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果南(カナン)
2024-12-26 21:23:27
2954文字
Public
さかゆみ
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役割と視線
さかゆみ。まだ何も始まっていない二人の、12月24日のお話です。ゆみぴこ、お誕生日おめでとう~!(初出:2024/12/24)
クリスマスを迎える、十二月の教会は忙しい。
ただし今年は二十四日が平日となるため、主要な行事であるクリスマスのミサ、地域の幼稚園との行事などは、前々日である日曜の昼に終えられていた。唯一クリスマスイブの当日に行われるのは、日没を迎えてからのキャンドルサービス。それもつつがなく終えて、天堂弓彦は訪れていた信者を送り出していた。
穏やかな眼差しで一人ずつに微笑みかけ、クリスマスの夜に信心深く教会を訪れた労をねぎらう。そうして殆どの信者が教会を出たところで、おもむろに中を振り返った。
祭壇に向かって左側、中ほどの列の一番端の席に、ひとりの男が残っていた。変わりばえのしない黒いスーツを着込み、前を向いて座っている。肩下まで伸ばされた黒髪は、いかにも邪魔になる部分だけ束ねましたといった風情で無造作に後ろで結ばれていたが、男の背中へとつややかに真っ直ぐ流れて、祭壇からの光に鈍く輝いていた。
「
……
帰らないのか」
低く、よく響く声で、天堂は声をかけた。
ゆっくりと、男が振り返る。
「帰る。用事が済んだらな」
「用事?」
男の言葉に、天堂はかすかに眉をひそめた。
担当行員である彼は、昨日も天堂の元を訪れたばかりだった。年内の予定はもう無いこと、次は年明けの中旬を目処に行内の動きを伝えることなどを語り、頼まれるままに幾つかの雑用をこなして帰っていった。それから一日で、急に事態が動いたとも思えない。もしそうなら友人達にも何がしかの動きがあるはずだが、スマートフォンのメッセージアプリにその手の文言は一切無かったし、そもそも担当行員であるこの男が、もっと焦りや動揺をあらわにしているはずだった。キャンドルサービスが終わるまで、天堂から声をかけられるまで、こうして落ち着いていられるわけがない。
「此処へは昨日もやって来ただろう、榊。何か、伝え忘れたことでもあったか?」
教会の入口の扉を閉め、鍵をかけてから、天堂は男へ歩み寄る。中央の通路を進み、並べられた長椅子の間へと入って、座ったままの榊のそばへ立った。
榊は表情を変えないままで、天堂を見上げる。
「昨日のは、仕事だろ。今日は別件なんだよ」
「
……
ほう」
「ホレ、これだ」
榊は言いながら、傍らに置いていた小さな紙袋を差し出した。白い無地のつるりとした地に、赤と緑のリボンがあしらわれている。
受け取った天堂は、左側だけの眼を珍しく丸くした。
「まさか、神にクリスマスプレゼントを贈ると? 殊勝な心がけだな」
「違ぇよ。そうじゃねえ」
「では何だ」
「もうひとつ、あるだろーが今日は
……
お前の、誕生日プレゼントだよ」
「
……
!」
天堂の眼はもう一度、さらに丸くなった。ぬばたまの黒が祭壇からの灯りに揺れ、なめらかな頬に薄薔薇色が差す。
榊はその天堂の様子を見てとると、満足そうに笑って立ち上がった。
「ちったぁ喜んだんなら、良かったわ。じゃあ用事も済んだし、またな、天堂」
スーツのポケットに手を突っ込み、榊は長椅子から端の通路へ出る。そのまま出口へ歩き出そうとする後ろ姿へ、反射的に天堂は腕を伸ばした。
「待て! 榊!」
月白の髪が揺れ、長い指がジャケットの肘を掴まえる。
驚いたように、榊が振り返った。
「
……
天堂?」
黒い瞳が、交錯する。
自分が失態を演じたことに、天堂は気づいた。
どうして咄嗟に、この男を引き止めてしまったのだろう。引き止めるにしても、もっとスマートなやり方がいくらでもあったはずだ。
なのに、何故。このような、策も何もない無様な振舞いを。
「オイ、天堂? どーしたよ?」
戸惑いと焦りを含んで、榊の声が響く。それで天堂は、ようやく我に返って呟いた。
「
……
茶を、ふるまってやろう」
「は⁉︎」
「信者からの貢献には、寛大な心で応えねばな。祭壇の片付けをするまで、しばし待つがいい」
視線をひたりと榊の顔に据え、うっすらと微笑みを浮かべて、天堂は言葉を紡ぐ。指はまだ、榊のジャケットの肘を掴んだままだった。
「いや、茶って
……
お前が淹れるっていうのか
……
?」
「当然だろう。神は万能だ。茶の一杯や二杯、造作もなく淹れられる」
ひくり、と榊の口元が引き攣った。
一瞬の後に、怒号が響く。
「無謀なこと言ってンなよ、台所の破壊神! それに関しては、もはや何の信用もねーぞ⁉︎」
「
……
失敬な。湯くらいは沸かせるぞ」
天堂は露骨に顔を歪めたが、榊は遠慮しなかった。
「いーや、ダメだ! それでせっかくの誕生日にヤケドでもしたら、何もかも台無しだろーが! しかもお前、教会が終わったらダチん家に行くって言ってなかったか⁉︎ ケガしてる場合じゃねーだろ!」
「神は、ケガなど」
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇ! 茶ならオレが淹れてやるから、さっさと片付けてこい! 台所、勝手に借りるぞ!」
びしりと指を突きつけ、天堂の手を振り払うと、榊は踵を返して大股で歩いていった。礼拝堂の隅にある扉を迷わずに開けると、振り返ることもせずにバタンと閉めて、住居の側に消える。
天堂は呆気にとられながら、男の後ろ姿を見送った。扉の音が高い天井に跳ね返り、長い残響がこだまする。
その響きが消え去った頃に、ようやく天堂は動いた。
長椅子に腰を下ろし、ふうと息を吐く。それから受け取った紙袋を膝に乗せ、袋の口を閉じていたシールを慎重に剥がして開けた。
「ほぅ
……
?」
中から現れたのは、美しい紙箱だった。紅い花と雪の結晶の絵が散りばめられた蓋を開くと、薄紙に包まれた一口大の菓子がどっさりと詰まっている。
細い指先で一つを摘まみ上げると、薄紙を剥き、中身を口に入れた。
舌の上で、なめらかな甘さが広がっていく。転がすほどに溶けて、香ばしい風味で口の中から鼻の奥まで満たしてくれる。しっかりと懐かしさを纏いながらも、極上の味わいに練られた、一級品のキャラメル。
「
……
ふふ」
天堂は微笑むと、祭壇のステンドグラスを見上げた。雪のような美しい白髪が、さらさらと肩を流れる。
別に、住居の方を直接訪れてくれても良かったのだ。いつも担当行員として仕事で訪れる時はそうしているのだし、榊は天堂の予定を概ね把握している。今日も、教会の行事が終わる頃に合わせてやって来るのは容易かったはずだった。
なのに、クリスマスのキャンドルサービスにわざわざ参加して。
地域に溶け込んだ神父、聖夜にその役割を全うする私を、あの男は何を思って見ていたのだろう。
そして、私はどうして、こんなにも愉快な気持ちでいるのだろう。
榊が密かにプレゼントを携え、ここから私を見ていたというだけで。
「神は、寛大だ。敬虔な信者が相手なら尚のこと、な」
口の中のキャラメルは、既に溶けてなくなっていた。箱からもう一つ出して薄紙を取り去り、天堂はキャラメルを舌に乗せる。自然に口元が持ち上がり、紅い唇が美しい笑みを刻んだ。
——
この甘味を、私に供した事。如何にして応えてやろうか。
紙袋を手に立ち上がり、天堂は祭壇へ向かう。残っていた蝋燭の火を順に消すと、月白の髪を暗闇にふわりと翻して、住居への扉を開けた。
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