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果南(カナン)
2024-11-01 20:15:43
5077文字
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さめしし
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交錯
さめしし。ワンドロのお題「紅葉」「本音」で書きました。
お互い気持ちはバレバレだけど、まだつきあってないさめ→→→←しし。焦れたさめ先生が、不器用な策を試みるお話です。「計略」より後、「醸成」より少し前の頃の感じ。
かさこそ、と足元で音が鳴る。
私は獅子神と二人で並んで、昼下がりの秋の公園を歩いていた。
夏の暑さが長く続いた反動なのか、最近の気温の降下は著しい。木々の紅葉が一気に進み、桜の葉は色づくそばから枝を離れて降り積もっていた。
今日は私が当直明けで、昼前に病院を出てから落ち合い、昼食を共にした。この後どうする?、と問われ、適当にドライブしてほしい、と答えたら、大きな池のあるこの公園に来たのだった。
こうして予定を確保して呼び出せば、獅子神は私に会ってくれる。オメーの方が忙しいだろ、と言って、日程も行先も私に合わせてくれる。
だから、嫌われているわけではないだろう。
むしろ客観的に見れば、順調にデートを重ねていると言って良い状況だ。たびたび二人きりで出かけて、買物や食事を楽しみ、時には獅子神の家を訪れて、ゲストルームにとはいえ泊めてもらっているのだから。
それでも、決定的な機会はまだ訪れていなかった。ちゃんと恋人同士になるための、はっきりとした機会は。
焦るべきではないと思う。しかし、もどかしいのも事実だった。
ゆえに私は、公園に入る頃に一計を案じていた。獅子神に、もっと心の内を話してもらうための導線として。
それで先ほどから獅子神が話すことを、「ああ」とか「そうだな」など最低限の相槌で聴いていた。だからといって、彼を蔑ろにしていたわけではない。ただ自分が喋りすぎないように、そうしていたのだった。
獅子神は初めに訝しげな顔をし、それから努めて気にしないようにしたのか、続けて陽気に喋っていた。が、私が対応を変えないのを見てとって、何やら無理だと悟ったらしい。先刻から黙り込んで、隣を歩いていた。
かさこそ、と足元で音が鳴る。
踏み散らされた紅葉が、風に吹かれて舞っていく。
やがて公園の出口が見えてきた。傍らの駐車場に、獅子神の車がある。
それに乗って私の家に着いてしまえば、今日の時間は終わりだ。獅子神の家に寄る約束はしていなかった。
内心で小さくため息をつく。と同時に、獅子神が足を止めた。
「オイ、村雨」
私も足を止めて、彼の顔を見る。
かすかに眉間に皺が寄り、口元を歪めてはいたが、苛立ちの徴候と見えるのはその程度だった。薄青色の瞳はじっと私を見つめ、真剣に何かを見通そうとしている。かけられた声にも怒りはなく、むしろ心配されている状況だった。
「何だ」
「何だ、じゃねーよ。どうしたんだよ、さっきから。急に口数が減るし、悪口のキレも無ぇし
……
具合でも悪くなったのかって心配すんだろ」
「そうか」
「いや、だから。それだよ。何なんだよ、ったく。オレ、何かしたか?」
次第に獅子神の口調が速くなり、荒さが混じる。どうやら舵取りを間違ったらしいと悟って、私は首を振った。
「違う。あなたのせいではない、獅子神。すまない」
「
……
じゃあ、どーしたんだよ」
「ちゃんと話そう。そうだな
……
あちらに座ろうか」
私は少し先にあるベンチに目を向けた。
遊歩道を挟んで池とは反対側にある遊び場の、隅に置かれたベンチだった。すぐ横に大きな銀杏の木があり、見事な円錐型の樹形でそびえ立っている。既に紅葉が進んで、高い梢まで見事な黄色に染まっており、すっきりとした空の青さとのコントラストが目に眩しかった。
私たちは無言でベンチまで進んだ。一歩先に近づいた獅子神が、座面に落ちていた葉を手で払ってくれる。
「ありがとう」
「や、別に」
私は礼を言ってから、ベンチに腰を下ろした。
続けて獅子神が、隣に座る。触れそうで触れられない、微妙な距離だった。
「
……
で? 村雨先生は、どーしたって言うんだよ?」
顔を前に向けたまま、私の方は見ずに獅子神が問う。
私は少し思案してから、言葉を選んで話し始めた。
「まず
……
あなたには何の非も無い。なのに不快な思いをさせてしまったことを、最初に詫びたい」
「
……
おう」
「私は、そうだな
……
あなたに、もっと話してもらいたかったのだ」
「話して、って
……
オレ、ずっと喋ってただろ?」
「当たり障りのない話題でも、もちろん嬉しい。あなたが選んで話してくれていることだからな。しかし、私が今言っているのは、あなたの心の中のことだ」
「オレの?」
「そうだ」
ようやく獅子神が、私を見る。
私は頷いて、言葉を続けた。
「あなたは素直で、非常に心が読みやすい。なので私はつい、あなたの心を読もうとしてしまうし、その結果を口に出してしまう。それは聞いたあなたが照れるのが可愛いので、どうしてもその様子を見たくなってしまうからなのだが
……
どうした獅子神、顔が急速に赤くなっているぞ」
「オメー、よく本人に向かって平然と言うよな
……
」
「あなたの求めに応じ、正直に語っているまでだが」
「わーってる。オレが恥ずかしいだけだよ」
右手で顔を覆い、指でこめかみを押さえながら、獅子神がひらひらと左手を振ってくる。続けろという意味だと解釈できたので、私は話を戻した。
「ふと思ったのだ。私がそうして先に言葉にしてしまうから、あなたは心の内を語りにくくなっているのではないかと。だから、できるだけ口を開かず、あなたの話を聴いてみようと考えた」
「
……
」
「しかし、心配させてしまったのでは逆効果だったな。先にあなたに意図を説明し、了承を得ておくべきだった」
私がため息をつくと、獅子神は顔を上げて小さく首を振った。
「お前のやりたかったことは、わかったけどよ。どうして、そこまでするんだよ」
「そこまで、とは?」
「言いたいこと我慢して、オレに気ィ遣って
……
ンなの全然、オメーらしくねえだろ。何でオレに、そこまで」
「獅子神」
私は彼の言葉を遮って、正面から顔を覗き込んだ。
薄青色の瞳が、逃げ道を求めて揺れる。が、すぐに諦めたように視線を合わせて、落ち着いた。
彼の眼を捉えたまま、私はゆっくりと語りかける。手を重ねてそっと握りたくなる衝動を、何とか堪えた。
「あなたは真面目で優しく、気配りができる人間だ。あなたが身につけているそれらの資質を、私は高く評価している。が、こうして私と居る時は、もう少し楽にいてほしいと思うのだ」
「
……
どういうことだよ」
「日頃言えないこと、溜め込んでいる鬱憤などもあるのではないか? 私に合わせるばかりでなく、あなたのそんな本音も聞かせてほしい。私が、あなたを嫌いになることなど無いのだから」
「村雨」
「あなたの本音を打ち明けられる者、受け止められる者に、私はなりたいのだ。獅子神」
眼を離さずに、私は言いきった。
獅子神もずっと、私を見つめていた。
いつも明るい青色の瞳が、何故か深い湖のように思えた。森の奥にひっそりと存在する、誰も知らない湖。見つけて石を落としてみたとしても、底に辿りつく頃にはもう波紋が消えている。
どうして今、こんなイメージを抱くのだろう。子供の頃に読んだ寓話だっただろうか。なぜ今それが、湧いて出てくるのか。
——
私の視線が緩んだのを、おそらく察したのだろう。
「
……
ありがとよ、村雨。オレみてぇな奴に、そう言ってくれて」
無理やり作ったような微笑みで、獅子神は言った。
相変わらずの自分を卑下した物言いに、反射的に腹が立つ。私を惹きつけたあなたが、そんなつまらない存在であるはずがないのに。
が、ここでそれを指摘すれば会話は途切れ、獅子神は心を閉ざしてしまうだろう。だから、ぐっと我慢した。
その点は後々、じっくりと時間をかけて理解させればいい。
「でも、な
……
いくら親しくなったとしても、何でも言っていいってワケじゃねえだろ。これ言ったら絶対気ィ悪くするだろって事、あるじゃねーか」
「そんなことはない。獅子神、私は」
「いや、オメーにはわかんねーかもな。でもさ、あるんだよ。そーゆーのって」
「
…………
」
正直なところ、私にはわからなかった。
私が本音で何を言っても、兄貴や両親は大抵のことを受け止めてくれたし、その上で駄目なことは駄目だと、理性と誠実さをもって説いてくれた。友人と呼べるほどの友人を得ようと思ったこともないし、臨床実習を共にした同級生や職場の同期、先輩後輩などは、そもそも本音というものを語る相手や立場ではない。
だから私は、獅子神の言うような経験を、おそらく持っていないのだろう。それは推測できる。
しかし、頭ごなしにわからないと言われ、壁を作られるのは癪だった。
私は、こんなにあなたのことが好きなのに。
誰よりも近しく在りたいと、狂おしいほどに願っているのに。
「
……
私はそれほど、度量の無い男に見えるか」
口にしてから、自分でも驚いた。その言葉が、思った以上に寂しそうに響いてしまったことに。
これではまるで、私が同情を誘っているかのようではないか。
獅子神は軽く目を見開く。それから、ちょっと笑った。
「いや、オメーは心狭いだろ。他人に対して許せねえこと、多いじゃねーか」
「それは世の有象無象のマヌケ共に対してだ。あなたは、違う」
「あまり優しくない、とも自分で言ってたぜ?」
「賭場での話を今、持ち出すな。私は、私とあなたの話をしているのだ。獅子神」
ざあぁっ、と強い風が吹いた。
頭上の枝が揺れ、大きく葉擦れの音を鳴らす。そして、鮮やかに色づいた銀杏の葉が、これでもかというほど一斉に降りそそいできた。
私と獅子神の間にも、次々に葉が落ちてきた。午後の陽の光を受けて黄金色に輝きながら、風に吹かれて私たちを包むように舞う。ひと時、二人して茫然として、散りしきる葉を眺めた。
私はそっと眼を動かして、獅子神の様子を盗み見た。
驚きで軽く開かれた唇の、やわらかそうな形と艶が眩しい。青い瞳から先ほどの暗さはかき消え、空の色を映してきらきらと輝いていた。
やはり好きだ、と思った。
何を言われようと、諦めることなど考えられない。
「
……
すげぇな。綺麗だ」
やがて風が収まると、獅子神は呟いた。
「あなたのほうが、美しい」
「
……
い⁉︎」
獅子神がぎょっとしたように私を見る。それで私は、自分の本音が口に出ていたのを知った。
言葉にするつもりは、無かったのに。
「お、オメー
……
また、そういう」
「事実だ。仕方あるまい」
たじたじと間を空けようとする獅子神のなめらかな金糸の髪には、降ってきた葉の一枚が引っかかったままになっていた。小さな扇形の、黄色の葉。
私は手を伸ばして、その葉を摘まみ上げる。
びくっと獅子神の肩が、震えた。
瞼が一瞬固く閉じられ、それから恐るおそる開かれる。薄青色の瞳が私の口元に向けられていた。
「
……
キスされると、思ったのか」
「っ
……
!」
ぼっと獅子神の顔が赤くなった。
「安心しろ。私にも分別というものはある。まだ正式な恋人ではないあなた相手に昼日中の公園で事に及ぶほど、理性は失っていないつもりだ」
「
……
ツッコミどころが多すぎるぞ、そのセリフ」
「ふふ」
私は手にした銀杏の葉の柄を持って、くるくると回した。灯篭のように表裏が移り変わる様を眺めてから、葉を止める。落ちてきたばかりとあって、特に大きな汚れは無さそうだった。
色づいた葉をポケットに入れて、立ち上がった。
「さて、そろそろ行こう。腹が減った」
「さっき昼メシ食っただろ⁉︎」
「もう二時間近く経っている。甘いものを補給しても良い頃合とは思わないか」
「ハイハイ、オメーはそうだろうよ」
肩をすくめて、獅子神も立ち上がる。
私たちは駐車場の方へ向かって歩き出した。
「その葉っぱ、どうすんだ?」
私のポケットを見遣って、獅子神が尋ねてきた。
「そうだな、押し葉にして栞にでもするか。そうすれば本を開くたびに、今日のあなたを思い出す」
「
……
それはヤメロ。流石に恥ずかしーわ」
「美しいものを留め置きたいと思うのは、自然な心だろう? 秋の紅葉も、それに
——
」
本音を付け加えたいのをかろうじて我慢して、私は答えを切った。
本当はどんな紅葉よりも、あなたのほうが美しい。
これほどまでに私を惹きつけ、欲しいと思わせるのは、あなただけだ。
獅子神をこれ以上困らせないように、最後の言葉はそっとしまい込んで。
金の髪を飾った栄誉ある葉を抱いて、私は助手席にするりと身を収めた。
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