【クラシエSS】擦り傷とクラシエのはなし

付き合ってる/☁さんがちょっとナーバス/詳細描写はさほどありませんが怪我ネタ、主ネタありなので苦手な方はご注意ください

「手の甲、どうしたの?」
連絡なしでふらりと僕の部屋にやってきたシエロモートは、開口一番そう問うた。僕は彼に指で示された手の甲に目をやる。確かにそこには、赤くて細い線が幾本も並んでいた。既に乾いた傷は赤味もだいぶ落ちついているけれど、それでも確かに目立つかもしれない。
「あぁこれ?擦っただけだけど
「擦ったって?いつ?どこで?どうやって?」
「え昨日かな。機械いじりをしてるときに
「痛くなかった?ちゃんと手当てした?」
……このぐらい、大丈夫だよ」
まじまじと傷口を見ながら矢継ぎ早に質問をしてくる恋人に、僕は少々驚きながら答えを返す。あれもこれもを知りたがるのはいつも通りではあるけれど、それにしたってずいぶん性急な問いかけに感じる。
「他に怪我しているところはないの?」
「多少はあるんじゃない?」
僕の言葉にシエロモートは、ぎゅっと眉間にしわを寄せた。瞳が少しだけ揺れて動揺したようにも思える。
「本当に?いつ?どこで?」
「大きなものでもない限り、どこをどう怪我したかなんていちいち覚えていないよ。だいたい騎士をやっていれば多少の怪我ぐらいは普通にあるでしょ」
「えっ、僕はほとんど怪我をしないけれど」
……あぁそう
天才騎士の言葉にため息をついてみれば彼は「そんなことより!」と身体を近づけてくる。
「他にも怪我しているなら全部見せて」
何で
「君のことは全部知りたいんだもの。ねえ、どこ?ちょっと上着を脱いで」
「だから覚えてないって
言いかけた言葉はぐい、と上着を引っ張る手で遮られる。強引に袖を抜かれそうになって、諦めて自分で上着を脱いだ。無理に脱がされて服が破れでもしたら困る。
「あっ、ここも
「え?」
ちょうどひじのあたりの青あざを目に止めたシエロモートが声を上げる。いつぶつけたかも分からないあざはもう薄くなっているのに目ざとい。シエロモートはぎゅっと目を細めてさらに「全部脱いで」と言う。
「何でそんな――
「良いから」
綺麗な湖を思わせる色の瞳でじっと見つめられて、僕は口をつぐむ。彼がどうしてこんなに僕の身体の傷に固執しているのかはわからないけれど、とにかく適当にごまかせないことは分かる。かといってハイわかりましたと目の前で服をやすやす脱ぐのはいくら恋人同士であっても抵抗があるのだけれど。
「クラーク」
分かったって」
結局諦めて服を脱ぐことにする。このままだと魔法か力づくかで無理矢理服を破かれてしまう。ここは僕の自宅で服の替えはあるけれど、ルタとおそろいの服をこんな理由で手放すことはいやだ。
首元のホックを外してオールインワン型の服を脱ぐ。「その下も」と言われてインナーまで脱げば、シエロモートはようやく満足げに頷いた。
「動かないでね」といった彼は、「あ、ここにホクロがある」とか「意外と筋肉があるんだね」などと言いながらくまなく僕の身体を見ていく。
……もういい?」
「んまだ。あれ、これ腰のこれは傷跡?」
「え?あぁ小さい頃のやつでしょ」
「ふぅんあ、ここ引っかいたような傷、が
襟足の髪をかき分けながら言ったシエロモートは、けれどそこで口を閉じる。そういえばついこの間そこを引っかかれたんだったな、と思い出して眉を八の字にしている彼を見た。今は彼の口元にいっている指先が、先日つけた傷跡。
「満足した?」
手を止めた彼に言えば、シエロモートは「うん」と急にしおらしい声を上げる。インナーを手渡してくれたので、身体が冷えないうちに(そして彼の気が変わらないうちに)着ていく。
引っかいたところ、痛かった?」
「まぁ、髪を洗う時に少し沁みたぐらい」
そう言えばシエロモートは、しょんぼりと項垂れた。「ごめんね」と小さくつぶやく。
ともすれば不遜な態度ばかりとる彼が急に落ち込むさまに、僕は首をかしげる。
「このぐらいの傷は全然大した事ないけど」
「でも
「なんなの今日は。何かあった?」
服を着ながらそう問えば、彼はしょぼくれたまま頷く。
「怪我をしてたんだ」
ポツリとつぶやいた主語のないその言葉に、あぁ、と僕はようやく合点がいく。彼の感情をここまで揺さぶることができるのは、ひとりしかいない。彼が愛してやまない主が、彼の知らない間に怪我をしていたんだろう。きっとたいしたことはなかったのだろうけれど(大怪我であればこうしてそばを離れることはありえない)だからといって良かったねというわけにはなるまい。自分だって大切な主が少しでも傷ついてしまったら、落ち込んだり慌てたりするはずなのだから、気持ちはわかる。
「今日、アンタの主は?」
「おでかけしてる
「ふぅん」
こんな時、余計な慰めが逆効果になることぐらいは僕にだってわかる。「コーヒーでも飲む?」と問えば、ふるふると首を横に振る。
クラーク、と僕を呼ぶ声は少しだけかすれていた。
「ちょっとだけ落ち込ませて」
ぽてん、と僕の肩にシエロモートの頭が倒れ込んでくる。傷跡の残る手で軽く頭を撫でれば、彼の肩が震えはじめたのが分かった。