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果南(カナン)
2025-03-28 20:57:11
5946文字
Public
さめしし
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揺花
さめしし。ワンドロのお題「桜」「飲み込む」で書きました。両片想いのさめ→←ししがフレンズとお花見に行ったお話で、ししさんが自分の想いを自覚し始めた頃です。
珍しく素顔の相手に、今日ひと言だけ、伝えるなら。
満開の、桜だった。
春の休日の昼下がり。毎年この時期になるとニュースに映るような、広くて有名な公園。どこからどう見ても、文句のつけようのない花見だ。
お花見しようよ、と真経津が言い出して、例によってとんとん拍子に話は進んだ。オレも含めて、村雨以外は比較的時間が自由になるヤツばかり。当直明けだがこの日なら何とか、と村雨が指定した日は、ちょうど桜も満開だろうと目される頃で、あとは必要なものを買い出しに行ったり(楽しそう、と真経津と叶がついて来たので必要の無いモノまで買わないようにするのが大変だった)、オレが弁当を作ったりする(珍しく天堂が来て、あれこれとリクエストを述べながら話し相手をしてくれた上に、完成した弁当を運んでくれた)だけだった。
天気も良く、広い公園には花見客があふれ返っているというのに、場所取りを買って出た真経津と叶は、大きな桜の木の下のいかにも良さげな場所をキープしていた。人にはそれぞれ、得意なことがあるということなのだろう。持ってきた弁当や飲み物を広げて準備をしているうちに、当直明けの村雨も姿を現して(無事にやって来たのを見てオレは心底ほっとした)、なごやかに花見は始まった。あとは、いつもの集まりのとおりだ。
風に揺れる桜の花を眺めながら、他愛もない会話に興じ、些細なことで火花を散らし合う。作っていった弁当が順調に無くなる頃には、飽きてきたらしい真経津が屋台のほうを見てきたい、と飛び出して行き、じゃあオレも、とスマートフォンを構えた叶がそれに続いた。オレはまだ食べ足りない感じの村雨の前に食べ物を集めつつ、片付けられるものは片付けながら天堂と話をしていたのだが、その天堂が途中でふと口を噤むと、左だけの黒い眼を村雨に向けた。
「何だ、マヌケ神」
村雨は素早く反応して、顔をしかめた。
紅い唇でいかにも意味ありげな微笑みを作って、天堂は村雨を見つめる。オレが保温ポットから注いでやった紅茶をすすってから、悠然として村雨に言い返した。
「いや。疲れているな、と思ってな」
「別にいつもと変わらん。が、本当にそう思うなら、取るべき行動を取ってほしいものだ」
「ほう? 神の恩寵が必要だと?」
「そんなモノは不要だ。が、たまには遠慮のひとつもしてみせろ、と言っている」
一瞬、天堂が眼を丸くして、それから可笑しそうに口元を緩めた。
「ずいぶんと正直だな。どうした村雨」
「
……
どうもしない」
「よかろう。ちょうど神も、華やかなる桜と戯れたくなった。あとは頼んだぞ。獅子神君」
「え? お、オレ?」
いきなり話を振られたオレが慌てているうちに、天堂は慈しむような笑顔を見せると、すっと立ち上がって靴を履き、座を離れていってしまった。
「何なんだ
……
?」
花見客の間を遠ざかっていく、長い白髪の後ろ姿を茫然として見送る。と、背後で村雨が長いため息をついた。
「
……
まったく、マヌケ神め。恩着せがましい」
げんなりとした口調で、ぼそぼそと呟く。わりと露骨に感情が現れていて、珍しいなと思いながら振り返ったら、目が合うなり村雨が脚を伸ばして、ごろんと敷物の上に横になった。
「えっ
……
⁉︎ ど、どーしたんだ、村雨?」
「騒ぐな、マヌケ
……
少し休みたいだけだ」
「
……
やっぱ、疲れてんのか? だったら、先に家まで」
「いい。このまま居させろ
……
此処に」
そう言って村雨は眼鏡を外すと、オレに手渡してきた。
「持っていてくれ。あいつらに何かされては堪らんからな」
オレはいいのかよ、と反射的に思ったが、別に村雨の眼鏡をどうにかしたいワケでもない。なので言葉は飲み込んで、黙って受け取ったら、村雨が微笑んだ。
「ありがとう、獅子神」
急にやわらかい視線を向けられて、思わずドキッとする。
でも、オレが何か言うより早く、村雨は目を閉じてしまった。
「え、ホントに寝るのかよ
……
ちょっと待てよ、えーと」
手渡された眼鏡を慎重にたたみ、シャツの胸ポケットに収めながら考えた。
桜が咲くほど暖かくなったとはいえ、今日は風も吹いている。村雨は地面にレジャーシートを敷いただけの上で寝てしまっているし、このままだと体を冷やしてしまいそうで心配だった。
バスタオルでもあれば良かったけれど、さすがに花見には持ってきていない。
仕方がないので、隅に丸めて置いておいた自分のコートを掴んだ。
「
……
これでいいか。何もないよりマシだろ」
右を下にして横たわり、軽く脚を曲げた姿勢で、村雨はすうすうと眠っている。
その細い体をなるべく覆うようにして、広げた薄手のコートをそっと掛けた。
「ん
……
」
コートが体に触れた瞬間、わずかに村雨が身じろぎする。起こしてしまったかと思って慌てたが、村雨はそれ以上動かず、目も閉じたままだった。
ほっと胸を撫で下ろしながら、胡座をかいて座りなおす。天堂が置いていった紙コップを片付け、新しいのを出して、保温ポットから紅茶を注いで飲んだ。
胸ポケットに収めた眼鏡に、シャツの布地越しに触れてみる。
確かに硬い感触が、そこに在った。
それから、三十分ほども経っただろうか。
相変わらず、村雨はそのままの姿勢で眠っていた。真経津に叶、天堂も戻って来ない。
休日の昼、桜も満開とあって、あたりは花見客でいっぱいだ。走り回る子供もいれば、大勢で宴会みたいに騒いでいる若者もいる。なのに、オレたちの周りだけが妙にしんとして感じられた。
オレはとっくに空になっていた紙コップを潰して、ゴミを集めているビニール袋に捨てた。辺りを見回してから、寝ている村雨に向き直って座る。
静かな、整った横顔を眺めた。
ウチに集まった時にもソファーで寝落ちたりしているから、村雨の寝顔を見たのが初めてってワケじゃない。でも、今は眼鏡を掛けていないせいか、ひどく無防備に思えた。
いつも鋭い視線を放つ深紅の瞳は、まぶたに隠れて見えなくて。
そのぶん下がりぎみの眉が際立って、軽く開いた唇の形が綺麗で
——
あぁ色っぽいなぁ、と思ってしまう。
「
……
!」
きゅっ、と腹の奥で何かが疼く。我ながら驚いた。
オレはこいつの寝顔を見て、そんなことを思ってしまうのか。
いつの間にか、こんなに好きになっていたなんて。
「
……
村雨」
口の中で、そっと名前を呼んでみる。
応えるかのように、さわさわと風が吹いた。眠る村雨の、硬い黒髪が揺れる。
満開の桜も、いっせいに揺れた。たくさんの花びらが枝を離れて舞い上がる。そこら中にはらはらと落ちてきて、小さな一枚が村雨の頬に乗った。
色白の、なめらかな肌。疲れのせいか、いつもあまり血色が良くなくて。
そこにふんわりと宿った花びらの薄いピンク色が、妙に艶めかしくて、目が離せない。硬い黒髪の間から覗く、こいつのインナーカラーと同じ色。そんなことに今さらのように気づいて、どきどきしてしまう。
いつもは隠れている何かを、見てしまったかのようで。
でも、そうしたら、もう
——
何も考えずに、手を伸ばしていた。
村雨の頬の花びらに、指先で触れる。小さくて薄い、儚いその一枚を、慎重に摘まみ上げた。
花びら、だけで。
本当に、村雨自体には触れなかったはずだった。
——
なのに。
「何をしている、獅子神」
ぱっと眼を開けた村雨が、オレの手を掴んでいた。
「
……
‼︎」
細長い、しなやかな指。力なら絶対オレのほうが勝つはずなのに。
振り払えない。
全然、動けなかった。
「何をしている、獅子神」
呆然としているオレに向かって、録音のように正確に、村雨がセリフを繰り返してくる。眼鏡を通さない、直の視線が鋭く突き刺さってきた。
「おま
……
寝ていた、はずじゃ」
震える喉から何とか声を絞り出すと、村雨はニヤリと口の端を持ち上げた。
「あぁ、眠っていた。だが、あなたが触れたからな」
「
……
嘘だろ? それだけで」
「どうでもいいだろう。現に私は今、こうして起きているのだからな」
それはそうだった。仮に村雨が寝たフリをしていたのだとしても、オレごときの追及で、真実を教えてくれるハズがない。
オレの挙動がバレて、村雨に手を掴まれている。
それが、全てだった。
「あなたは目の前で寝ている友人に、無体な悪戯を仕掛けるような性格ではないだろう。しかもあなたに眼鏡を預け、信頼して眼を閉じている友人に、だ」
「
……
っ」
「だから、私も怒っているわけではない。ただ、知りたいだけだ。あなたが私に、何をしようとしていたのかを」
「
…………
」
村雨の深紅の瞳が、まっすぐにオレを見つめてくる。レンズ一枚隔てていないだけでこうも違うのかというほど、強く、力に満ちた視線だった。
どんな些細な嘘も、許さない。どんな小さな事も、見逃さない。
この眼に向かって何を言ったところで、言い訳になる。そう思った。
確かにオレは、花びらにしか触れなかったはずだ。
でも村雨はこうして起きたし、オレが触れたと思っている。
それにオレの心の中にだって、やましい気持ちがなかったとは言いきれない。
村雨に、触れたいと
——
そう思う気持ちが、なかったとは。
さわさわと風が吹いた。
また桜が揺れて、花びらが降りそそいでくる。小さな淡いピンク色の花びらが、いくつも村雨の黒髪を飾っていった。
硬い毛先も風に踊って、やわらかなインナーカラーを閃かせる。いつも冷静で、化け物みたいに強くて、感情が読めないこいつが、たまに見せる優しげな顔。変で、親しみやすくて、可愛げのある一面。
今まで見てきたそんなところが、いっせいに目の前に浮かんできて。
桜の花びらと一緒に、降り積もっていく。その向こうから深紅の輝きが、ずっとオレを見つめている。怖いほどに揺るぎなく、一途な光で。
——
綺麗だ、と思った。
こんなに強くて、綺麗ないきものに、嫌われたくない。
情けなくてどうしようもない奴だと、思われたくない。
「村雨」
ようやくちゃんと口にだして、名前を呼んだ。オレの手を掴む村雨の指が、ぴくりと震える。
でも、その後の言葉が続かなかった。
言わなきゃいけないことも、言いたいことも、いろいろあるはずだった。なのに、出てこない。
何か間違ったコトを言って、取り返しのつかないことになるくらいなら、飲み込んだままでいたほうがいい。
そんな臆病な心が、振り払えなかった。
「
……
獅子神」
ふっ、と手を掴む力が緩んだ。
白い指先が、オレの右手の甲を撫でる。
「あなたも、わかっているだろう。言いたいことを飲み込むばかりでは、何も伝わらないぞ」
低い声が、そう言った。咎める口調ではない。
呆れも含まれているけれど、どちらかというと諭す感じだった。
「
……
んなこと言ったって、オメー全部読んでるだろ。どうせオレなんかが考えることくらい、お前なら」
「獅子神」
村雨が小さく首を振った。
すっと顔を近づけて、オレの眼を覗き込んでくる。間近に深紅の瞳が迫って、オレは息を呑んだ。
「そうではない。あなたの口から聴きたい」
「
……
」
「全てを一度に語るのは、難しいだろう。だから、今は一つだけでいい、言葉にしてほしい」
「
……
一つだけ」
「そうだ。それで十分だ。私が聴くのだからな」
にっと唇の端を吊り上げて、村雨が笑う。眼鏡無しの状態で見るのは初めてだけれど、いつもの自信満々の笑顔だった。
すごく、村雨らしい態度と笑顔。
「
……
ハハっ」
気がついたら、もうオレも笑っていた。体からこわばりが取れて、力が抜ける。
「まったく、オメーは
……
ホントそーゆーとこ、凄ぇよなぁ」
「感心するのもいいが、早くしろ。マヌケ共が帰ってきてからでは面倒だろう」
「あー、そっか
……
じゃあ御言葉に甘えて、一つだけ」
オレは深呼吸して息を整えると、村雨を見つめた。
小さく人差し指をあげて、硬い黒髪を差し示す。内にやわらかな淡い桜色を纏って、気まぐれに揺らめかせる髪を。
「お前の髪についた、桜の花びら。オレが取ってもいいか?」
唐突とも言える申し出だっただろう。前後の文脈としても、繋がっていたかどうか怪しい。
でも村雨は、まったく驚いたりしなかった。
ただ頷いて、微笑んだ。
「あぁ。かまわない」
「
……
サンキュ」
オレも頷いて、手を伸ばした。
右手の指先で、花びらを摘まむ。取れた小さな花びらを左手に載せて、また次の花びらを摘まむことを繰り返していく。馬鹿みたいだけど緊張して、手が震えそうになって、それを村雨に悟られたくなくて、また緊張してやばかった。
胸の奥で、とくとくと心臓が走る。
村雨の髪に触れる指が、どんどん熱くなっていく。
「そんなに沢山あるのか」
きっとオレの状態は全部『見えて』いるだろうに、平然と村雨が尋ねてくる。このヤロウ、と思わないではなかったけれど、そのおかげで強気になって言い返せた。
「
……
結構あるぜ。花びら、いっぱい降ってきたからなぁ」
「あなたの髪にもついている。後で私が取ってやろう」
「え」
「だから早く取り終われ、マヌケ」
「へーへー、先生の仰せのままに」
ようやく花びらを取り終わって、集めた左手を握った。村雨が起きた時に跳ねのけたコートを引き寄せ、ポケットの中に花びらを移す。
桜の花びらをとっておく方法なんて知らないけれど、後で調べれば何とかなるだろう。
「では、私の番だな」
待ちかねたように村雨が、楽しげに笑った。オレのシャツの胸ポケットに指を伸ばして、するりと眼鏡を抜き取っていく。
「なんか、落ち着かねぇなあ」
促されるままに座り直しながら、ぼやいてみせた。顔が火照ってくるのを、少しでも誤魔化したくて。
「無駄だぞ。あなたもした事だからな。私も成し遂げる」
「ここで負けず嫌いは要らねぇって」
「ふん」
眼鏡をかけて、いつも通りの顔になった村雨が鼻を鳴らす。すぐに器用な指先が動き出して、オレの髪から花びらを掬い始めた。
さわさわと風が吹く。はらはらと花びらが散る。
もっと降って、オレの髪に増えて、村雨が取り続けてくれたら。その間にアイツらが帰ってきたら、何て言うだろう。
想像したら思わず口元が緩んで、全部『読んだ』らしい村雨にぴし、と額を小突かれる。いてぇ、と苦笑しながら顔を戻したら、にやりと笑った深紅の瞳が、嬉しそうにオレを見つめていた。
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