんなもんなんだろうな、って思ってた。いつの間にか無くなっても、誰も困らないヤツなんだって」
そう語る獅子神の瞳は、しかし昏い光を浮かべてはいなかった。
彼の中でこれは、もう当たり前として処理されていることなのだった。勿論当時は、悲しみも憤りも溢れるほどにあっただろう。でも、もう慣れてしまって、ある意味麻痺してしまっている。だからこんなにも、淡々と語る。
私が家族に支えられ、それが普通と思って育ってきた子供時代の間に、獅子神は圧倒的な孤独を通り抜けて、自分一人の力で今を掴んでいる。
そのどうしようもない差異を思って、今更ながらに胸の奥がじくじくと疼いた。
しかし、自身が恵まれているという事実を謙遜してみせたところで、何もならないのだった。
私は、私のやり方で、獅子神に誠意をもって伝えるしかない。
愛していると
——
あなたは私にとってかけがえがなく、最高なのだと。
「そんなことはない、獅子神」
私は両手を伸ばして、そっと獅子神の頬を包み込んだ。
薄青色の瞳を間近で見つめながら、ゆっくりと語りかける。
「あなたは誰かの、顧みられもしない落し物などではない。私にとってただ一人の、大切な恋人であり伴侶だ。私は生涯、あなたを離さない」
「
……
村雨」
「それでもあなたが過去の光景を辛く思い出すなら、こう考えればいい。誰もあなたを拾いに来なかったのではない。それはただ、私と出逢う時を待っていただけなのだ、と」
「は
……
」
獅子神が、美しい青い瞳を丸くする。
それから堪えきれなかったように、ぷっと吹き出した。
「オメー、ほんと
……
よく真顔でそーゆーこと言えるよなぁ!」
次第に笑顔が屈託の無いものになっていって、本当に可笑しそうに、目尻に涙が溜まり始める。それで私も嬉しくなって、ふんと胸を張ってみせた。
「本気で思ったままを言っているだけだ。恥じることなど何も無いな」
「へーへー。そういうトコだよ、まったく」
苦笑しながら獅子神は、ぐいっと私を抱きしめてきた。ちゅっと重ねられた唇を受け、すり寄せられた頬を堪能する。
それから吐息が耳にかかり、たっぷりと色艶を含ませた声が囁いた。
「
……
で、どうするよ。もう一回ヤる?」
「是非そうしたい」
「もうオレの遺伝子が無為に失われてるとか、そんな心配すんなよ。お前がそういう気持ちで見てると思ったら、出しづれぇだろ。イくにイけねぇって」
「それは困るな。あなたにも存分に気持ち良くなってもらわなくては、意味が無い」
「だったら」
「わかった。獅子神
……
」
逞しい体を抱きしめて、首筋に顔をうずめた。とく、とく、と確かな頚動脈の拍動が伝わってくる。温かい血液の流れ。命の証。
「愛している。私は決して、あなたを手放したりはしない。もしあなたが離れてしまったとしても、どこまでも探しに行く。そして必ず、取り返す」
くっくっ、と獅子神が笑った。嬉しそうな振動が、体の奥から伝わってくる。
「ったく、怖ぇよなぁ
……
でもオレもだよ、村雨」
低く、やわらかく声が返ってきた。大きな手が、私の背中を包んでくれる。
そうして高まる熱のままに、私たちはまた、互いの中に溶け合っていった。
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