y00black
2025-08-29 18:39:37
8082文字
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The Third Choice

ゼノくんをストーキングする科学者とスタンリーが対決する話

きらきらと輝く、深宇宙のような漆黒の瞳。あどけなくまるい、ミルク色の頬。柔らかそうなポンパドールにまとめられた、星の色の髪。
「今日も最高にかわいいよ、ゼノくん……
レンズ越しに彼を眺めて、私は熱い息を吐いた。

我が大学始まって以来の天才児、ゼノ・ヒューストン・ウィングフィールドくんが10歳で入学してきたのは昨年のことだ。学部が違うため接点はなかったが、蝸牛のようなリュックを背負ってキャンパスを歩く姿を一目見た時から、彼の存在はブラックホールのように私のすべてを吸い込んでしまった。

今や、研究室の望遠鏡には正立プリズムが固定され、地上の星を観測するばかりだ。本や星図に埋もれた狭苦しい研究室は、窓から中庭ごしにゼノくんの姿を眺めるための聖なる観測室となった。

天使のように愛くるしい姿に、たぐいまれな叡智。彼こそは神がつくりたもうた至高の被造物だ。彼は航空宇宙工学専攻らしいから、将来的には天文学とも関わりができるかもしれない。いつかゼノくんが研究室のドアを開け放ち、あの黒い瞳を輝かせてこう言うのだ。

「はじめまして、Dr.シュマック。僕はゼノ・ヒューストン・ウィングフィールド。突然だが、あなたの天文学に関する知見が必要なんだ。僕の研究に協力してくれるかな?」
それから二人で宇宙の秘密を解き明かし、そのうちお互いの秘密も分かち合う仲に……

そんな夢想にふけっていると、ゼノくんが目を輝かせて何か語りかけてきた。いや、違う。ゼノくんの手前にいる誰かに話しかけているようだ。望遠鏡の狭い視野ではよく分からないが、どうも同年代の子どもに見える。ゼノくん同様飛び級で入学した子か、それとも見学に来た友人か。

ゼノくんの、友人。

そう考えただけで、私の心は重くなった。ゼノくんは普通の11歳児ではない。恐るべき知性と可能性を兼ね備えた至高にして孤高の存在なのだ。凡百の子どもと関わって、レベルを落とすべきではない。望遠鏡にかけていた手が震えて、狭い視野角からゼノくんが消えた。替わりに映ったのは手前にいた子どもの後ろ姿――いや、違う。

ゼノくんの方を向いていた少年は、銃に気づいた野生の獣を思わせる仕草で機敏に振り向いた。狼のような琥珀色の瞳が、こちらをまっすぐに射貫く。私は望遠鏡から弾かれたように飛びのいて、その場に座り込んだ。なんだ、なんなんだ、あの少年は。

美しすぎるじゃないか。

   ◇   ◇   ◇

「どうしたんだい、スタン?」
急に背後を振り返ったスタンリーに、ゼノが首を傾げた。
「今、なんか光った」
スタンリーは窓の外を見つめたまま動かない。
「中庭の向こう、4階の右端。あれ、望遠鏡じゃね?」
 
ゼノもつられて窓の外を見た。一部屋だけ黒いカーテンがかかっているようだが、この距離で望遠鏡までは視認できない。
「あれは理学部棟だったかな?天文学の研究室なら、望遠鏡くらいあるだろう」
「でも、レンズが下向いてんぜ。まるで、こっちを覗いてるみたいに」
「きみ、ほんとに目がいいね。この距離でそこまで分かるのか」
呑気に応えるゼノに向き直ると、スタンリーは苛立ったように言った。
「分かってんの?あんたが覗かれてんだよ」
「ああ、そういうことか」
 
大学に入学して以来、人から注目されることには慣れっこになっていた。今さら観察者が一人増えたところで、大した影響はない。
「よくあることさ。見られるだけなら問題ない」
肩をすくめて答えると、スタンリーが眉間にしわを寄せた。
……警戒心なさすぎだろ。変態だったらどうすんよ」
「変態?」
首を傾げて問い返すと、スタンリーの頬が染まった。
 
「俺も、射撃大会に出た後、変なやつに追いかけられたんだけど」
いつも端的に話すスタンリーにしては、珍しく口ごもる。
「その、身体に触ろうとしたり、さ」
「ああ、小児性愛者のことかな?心配ない、この大学に入学できている時点で最低限の理性は保証されているよ。たとえそういう欲望を持っていたとしても、実行に移すほどの無分別ではないさ」
「そんなの、分かんねえだろ」
スタンリーは拳をぎゅっと握った。
「もし、あんたに何かあったら……
「ふふ、まるで僕のボディガードみたいだね、きみ」
「冗談言ってる場合か!」

スタンリーは唇を噛んだ。ちらりと窓の外を見て、顔をこわばらせる。
「まだ見てやがる」
吐き捨てるように呟くと、肩を怒らせて走り去ってしまった。
「困ったな……あの研究室に乗り込むつもりか」
ゼノはため息をつくと、ポケットから小さな矩形の装置を取り出した。
「まあ、ちょうどいい。これの性能テストも兼ねようか」

   ◇   ◇   ◇

軽やかな足音が廊下に響く前から、彼が来るのは分かっていた。そう、まるで宿命のように。あの距離から私の視線を感じ取り、眩い獣のような彼が私を狩りに来るのを。
「そこに、いんだろ」
ドア越しに、妙に落ち着いた少年の声。答えられずにいると、轟音とともにドアが蹴破られた。カーテンを閉め切った薄暗い部屋に、廊下からの光が差し込む。逆光に縁取られた少年のシルエットに、狼のような瞳だけが浮かび上がった。
……てめえか。ゼノを汚らしい目で見てやがったのは」
押し殺した声が、抑えきれない怒気を孕む。声変わり前の喉から出るとは思えないほど獰猛な響き。
「ち、違う……
口の中がからからに乾く。唾を呑み込みながら、必死に言い訳を考えた。
「私はただ、彼を――ゼノくんを、観測していただけだ。研究の一環で……
「ふざけんな」
吐き捨てるような声とともに、後光を背負ったシルエットが一歩近づいた。
「ガキ狙いの変質者が。ゼノには指一本触れさせねえ、お前なんかに……っ」
語尾が激昂に揺れる。その不安定な声音で、私は気づいてしまった。
「きみは、触れたいんだね」
少年の肩がびくんと震える。顔がそらされ、シルエットが優美な横顔を映し出す。あどけなく丸い頬の産毛が金色に光っている。天使のように愛くるしいが、騙されてはいけない。この子は既に「欲」を知っている。
「友人のふりをして、ゼノくんに汚い欲望を抱いているんだろう?なんと卑劣な」
「ち、違う!」
少年が狼狽えたように叫ぶ。これで形成逆転だ。胸の底から仄暗い歓喜が湧き上がる。
「それなら、どうして私がゼノくんに不埒な真似をしようとしてるなんて考えた?自分がしたいからじゃないのかね」
「そ、それは」
言葉が揺らぐ。私は勝利を確信した。
「私はただの観測者にすぎない。ゼノくんにとって遥かに危険なのは、きみの方だよ」
「黙れ!」
追い詰められた獣の眼差しで、少年が飛びかかってきた。なんとか身体を躱して後ずさると、少年も機敏に向き直って突進してくる。と、床に積んであった星図に足を取られて体制を崩した。咄嗟に望遠鏡をつかみ、思いきり振りかぶる。聖なる観測具を、などと躊躇う間もなかった。
「っ……!」
床に倒れた少年の身体に、舞い上がった書類が降り積もる。ドアから差し込む光を浴びて少年の全貌がやっと見える。さっきまでの獰猛さが噓のような愛らしさ、あでやかさに息を呑む。
……きみみたいな悪い子には、お仕置きが必要だよ」
ぐったりと力を喪った身体をケーブルで縛り上げながら呟く。
「やはり、きみは危険だ。こんな子が近くにいたら、ゼノくんが堕落してしまう」
そう、あまりにも危険すぎる。敬虔なる観測者だった私に、こんな欲望を抱かせるくらいなのだから。

   ◇   ◇   ◇

「理学部棟4階の一番端?ああ、Dr.シュマックの研究室ね」
ふくよかな指でキーを叩きながら、Ms.リベラは快活に答えた。
「でも、どうしてDr.シュマックに?ゼノくん、工学部でしょう」
「ええ、でも、研究のために天文学の知見をお借りしたくて」
学科事務のMs.リベラには、入学時から何かと目をかけてもらっている。聞いたところでは、ゼノと同い年の子どもがいるらしい。ゼノも彼女と話すときは、なるべく子どもらしい口調を心がけている。
「それにしたって、ほかの先生の方がいいと思うけど」
「Dr.シュマックには、何か問題が?」
「以前は学会に注目されるような論文も発表してたけど、昨年からはさっぱり。講義も手抜きだって学生から評判悪いのよ」
昨年ということは、ゼノが入学してからか。スタンリーの危惧は、あながち的外れでもなかったのかもしれない。
「でも、中庭の窓から立派な望遠鏡が見えたので、きっと設備は整っていますよね」
「そうかもねえ。あの人ご実家が資産家だから、自費で色んな機材買ってるみたいだし」
「それをお借りできたら助かるんですが、僕みたいな子どもが一人で行っても聞いていただけないでしょうね……教授たちから信任の厚いMs.リベラに同行していただけると、とても心強いのですが」
しおらしく上目遣いで頼んでみると、Ms.リベラは頬を緩ませてうなずいた。ゼノも心からの笑みを返す。これから予想される展開を考えると、目撃者は多い方がいい。

理学部棟への長い渡り廊下を歩きながら、ゼノはポケットから矩形の装置を取り出した。昨夜思いつきで作った、即席のRFビーコンだ。送信機はさっきスタンリーのポケットに入れておいた。スイッチを入れると、ぴこんぴこんと数秒おきに小さな電子音が響く。やはり近づいている。

「Dr.シュマックの研究室は、この廊下の突き当たり……あら珍しい、ドアが開いてるわ」
Ms.リベラが呑気に言いながら部屋に踏み込んで息を呑む。ゼノも背後から部屋を覗き込んだ。カーテンを閉め切った薄暗い室内だが、荒らされているのは歴然だった。床には書類が散乱し、窓から見えていたらしき天体望遠鏡が横倒しになっている。

「何か……あったのかしら?」
Ms.リベラが呆然と呟く。その足もとに、何かきらりと光るものがあった。かがみこんで拾い上げる。さっきスタンリーのポケットに忍ばせた、RFビーコンの送信機だった。

   ◇   ◇   ◇

頭が痛い。強くぶつけた後みたいに、痛みがズキズキと身体中で脈打っている。両腕は後ろ手に縛られ、脚は膝下を固められている。口には布が押し込まれ、視界は真っ暗だ。

――どこだ、ここ?

目隠しはされていないようで、背後から細い薄明かりが差しているのが分かる。どうやら狭い箱のようなものに押し込められているらしい。軽く身体を揺すると、がたがたと傾く感触がある。思いきり身体を揺らせば、箱を倒せるかもしれない。

何度か弾みをつけていると、不意にがちゃりと音がした。頭上から光が差し込むと同時に、外の空気が流れ込んでくる。

「おや、お目覚めかね」
半開きの蓋に手をかけながら覗き込んできたのは、さっき研究室で見た男だ。あの時は小柄で貧相に見えたが、こうして下から見上げると妙な威圧感がある。眼鏡の分厚いレンズが、スタンリーの怯えた顔を映した。
「機材用の収納ボックスは狭苦しいかい?もう少し我慢してくれるかな」
男の顔が引っ込んで、視界いっぱいに薄暗い天井が広がった。古い板張りの小屋裏で、隙間から細い光が差している。光の帯の中を埃がきらきらと舞い、どこかで小動物が走る気配がした。外から流れ込んでくるのは、腐った木と麦わらと錆びた鉄の匂い。子どもの頃に住んでいた、祖父母の農場に似ている。

「廃農場の倉庫だよ。街から離れていて、星がよく見えるんだ」
数歩離れたところから、男の声がした。
「やはり田舎はいいね、余計な街灯はないし、空気も澄んでいる。周囲の農場はほとんど廃業していて、通りかかる車すらない。完璧な観測地だよ」

つまり、ここから逃げ出したとしても、どこにも助けを求めるあてはないってことだ。ご丁寧にどうも。そんなことを言われても、スタンリーは諦める気などない。たとえ両脚が縛られていようが、この不気味な男をぶちのめしてから両脚ジャンプで家まで帰りついてやる。男は箱の方まで戻ってくると、スタンリーを見下ろしてニタリと微笑んだ。

「いいね、実に素晴らしい。年端も行かない少年に、ここまで不屈の闘志があるとは」
男の顔が近づいた。生臭い吐息が耳にかかる。口を塞がれた状態で、呼吸さえまともにできない。背筋を何かいやなものが這い上がった。

「それでこそゼノくんの友人だ。取るに足らない愚かな子どもが、彼のそばにいていいはずがないからね」
男は手を伸ばし、スタンリーの頬にそっと指を滑らせた。肌の表面が、ざっと粟立つのが分かる。
「しかし……その友人が、ゼノくんに汚らわしい欲望を抱いているとしたら?」
スタンリーは全身をすくめて指から逃れようと後ずさった。しかし、狭い箱の中に逃げる場所などない。

「科学にまい進する、純粋なゼノくんを汚してはいけない。きみだって、そう考えて私に釘を刺しに来たんだろう?」
骨ばった指先が、スタンリーの髪をすくい上げる。さらさらと流れ落ちる金髪が、おぞましい笑みを浮かべる男の顔をさえぎった。
「そんなきみが、欲望にその身体を穢されてしまったら……果たして今までのように平気な顔で、彼の前に出られるかな?」
いやらしい含み笑い。これから何をされるのか、いやでも想像させるような。スタンリーはぎゅっと目を閉じた。

――ごめん、ゼノ。もう、会えないかもしんねえ。

その時、スタンリーの耳にキィンと耳を刺すような金属音が飛び込んできた。目を開けると、男は音に気づいていない様子でにやにやと笑いを浮かべている。スタンリーは思いきり身体を振って、蓋の蝶番がある方に倒れ込んだ。箱が大きく揺らいで、男が慌てたように飛びのいた。箱が横倒しになると同時に、倉庫内に爆音が轟いた。金属製らしき丈夫な箱が、爆風でびりびりと震える。

震動が収まったのを確認すると、スタンリーは縛られた手足を何とか動かして箱から這い出した。倉庫の中はさっきより明るくて、大量の砂ぼこりが舞っている。さっきまでいやらしい笑みを浮かべていた男は、扉の破片でも当たったのか頭から血を流してうずくまっている。床にはひしゃげて吹っ飛んだ金属扉が転がっている。目を細めて光が差す方を見ると、大きく開いた入り口と、その光を後光のように背負った小さな人影が目に入った。

「おお、試作品の超音波衝撃波発生装置は正常に作動したようだね?威力は思った以上だったが、隣の農場で試し打ちするというわけにもいかなくてね」
小さなシルエットは、芝居がかった仕草で両手を広げた。
……っざけんなよ、マジで……月まで飛ばされっかと思ったぜ」
「でも飛ばされなかった。さすがだよ、それでこそ僕の友人、スタンリー・スナイダーだ」
大仰なお辞儀をして見せるゼノに、乾いた笑いしか出ない。まったくイカれてやがる。こんなやつに夢中な俺もだけど。
……ちくしょう……私の崇高な計画を……
すぐそばでうめき声が聞こえた。勢い良く流血している額を押さえたまま、男が恐ろしい形相でこちらを見ていた。
「ゼノくんに……友人など……
「おお、その声はDr.シュマックかな?はじめまして、工学部2年のゼノ・ヒューストン・ウィングフィールドだ。もっともあなたは僕のことを、よく知っているようだけど」
「ああ……ゼノくん……こんな風に出会うはずじゃなかった……それもこれも」
男はふらりと立ち上がった。手には小さな金属片が握られている。吹っ飛んだドアの破片か、蝶番だろうか。
「スタンリー・スナイダー……と言ったかな?きみさえいなければ、ゼノくんは至高で純粋なまま……
男がスタンリーに向かって金属片を振り上げる。スタンリーは横っ飛びに転がって逃れた。床に擦れた拍子に、腕を縛っていたケーブルがほどける。両手を床につけて立ち上がった。脚のケーブルはまだほどけない。両脚ジャンプで家まで帰り着く自信はあったが、今この男を躱せるかは微妙なところだ。それに。
「ゼノ、下がってろ!こいつヤベェぞ!」
「ああ、言われなくても分かってるさ!」
ゼノが入り口に立ったまま叫び返す。そうだ、それでいい。男との距離を測りながら、じりじりと入り口の方に移動した。逃げられると焦ったのか、男は倉庫の隅を見回して錆びたシャベルを拾い上げた。柄の長さだけでも3フィートはあり、重そうな先端は赤黒く錆びついている。あんなので刺されたら大変だ。背後から、ゼノの叫び声が響いた。
「スタンリー!きみの銃だ!」
スタンリーが振り向くと同時に、ゼノは手に持った銃を高く掲げると、思いきり振りかぶって投げた。放物線はスタンリーの頭上遥か上に描かれ、手を伸ばしても届かない。背後にいた男がジャンプして銃を取った。
「はは、これで形成逆転だ」
男の勝ち誇った顔に一瞬視線を投げると、スタンリーは全力でゼノの方へとジャンプした。
「無駄だよ」
嘲るような笑い声と、銃のセーフティが外される音。そして数秒の後、爆音とともに悲鳴が聞こえた。

   ◇   ◇   ◇

手が。銃を握っていた手が、焼けるように熱い。手のひらから親指の付け根までがざっくりと裂け、黒く焦げた皮膚を赤く染めている。痛みと出血で頭が働かない。腐りかけた床に膝をついたまま、なすすべもなく手のひらを見つめていると、小さな人影が目の前に立った。痛みをこらえて見上げると、ずっと遠くから見守ってきたゼノくんがすぐ近くに立っている。私は息を呑んだ。
「さて、Dr.シュマック。僕たちにはいくつかの選択肢がある」
ゼノくんはにっこりと無邪気な笑みを浮かべて言った。
「まず一つめは、ここから僕らの痕跡を完全に消して立ち去ることだ。あなたは助けを呼ぶこともできず、ここで失血死する。実験中の事故で片づけられるだろうね」
天使のような顔で悪魔のようなことを言う。
「二つめは、警察に助けを求めることだ。実際にスタンリーはあなたに誘拐された。性的被害を受けたと訴えることもできる。手当は警察病院で受けられるよ」
スタンリーと呼ばれた少年が、ゼノくんの隣に立った。やめろ。ゼノくんに近づくな。
「そして三つめ。実験中の事故として、病院に助けを求める。僕らはあなたの実験を手伝っていたことにしよう。お互い真相は他言しない。その後は大学を離れ、どこか星の綺麗に見える田舎で暮らすといい」
「おい」
スタンリーがゼノくんの肩に手をかけた。やめろ。
「こんなやつに温情かけんのかよ」
「彼の業績は評価しているよ、僕は科学に嘘はつかない。いつかどこかで、彼の知見が役立つかもしれない」
ゼノくんはしゃがみ込んで、私の目を見つめた。
「ああ、出血がひどいね。意識がなくなる前に、この三つから選んでくれるかな?意思表示がなければ、当然に一つめの選択肢として判断させてもらう」
……み、っつ、め……
私が声を絞り出すと、ゼノくんはにっこりと微笑んだ。
「では、車に戻って病院に連絡して来よう」
そして立ち上がると、もはや私には目もくれずに踵を返す。
「ゼノ、ごめん。勝手なことして」
スタンリーがその後に続いて歩き出しながら、ぼそぼそと呟いた。ゼノくんの足が止まり、スタンリーに寄り添う。
「僕の方こそ、悪かった。きみの危惧はもっともだったのに、つい軽視してしまった」
「そんなこと……
スタンリーの手が、そっとゼノくんの手を握る。私はその場に倒れ伏した。血を喪った身体がしんしんと冷え、思考を朦朧とさせる。

初めから、かなうはずなどなかったのだ。ゼノくんのそばに、私の居場所などなかった。

吹き飛んだ倉庫の扉を踏みしめて、天使のような悪魔のような少年二人が倉庫を出ていく。その仲睦まじい後ろ姿を眺めながら、私はゆっくりと意識を手放した。