果南(カナン)
2024-12-31 23:48:37
4021文字
Public さめしし
 

新しい始まり

さめしし。つき合っている二人が、初めての年越しをこたつで仲良く迎えるお話です。



「おーい、村雨? 時間だぞー」
 大晦日の夜。そろそろ日付けも変わろうかという頃。
 こたつに入ったまま眠ってしまっている村雨を、オレはがんばって起こしていた。
 世間的には年末年始で休みの今日も、入院患者を抱えているお医者サマにはあまり関係がないらしい。昼から仕事に出かけた村雨は、ひと通り病棟を見て回ったところで、運悪く発生した緊急手術の助手に駆り出され(オンコールの後輩だけでは手が足りんのでな、とぼやきながらもどこか嬉しそうに電話越しの声が言っていた)、テレビで恒例の歌合戦番組も半分を過ぎたあたりで、ようやくオレの家に帰ってきた。風呂に入って温まり、水炊きと年越し蕎麦の夕食を平らげて、デザートのプリンまで順調に腹に収めてしまってから、日付が変わる前には必ず起こせ、と言って、そのまま倒れるようにこたつで寝てしまったのだった。
「起きろよー、起きられなかったらお前、後から絶対怒るだろ? ほらー、がんばれー」
 こたつ布団から出ている両肩を掴んで、軽く揺さぶってみる。肉の薄い肩を包むのは、いつものネイビーブルーのパジャマに、寒くなってきてから羽織るようになったカーディガンだ。クリーム色の太い毛糸でざっくり編まれたカーディガンはオレが貸してるやつなのだけれど、このひと冬の間にすっかり村雨のモノになってしまっている。そこそこ着古したやつだし、サイズも村雨にはやや余るから、新しいのを買って贈ろうともしたのだけれど、このままこれを着ていたい、と言われてそうなってしまった。
 こんなふうに、村雨が自然にオレの服を着ていたり、オレの家で寛いで、うたた寝なんかしたりして。
 当たり前のようにオレの生活の中にいるようになった、その今年がもうすぐ終わる。
 何もかもが変わってしまって、目まぐるしくて。
 そして、とても楽しい一年だった。
 村雨のコトだけじゃない。アイツらとダチになって、何かとつるむようになったのもそうだ。
 このこたつだって、クリスマスの前に真経津と叶が持ってきた、六人用の長方形のものなのだ。持って帰れと言ったのに、どうせお正月にも使うからいいでしょ、と笑顔で押し切られて、そのままウチのリビングに鎮座している。
 少し前までのオレなら——どれだけ奴隷を侍らせていても独りぼっちで、それで王だと気取っていたオレなら、とても考えられなかった光景だった。人間、変われば変わるものなのだ。
 誰かと囲む、こたつみたいな場所が、ウチにあること。
 自分が、誰かの居場所になっていること。
 時々、まだちょっと信じられない気分になったりもするけれど。でも、これが今の現実なのだ。
……お前の、おかげだよな」
 そしてアイツらの、と心の中でつけ加える。それぞれ我儘だったり、勝手だったり、何かと人の話を聞かない奴らではあるが、とにかく強ぇし、もうオレにとっては大切な友達なのだ。
 アイツらに、そして村雨に恥じない自分でいたいな、と思う。
 年が幾つ明けようが、それは変わらない。
 だが、感傷に浸っている時間もあまりなかった。時計の針は、無情にも刻々と進んでいる。今は何としても、この誘惑に満ちたこたつでの眠りから、村雨を引っ張りださなくてはならなかった。
 疲れているはずの村雨が、それでも日付が変わる前には必ず起こせ、とオレに言いつけた。その意味はわかっているし、オレも大事にしたいんだから。
「しっかし、なぁ……いつになく手強いよな。すげぇな、こたつの威力」
 元々、村雨は——職業柄なのか性格的なものなのか、たぶん両方なんだろう——寝起きはすこぶる良いほうなのだ。駄々を捏ねてベッドから出ようとしないことはあっても、こんなふうに全然起きないのは珍しい。何か、いつもと違う刺激を考えたほうがいいのかもしれなかった。
 でも、いくら隣家との間隔があったとしても、深夜に大きな音を出すのは気がひける。痛い思いもさせたくないし、そうなると、他には。
「こーゆー時って、ひょっとして……アレか? 起きるような刺激になるモンなのか、わかんねーけど……
 ここは現実でお伽話なんかじゃないし、オレも王子サマなんてガラじゃないから、そうそう都合よくコトが運ぶのか、わからない。
 でも、こうしたらきっと、村雨は喜ぶだろうから。
 だから、やってみる価値はあるはずだ。

……よし、何事も挑戦だ」
 これでダメだったら、それこそ抱え起こすなりシャワーまで運んで行くなりすればいいだろう。時間はかなりギリギリになってしまうけれど。
 どうかこれで起きますように、と祈りながら、眠る村雨の顔のそばに改めて正座した。
「起きろよ?……一緒に新年、迎えるんだろ?」

 こたつの温かさでほんのりと薄紅色を帯びた、やわらかい頬に手を添える。
 上体を屈めて目を閉じながら、形の良いくちびるに、そっと自分のソレを重ねた。

「んっ……
 小さく呻いて、村雨が目を開けた。深紅の双眸がゆっくりと焦点を結び、間近でオレの眼を覗き込んでくる。
……起きたか、村雨」
「ししがみ」
 オレは心底ほっとして、微笑んだ。オレの名を呼んだ村雨が、目の光を強めてくる。
「今は、何時だ」
「大丈夫だよ。まだ数分あるぜ」
 村雨もほっとしたように頷くと、笑顔を見せた。起き上がって座り直しながら、小さな音で流していたテレビに目を向ける。一瞬何かを考えてから、リモコンを手に取り、オーケストラがカウントダウンをやる番組にチャンネルを変えた。
 画面の下に現れた時計を確認してから、正座していたままのオレを見やって、村雨は目を細めた。
「もう間もなくだな。では先ほどのが、今年最後のキスになる」
……何だ、ソレ。別にもう一度したっていいんだぜ?」
 オレは苦笑しながら言ってみたが、村雨はふるふると首を横に振った。
「いや、あれでいい。あなたがしてくれた、目覚めのキスだ。今年の締めくくりにふさわしい」
……よくわからねぇけど、お前が良いならいいか」
「ふふ」
 村雨は嬉しそうに微笑むと、指先を軽く振って、自分の隣を指し示した。オレも座れということらしい。
 オレは言われた通りに腰を下ろしかけたが、ふと思い立って少し変えることにした。村雨の後ろに座り、広げた脚の間に細い腰を入れて、挟むようにしながらこたつに両足を突っ込む。そうして腕を前に廻して、ぎゅっと村雨を抱きしめた。
「獅子神」
「いーだろ。ちょっと、くっついていたい気分なんだよ」
……そうか」
「普通に体重かけて、寄りかかっていいぜ。そのほうが嬉しい」
「わかった」
 腹と胸にかかる、村雨の重みが増える。それを受け止めて、クリーム色のカーディガン越しに村雨の体を感じているうちに、テレビのオーケストラの演奏はいよいよクライマックスを迎えた。
 画面に大きく映し出された秒針を眺めながら、心の中で一緒に数字をカウントダウンしていく。
 十、九、八、七、六、五、四。
 三、で村雨が体を捻って、オレを見上げた。
 二、で互いに眼が合って、微笑み合う。
……獅子神」
「ん……
 艶めいた、低い囁きが近づいて。
 オレを呼ぶ間に、最後の一秒。

 そして、すべての針が十二の位置に重なり、画面の中で歓声が湧き起こった瞬間に。
 オレ達は唇を重ね、今年最初のキスを交わした。

「今年もよろしくな、村雨」
「こちらこそ、獅子神」
 新年の挨拶を言い合って、もう一度お互いを抱きしめる。嬉しくて、自然に笑いがこぼれてきて、二人してくつくつと体が揺れた。
「どーする? このまま、初詣とか行ってみるか?」
「それも新年らしくはあるが、今夜はかなり冷え込んでいるし、今冬のインフルエンザはタチが悪い。無闇に深夜の人混みに出かけていくのは感心せんな。明日の昼には彼らと共に行くのだし、今年はそれでいいだろう」
「んー、それもそっか。じゃ、もう寝るか?」
……もう少し、こうしていよう」
 甘やかな視線でオレを捉えながら、村雨がオレのうなじに手を廻してくる。引き寄せられて、またキスを繰り返しながら、こたつに足を入れたままで仰向けに倒れ込んだ。
「愛している、獅子神。こうしてあなたと新年を迎えることができて、とても嬉しい」
 いつも通りのストレートな物言いで、村雨が言葉を紡いでくる。深紅の瞳がきらきらと輝いていて、とても綺麗で、いつも隈の取れない目元がほんのりと赤みを帯びていて、あぁ可愛いなって心の底からそう思って。
 だから、同じように言葉にしたい、て。オレも愛してる、とても嬉しいって、そう伝えたいなと。
 本当にそう思って、口を開いたのに。
「うん、オレも……
 目も喉も、ぐわっと熱くなってしまって。
 それ以上、何も言えなかった。
……獅子神」
 一瞬、目を丸くした村雨が、すぐに手を伸ばしてくる。細い指先が濡れたオレの目尻を拭い、やわらかい唇が垂れた雫を吸った。
「あー、ちくしょー……ごめんな、村雨」
「何がだ」
「だってよぉ……カッコ悪ィだろ、新年早々、こんな、情けねぇ……
「そんなことはない」
 村雨はしっかりと首を横に振って、こつんと額を合わせてきた。
「ちゃんと私には、全て伝わっているからな。今年もあなたは最高だ、獅子神」
……ありがとよ」
 ほかほかのこたつと、村雨の体温と言葉で、顔が熱くなるのが止まらない。新年が冬で、本当によかったと思う。これが夏だったら、きっとオレは熱射病まっしぐらだ。
 そんな馬鹿みたいなことを考えながら、村雨と一緒に、笑って。あぁでも今年はもう少し、照れずに色々言ってやれるようになりたいな、なんて思いながら、こたつの中で脚を絡めて。
 こうしてオレ達のまっさらな一年は、ゆっくりと始まっていったのだった。