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果南(カナン)
2024-10-26 15:32:18
4564文字
Public
さめしし
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一石二鳥の卵
さめしし。ワンドロのお題「ハロウィン」「食事」で書きました。つきあっている二人で、さめ先生がちょっと頑張って料理をするお話です。
ししさんはどうしても、さめ先生には甘い。(2024/10/25 投稿)
「獅子神。この中で、私に作れそうなものはあるだろうか」
キッチンで鍋の中身をかき回していると、タブレットを抱えた村雨がやってきてそう言った。画面を斜めに立てて持って、ずいとオレに突き出してくる。
「んー? どれどれ
……
」
オレは右手でお玉を持ったまま、左手の指で画面をスクロールさせた。美味しそうな料理の写真が並んだサイトのページ。でも、具体的な分量や手順が載っているわけではなくて、単に料理を紹介しているブログの記事みたいなページだった。画面の上に目を遣ってブラウザのタブを見れば、ハロウィンの料理特集、との文字が読める。
「ハロウィンの、料理?」
思わず素っ頓狂な声を出してしまったが、村雨は動じずに頷いた。
「そうだ」
「お前が、作るのか?」
「そう言ったが」
「何でまた」
ひと通り下までページをスクロールしたところで、鍋の火を止めて、お玉を置く。まな板の前に移動して玉ねぎの皮を剥き、刻み始めたオレに、村雨は淡々と説明してくれた。
「同級生からの頼みでな、小児科病棟のハロウィンパーティーを手伝うことになった。日頃から当直の交代などで世話になっている手前、断れなかった」
「はー、なるほどね
……
」
ざくざくと包丁を動かして、みじん切りにしていく。自分の包丁と違うので少し違和感があるが、それもだいぶ慣れてきた。オレがここで料理する時のために買い揃えられた道具なので、家主である村雨は殆ど使っていないのだろう、切れ味も鈍っていない。
そんな素人同然の状態で、村雨が作れる料理。何かあるだろうか。
玉ねぎのみじん切りを終えたところで、手を止めた。ハンドソープで洗ってしっかり拭いてから、いったんキッチンを出る。
「
……
貸してみろよ。もうちょい詳しく見るわ」
「頼む」
タブレットを受け取って、椅子に腰掛けた。
村雨が見ていたのは、ハロウィンの伝統料理が並んでいるページだった。コルカノン、バームブラック、キャラメルアップル
……
どれも美味そうだが、村雨の手には余るだろう。
さてどうしたものかと思ったところで、ひとつの料理が目についた。デビルドエッグ。
「
……
あー。これ、いいんじゃねーか?」
「ふむ。どれだ?」
村雨が椅子を引っ張ってきて、隣に座る。タブレットの画面のオレが指差した先を、一緒に覗き込んだ。
「ゆで卵さえ作れりゃ、半分に切って、黄身をくり抜いて
……
あとはマヨネーズなんかと和えて詰めるだけだな。飾りは、この見本通りにすりゃいいし」
「なるほど。だが、作り方が載っていないな」
「検索すりゃいーだろ。いっぱい出てくると思うぜ」
「多すぎても、どれが適切かの判断に困る。それに、料理のレシピというものの記載自体が、私には理解し難い」
軽く眉根を寄せ、タブレットを睨みつけながら、村雨はため息をついた。
「卵が5個、マヨネーズが大さじ2、などと具体的な量が記されているものはいい。が、鍋に水をひたひたに、だの、塩をひとつまみ、だのと曖昧な記述が多いのは何故だ? レシピとは他人にその料理を再現させるための、いわば実験の手順書のようなものだろう? なのにどうして抽象的な表現に頼ろうとするのか、理解に苦しむ」
「
……
」
「弱火、中火などの記述も同様だ。私の家とあなたの家では調理台が全く異なるし、他の家もそうだろう。だから何目盛り分の火、などと迂闊に書けないのは分かるが、では何を基準に強さを語っている? 明確な換算表も無く、大雑把な三段階の分類だけで火力の説明を為したとするのは、些か手抜きが過ぎるとは思わないか」
「いや、一応それなりの基準はあるんだけどよ
……
」
オレは反論しようとしたが、村雨がぎぎぎ、と首を動かしてじっとりとした視線を送ってきたので、思いとどまった。
どれも慣れてくれば感覚で分かることだし、初めてだとしても何となくやってみて、あとは自分の好みと環境に合わせて調節していくものだ。料理なんてそれで十分なのだが、そういった観念自体が村雨には相容れないのだろう。
「先生
……
だから、料理苦手なんだな
……
」
「これに関してはあなたの方が長じているから、何とでも言えばいい。しかし、今回の件については、具体的な解決策があるとは思わないか」
深紅の双眸が、上目遣いにオレを見つめてくる。じっと見返すとやや楽しそうな、何かを期待している光が見てとれた。
タブレットに表示されている、デビルドエッグの写真。村雨の家のキッチンと冷蔵庫。ここで使える道具、材料、調味料を順に思い浮かべる。
それから肩をすくめて、望まれている答えを返した。
「
……
わーったよ。オレが、レシピ書きゃいーんだろ? お前がここでその通りに作れば、ちゃんと美味しく完成するように」
「上出来だ、獅子神」
嬉しそうに微笑んで、村雨が頬に唇をつけてくる。ありがとう、と耳元で囁かれた。
オレも軽くキスを返して、立ち上がる。
「じゃ、とりあえずメシ作っちまうから。食ったら買い出しに行くぞ。試作してみないと書けねえし、いろいろ足りない材料あるからな」
「そうか。では、車を出そう」
「優しいじゃねーか、先生」
「頼んだのは私だからな。それくらいの配慮は当然だ」
何故か偉そうに見えてしまう村雨にタブレットを返し、キッチンの中に戻る。刻んだ玉ねぎをフライパンに移し、料理の続きにとりかかった。
そうしてやってきた、ハロウィンの当日。
オレの書いたレシピの甲斐あって、村雨は無事にデビルドエッグを作りあげたらしい。朝起きたら、綺麗にタッパーの中に並べられた卵料理の写真が送られてきていた。
飾りつけは写真の通りで、乾燥パセリもパプリカの粉末も均等に振られているし、上に載せられた黒オリーブはちゃんと薄いスライスになっている。卵の断面もすぱりと平らで、案外やるじゃねえかと思いながら続きのメッセージを見たら、ずっこけた。
『卵もオリーブも、メスで切れるので楽だった。適切な料理を選んでくれた、あなたの眼力に感謝する』
いやまあ、確かに。あいつが一番慣れている刃物といえば、そうなのだが。
それ以上は深く考えないことにして、お疲れさまのスタンプを返しておいた。
夜はあなたと食事を共にしたい、と先日から言われていたので、先に仕事を片付けてから、オレも料理を作っていく。叶はハロウィンの企画配信、天堂は教会の行事だと言っていたし、真経津からは今日は遠慮しとく、とわざわざメッセージが来たので(村雨が釘を刺したのだろうか)、今夜はオレと村雨の二人きりだ。挽き肉たっぷりのパンプキンパイに、鶏肉入りのマカロニチーズグラタン。せっかくなので、村雨の家のタブレットで見たコルカノンも作ってみた。マッシュポテトにベーコンやキャベツを混ぜて味付けする料理なのだが、キャベツだけでなくきゅうりもほうれん草も加えて、思いっきり細かく切って混ぜ込んでやった。これならあいつも野菜が摂れるだろう。
パーティーとはいっても院内の病棟でのことなので、普通に昼過ぎにやるだけらしい。その後は仕事だからいつもと同じだ、と言っていた通り、夜になって村雨はやって来た。
「お疲れ、村雨」
「ありがとう、獅子神」
軽くハグして頬をすり寄せ、鞄を置いて、手を洗いに行く。いつもの流れでリビングに落ち着くと、村雨はおもむろに紙袋の手提げを突き出してきた。
「獅子神、これを。あなたと一緒に食したい」
「え?」
受け取って、中を見てみる。見覚えのあるタッパーが入っていた。
まさかと思い出しながら取り出して、蓋を開ける。
綺麗に飾りつけられて並ぶ、半分に切られたゆで卵の料理。今朝のメッセージで見たままの、デビルドエッグだった。
「お前
……
っ、何で、これ
……
」
「朝、写真を送っただろう? あなたのおかげで、うまくできた。感謝する」
「いやそうじゃなくて! 小児科のパーティーに持って行ったんじゃなかったのかよ⁉︎」
「あれは、口実だ」
しれっと悪びれた様子もなく、村雨は言ってのける。それから説明をつけ加えてきた。
「パーティーがあったのも、手伝ったのも本当だ。皆で仮装をして、既製品の菓子を配っただけだがな。ハロウィンらしい料理を作りたい、という意見もあったのだが、この御時世、素人の料理を供してトラブルでも起これば大問題だからな。それは没になった」
「た、確かに
……
」
言われてみれば、その通りだ。村雨の話の持って行き方が自然だったのと、作りかけの料理に半分気を取られていたので、あまり疑問に思わなかったが。
「皆で、って
……
オメーもハロウィンの仮装したのか? 何したんだよ?」
「それは訊くな。察しろ」
村雨がすごい目つきになったので、オレはそっちに話を進めるのを諦めた。
「じゃあ、最初からオレん家に持ってくるつもりで、作り方を尋ねたのか? 何だってそんな、回りくどいことを」
「あなたに、料理を振る舞ってみたかった」
そっと目を伏せて、オレの手を取りながら。
静かに村雨はそう言った。
「あなたはいつも美味しい料理を作り、それを嬉しそうに食べさせてくれる。だが、私は食べてばかりだからな。たまには、お返しをしてみたかった」
「村雨
……
」
「それに、これであなたが驚いてくれれば、立派なハロウィンのトリックになるだろう? 料理だからトリートにもなって、一石二鳥というわけだ」
最後はもういつもの調子で、自信たっぷりな口調だったので、オレは思わず吹き出した。
まったく、コイツは。
賭場ではあんなに、化け物みてえに強いのに。時々いきなり、こんな子供じみたことをして。それがまた可愛いと思えてしまって。
だから騙されても、つい許してしまう。
「オレ、トリートしか準備してねぇんだけど。不公平じゃね?」
「かまわない。あなたがトリックを仕掛けたとしても、私は見破るからな。意味が無いだろう」
「
……
言ったな? 来年、見てろよ? ぜってー驚かせてやる」
「ふふ、楽しみにしていよう」
手を繋いだまま、くすくすと笑いあって。
ほら食おうぜ、と促して、村雨をテーブルの椅子に座らせた。タッパーからデビルドエッグを取り出して、綺麗に皿に並べて置いて、オレも向かいの席につく。
軽い白ワインで乾杯して、いただきます、と手を合わせた。
真っ先に、村雨のデビルドエッグを皿に取った。箸で半分に割って、口に入れる。マヨネーズと少量のマスタードを加えて練られた黄身は、なめらかで舌触りが良く、コクのある味わいだった。わずかな辛味と白身とのバランスも上々で、薄切りの黒オリーブの風味もよく合っている。食べやすくて、すっと喉の奥へいってしまう。
「美味いな、これ」
「レシピを書いてくれたのは、あなただ」
嬉しそうに微笑む村雨は、パンプキンパイの大きな一切れを、早くも半分ほど平らげている。それから自分でもデビルドエッグを取って、ぱくりと口に放り込んだ。
思わぬトリックとトリートに驚かされた、ハロウィンの食事。
来年はいったい、どんな仕掛けになるのだろう。そう思うと、今から楽しみだった。
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