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果南(カナン)
2024-12-16 13:23:42
3170文字
Public
さめしし
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小さな日常:交代
さめしし。さめ先生が医者してる日常が見たい+その中でししさんのこと考えてしまうのが見たいお話、その2です。
同期のさっぱり系女子(捏造)が出てきて、会話します。
平日の昼。多忙な日常業務の合間に、ようやく掴み取ったつかの間のひと時。
獅子神が持たせてくれた弁当を医局の自分の机に広げて、私はカレンダーと当直表を交互に睨んでいた。
銀行に告げられた次の試合の日が、当直の日程と被っている。当日までそれなりに余裕があるとはいえ、早急に交代してくれる相手を見つけなければならなかった。
4リンクまでは日程にも交渉の余地があったが、VIPどもが観客となる1/2ライフではそうもいかない。それは分かるが、あの一方的に通知が来て日程の変更もままならないシステムは、どうにかならないものかと思う。こちらは気ままなマヌケ共と違って無職や自由業ではないのだし、他のギャンブラーにも多忙な職に就いている者はいくらでもいるはずだ。それでもこのシステムで成り立っているところが、あの賭場の賭場たる所以なのかもしれなかったが。
ため息をついて、弁当箱からおにぎりを一つ持ち上げる。食べてみると、中身は牛肉のしぐれ煮だった。生姜の風味が効いた濃いめの味わいが嬉しく、肉の旨さが脳に染みわたっていく。帰ったら獅子神にちゃんと礼を述べて、次もぜひ入れてほしいと伝えなくてはならない。
それで機嫌が上を向いたところで、部屋の外から誰かが近づいてくる足音がした。ピッ、と解錠の音がして、医局の扉が開く。
入ってきたのは、同期の女性だった。私の姿を認めて、笑顔を見せてくる。
「あっ、村雨だー。今日はちゃんと、お昼食べてるんだね」
「あぁ。午前の手術が早めに終わったからな。病棟は後回しにしてきた」
「良かったじゃん。食事は大切だよ」
私にそう言いながら、自身の手に提げているのは売店の小さなビニール袋だ。野菜ジュースの四角いパックと、パンの袋が一つだけ透けて見えていた。
乳腺外科医を目指す彼女は、現在の同僚で外科入局の同期であり、大学での同級生でもあった。一年間かけて病院の全ての科を周る臨床実習でも同じ班だったので、それなりにペースを掴めている相手だと言って良い。他のマヌケ共に比べれば頭の回転は良く、注意力も高いほうで、バレー部の主将を勤めていただけあって体力は私よりもある。そういう人物が同級生や同僚であることは、僥倖だと言えるだろう。
今までも当直の交代が必要な時には、大抵まず彼女に頼んできた。同級生という存在は、こういう場合に勝手が良い。
「ちょうどよかった」
私は広げていた当直表を掴んで、隣の机の椅子に腰を下ろした彼女に
——
医局の席が隣同士なのだ
——
差し出した。問題の日付を、指先で示す。
「私のここと、あなたの当直のこの日を交代してもらえないだろうか。面倒な用事ができてしまってな、どうしても行かねばならない」
「予定が空いてれば、そりゃいいけど」
彼女は当直表を一瞥すると、私の表情を窺ってきた。
「村雨、最近多くない?」
「何がだ」
「当直の交代、頼んでくるのが。やっぱり彼女ができると大変なの? デートで忙しい⁉」
「
……
どうしてそうなる」
「だって」
ちょいちょい、と指先が揺れて、獅子神の作った弁当を差し示した。
「近ごろ時々、そうやって弁当食べてるじゃん。しかもわりと手の込んだやつ。こーゆーの見たら普通は、あぁ料理上手な彼女ができたんだな、て思うでしょ」
「そういうものか」
「そういうものだよ」
言いながら彼女はクリームパンを千切って口へ入れ、ストローを剥がして野菜ジュースのパックに突き刺した。濃いオレンジ色のジュースが吸い上げられ、パックが小気味よく凹んでいく。
私は卵焼きを箸でつまみ、口へと運んだ。噛みしめると、卵の旨みとほのかな甘味がじんわり広がっていく。獅子神がしっとりと香ばしく焼き上げてくれたそれを堪能しながら、今言われたことについて考えてみた。
確かに、獅子神と出かけるために交代を頼んだこともある。だからデートのため、と言われれば完全には否定できない。が、それは回数としては大したものではないし、今回の依頼は賭場での試合と重なってしまったからだ。
それに、獅子神が大変上手に料理をこなすのは事実だが、彼はれっきとした男性だ。加えて、彼を彼たらしめる要素は互いに調和して全てが素晴らしく、私にとっては決して手放すつもりのない大切な恋人であるからして、彼女などという軽々しい言葉で括れるカテゴリーとは一線を画した、全く異なる次元にいる存在であると断定できる。
つまり『彼女』との『デート』のために私が当直の交代を依頼している、という推測は、八割以上がハズレだ。否定しても差し支えないだろう。
「
……
しかし、それは違うな。単に、外せない用事がいろいろと増えただけだ」
「ふーん
……
」
「迷惑だったか」
「いや、大丈夫だよ。ていうか、無理だったらそう言うし」
彼女がパンを持っていない方の手で、スマートフォンを出して操作する。スケジュール帳の画面がスクロールするのが見えた。
「うん、空いてる。いいよ、引き受けた」
「ありがとう、助かる」
「当直表の変更は、そっちでお願いできる?」
「勿論だ」
「んじゃ、そういうことで。私、この後オペだから先に行くね」
あっという間にパンを食べ終え、野菜ジュースのパックを潰して、彼女は立ち上がろうとした。
私はちょうど最後の唐揚げを口に入れたところだったので、咄嗟に言葉が出なかった。とんとん、と指先で机を叩いて、まだ話が残っている意思を伝える。
さすがに慣れているだけあって、彼女は動作を止めて振り向いた。
「何?」
「
……
今からラパコレだったか、確か」
唐揚げを飲み込んでから言うと、彼女は眉をひそめた。
「そうだけど
……
なんでヒトの分の手術まで覚えてるの」
「当日の手術のスケジュールは全て把握するだろう、普通。術前カンファでも内容は聞いているのだし」
「
……
あんたの普通は、普通じゃない。まあ学生時代からわかってたけどさ」
ため息が続いたが、それは無視する。必要なことを伝えるのが優先だった。
「手術の最中は、B6の走行に気をつけろ。MRCPでは大きな破格はなかったようだが、細い枝が胆嚢から出ているかもしれない」
彼女の眼が、さっと真剣な光を帯びた。
「でも、放射線科のレポートでも、破格は無いって」
「はっきりと映っている枝ではないからな。だが、中枢側の輪郭が何となく不自然だ。分枝の合流部があるかもしれん」
「
……
」
「異常が無ければそれでいい。型通りに、無事に手術が済むだけの話だ。が、意識していなければ、有るものも見つけられない。とりあえず、注意はしておけ」
「
……
わかった。ありがと」
真面目な顔で、彼女は頷く。
それから、思いついたようにふっと笑った。
「やっぱり村雨、優しくなったね。その弁当の彼女のおかげ、かな?」
「彼女などではない、と言っただろう」
「でも、大切な人なんだよね? いいじゃない、照れなくても。良かったと思うよ」
そう言って彼女は、ひらひらと手を振った。
「じゃ、行ってくる。村雨も、頑張って」
「あぁ」
頷いて、小さく片手を上げる。彼女はごみ箱にぽいと空袋を放ると、足早に医局を出ていった。
私は黙々と弁当を食べ終え、席を立った。流し台で弁当箱と箸を洗いながら、今言われたことを思い返す。
「優しくなった、か」
こんなこと、あのマヌケ共には絶対に聞かせるわけにはいかない。が、獅子神が知ったら何と言うだろう。
あなたのおかげで、そう言われたと教えたら。
彼は、どんな顔で私を見つめるのだろうか。
「ふふっ
……
」
ペーパーで弁当箱の水気を拭き取って、蓋を閉める。空の弁当箱を返すだけでなく、良い土産話を詰めて帰れそうだった。
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