kanaco
2025-08-28 22:58:34
3232文字
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【十二信】エアコンと君の体温

《十二信》夏の暑さが厳しいのでエアコンを求める信一と十二が、涼しくてハッピーになるおはなし。

「暑い。もうヤダ。たまにはお前のトコで涼ませて」

額に汗を滲ませた信一が気だるそうにねだった。隣で同じように、いや信一以上に汗をかきながらダラけていた十二は顔を上げた。

ここ数日、その年の最高気温を更新するような照日が続いていた。

”香港の夏”は暑さに加えて湿度が猛威を奮う。九龍城砦にて空調設備が整う場所は公共の場が主だ。住居においては扇風機が主流。しかも盗電なり中古なりでうまく作動しないことも珍しくない。スペースは狭く、人が密集する、風通しに難のある城砦内だ。真昼間は過酷な環境である。

いつものように信一の部屋に上がり込みゴロゴロ過ごしていた十二だって、湿気の多さを肌から感じる不快さには気の滅入る思いだった。信一が「暑くて何にもやる気が出ない」と愚痴を言うのにも共感せざるを得ない。

「お前は体温が高いからイヤ。あっちいけ」

恋人からそんなヒドい言葉を投げかけられても、今日に限っては「そうですか...」と悲し気にすごすごと退散してしまうほどには脳を溶かされている。「基礎代謝がいいんだからしょーがねぇーじゃん、お前こそさすがにこの時期の長袖ヤメロ」と言い返す気力さえない。

そうしていたら、信一が「十二の家に行きたい」と言ったのだ。

確かに架勢堂やその社宅とも言える十二の住居であれば冷房設備がついている。とはいえ十二としても金がかかるので自宅でエアコンをかけることは滅多にないが


まぁ、いいかぁ。


俺だってたまには贅沢に涼みたい。数十分でもいい。そう思った十二は承諾すると、信一にバイクを出させた。

外に出れば直接降りそそぐサンサンとした太陽光。バイクにニケツして分かる人間の体温の高さ。後ろから信一の腹に腕を回しているだけなのに暑さは相乗効果だ。

「これは日射病待ったなし、飛ばすぞ!」と信一が大声で言う。元気じゃねぇか、と思いながらも「是非そうしてくれ」と十二。急いでバイクを飛ばせばあっという間に架勢堂、そこを少し通り越して十二のアパートにつく。

十二が部屋の鍵を開ければ信一がその横をすり抜ける。十二がリモコンをピッと押せばエアコンが動き出し、その風が届く場所に信一がウキウキとした顔でちょこんと座り込んだ。その様が大きな子供のようで、十二が思わず腑抜けたような顔で「あはっ」と笑う。

若い男の1人暮らし。ワンルームかつ狭い部屋なのであっと言う間に冷えていった。先ほどまでの暑苦しさとは打って変わっての快適さだった。冷風の恩恵を賜った信一が嬉しそうにその場にゴロンと寝転がった。十二は横で胡坐をかく。

「あ~天国かも~」
「まちがいねぇな」

暑さで溶けていた脳が次第にクリアになっていく。体中の細胞が生き返っていくような心地だった。(いくら節電したいと言ったって、やっぱりムリは良くねぇよな~)とぼんやり考えながら、この涼しい空間を目一杯に享受するため十二は目を閉じた。2人して喋りもせず、しばらくはのんびりと過ごす。そこに。

トン。

何かがぶつかってきて「はて?」と十二は目を開けた。

首を動かして正体を確かめれば、先ほどまで寝転んでいたはずの信一が起き上がっていた。そのうえ、十二の体に身を寄せるようにして、いつのまにかその胡坐へ乗り上げる。正面から抱き着いてきたような体勢に「なんだ、なんだ」と目をパチクリとさせた十二は、とりあえずその背に両腕を回した。

冷風に当たってヒンヤリとした信一のシャツ。
そして十二の頬に触れたヒンヤリとした信一のパーマ頭。

「は?もしかしてもう寒くなった?」
そう聞けば、無言の信一が首をのばして十二の頬に自分の頬をピト、と合わせた。やっぱりヒンヤリとした頬っぺたが柔らかく触れあう。

「......お前寒さに弱すぎじゃね?」

咎めることことでも呆れることでもないとは言え、さすがに十二は間抜けたような声を出した。小さく「しょうがないじゃん...」とだけ言った信一がますます体をくっつけてくる。十二を押し倒すほどの力強さだったので、しっかりと腰を据えて体勢を安定させれば、それを理解した信一が遠慮を無くす。ぐいぐいと寄ってくるのでその背中を宥めるように擦ってやった。

いつもと違って長袖を捲った信一の腕が十二の首へと回る。「代謝オバケ」「子供体温」と揶揄されるほど体温の高い肌と、蒸し暑さが常時である九龍城砦の環境に馴れているからか、冷房にあっという間に当てられて冷えてしまった肌が直接触れ合って、ちょうどよい体温へと混ざり合っていく。

相手の重み。連れ合う心音。部屋にはスペースにゆとりがあるというのに、1つに重なり合うほどの抱擁。それはとても心地の良い感覚だ。

(お前、体温が高いからイヤ。あっちいけとか言ってたくせに現金なヤツ)

そんな風に思ってはしまえど、こんなに信一の方から積極的にくっついてくることは珍しい。信一が顔だけ上げて十二の方を向いた。至近距離で合う目と目。十二から温度を与えられて安心しきっているのか、ゆるんだ表情と穏やかな瞳が十二を見つめる。相手も体格の良い男であるから包んでスッポリとはいかない。それでも自分の腕の中に大人しくおさまって懐ついている様子は、十二を浮かれさせるのに十分だった。

(かわいい

気分が悪くないどころか役得と思って小さく笑えば、それを見た信一が一度目をキュゥと細めると、まるで甘えるように十二の鎖骨へ額をグリグリと押しつけた。


(!かわっ)


こんな可愛いイキモノ、一体どこから齧ればいいんだ

とりあえず耳か。耳だな。だって目の前にあるもん。


そう思って片耳をパクリと口に含む。信一がピクリと肩を震わせてヤダヤダというように首をふる。パカリと口を開けて放し、続いてまだヒンヤリとしている耳たぶをフミフミと唇だけで食む。耳は頬や背中よりも冷たかった。それを中和してやるように器用に口で揉んでいけば、信一が「んー」と気持ちよさそうに声を漏らした。信一の体の力が再び抜けてヘニョリと体重が十二にかかる。

それに嬉々とした十二がこめかみへチュウと吸うようにキスを落とした。抱きしめる力を強くして、あやすようかのように体を大きく揺すってやると、ずっと黙っていた信一がやっと声を発した。


「おい...」
「んん?」


あれ?思ったよりも声が低いんですけど。こんなに良い雰囲気だったのに?と目を大きく見開けば、信一がまた顔を上げた。

視線が絡み合う。信一が少しだけ不貞腐れたように唇を尖らせて、眉間に皺をキュっと寄せる。怒ってはいそうなものの、どうも迫力がない。そうして次の言葉を待って見れば。


「甘えてんだから気づけよ」

誘ってるだろーが。さっさと手ぇだせ、ばーか。


恥ずかしさを隠すようなツンとしたもモノ言い。信一の瞳がユラユラと揺らめいて煌き、赤らめた頬もほんのりと蒸気を増す。十二が思わずじぃーっと信一の顔を凝視すると、十二がフリーズしたのを余計に不服そうにして、ムムムと顔をしかめて見つめ返してきた。

しかし潤む瞳の奥には確かにトロリと渦巻く糖度の高い熱。それから十二のTシャツをキュッと摘まんで引っ張る”甘えた”のような指先。

十二はあまりの感動に自分の両目を左手で覆うと、大仰に天を仰ぎ見た。


サンキュー、夏の鬱陶しい暑さ!
サンキュー、涼しいエアコン!
感謝します、架勢堂にエアコンつけてくれた虎兄貴!!


「かわいい信一をサンキュー、地球!」


そう謎のお礼を叫んだ十二は万遍の笑みを浮かべると「いや、なに言ってんのお前?」と呆れた声を出す信一が次には「ぎゃっ!」と色気のない悲鳴を上げるほど、押しつぶすような勢いで幸福そうに押し倒した。

それから「ちょっと待った、その前にシャワー!」と焦るその口を塞いでやったのだった。