果南(カナン)
2025-03-05 07:16:49
1211文字
Public さめしし
 

いつまでも、明日もきっと

さめしし。ワンドロのお題「お菓子」「恋人」で書きました。仲良しのさめししで、ししさんがクッキーを焼いている小話。
これからもずっと、変わらない日々。  (初出:2025/02/28)



 焼き上がりの音で、キッチンに入る。
 鍋つかみのミトンを手に嵌め、オーブンの扉を開ける。熱い天板を慎重に取り出し、厚めの布巾を敷いていた台の上に置いて、熱でぱさぱさになったシートから一枚ずつクッキーを剥がしていった。
……美味そうだ」
 匂いに惹かれたのか、リビングのソファーから村雨がやって来る。読んでいた本を片手に持ったまま、カウンターの向こうからオレの手元を覗き込んできた。
「天板、まだ熱いから。触るなよ」
「わかっている」
 淡々と応えながらも、丸い眼鏡の奥の鋭い目が、金網の上に並べられていくクッキーを凝視している。あ、これはやらかすだろうな、と思った瞬間、空いている左手が素早く動いて、細い指先で焼きたてのクッキーを摘まみ上げた。
「あっ! バカ……っ」
 止める間もなく、村雨はクッキーをそのまま口に放り込む。と同時に、盛大に顔をしかめた。
「熱い」
……ったりめーだろ! 早く冷やせ!」
 急いでグラスを掴み、冷凍庫の氷をぶち込む。水を満たし、村雨に突きつけた。
 受け取った村雨がまだ額に皺を刻んだままで、氷水を口に含む。
「大丈夫か? 村雨」
 尋ねると、小さく頷いた。
「舌の上で、じゅっと音がした気がした。完全に火傷だな」
「まだオーブンから出したばかりだったからなぁ。中は、全然冷えてねぇだろ」
「焼きたてだから、さぞかし美味いと思ったのだが。案外サクサク感が無いものなのだな」
「それは十分に冷まして、余分な蒸気が抜けたらそうなるんだよ」
……なるほど。正に、急いては事をし損じる、というわけか」
 ちょっと悔しそうな声で、村雨が呟く。くちびるの間からちろりと出した舌先を、グラスの水に浮かんだ氷に当てた。
 そんな仕草に、やっぱりどきっとしてしまう。
 冷めるのを待てずに食べて、ヤケドするなんて。もうベテランの域に達しようかというお医者サマなのに、そういうところは子供みたいで。
 つまみ食いとか、オレに世話を焼かせる我儘な言動なんかも、全然変わってない。

 でも、大好きだ。どうしたって、手放せない。
 だから今もこうして、二人でここにいる。

 食いしん坊の恋人に、料理を作って、お菓子を焼いて。
 きっと明日もこんな日が続くのだ、とオレに信じさせてくれた村雨。

 何年経っても変わらない、自信たっぷりな態度も、甘えたな振舞いも。
 愛おしくて、かけがえのない大切さで。

「あーもう! ほんっとオメーは、いつまでもかわいいよなぁ!」
「当然だ。私を誰だと思っている」

 オレは堪らなくなってキッチンを出て、ぎゅっと村雨を抱きしめる。細い銀色の輪を嵌めた指で、白いものが覗き始めた髪を梳くように撫でた。
 にやりと唇の片端を持ち上げた村雨が、得意げな顔でオレを見上げてくる。艶めく深紅の瞳は出逢った頃と変わらない強さで、きらきらと深く、綺麗に輝いていた。