【クラシエSS】「好き」とクラシエのはなし

まだ付き合ってない/ラジオネタ

僕の「好き」は、小さな頃から変わらなかったはずだった。
主と兄はもちろん、歌うことやホットケーキや機械いじりは気づいたときにはもうとっくに大好きで、他にも例えば月や星を眺めることも美味しいお茶を飲むこともあったかいお風呂に入ることも小さなころからずっと好きで、それはずっとずっと変わらず地続きだった。そんな僕の宝物のような「好き」が例えば減ったり増えたり、そんな風になることなんて思ったこともなかった。


目の前に座るシエロモートは、キラキラした瞳で僕の作った機械を見つめている。ご要望の通りの絵を転写したそれを見て、彼は嬉しそうに自分の主が喜ぶと繰り返した。
「本当にありがとうクラーク!」
「別に」
こういう時は「どういたしまして」と言う方が良いのよ、と頭の中で主の声が聞こえた気がしたけれど、僕の口からは素っ気ない言葉しか出てこなかった。けれどそれを意に介しないように、シエロモートは目を細めて笑う。
「嬉しいなあ。ずっと楽しみにしていたから。――君って優しいよね」
「優しい?」
首を傾げながら問い返せばシエロモートは頷く。
「だって僕のためにわざわざ作ってくれたんでしょう?それって優しさ以外の何物でもないじゃない」
別にアンタのためじゃ
反射的に言葉を返してから、僕は口をつぐむ。シエロモートのためじゃないとしたら。だったら何のため?
(僕は機械いじりが好きなだけででも)
「クラーク?」
何でもない
あの時の自分は、ひどく浮かれていたのだ。
そもそも主とルタ以外のために機械を作ろうと思ったのは、初めてだった。工房の職人たちは僕にいちいち機械の作成を依頼したりなんかしないし(彼らなら自分で作った方が早い)城に勤める妖精も国民たちも、欲しいものがあったりしたら城内工房の担当者に依頼する。
だからたぶん、うれしかったんだ。ラジオに届いた一通のお便りをきっかけに、シエロモートが僕の発明品に興味を示してくれたこと。その発明品を褒めてくれたこと。それから、僕の自信作を欲しがってくれたこと。
改良したいと思っていたのは本当だけれど、だったら古い方の機械を彼に渡してもよかった。けれどそれを僕はしなかった。それどころか機械を作りながら考えていたのは、ずっとずっと彼のことだった。青空が好きというし、パーツを空色に染めたらいいかもしれない。よくコーヒーをこぼすというから、防水加工をした方が安心だ。小柄な彼でも手軽に持ち運べるように、少しサイズダウンしようか。そんな風に考える時間がひどく楽しかったことを思い出して、僕は混乱する。大好きな機械をいじっていたから楽しかった。果たしてそれだけだろうか。
「わあ凄い。ねえクラーク、ここがピカピカって光ったよ。見て見て。分かる?」
「作ったから分かってるけど」
無邪気にあちこちのボタンを押したり小さなモニターを覗き込んだりするシエロモートを見ながら、僕はじんわりと幸福感がにじみ出てくるのを感じた。なんだろうこれは。嬉しい。彼のことを考えて作っていた時よりも、目の前で喜んでくれる姿を見てくれる方が。もっと喜ばせたい。もっと。
……そこのみっつのボタン、同時に長押ししてみて」
「えっ?」
彼が言われた通りにすると、ふたりの真ん中に置かれていた機械からオルゴールの音色が流れ出す。
凄い!」
「青空の元にいると、音楽が聞きたくなることがあるかなと思って。せっかくだしつけてみた」
「凄い、素敵だね!ありがとうクラーク!」
ぶわ、と胸がいっぱいになるのが分かった。ちょっとした仕掛けを思いついたものの、正直喜ばれるかどうかは分からなかった。そもそも彼がどんな音楽を好むかも分からなかったのだし。
けれど。
アンタの方が優しいと思うけどな」
小さくつぶやいた声は、どうやらオルゴールに夢中になっているシエロモートの方には届かなかったらしい。なあに?と表情だけでこちらに問いかける彼に、小さく首を振る。
結局彼には、こっそりつけたギミックを全て明かした。彼はそのひとつひとつに驚いたり喜んだりしてくれて、そのたび僕は口元が緩みそうになった。


「じゃあまたね。クラーク、今日は本当にありがとう!」
うん、と僕はお城の門まで見送りに来てくれたシエロモートに頷いてみせる。
「僕、今日はとっても嬉しかった。クラークともっと仲良くなれた気がするし」
「仲良く?」
誰にでも言っていそうな甘やかで陳腐な言葉に、不意にざわつきを覚える。ここまでで終わりだろうか。彼との「仲良し」の距離は。
(もっとたくさん、喜ぶ顔が見たいのに)
流れ星のようなこの感情は何だろう。ぼんやりしている僕にシエロモートは少しだけ不安げな顔を見せた。どうしたの?と問う声がする。嫌だな、と僕は思った。もっと笑っていてほしいのに、そんな顔をしないでほしい。
「何でもない」と答えて、門の近くに停めてあった蒸気自動車に乗り込む。バックミラーに目をやれば、満面の笑みでこちらに手を振るシエロモートと目があった。
そうして、ようやく僕はひとつの結論に達する。
(ああ、僕は彼のことが好きなんだな)
主や兄に思うのとひどく似ている、けれど何かが違う気がする感情。
もしかしたら「好き」には種類があるのかもしれないと僕は思う。例えばルタに対する好きとホットケーキに対する好きが違うみたいに。
(彼への好き、はどんなのだろう)
そう思いながら僕はアクセルを踏む。今度は何をしたらもっと笑ってくれるだろう。そんなことを考えれば、僕も自然と笑みがこぼれた。