果南(カナン)
2024-11-15 19:59:24
2828文字
Public さめしし
 

楽しさのトビラ

さめしし。ワンドロのお題「味覚」「イチゴ」で書きました。あにさめ一家公認のつきあっている二人が、楽しいクリスマスの計画と将来を語るお話です。

「クリスマスケーキの、依頼?」
「そうだ」
 秋も深まる休日の午後。
 いつものように家にやってきた村雨の、最初の話題がそれだった。
 思わず自分の耳を疑って、訊き返す。が、村雨はソファの脇に鞄を置きながら、実にあっさりと頷いた。
「兄から連絡があってな。ケーキを予約しようとしたら、生クリームにするかチョコクリームにするかで姪と甥が揉めたらしい。お互い一歩も引かずに喧嘩になり、それならクリームが半分ずつのやつを作ってもらえばいいじゃないか、と兄が提案してようやく収まったそうだ」
「な、なるほど……
 確かにそんなケーキは、普通の店では予約できないだろう。特別にオーダーするとしてもクリスマスは混雑するから大変だろうし、金だってずいぶん足元を見られるはずだ。
「でも……何でまた、オレに」
「先日のハロウィンの際、あなたが作ってくれた菓子があっただろう。あれを気に入ったらしくてな。『ケーキも獅子神のお兄ちゃんがいい!』と、そこは満場一致だったそうだ」
「それは、光栄だけどよ……
「実は、もう完成品のイメージ図も預かってきている」
「マジか」
 村雨は重々しく首肯すると、スーツの内ポケットから折り畳んだ紙を取り出した。受け取って、広げてみる。
 真ん中に大きな円が描かれていて、右側に生クリーム、左側にチョコクリーム、とフキダシで囲まれた太い字があった。きょうだいで半分ずつ描いたらしく、左右で字の筆跡も絵も違っている。円周にイチゴがぐるりと並べられた点だけは同じだが、あとは生クリームのほうにはカラフルなフルーツが山のように描かれて銀の粒が散っていたし、チョコクリームのほうにはサンタや電車と思われる形が勢いのある筆致で踊っていた。
「電車……?」
「甥が最近ハマっているらしい。まあ、全く同じようにはいかないぞ、という点は約束させてきたので、あまり心配しなくて大丈夫だ」
「うーん……
 マジパンで成型すれば何とかなるだろうが、そんなに慣れてる作業でもない。満足してもらえる出来栄えになるか、ちょっと自信が無かった。飾りの部分だけ、どこかの業者にオーダーしたほうが良いかもしれない。
 オレが具体的な手順と材料を思案しながらイメージ図を睨んで唸っていると、村雨は何やら勘違いしたらしく、少し心配そうに声をかけてきた。
……どうだろうか、獅子神。あなたが困るようだったら、勿論私から断って」
「あ、いや。ンなことねえよ」
 慌てて首を横に振った。
「せっかくだし、オレでいいんなら作るぜ。大きさとかは、一希さんに相談させてもらわないといけねーけど……四人分でいいんだよな」
「違うぞ。六人分だ」
「へ?」
「当然だろう。私とあなたも参加するのだから」
 さらりと言い放った村雨を、オレはまじまじと見つめた。
 村雨はオレを見返して、軽く肩をすくめてみせる。
「まさかケーキだけを届けて、帰るわけにもいかないだろう? 義姉も『面倒なことをお願いしちゃってごめんなさい、料理は私が頑張るから』とはりきっていた」
「でも、よ……そんな……
 声が喉に絡んで、うまく出てこなかった。肺の奥でひゅっ、と息が鳴る音がする。
 一希さんの家で、一緒にクリスマスを祝う。楽しそうなあの御家族の中に、オレみたいなやつが紛れ込む。
 そんな、大それたこと。
……また余計なことを考えているな、マヌケ」
 軽く握られた拳が、こつんとオレの額に当てられた。
 村雨の手のひらが、そっと頬を包んでくる。
「皆があなたに期待し、待ち望んでいるのだ。変に卑屈にならず、堂々と来てくれればいい」
「だけどよ……オレだけ、家族でも何でもねぇのに」
「いずれそうなるのだから、問題あるまい」
 そう言うと村雨は、にやりと唇の端を持ち上げた。
「それとも、当日までに私と籍を入れていくか? そうすれば名実ともに家族となって、あなたの不安も解消される」
「ほぁっ……⁉︎」
 ぼっ、と顔が熱くなったのが、自分でもわかった。話のぶっ飛び具合が凄すぎて、頭が真っ白に塗りつぶされてしまう。 
「お、おまっ……ンな、何つーことを……
「私もあなたも、互いを手放す気など毛頭無いのだ。ならばそれが自然な流れだろう?」
「そーだけど! にしたって、心構えとか準備とかちゃんとさせろよな⁉︎ 一生に一度のコトだろこーゆーのって⁉︎」
 回らない舌を何とか動かして叫ぶと、村雨は嬉しそうに笑った。
 頬を包んでいた手がうなじを滑り、ぎゅっと抱きしめられる。
「では、それは後日改めて手順を踏むとしよう。まずは今年のクリスマスを、私や兄達と一緒に過ごしてくれないだろうか、獅子神」
 細長い指がオレの髪を梳き、低い声が優しく囁く。
 オレもそっと腕を回して、村雨の体を抱きしめた。
……おう、がんばるわ。立派な美味いケーキ、作ってやらねえとな」
「安心しろ。あなたの味覚も料理の腕前も一流だ。私や真経津らのような煩い者達を、日々唸らせているのだからな」
 くすくすと村雨が笑い、オレも笑った。
 まったくだ。コイツらに料理してやるようになってから、本気で作る頻度も量も圧倒的に増えている。趣味でひとりで作っていた時に比べたら、きっと上達しているだろう。
 そして、自分の作ったものが、役に立てること。
 誰かが美味しそうに食べてくれることが、こんなにも嬉しくて、充足感をもたらしてくれるのだと。
 そう教えてくれたのは、やっぱり村雨なのだった。
 きっとオレは一生、コイツに料理を作っていく。そこから広がる楽しいことが、まだまだたくさんあるんだろう。
 その扉が今開いているのだと、オレは自然に信じることができた。
 村雨と、お兄さんたちのおかげで。
「じゃあ、早めにイチゴとか注文しとかねーとな。直前で買おうとして、足りなかったら困るし」
……多めに頼む」
「そりゃそーだ。誰かさんに食いつくされたら、目も当てられねぇもんな」
 ここぞとばかりに言ってやると、村雨はむっとした顔になった。
「いくら私でも、姪や甥のためのケーキからイチゴを奪ったりはしないぞ。あくまで余剰分に期待し、あわよくば後日私のためのケーキも作ってほしいと思っているだけだ」
「お前、何回クリスマスケーキ食う気だよ」
「あなたの作るものなら、何度食べても美味しい」
 深紅の双眸でひたりとオレを見据え、真剣な口調で村雨は言ってくる。
 まだ不満そうに尖らせたままの唇が、つやつやとして可愛らしい。誘われるようにちゅっとキスをしてから、くしゃくしゃと黒髪の頭を撫でた。
「わーったよ。ちゃんと考えとくから。ありがとな、村雨」
 頭の中ではもう、作るべきケーキが形をとってくるくると回り始めている。どうかこれで皆が笑顔になりまようにと願いながら、オレはもう一度村雨を抱きしめて、感謝と愛の言葉を囁いた。