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果南(カナン)
2024-09-13 16:04:59
3013文字
Public
さめしし
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視線の先
さめしし。ワンドロのお題「映画」「秋の夜長」で書きました。映画に興味のなかったさめ先生が、いろいろと思い直すお話です。今まで興味が無かったことでも、二人でなら楽しくなっていく。そうやって世界が少しずつ広がっていってほしい。
『なぁ、村雨。今日は一緒に、映画見ねえか?』
獅子神がそう言い出したのは、私が夕食を終えようとする頃だった。
曰く、仕事である投資先の関係で、近日中に見ておかなくてはいけない映画らしい。けっこう話題になったやつだし面白いらしいからさ、と獅子神にしては熱心に誘ってきた。明日の休みには獅子神の車でドライブに出かける予定だし、そのまま夜は私が仕事なので、見るなら今晩のうちに、という算段は納得がいく。なので、あなたがそうしたいのなら、と了承の意を伝えて今に至った。
だが正直なところ私は、映画という媒体にさほど興味が持てなかった。本ならば自分のペースで読めるのに、映画は作品の意図する展開
——
多くはゆっくりすぎて冗長だと感じられる
——
に従って見るしかない。しかも一つの作品が二時間だの三時間だの、やたらと長いときている。それだけのまとまった時間があれば、もっと有益な事が色々とできるだろう。
今も同じようなことを感じながら、ソファに獅子神と並んで座って、私は画面を眺めていた。そこそこ売れた作品というだけあって作りはしっかりしているし、俳優の演技も素人目で見る分には問題ない。ストーリーも王道で多くの人がのめり込めるだろうと思えるものだったが、裏を返せば、それは先の展開が読みやすいということでもあった。
しかし隣に座る獅子神は、おぉ、と感嘆したり、心配そうに眉根を寄せたり、嬉しそうに笑みを浮かべたりと、目まぐるしく表情を変えながら画面に見入っている。私は画面に集中するのは早々に諦めて、耳と目の半分で映画を追いながら、そんな獅子神を存分に眺めることにした。
厚手の白磁のティーカップは、獅子神の淹れてくれたシナモンミルクティーで満たされている。皿に盛られた数種の菓子を順につまみながら、温かく香ばしい飲み物を口に含み、今この時を満喫しているらしい恋人の姿を堪能する。それは確かに、秋の夜長にふさわしい過ごし方と言えるのかもしれなった。
が、同時にそれだけでは済まないものが、私の中で少しずつ湧き上がってくる。
映画の長い時間を通じて、蓄積されていく。澱のように。
「あぁ
……
終わっちまったなぁ。何か、あっという間だったな」
やがて映画が終わり、スタッフロールが流れ出すと、獅子神はほぅっとため息をついた。首を回し、両手を上げて伸びをしながら、天井のあたりにぼんやりと視線を送る。
薄青色の瞳が部屋の照明を受けて、きらきらと光る。軽く瞳孔が窄まったものの、頬筋は弛緩し、口元も僅かに開いたままで、まだ心ここに在らずといった風情だった。
私はシナモンミルクティーの最後のひと口を飲み込んで、カップをローテーブルの上に戻した。まだ流れているスタッフロールにちらりと目を遣ってから、呼びかける。
「獅子神」
「
……
え?」
いつもより若干遅い反応で、獅子神がこちらを振り向く。
やわらかいその頬を、両手で包んで引き寄せる。開いたままの唇に、素早く自分の唇を重ねた。
「んっ
……
⁉︎」
かぷ、と斜めに食むようにして、舌をすべり込ませる。獅子神の舌に絡ませ、奥まで撫で上げる。口内の弱い箇所をひと通り弄って、喉の奥で喘ぐ息を味わってから、ゆっくりと唇を離した。
唾液がわずかに糸を引いて、すぐに切れる。
「なっ、何だよ、いきなり
……
」
「映画は終わった。次は私を見ろ、獅子神」
言ってやると獅子神は、赤くなった頬でぽかんと口を開けた。
美しい空色の瞳が、戸惑ったように揺れる。さまよった視線が、幾度も私の上を行き来した。
「えーっと、村雨
……
もしかして映画、面白くなかったか?」
「いや、そんなことはない。王道の展開ながら随所に工夫が凝らされていると感じたし、テンポの悪さもなく、飽きさせない。あなたが夢中になって見ていたのもよく分かるし、そんなあなたを眺めているのも大変楽しかった」
「え?
……
は? オレ⁉︎」
「だが」
私はソファの上でずいと身を乗り出した。獅子神が反射的に上体を反らして、距離を開けようとする。
「二時間近くもの長い間、あなたの関心が私に向けられないのは、やはり寂しいものがある。隣にずっと並んで座っているのにも関わらず、だ。あなたのやりたいことは尊重したいと思うし、共有する話題が増えるのは喜ばしいことだと理解できるが、私はこうしてあなたと向き合い、見つめ合うことのほうをより好む」
「村雨
……
」
獅子神が力なく私の名を呼んで、視線を投げかけてくる。私を傷つけまいとする言葉を探して、困っているのが見てとれた。
私は軽く息をついて、首を横に振った。
「わかっている。映画を見ることを承知しておいて後からこんなことを言うのは、私の我儘だ。あなたは、悪くない」
「いや、その」
「不快な思いをさせて、すまなかった。今日のところは帰るとしよう」
「
……
だから待てって!」
立ち上がりかけた私の手が、ぐいっと引っ張られた。ソファに引き戻されて、背もたれに体重を預けて座り込んでしまう。
「村雨」
隣にどかりと座り直した獅子神が、改めて私を呼んだ。
振り向けば薄青色の瞳が、真摯な光で私を覗き込んでくる。
「オレも悪かったよ。仕事絡みで、て言っちまったから、オメーも見るの却下できなかったんだよな。すまなかった」
「
……
それはもういい。実際、映画とあなたを見ている間は楽しかった。こんなことを言って、あなたを困らせるつもりは無かったのだが」
「オレの何を見てたのかが、ちょっと怖ぇけど
……
まあそれは置いとくか」
獅子神はいったん言葉を切ると、深呼吸をしてから話しだした。
「映画見ててオメーの気持ちに気づかなかったのは、オレが悪かったと思うから
……
そこは謝らせてくれよ。ごめんな。でもオレ、お前と一緒に見たかったんだよ。面白いって聞いてたから、一緒に楽しめたらなって」
「わかっている。あなたは、悪くない」
「ありがとな。で、これからもまた、同じようなことってあると思うんだよ。映画に限らず、自分が見て面白れぇなって思ったら、お前に見せたくなると思うしさ」
「あなたのその気持ちは、嬉しい」
「
……
だから、さ。次に何か一緒に見る時は、こうすっから」
そう言うと獅子神は、真剣な顔で私の手をとった。
指を絡めて、そっと握ってくる。そうして隣に座った体を寄せてきて、とんと私の肩に自分の肩をつけた。
「これならもっと一緒にいる感じがするし。オメーのこと感じてるの、わかるだろ?
……
如何でしょうか、村雨先生?」
「獅子神
……
」
握られた手が、獅子神の腿の上に置かれている。夏物の薄いズボンの布越しに張りのある筋肉と肌を感じられて、獅子神の体温がじわじわと伝わってくる。
自然に体がリラックスして、心も緩んでしまって、私は微笑んでいた。
「
……
悪くないな。恋人同士のようだ」
獅子神がぷっと吹き出した。触れあった体の部位から、楽し気な振動が伝わってくる。
「だって、恋人同士だろ?」
「勿論、そうだ」
私も笑いながら、獅子神の肩に頭をのせた。空いているほうの手が伸びてきて、優しく頭を撫でてくれる。
秋の夜長にこうして寄り添って、恋人と理解を深め合いながら、親密に過ごす。
そのきっかけになったのだから、映画というのもなかなかどうして、悪くない。
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