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果南(カナン)
2024-08-30 19:46:39
3385文字
Public
さめしし
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見つめて、増やして
さめしし。ワンドロのお題「コレクション」で書きました。お互いの大切なコレクションが、ちょこっと増えた夜のお話。
茄子、ピーマン、かぼちゃ、パプリカ。色とりどりの野菜を大きめに切って、ごま油を広げたフライパンで焼いていく。こんがりと焼き目をつけたところで、熱いうちに漬け汁に放りこむ。味噌汁用の片手鍋は水を張って昆布を沈め、蓋をして冷蔵庫に入れた。
明日の朝食の仕込みを終えたところで、ダイニングテーブルのほうを振り返る。ほとんど空になった皿を前に、村雨は箸を持ったままで、残った緑の塊をじっと見据えていた。
「おーい、村雨。生きてるか?」
声をかけると、ちらりと視線がこっちを向いた。
「また見事にピーマンだけ避けやがって。何で肉と一緒に食わねーんだよ。そのほうが美味いだろ」
「ピーマンを一緒に食するなど、肉の純粋さが損なわれる。それは御免だ」
「じゃあ、ピーマンも純粋に味わえよ。ちゃんと美味そうなやつ、店で選んできてるんだぞ」
「あなたが選び、調理してくれたのだから、美味しいことはわかっている。ただ、心を決めるのに時間が必要なだけだ」
村雨は淡々と言うと、また視線を皿の上に戻した。
オレはため息をついて、キッチンを出た。テーブルに歩み寄り、村雨の正面の椅子を引いて腰掛ける。残したピーマンを前に硬直している村雨を眺めた。
別に野菜が食べられないわけでもないのに、村雨は時々こういうことをやる。何か嫌なことがあって虫の居所が悪いのか、単に疲れているからなのか、はたまた他に理由があるのか、オレにはわからない。ただ、真経津たちがいる時はここまではやらないし、ということはオレに甘えようとしているんだろう、とは判るので、ある意味駄々をこねている村雨、という貴重な状態をありがたく拝見しながら、気が済むまでつきあうようにしている。最終的に食べなかったことは無いので、村雨なりのコミュニケーションなのだと思えば、さほど気にならなかった。
村雨はぎぎ、と音が出そうなぎこちなさで首を動かすと、鋭い眼光をオレに向けた。
「他の野菜は食べたのだから、繊維もビタミンも補えているはずだ。私がピーマンを諦めたところで、問題は生じないのでは?」
……
どうやら、今日はわりと拗らせているらしい。目の奥が若干荒んでいるし、近くで見れば目元の隈もいつもより濃い。
でも、ここで前例を作るのはよろしくない。
オレは座ったままでテーブルに片肘をついて、身を乗り出した。姿勢良く座っている村雨を、ちょっと斜め下から見上げる恰好になる。
「いーや、これに関しては容赦しねぇぞ。バランスの取れた食事は大切だって、オメーはお医者サマなんだからよく分かってるだろ? オレが見ててやるから、ちゃんと食え」
ぴくりと眉を動かして、村雨がオレを見下ろしてくる。負けないように、深紅の瞳をじっと見返した。
研ぎ澄まされたような目の光が、何かを考えるように揺れる。揺れて、丸まって、また揺れて、そして。
「
……
わかった」
ややあって、村雨が頷いた。箸を動かして、ピーマンを口に運び始める。
オレはほっと息をついて、そのまま村雨が食べる様子を見守った。いつも通りの、淀みのないペースだ。箸の使い方もきちんとしていて、美しい。
ほどなくピーマンを食べ終えて、村雨は箸を置いた。ごちそうさま、と手を合わせてから、思い出したように水の入ったグラスに手を伸ばす。
そうしながら、ふふ、と笑った。
「何だよ」
「いや、またコレクションが増えたな、と思ってな」
「ぁ? どーゆーことだよ」
オレが顔を顰めると、村雨は楽しそうに微笑んだ。
「私の中の、あなたのコレクションだ。笑った顔、怒った顔、嬉しそうな顔、悔しそうな顔
……
私の見てきたあなたは、全て私の中にある。先ほど私にピーマンを食べさせようとしていたあなたは、内に秘めた凄味が頭をもたげていて、なかなか新鮮だった。これならピーマンを残すのも悪くないというものだ」
「
……
いや、最初からちゃんと食えよ」
オレは一応ツッコミを入れておいてから、がしがしと自分の頭を掻いた。
「しっかし、なぁ
……
コレクション、って。オレ別に、そんなに色んなことしてねぇと思うんだけど。何か珍しいことあったか?」
「何気ない日常でも、愛しい相手の仕草や表情は全てかけがえなく、大切に思えるものだ。いつまでも記憶に留め、折に触れて眺めたいと思う。特に不思議なことでもないだろう」
そう言うと村雨は、にやりと口の片端を持ち上げてオレを見た。
「勿論、ベッドでのあなたも同様だ。私に触れられて感じていく様、次第に蕩けていって身も世もなく喘ぐ姿、涙をこぼしながら果てる瞬間の、わけが分からないほどの快楽に包まれた顔
……
どれも私だけが知る、あなただ。他の誰にも、決して譲れない。世界にただ一つの至上のコレクションと言えるだろう?」
「な
……
っ!」
照れることも悪びれることもせず、全くもって堂々とした態度で言ってくれる。これが村雨の通常運転といえば確かにそうなのだが、聞いているこっちとしては恥ずかしいことこの上ない。
「あのなぁ
……
お前、よくそーゆーこと真顔で言えるよな
……
しかも、メシ食いながら」
「もう食べ終わったが」
「っるせー! まだテーブルにいるだろ! 最中とかいちゃついてる時じゃねーのにって、そーゆー意味だよ!」
「あなたと二人でいる時は、常にいちゃついているも同然だ」
また至極真面目な顔で村雨が言ったので、オレはそれ以上の反論を諦めた。こいつは本当にそう思って言っているのだし、オレが口で勝てるワケがない。
「はぁー
……
ったく、もう
……
」
にしても、コレクションって。
そんなに御大層に、名前をつけて、箱に閉じ込めるみたいなことしなくたって。
オレは、お前の傍にいるのに。
お前が望む顔くらい、幾らだって見せてやれるのに。
村雨が自分の中で思い出すオレは、そんなに良いものなんだろうか? そう思うと、ちょっと寂しいというか、怖さがないこともない。
——
でも。
『どれも私だけが知る、あなただ。他の誰にも、決して譲れない』
「あー
……
でも、そっか。そうだよな」
それは、わかると思った。
オレも同じだった。
「
……
獅子神?」
「オレも、いろいろ持ってるし。オレしか知らない、オメーの顔」
さっきの、野菜を食わずにうだうだと屁理屈並べてる時なんかもそうだし。
例えばベッドでオレを攻めたてる時の、ぞくぞくするほど色気にあふれた顔。達するのをギリギリで堪えている時の、眉間に皺を寄せた切なげで余裕のない顔。
そして、果てた後に疲労困憊して突っ伏してしまって、それでもオレを見て、この上なく満足そうに微笑む顔。
全部、オレだけの村雨だ。
「だから、同じだよな」
にやっと笑いかけてみせると、大体は伝わったらしく、村雨は嬉しさと悔しさを半分ずつ混ぜた複雑な表情で、口元を歪めた。
「
……
私のほうが多い。私のほうがあなたをよく見ている」
「へーへー。いーよ、それで」
苦笑しながら立ち上がって、こくこくと水を飲む村雨の傍に行く。グラスを傾ける動作も表情も全くいつも通りだったが、それでもその目元は、ほんのりと赤く染まっているように見えた。
空になったグラスを、村雨が無言で差し出してくる。それを受け取りながら、ふと思いついて提案してみた。
「なあ
……
今日、一緒に風呂とか入ってみる? 新しいコレクション、見つかるかもしれないぜ」
村雨は一瞬、目を見開いて。
それから、艶やかに笑った。
「上等だな。受けて立とう」
「何だよ、それ。勝負じゃねーぞ」
「私はあなたの事なら常に全力を尽くす。必ず、入浴中に新しいあなたを見つける」
「わかった、わかったから。ほら、準備するぞ」
何やら闘志を燃やし始めたらしい村雨の肩を軽く叩き、宥める意味で額にもキスしてから、流しにグラスを置いた。湯の温度やら諸々を確かめに浴室へ向かいながら、さっきの村雨の反応を思い出す。
どうしたって頬が緩んで、にやけてしまう。
この後、オレが風呂でどんな目に遭うとしても。
あの驚いた顔と、その後の笑顔だけで、十分に負けないほどの村雨が見られたな、と。
そう思えて、新しく増えた愛おしいコレクションを大切に心にしまい込んだのだった。
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