果南(カナン)
2024-09-20 20:03:49
3124文字
Public さめしし
 

綺麗な月

さめしし。ワンドロのお題「月」「声」で書きました。遅れて二人でお月見をするお話です。たぶん次の満月には、さめ先生が月餅を持ってくる。

 今日こそあなたの家に行ってもいいか、と。
 村雨から電話があったのは、ちょうど真経津を送り出した後のことだった。
 昨夜は、仲秋の名月。お月見しようよ、と真経津が言い出して皆で集まることになっていたが、村雨は直前になって、来られなくなったと連絡を寄越してきた。担当している患者が急変し、病院を離れられなくなってしまったらしい。
 仕方がないので四人でウチに集まり、真夜中近くまでわいわいとやって、真経津と叶に至っては泊まっていく始末だった(天堂は寝不足は肌に良くない、と早々に引き上げていった。そういうところはブレない奴だ)。今日は朝から仕事だから、と珍しく早起きしやがった叶(じゃあ何で昨晩のうちに帰らないのか)を送り出し、ごろごろと寝坊を決めこんでいた真経津も起こして朝メシを食わせて帰して、リビングに戻ったら電話が鳴ったのだった。
「そりゃかまわないけどよ……村雨、オメー大丈夫なのかよ」
 電話の向こうの村雨の声が、いつになく疲れて淀んでいる。顔が見えないぶん、心配だった。
『問題ない。昨夜の件は片が付いてしまったのでな。今日は手術も無い日だし、夜に呼び出されることもないだろう』
「いや、そうじゃねーよ。オメーの体調のことだよ」
 オレが言ってやると、村雨はちょっと黙った。
『それなりに、といったところだ。二時間は寝たしな』
「少ねぇだろ」
……すまない、もう切る。日付が変わるより前には、着けると思うが。こちらを出る前に連絡を入れる』
「わかった。無理すんなよ」
 努力する、と小さな声で村雨が言って、通話は切れた。
 真っ暗になったスマートフォンの画面を睨んで、オレはため息をついた。
 無理をするなと言っても、してしまうのが村雨だ。職業的にも、本人の性格的にも。
 それは、どうしようもないことで。
 オレは、オレにできることを考えるしかない。
「肉は、寝かせてたやつがあるから……芋と、生クリームと。あぁ上新粉、残ってる分で足りるかな。掃除は園田たちに任せるとして……
 必要なものを考え、冷蔵庫の中とストックの棚を確かめながらメモを作る。午前の仕事が終わってから買い物に行けば間に合うだろう。
 耳の奥に、疲れた村雨の声が蘇る。
 がんばれよ、と心の中で呟いて、意識して頭を切り換えながら書斎へ向かった。



 村雨は宣言通りに、日付が変わる前にやって来た。
 とはいっても、本当にギリギリだった。玄関を開けるとゆらりと入ってきて、そのままオレの胸に倒れ込んでくる。
……お疲れだな、先生」
 ぽふ、と胸元に埋もれた頭を抱きしめると、村雨はちょっと身じろぎをしてから、大きく息を吐いた。
「あなたの匂いは、落ち着く」
「そりゃよかったぜ。でも、とりあえず上がれよ」
「昨夜は来られなくて、すまなかった。彼らが破目を外して、あなたも大変だったのでは?」
「え?……あぁ、真経津と叶は泊まっていきやがったけど。ま、そこまでは。ちゃんと帰ったし」
「そうか」
 村雨が顔を起こしたので、ようやく目が合った。
 やっぱり、相当疲れている。視線にいつもの鋭さがなくて、目元の隈もひどかった。
「先に風呂入れよ。もう沸いてるし、着替えも準備してっから。ゆっくりあったまるんだぞ」
……そうだな」
「歩きたくないなら、抱っこで運んでやろうか?」
 半分は元気を出させるつもりで、残りの半分は本気で言うと、村雨はちょっと笑った。
「大変魅力的な提案だが、今は遠慮しておこう。そのまま、あなたから離れられなくなる」
「何だよ、それ」
 苦笑するオレの頬に、村雨が素早く唇をつけてくる。そのまま靴を脱いで、風呂場へと歩き出した。
「感謝する、獅子神」
「おぅ。鞄、リビングに持って行っとくぞ」
「頼む」
 背中で返事をした村雨を見送って、オレは鞄を持ってリビングに入る。ソファの傍に置いてから、食事の支度を始めた。
 とはいっても、ほとんどは温め直したり、盛りつけたりするだけだ。肉は村雨が戻ってきてから焼くし。食後の準備まで余裕で整えたところで、村雨が風呂から上がってきた。
 村雨はだいぶ顔色が良くなっていて、いつものようにオレの作った料理をよく食べた。風呂上がりの柔らかさが残る髪で、もう着慣れているネイビーブルーのパジャマに包まれて、村雨はもくもくと皿を空にしていく。一心に食べている姿はどことなく小動物的な可愛さがあって、見ていて飽きない。傍目にも機嫌が良くなっていくのが分かるので、なおさらだった。
「獅子神」
 やがて食事を平らげた村雨が、顔を上げてオレを呼ぶ。ごちそうさま、とは言わないので、まだ食べ足りないのだろうなと察せられた。
「メシはその辺にしとけよ。デザートっつーか、ちょっと準備してるヤツがあるから」
「何だ、それは」
「すぐ出すからさ。ソファのほう、座っててくれるか」
 村雨はきらりと眼を光らせたが、おとなしくソファへ移動した。
 オレは用意していたプレートを持って、キッチンを出る。部屋の照明を半分に落とし、窓のカーテンを開けてから、村雨の前にプレートを置いた。
……これは」
 村雨が目を丸くした。
「お月見だからな。今日も……月が、綺麗だろ?」
 村雨に出したのは、小さめに作った月見団子を山盛りにして、スイートポテトとマロングラッセ、キノコ型のチョコなどを添えたものだった。本当は団子と一緒に芋や栗やキノコなんかを飾るらしいので、そのアレンジだ。流石にマロングラッセとチョコは買ってきたやつだけど。
 カーテンを開けた窓からは、南西の空に輝く満月が見える。村雨はプレートと窓の外をまじまじと見比べていたが、やがてオレのほうを見てふっと微笑んだ。
「そうだな。あなたと見るから、綺麗だ」
 今度はオレが目を丸くする番だった。
「お前、その意味とか返し方、知ってんのか⁉︎ 絶っっ対に通じないと思ってたぞ⁉︎」
「月見の予定だったからな。予習した」
「予習って」
「あなたはこういうのが好きだろう? それくらいの気遣いは、私にもある」
 そう言うと村雨は、両腕を広げて目を細めてきた。
 甘えるような目つきに誘われて、ソファの隣に腰を下ろす。しなやかな腕が背に回って、抱きしめられた。
「ありがとう、獅子神。わざわざ私のために、今日もう一度作ってくれたのだろう?」
 耳元で、低い声で囁かれる。あたたかい息が耳たぶにかかり、穴の奥まで忍び込んでいった。
「手間をかけさせて、すまなかった」
「いや、別に……作るの簡単なヤツだし。それに団子は昨日も作ったけど、あとはお前専用だから」
「そうか。ありがとう」
 電話越しじゃなくて直に受け止める村雨の声が、心地良い。体の触れ合った部分からも伝わってくるようで、じわりと全身に沁み込んでくる。
 村雨がちゃんと、ここにいる。
「いいって。お前が元気出たなら、それで」
 オレもぎゅっと村雨を抱きしめると、わしわしと頭を撫でた。されるがままになっている村雨にひとしきりそうしてから、背中をポンと叩いてやる。
「ほら、食えよ。熱いお茶淹れてきてやるから。何がいい?」
「月見だからな。緑茶でお願いしよう」
「りょーかい」
 体を離し、ソファから立ち上がると、月見団子を摘まみ上げながら村雨が言った。
「次の満月には、私から何かお礼をさせてほしい」
……毎月やるのかよ、月見」
「月は綺麗だからな。あなたとなら、何度眺めても良いだろう」
 振り返った村雨が、にやりと笑う。
 そのまま細い指先で、オレが作った白い団子をぱくりと口に放り込んだ。