果南(カナン)
2025-04-04 23:01:20
4425文字
Public さめしし
 

変わりゆく道

さめしし。ワンドロのお題「ライオン」「推し」で書きました。かずにき一家公認のつき合っているさめししで、姪っ子ちゃんに好かれて戸惑うししさんと、微笑ましく見守るさめ先生のお話です。
変われたからこそ、今抱ける想いがある。




「獅子神。あなたに、これを」
 その晩やってきた村雨は、ソファーの定位置に落ち着くなり、小さな包みを取り出した。
「え、何だ?」
 先にコーヒーを淹れていたオレは、まずキッチンから顔だけを向けて、村雨の手元を確かめた。ありふれた赤いギンガムチェックの小さな紙袋で、袋の口が折り返され、金色のシールが貼られている。簡易的な包装で、どこかの雑貨屋でちょっとした小物でも買ったか、あるいは素のままで渡すのを遠慮して自分で袋に入れたかのように見えた。つまり、村雨らしくはない。
「お前から、じゃねえよな」
 念のため確かめると、村雨はこくりと頷いた。
「そうだな。姪からだ」
「へ?」
「今日は、兄のところへ寄ってくると言っただろう。その際に、預かってきた」
……オレに?」
「そうだ」
 村雨は頷くと、ギンガムチェックの紙袋をソファーのローテーブルに置いた。
 いいから開けてみろ、と視線が雄弁に語っている。オレはちょっと頭が混乱しながらも、何とかコーヒーを無事に落としきって、ソファーへ運んでいった。カップを村雨の前に置いて、立ったままで紙袋を手に取る。
 金色のシールを剥がして開けてみると、中には透明のフィルムパックに包まれて、何やら黄色いものが入っていた。取り出して、フィルムも開けてみる。
 ちゃり、と小さな金具の鳴る音がして、ふさふさとした毛糸の感触が手に触れた。作りものの、つぶらな黒い眼がこちらを向く。
——ライオン?」
 それは手のひらに乗るほどの、小さなライオンのぬいぐるみだった。キーホルダーになっていて、頭の上に金色の輪の金具が繋がっている。ぬいぐるみといっても極端にデフォルメした丸っこい形ではなく、ちゃんとライオンが前足を揃えて、正面を向いて座っている姿をしていた。顔の周りにはざらっとした手触りの毛糸で、ふさふさとした立派な鬣がついている。そのせいで、顔立ちはマスコットらしく可愛いのに、どこかしっかりとした威厳を漂わせていた。
「どうしたんだよ、これ」
 思わず口に出して言うと、村雨はカップを持ち上げながら淡々と答えた。
「兄一家で、サーカスを見に行ったそうだ。その土産屋で姪がこれを気に入って、どうしてもあなたに贈りたいと」
「サーカス?」
 確かによく見てみれば、ライオンの尻尾のつけ根のあたりに小さな赤いタグがあった。国内の有名なサーカス団の名前が記されて、きちんと縫い付けられている。
 成り行きはまあ、そういうことなんだろう。だけど、まだ疑問が晴れたわけじゃない。
「でも……何で、オレに?」
「獅子神、だからだろう」
 村雨はコーヒーを飲む手も止めず、何事もないようにそう言った。
「は?」
「あなたの名前になぞらえた贈り物ということだ。安直と言えばそうだが、子供が精いっぱい考えたと思えば、微笑ましいものだな。あぁ、自分もお揃いにしたいからと、同じものをねだって買ってもらったそうだぞ。お気に入りの鞄につけたと言っていた」
「えっ? いや、ちょっと待て! 村雨、えぇっと」
 一気に話が理解の範疇を超えてきて、オレは焦った。
 このライオンのキーホルダーを、一希さんの娘さんが、オレにくれると言って。それで、自分もお揃いで鞄につけていて。
 つまり。それは。
 オレが慌てているのが、よほど可笑しかったのだろう。村雨はにやりと笑うと、楽しげにオレを見上げてきた。
「そういうことだ。ずいぶんと好かれたな、獅子神」
……!」
 オレは片手にライオンのキーホルダーをぶら下げたまま、茫然と立ち尽くした。
 確かに、やたらと懐かれているなぁとは思ったのだ。村雨と一緒に遊びに行った時にも、ずっと隣に来ては『獅子神のお兄ちゃん!』と話しかけてきて、あれこれオレのことを尋ねてきていたし、ウチに遊びに来たいとも言っていた(さすがにオレも一希さんも丁重に止めた)。が、相手は小学生。普通に子供に接するように優しくしていれば、それで大丈夫だと思っていた。
「まぁ小学生とは言っても、女子の成長は心身共に早い。あなたのように見目麗しい男性が現れて、優しく接してくれれば、好きになってしまうのも無理はないな」
 いつも通りに的確にオレの心を読んで、さらさらと村雨が言ってくる。オレが力無く視線を返すと、口元をさらに持ち上げてつけ加えてきた。
「先日、兄の家であなたと一緒に撮った写真を、子供用携帯のロック画面に大切に設定していたぞ。塾で友達に見せたりしているらしいから、今で言う『推し』を自慢している感じに近いのではないか? ああ、でも大きくなったら、あなたのお嫁さんになりたいとも言っていたな」
「やめてくれよ、お前オレが困るのが面白くて、わざと言ってるだろ」
「そうだな」
 くつくつと肩を小さく揺らして、村雨が笑う。その様子を見るに、村雨自身は怒っていないようだったが、だからといって気が晴れるわけでもなかった。
 オレが本心から頭を抱えていると、やがて村雨は笑うのをやめて、すっと真面目な顔に戻った。手にしたままのコーヒーをひと口飲んで、改めて立ったままのオレを見上げてくる。
 深紅の瞳が、さっとオレの全体を『見た』のがわかった。
……別に、そう深刻に考える必要はない。あなたと兄一家の仲が良いのは私にとって大変喜ばしいことだし、兄貴も間違いなくそう思っている。もう会いに行かないほうがいいんじゃないか、などとマヌケなことを考える必要は一切無いぞ」
「う……
 まさにそれを考えかけていたところだったので、鋭く先手を打たれて、オレは肩を落とすしかなかった。
「年頃の子供が、アイドルやら何やらに憧れて好きになるのは、よくあることだろう。その対象が、少し身近になっただけのことだ」
「それは、そうだろうけどよ……
「あなたの逞しく鍛えた肉体、容姿をいっそう引き立てる服装や振舞い、誰もを唸らせる料理の腕前、そして人当たりの良さ。すべて、あなたが努力して磨き上げ、変化を経て手に入れてきたものだろう。今度のことも、その自然な結果だ。変に気にせず、堂々と誇ればいい」
 落ち着いた口調で村雨はそう語ると、眼の光を緩めて微笑んだ。
「村雨……
 褒めてくれているのは、わかった。村雨が本当に、そう思っていることも。
 でも、まだ心配なことがあった。
……お前が何とも思ってないのは、わかったけど。一希さんが気にしてたら申し訳ないだろ。娘さんのこと凄ぇ可愛がってるんだし、その娘さんがよその男に懐いてたら、そりゃ良い気はしねぇだろーが」
「構わん。親として、一度は通る道だろう」
 村雨はあっさりと言い放つと、残りのコーヒーを啜った。
「子供のそういった情緒の発達を受け止めるのも、親の役目だ。いつかは必ず、親も子離れしなくてはならないのだからな」
「オメー、自分が親になったワケでもないのに、よく言うよな……
「一般論だ。ごく当然の範疇のな」
 そう言っておもむろにカップを置くと、村雨はじっとこちらを見つめてきた。
 促されている気配を感じたので、ソファーに歩み寄る。ライオンのキーホルダーはローテーブルに置いて、隣に腰を下ろすと、村雨の手がそっと太腿に乗せられた。
「むしろ、姪の憧れた相手があなたで良かった。何処の馬の骨とも知れん輩に熱を上げられることを思えば、兄の心労もずいぶんと軽いだろう」
……オレも、他人なんだけど」
「いちいち下らん訂正をさせるな。あなたは私の最愛の恋人で、既に兄一家とも何度も会って共に時間を過ごしている。これを他人とは普通言わん。いい加減に自信を持て、マヌケ」
 呆れた口調に最後は凄みも加わってきたので、オレは素直に謝った。
……ゴメン」
「まったく……
 村雨が、大きくため息をつく。
 太腿に置かれていた右手がすっと動いて、腰のあたりを掴んでくる。左手が伸びてきて、細い指先がオレの顎を捉えた。
「困ったものだな。そんなところも、愛おしいのだから」
「村雨……
「裏表が無く、お人好しで、戦いの場に在っても呆れるほど優しい。が、時として臆病を排し、大切なものを守って敢然と立ち向かう。本当にあなたは、素晴らしい成長を遂げた。私の自慢のライオンだ」
……っ」
 かあっと頬が熱くなった。照れるというよりは、むしろ恥ずかしさで。
 初めて、コイツが家に来た日。真経津や叶ともども、いつの間にかするっと元の奴隷部屋に入り込んで、オレが隠していたものをあっさりと全部暴いて。マヌケだの何だのと散々に言われて、どうしようもない苛立ちといたたまれなさを抱えながら、ただ弱い自分を受け止めるしかなかったことを思い出す。

 あの時は、こんな日が来るなんて思いもしなかったけれど。
 本当に人生は、何が起こるかわからない。

……獅子神」
 右手の指でオレの腰骨を辿り、左の手のひらで頬を包みながら、村雨が上目遣いにオレを見つめてくる。深紅の瞳がきらりと光り、誘うように巧みに揺れた。
 目を伏せて、近づいてきた唇に口づける。
 嬉しそうに微笑んだ瞳に向かって、ちょっとだけぼやいてやった。
「その言い方、さすがに恥ずかしーんだけど。オメー絶対、初めてオレん家に来た時のこと当てこすっただろ」
「よく分かったな。やはり成長している」
「おい、コラ!」
「気にすることはない。変化し、成長したからこそ、過去を恥ずかしいと思えるのだ……誰でも、な」
 最後のひと言に、自嘲と自戒が込められているのが伝わってきて。
 だからオレは、それ以上言い返すのは止めて、自分の腕を持ち上げた。
 細い体を引き寄せて、抱きしめる。

「オメーはいつでも、凄い奴だよ……村雨。オレの、自慢の……

 恋人で。でも、それだけじゃなくて。
 もっと前から、いろいろな事を教えてくれていた。
 だから——

……いい、獅子神」
 迷っていたら、人差し指で唇を止められた。
「今ので、十分に推し量れたからな。それよりも腹が減った」
「オメーこの流れで、色気より食い気かよ⁉︎」
「当然、色気もある。が、腹が減っては戦が出来ぬと言うだろう」
「真面目に言うな!……ったくもう! 今日は肉じゃがだからな! すぐ温め直すからおとなしく待ってろ‼︎」
 ぐしゃっと硬い黒髪をかき回すように撫でて、ついでに一瞬だけ額にキスして、立ち上がった。どかどかと大股でキッチンに向かいながら、高鳴っていた心臓を鎮めるために深呼吸を繰り返す。
 どうせコレも、全部バレてる。本当に化け物みたいな眼力の、とんでもねぇ奴なんだから。
 ——でも、好きだから。
「ありがとう、獅子神」
 ソファーから低く、やわらかい声が響く。おぅ感謝しろよ、と応じておいてから、煮込み用の鍋を置いたコンロの火をつけた。