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果南(カナン)
2024-07-31 06:01:44
6113文字
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さめしし
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夜のアイス
さめしし。つきあっている二人が、夏の夜にコンビニデートするお話です。
なかなか自分に自信が持てない獅子神さんと、自信はあってもふとした事で臆病になる村雨先生。
獅子神さん、子供の頃にアイスの買い食いとかできなかっただろうな、むしろそんなことしてる友達から逃げるようにして店の前を立ち去っていただろうな、と思って…良い思い出が無ければ、大人になってからわざわざ食べたりもしないだろうなぁ、と考えてたらできたお話です。これから村雨先生と一緒に、いろいろなことを重ねて分かち合っていってほしい。
「
…………
暑い」
真夏の夜、大抵の家からは明かりの消えた頃合いに。
オレの家を出て少し歩いたところで、村雨がぼそりと呟いた。
日が沈んでだいぶ経っているとはいえ、最近の酷暑続きの毎日じゃ、この時間でも十分に気温は高い。なのに村雨ときたらいつもどおりのスーツ姿なのだから、当然といえば当然のひと言だった。普段は家と職場を車で往復するばかり、今日オレの家に来たのも仕事帰りだから仕方ないのだろうけれど、せめてジャケットだけでも脱いでくれば良かったのにと、オレとしては思ってしまう。それか、冷房の効いたオレの家で涼んでくれていても勿論かまわなかったし、むしろ一度はそれを勧めたのだ。
「だから、家で待ってりゃ良かったのに。ちょっと片栗粉を買いに、コンビニ行くだけなんだから」
「ひとりであなたの家にいても、意味が無い」
試しにオレが言ってみると、即座にぴしゃりと答えが返ってきた。村雨の顔は正面を向いたままで、視線を動かすことすらしていない。
「別に、一人じゃねえだろ。園田たち、まだ片付けとかしてくれてるし」
「
……
マヌケめ」
ぎろり、と瞳だけが的確に動いてオレを睨む。ちょうど街灯の下を通ったところで、不機嫌さを露わにした村雨の眼が明るい赤みを帯びて輝いた。
「あなたがいなければ、無意味だと言っている」
「
……
悪ィ」
村雨の声が存外真剣だったので、オレは考え無しの発言だったことを謝った。
それから、どうせ分かられてはいるだろうとは思いつつ、一応つけ足しておく。
「でもさ、お前は仕事帰りで疲れてるだろ。それでもオレん家に来てくれてンだから、ゆっくりしててほしかったんだよ」
「あなたのその思いやりには、感謝している。だが、こうしてあなたの傍にいるほうが、私の疲労回復には有効だ」
ひたりとオレを見据え、いつもの調子で言ってのけると、村雨はわずかに
——
以前のオレなら絶対気づかないほど、ごくごく少しだけ
——
口元を緩ませた。
「それに、夜のデートというのも悪くない」
村雨の長い指が、そっとオレの指の腹を撫でる。夜でも蒸し暑い空気の中、その指先だけがひんやりとして感じられた。
「
……
行き先、コンビニだけどな」
「今日のところは、それで良いだろう」
楽しげに返してきた村雨の指を軽く握って、オレ達は最寄りのコンビニへの道を進んで行った。
この辺りは閑静な住宅街で、深夜ともなればほとんど人通りは無い。が、残業帰りのサラリーマンなのか、スーツ姿の男性が疲れた様子で歩いてくるのが見えた。オレは思わず手を引っ込めかけたが、村雨はまつ毛の一本すら動かさずに、ただ離すな、と気配だけを送って寄越した。
かなわねえなぁ、と思いながら、細い指を包むように手を握りなおす。
それでも、コンビニの明かりが近づき、店内にいる客の姿も見分けられる所まで来ると、村雨はするりとオレの手から指を抜いた。ほっとしたような、寂しいような気持ちが同時に胸を横切っていく。
「あなたの、そういうところが好ましい」
「ったく、何でも読んでんじゃねーよ」
赤くなった頬を少しでも隠したくて、オレは大股で村雨を追い抜いて先にコンビニに入った。
目的の片栗粉は、すぐに見つかった。でもすぐにレジに向かうのも味気ない気がして、何となく店内を一周してみる。明日の朝食用にハムでも買い足すか、でも村雨はこんなもんじゃ満足しねえよなぁ、と思いながら振り返ると、当の村雨はアイスのケースを見下ろして、じっと立ちつくしていた。
「なんか欲しいモンでもあるのか?」
オレが隣に立って声をかけると、村雨は小さく頷いた。
「
……
懐かしいものがある」
「一緒に買うぞ? どれだよ?」
「コーヒー味だ」
村雨が見ていたケースの中に、コーヒー味のアイスは一種類だけだったので、オレでも迷うことはなかった。コイツにしては親切なヒントだと思う。
レジで支払いを済ませ、出口で待っていた村雨と並んで、店の外に出た。歩きだしながら催促する気配を感じたので、かさかさと鳴るビニール袋を開いて、アイスを渡す。
「感謝する、獅子神」
村雨は呟くと、そのままアイスの袋を開けた。
細長い瓶のような形をした柔らかいプラスチックの容器が、二つくっついて出てきた。中にシャーベット状のアイスが入っているタイプらしい。
ぱきり、と迷わずに真ん中で容器を分けると、村雨は当然のように片方を差し出してきた。
「オレに?」
「他に誰がいる」
言外にマヌケめ、と罵られた気がして、オレは内心で首をすくめた。
「いや、でも
……
オレ、糖質制限中だし」
「この程度の熱量、後ほどベッドの上で消費するだろう。私も協力するのだから問題ない」
「だから! なんで、そう
……
」
わざわざ真顔で、ベッドの上とか言い出しやがるのか、と。
照れくさくて、何も考えずに言い返しかけて、気がついた。
オレが食事に気を遣ってることくらい、村雨はとっくに知っている。それでもこんな風に渡してくるってことは、何か伝えたいことがあるってことだ。
「
……
すまねぇ。貰うわ」
「わかればいい」
村雨は特に顔色も変えずに頷くと、さっさと自分の容器を開けた。
オレも蓋の輪っかに指を掛けて、引き上げるようにして開けていく。半分くらい千切ったところで中身が出てきたので、急いで口をつけて吸った。
キンとした冷たさが、舌を撫でる。暑さで気怠くなっていた頭が、しゃきっと冴えるようだった。
「あー
……
いいな、これ」
「だろう?」
当然のように村雨が手渡してきたアイスの空き袋を回収し、千切った自分の容器の蓋とまとめてコンビニの袋に入れる。それから、アイスの容器を持ち直した。
先の細い口の部分を軽く噛んで、やわらかくなったアイスを吸う。再び冷たさが口いっぱいに広がった。袋にはコーヒー味と書いてあったけれど、市販のカフェオレに氷を入れてしばらく待ったみたいな、うす甘い味だった。くどくなくて、食べやすい。
「子供の頃は、よく兄とこれを分けて食べた」
唐突に村雨が、そんなことを言った。
「へぇ
……
」
「幼い私にもちょうど良い量で、食べ過ぎで下痢や頭痛を生じたりしなかった。容器に入っているから、途中で溶けたアイスが垂れ落ちることもない。よくできているものだと思った」
「
……
お前、子供の頃からそーゆー感じだったのか」
「今の私の言葉で表現するとそうなる、というだけだ」
村雨はため息をつくと、両手でアイスの容器を包んでがしがしと揉みしだいた。やわらかくなったアイスが、じゅっと村雨の口に吸い込まれていく。
「アイスの袋を開けて二つに分け、一つを私に差し出す兄は、いつも満面の笑顔だった。何がそんなに嬉しいのだろうと思っていたが
……
ようやくわかった気がする」
「え?」
「大切な相手と同じものを分かち合うのは、それだけで心踊る事なのだな」
村雨はアイスの容器に口をつけたまま、じっとオレを見つめてきた。
「それ
……
オレのことか?」
「だから、他に誰がいる」
マヌケ、と今度こそ付け加えられたひと言に続いて、ぴしっとガチめのデコピンが飛んできた。職業柄、手先が鍛えられているのだろうか。細い指なのに、けっこう痛い。
「ってぇ
……
」
「あなたが、その点に関してはいつまでもマヌケだからだ」
オレが額をさすっていると、村雨はもう一度ため息をついた。
「自分の現状に甘んじないのはあなたの美徳だが、必ずしもそれが最良でない場面もある。少なくとも、私があなたを愛しているという事実には慣れて、自信を持ってほしい」
いつもの物言いだったが、村雨にしては切々とした響きが含まれていた。
「
……
ごめん。努力する」
オレは素直に謝った。
恋人としてつき合い始めても、自分が村雨に並び立てるほどになったとは正直とても思えない。でも村雨がオレを大切にしてくれているのはよく分かるし、オレだって負けないくらいに村雨のことが好きだ。不安にさせるのは、本意じゃない。
だから、精一杯の気持ちで付け加えてみた。
「でもさ、嬉しいんだよな」
「何がだ」
「お前がそんな風に、昔のこととか、自分の気持ちとかを話してくれるのがさ。なんか特別なんだなぁって思えるし、そういう時のお前の顔、いいなって思う」
「
…………
そうか」
村雨はわずかに目を細めて微笑むと、ずずっと残りのアイスを吸い込んだ。オレのアイスはまだ半分くらい残っているのに、もう食べきってしまっている。
やっぱり村雨だなぁ、と感心しながら、冷たい容器を右手に持ち換えて、オレもアイスを溶かして吸いながら歩いていく。と、隣で村雨がぴたりと足を止めた。
「どうした?」
「いや
……
」
珍しくためらいがちな返事をして、村雨は空の容器を握った自分の手元を見ていた。
よく見れば、確かに瓶の形をした容器はぺしゃんこになっていたけれど、指先に引っかけるようにして持っていた蓋の部分に、アイスが少しだけ残っていた。たぶん開けた時に、先っぽに入っていたアイスが一緒に千切れてしまったんだろう。律儀に上を向けて、こぼれないように今まで持っていたのが、真面目な村雨らしいと言えばそうだった。
でも。何で。
「そこ、食わねえの」
蓋に溜まっているアイスを指差すと、村雨はぴくりとこめかみを動かしてから、意を決したようにこっちを向いた。
「獅子神」
「お、おぅ」
正面から見つめられて、オレも背筋を伸ばす。
が、次に村雨の口から出たのは、全く予想外の言葉だった。
「
……
蓋に残ってしまったアイスを吸うのは、品のない行為だと思うか?」
オレは思わず吹き出した。
ちょうど口の中のアイスを飲み込んだところで、本当によかったと思う。でなければ大惨事になるところだった。
「お前
……
ソレ、わざとか?」
今となってはずいぶんと懐かしく、だから半分は茶化すつもりで。
オレは笑いながら言ったのだが、村雨は至極真面目に言葉を返してきた。
「それもある。が、あなたの見解が気になるのは事実だ」
「えぇっと
……
?」
「愛しいあなたから私への評価は、常に最高のものであることが望ましい。その為なら数㎖のアイスを諦めることは、私も決してやぶさかでは無い」
そう言った村雨の、いつも隈のとれない目元は、街灯の下でほんのりと紅くなっていて。
丸い眼鏡の奥からオレを見つめてくる瞳が、いつになく切ない光を孕んでいて。
——
あぁ、珍しい。こんなの、滅多にないことだけれど。
今なら、オレにも。
村雨の気持ちが、手に取るようにわかる。
「
……
村雨」
オレはできるだけ神妙な表情を作って、そっと村雨の肩に手を置いた。
「何だ」
「つまり
……
食いたいんだろ、お前。その蓋のアイス」
「
…………
」
村雨の気配が
——
いつも隙なくこちらを見つめてくる無数の眼が、ぴくっと揺れたのが感じられた。
誤魔化すように、視線が逸れる。というか、統制が取れずに勝手にあちこちを向いているようだった。
——
こいつでも、図星突かれて照れたりするのか。
そんな村雨が、何とも微笑ましく思えて、愛おしさがこみ上げてきて。
オレは指先でちょん、と村雨のこめかみをつついた。
「気にせず食えばいいだろ。別に、品が無ぇとか思わねーよ」
「本当に、そうか?」
「あぁ。むしろ残しちまったら勿体ねーだろ。いいから、さっさと食えって」
「
……
ん」
村雨はアイスの蓋に口をつけると、ちゅっと中身を吸った。
なんか小動物みたいな仕草で、かわいい。そして、目を伏せてわずかに唇を開いた横顔が、妙に色っぽい。
一瞬見惚れていると、今度はくるりとこちらを向いて、オレを見据えてきた。
「な、何だよ。こっちも食うか?」
慌てて自分のアイスを差し出したが、村雨はふるふると首を横に振った。
「それは、あなたのだ」
「じゃあ
……
」
村雨の視線が、オレに突き刺さる。
いつも読み切れない紅い瞳の奥に、熱く滾るものが覗く。なかなか自分の底を見せない村雨が、オレにだけは見せる情熱。
コトに及ぶ前の時と同じ、隠しきれない燠火。
オレも、その熱に浮かされて。指先がひとりでに村雨の髪に触れて、引き寄せそうになる。
——
でも。
「
……
キスは、その、帰ってからな」
何とか踏み止まってそう言うと、村雨はつまらなさそうに肩をすくめた。
「分かってはいたが、残念だ。流されて私にキスした後で狼狽えて、劣情を持て余すあなたを見てみたかった」
「おっ、お前なぁ
……
」
いつもの調子で淡々と言われて、オレは手にしたアイスの容器を握り潰しそうになってしまった。むにゅっと飛び出してきた中身を、急いで口に含む。
村雨はなおも楽しそうに言葉を続けた。
「まあ、あなたの家に帰り着きさえすればかまわないのだろう? 要は外界との遮断が達せられれば、あなたの逡巡は消失する。つまり
……
」
「言っとくけど、明日の肉の仕込みは先にさせろよ⁉ せっかく片栗粉買いに行ったんだし、これお前が食うやつだからな! 一晩寝かせるのとそうでないのじゃ、全然味が違うんだよ!」
「
……
ふむ。では、そこは譲歩しよう」
村雨は細い指先ですっとオレの頬を撫でて、微笑んだ。
「あなたの料理も、あなたも、大変楽しみだ。帰るぞ、獅子神」
「おぅ」
オレは残りのアイスをがしがしと吸い込んで、容器のごみをビニール袋にまとめた。辺りに人影が無いことを確認してから、隣を歩く村雨の袖をそっと引く。
するりと手の内に入り込んできた長い指に、自分の指を絡めて握った。繋いだ手と、わずかに微笑みを残す横顔から、嬉しそうな気配が伝わってくる。
全く、コイツは。
賭場ではバケモノみてえに強くて、容赦なくて。
いつも冷静で、感情なんて無いみたいに振る舞いながら、その実ちゃんと情にあふれてる。
そして、オレだけには見せてくれる甘えたな姿や、欲情に奮い立つ時のぎらついた瞳。
そんなものすべてが愛おしくて、あぁやっぱりオレは村雨のことが好きなんだなぁと改めて噛みしめながら、薄雲のたなびく夏の夜空を、オレも微笑んで見上げたのだった。
家に着いてから、アイスの空き袋を捨てる前に、一本あたり何キロカロリーなのかを確かめてみた。
成分表示には、運動で消費するにはなかなかの熱量が書かれていたけれど。
その後の夜は、いつも以上に焦らされて、たっぷりと甘い言葉を囁かれて、喘がされて。わけが分からなくなるほど何度もイかされて、本当に腰も上がらないほど疲労困憊してしまったので、きっとそれくらいのカロリーは楽に消費したに違いない。
眠りに落ちる前に、優しくキスをしてくれて、
『私の、言ったとおりだろう?』
と笑った村雨は、濡れたような深紅の瞳をきらきらと輝かせていて。
いつものように自信に満ち溢れていて、甘やかで
——
とても、綺麗だった。
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