kanaco
2025-08-28 22:58:02
2768文字
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【九信】ウソ、ホント

《九信》恋人でも友達でもないけど、セフレではある九信のおはなし

王九は時折、つっかえるような気持ちになることがある。

大老闆の下にいて不自由はない。明確な不満もない。ただそれは漠然とした苛立ちだった。絵空事を信じていれば叶うと従順を貫いて、どこか片隅では自分を疑っている。口にはしない。でも思っていれば同じことだった。それは虚空を相手に言い負かそうとしているような感覚に近い。気がつかなければいい。気のせいである可能性も十二分にある。むしゃくしゃする気分はただの損であり、考えるのは不毛な時間だ。

それでもどうしても、漠然とした不安に苛立つことがある。そういう瞬間に、どうしてかあの男は目の前に現れる。

信一と触れ合うタイミングはいつだって偶然にまかせていた。約束を取りつけることも、連絡を取り合うようなこともしていない。通りすがった道、街角。王九はその顔を見かけたら誰の目にも触れない影へと強引にでも引きずり込む。黒社会の会合であれば、落ちあうための連絡場所が紙切れに書かれていたことはある。正直、良い手ではなかった。そこには大老闆も龍捲風もいる。あの2人の目を盗むようなスリリングさに現を抜かすような年齢でもない。王九と信一はあくまで相容れないシマ同士のNO2だ。通じているわけではない。恋人でなければ、友人でもないのだ。

だが、王九が伸ばす手を信一が振り払うことはないのも事実だった。


そう。“今”のように。


機嫌が良さそうに油断して歩いているその腕を突然に引っ張っても、信一はいつものように成されるがままだった。素知らぬ顔をして攫われる。人気のない路地裏へと無理やり連れ込んだとしても、何の言葉もかけずにその口を塞いだとしても、だ。信一は苛立つ王九の強引かつ性急な行動に対して、目の奥に色香を孕んだ妖しい光りを宿し、ただただ薄く笑みを浮かべる。

王九からの一歩目にムードなどない。王九が粗暴なキスで口内を乱雑にかき回せば、信一は弱弱しい抵抗さえできず、まるで強者に屈したかのようにか弱く蹂躙される。

「はぁ、ぅ」

苦しそうな表情と声を漏らして虐げられる、可哀想な美しい青年。

しかし王九はそれが“弱っているフリ”でしかないことを知っていた。

乱れたままの息、濡れそぼった口の周り、滲んだ涙を拭うこともせず、信一は次には自分からその唇を王九の口へと合わせるのだ。優しく舌を差し入れて、慰めるよう穏やかに、しかし誘うように濃密に絡み合わせていく。聞き分けのない大人をあやすようなキスは、王九すらも正体を掴めない苛立ちをたちまちに小さくしてみせる。

王九が荒々しくその体を掻き抱き、例えば壁へと叩きつけるように押しつけ、痛みを与えようが痣をつけようが気に止めずに振る舞っても、信一は同じような暴力での均衡を選ばず、次には正面から荒ぶる男を抱擁した。その細い指を王九の後頭部へと、髪へ、頬へと優しく滑らせて、腕や背中、腰を手のひらでじっくりと撫でて、まるで慈しむように包み込む。

何も言わない王九の代わりに、その耳元へとたくさんの言葉さえ並び立てた。甘い、掠れた声音で、吐息を混じらせ、優しい言葉を囁き続ける。

「どうした?」
「大丈夫なの?」
「落ち込むことでもあったのか?」
「それとも寂しくなった?」
「俺に何かできることある?」
「お前の気分次第でもちろんいいけどさ。気持ちが良くなりたくねぇの?」
「優しく、優しくだよ、王九」

気がつけば抱きしめられ、体温が溶け合い、自分を大切にするような声が脳に響き、まるで一つになるかのように密着する。

目と目が合うと信一がそっと体から手を放し、空いた手を伸ばして王九のサングラスを外す。晒された目と目が直接的に絡み合えば、信一がまるで慕っているとでも告げるように蕩けた瞳の深度を落した。

では信一の瞳に映っている自分の目はどうだ、と王九は思った。先ほどまでの苛立ちはどこへいったのか。穏やかになっちまって。まるで恋煩いをしているようじゃないか。

攻撃的な横暴さを、真心を捧げるような仕草で制圧するその美貌が、澄んだ表情をして健気に王九の次のキスを待つ。まるで次は王九から優しく愛されると知っている表情をする。

否定する要素はなかった。王九がその細い腰をちゃんと引き寄せれば、いやらしく自分から腰を擦りつけてくるのは小憎らしい。決して無垢でも清純でもないのだ。信一が王九を甘えさせようと誘惑する時、信一は同時に”あの”王九に優しく愛されようと官能的な表情を見せる。王九から見れば信一は実に変わった男だった。与えられることに馴れていない男に、与えられ与えることに馴れきった男が嬉しそうに愛情を注ぐのだ。

釈然とはしないが、信一の思惑の通りかもしれない。
胸がすくような心地が浸透していくのだ。
まるで恋人か。


だが。


そのくせに。信一はまるで現実に引き戻すような言葉を、これもまた穏やかな響きを紡いで言うのだ。

「お前のそばにずっといるだろう、俺は」

そんな子供でも分かるようなウソをいけしゃあしゃあと言う。艶やかな顔をして、嘘を真実に見せかけるような狡さを楽しそうに被せてくるのだ。その途端に、優しい言葉たちは一変して全てウソへとひっくり返る可能性を秘める。


「お前って悪魔だよな、色男」


王九がポツンと言えば、信一が目がくらむような眩さを放ちながら美しく笑う。

「人聞きが悪ぃだろ。俺はお前に心砕いてるって言うのに」
「なぜ」
「惹かれるから」
「好きでもないのにか?」
「どうしてそんなこと言うの。好きだよ。一番じゃないだけで」
「噓八百」
「アンタこそ、俺のことがキライなくせにね」

今日一番可愛らしい顔をする信一に王九は嘲笑った。
嘲笑ってやった対象がどこであるかは考える余地があった。

「さぁ、キスしてよ王九」
知ってんだよ、アンタもう俺を手放すことができないんでしょ。
「なら抱いたらいいだろ」

いいよ、外だって。隠しゴトって何でも興奮するよな。


ホントとウソ。秘めゴトの終着点はどこへ向かう。信一に対して愛しさはなかった。しかし恋しさからは逃れられない。王九のイライラをあっというまに沈めてしまう、体に悪いほどの甘ったるさ。そういうものは毒なのだと聞いたことがある。一度経験すれば忘れられず、手を伸ばしてしまう安らぎは揺蕩うような快楽だ。

まるで自分は中毒患者か。

だが王九は毒ならば食らうような生き方をしてきたのだ。こんな蜜やかで甘美な毒は初めてだが。ならば。

(ウソを全てホントにする方法は

王九はずっとじっくりと思案する。いつか転機はやってくる。そう知っていた。嗤う王九は、熱に浮かされたような顔をした信一のシャツの中へと手を滑らせた。