冬牙
2025-08-28 01:10:46
16182文字
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【カグイカカグ+スバイカ】夕暮れ(⚠鬱・バッドエンド注意)

⚠注意喚起⚠

- 鬱展開
- バッドエンド
- 死やグロ描写
- ホラー的な演出
- 捏造など、なんでも許せる人向け
- 二次創作として楽しめる人向け
- キャラの口調に誤りがあったら申し訳ございません

※この作品は、鬱な話、誰も救われない話を目標に書いたものになります。
※ひぐらしアニメのオマージュ的な要素があります。
※カグヤ、スバル、イカルガの幸せを純粋に願う人には読むことをオススメできません。

それでもいいぜ!って人だけ読み進めてください。


 迷い込んだのは、昼と夜の狭間
 彷徨うのは、夢と現の境界
 訪れるのは、終わりの始まり。

________

 あの日、私の大切な幼馴染が命を落とした。
 兄のような、優しい、太陽のような人だった。
 大好きだった。家族のように愛していた。
 だがら私は、私の一部を犠牲にして、彼を_
 スバルを、もう一度この世に蘇らせた。

「供犠の宣誓札。これをつかえば、スバルを生き返らせることができる

 私は大切な幼馴染を生き返らせるために黒龍と契約をした。
 スバルを生き返らせるために、命に値する代償を支払った。

「失った命を蘇らせることそれは自然の摂理に反すること。それ相応の代償が必要となること、わかっていような?」
「ええ。スバルが生き返ってくれるのなら、私のなにを差し出しても構いません!」
「そうか。ならばお前の一番大切なものを差し出してもらおう。ただし……代償にしたものをお前がもう一度望んだ時、最悪の悲劇が訪れるであろう。命というのはそれほど重く、価値のあるものだ」
……わかりました」

 代償にしたもの。黒龍から告げられた警告。
 私はあの日、確かに何かを失った。
 でもそれは、私もモコロンも覚えていなかった。
 私が差し出したもの。それは私の中にある大切な『なにかの記憶』。
 そして、それに関係する『全員の記憶』。
 その答えを知るものは今や誰もいない。

 これは、終わらない悲劇の物語。
 時空を渡った先、無数に存在する平行世界の、どこかの物語。

________

 私の大切な幼馴染が意識を取り戻してから随分経った。
 アズマの国に平穏が訪れた頃、スバルはいつの間にか私の仲間の1人、幕府から派遣され都からやってきたイカルガという陰陽師に好意を寄せるようになった。
 彼に惹かれるようになってから自然と笑顔が増えたスバルを、私はただ微笑ましく見守っていた。
 ああ、よかった。スバルには大切な人ができたのですね。
 心の底から安堵してただ遠くから見守っていた。

 あたたかい夕焼けが私たちを照らしている。

________

 ___どうしてこうなったのかわからない。
 私はただ平穏を望んでいた。
 幸せな未来を望んでいた。
 そのはずなのに、目の前にいるのは残虐な幼馴染の姿だった。
 血に染まった軍帽が私の足元に落ちている。
 スバルが、イカルガさんを殺してしまった。
 夏の里から少し離れた、見渡しのよい高台の上。
 赤い夕焼けがその光景をより一層赤く染め上げる。
 ただ虚ろな眼差しで地面に崩れ落ちた肉塊を見下ろす幼馴染の姿を最後に、私は意識を失った。

________

 ハッと目が覚める。
 目覚めたのはいつもの竜神社。
 モコロンの姿はない。ただ静寂だけが広がっている。
 ゆっくりと体を起こすと、外は既に夕暮れ時だった。
 こんな時間に寝てしまうなんて。それにしても嫌な夢を見たな。
 畑の様子を見に行かなきゃ。
 農具を持って畑の様子を見に竜神社を後にした。
 夕暮れに包まれた夏の里には、煩い蝉の声が響き渡っていた。

 畑についた私は、里の人たちが手伝ってくれた作業を確認し、収穫した野菜を数えていた。
 新鮮な野菜たちだ、これならおいしい料理が作れそう。
 満足気に頷いた時、後ろから見知った声がする。

「あれ、カグヤ。こんな時間まで畑仕事?」

 振り返ると、そこにいたのは_スバル。

「あえっと、少し居眠りしてしまって。里の人たちが手伝ってくれていますので、野菜を獲りに来ただけですよ」
「疲れがたまってるんじゃない?言ってくれればオレも手伝ったのに」

 一瞬夢の中の光景がフラッシュバックして、私はスバルから目を逸らした。
 あんな気味の悪い光景は、夢の中の話だ。
 本当のスバルはそんなことしない。イカルガさんをちゃんと幸せにしてくれるはずだ。

「スバルは、どこかに行くところですか?」
「うん、クサツ旅館だよ」
「そうですか、お気をつけて」

 それだけ言うとお互いに手を振って別れた。
 大丈夫、大丈夫。
 何度も心に言い聞かせるのに、胸の鼓動がおさまらない。
 不安で不安で、落ち着かない。
 きっと、寝ている時に嫌な夢を見て変な汗をかいてしまったせいだ。
 居心地が悪くてたまらない。
 温泉に入ってさっぱりすれば、少しは落ち着くだろう。
 スバルが去ってしばらくした後、私は野菜を竜神社に持ち帰り改めてクサツ旅館に向かった。

「こんばんは~」

 いつもなら、クサツさんが元気に出迎えてくれる。
 旅館の入り口の席に大勢の人が座り、食事をしながら談笑する賑やかな声が聞こえる。
 _はずなのに、旅館のロビーには誰もいない。
 人の気配すら全く感じられない。
 おかしい。何かがおかしいと思った。
 私は急いで旅館の階段を駆け上がった。
 嫌な予感がする。
 そのまま私は旅館の一室の扉を開けた。

 そこに広がるのは、夢で見たものと同じ光景だった。
 私の足元には、血に濡れた軍帽が転がっている。
 スバルはただ足元に落ちた肉の塊を見下ろしていた。
 血に染まった白装束。
 乱れた黒い髪。
 動かない褐色の肌を纏った醜い肉塊。
 周囲に散らばる無数の紙切れ。
 イカルガさんの式神と争った痕跡がそこにあった。

「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああっっっ!!!!!!」

 両手で顔を覆ってその場に崩れ落ち、目の前が真っ暗になる。
 窓から射す夕暮れの光が部屋を赤く染めていた。

________

 ハッと目が覚める。
 目覚めたのはいつもの竜神社。
 モコロンの姿はない。ただ静寂だけが広がっている。
 ゆっくりと体を起こすと、外は既に夕暮れ時だった。
 こんな時間に寝てしまうなんて。それにしても嫌な夢を見たな。
 畑の様子を見に行かなきゃ。
 農具を持って畑の様子を見に竜神社を後にした。
 夕暮れに包まれた夏の里には、煩い蝉の声が響き渡っていた。

 畑についた私は、里の人たちが手伝ってくれた作業を確認し、収穫した野菜を数えていた。
 新鮮な野菜たちだ、これならおいしい料理が作れそう。
 満足気に頷いた時、後ろから見知った声がする。

「あれ、カグヤ。こんな時間まで畑仕事?」

 振り返ると、そこにいたのは_スバル。

「あえっと、少し居眠りしてしまって。里の人たちが手伝ってくれていますので、野菜を獲りに来ただけですよ」
「疲れがたまってるんじゃない?言ってくれればオレも手伝ったのに」

 あれ?この話、前にもしたような。

「えっと、スバルはどこかへ行くところですか?」
「うん、クサツ旅館だよ」

 私は違和感を覚えた。
 まるで昨日の会話を繰り返しているような。そんな感覚に陥った。

「あ、あの、スバル。よかったらこのあと、一緒に食事にでも行きませんか?」
「え、いいけど。それなら、旅館で一緒にご飯でもどう?先に行って待ってるから」
「い、いえ!私も一緒に行きます。すぐ片付けますから!」

 怖い。今スバルを一人にしたくない。
 私は野菜を竜神社に置きに行くのをやめ、簡単にまとめて置くとスバルと共にクサツ旅館に向かった。

 旅館に入るとクサツさんがいつもの様子で出迎えてくれた。
 入口近くの席には大勢の人が食事をしながら談笑する姿が見える。
 クサツ旅館はいつもの賑やかな様子で、私はホッと胸を撫で下ろす。

「ああ……、よかった
?席は混んでるみたいだし、先に温泉に入ってこようか」
「え、ええ!そうですね」

 クサツさんにチケットを渡して、それぞれ温泉に入ることにした。
 さっきのは悪い夢だったんだ。私は安心して温泉に浸かり、汗を流した。

 濡れた髪を乾かし、女湯を後にする。

「さっぱりした~。あれ」

 スバルはまだでてきていない。それどころか、クサツさんの姿も、他の客たちの姿も見当たらない。
 さっきまであんなに賑わっていたのに。偶然にしては気味が悪い。
 まさか、そんな。
 嫌な予感がする。昨日感じたのと同じ悪寒だ。
 スバルはまだ温泉の中にいるはず。
 男湯にはいるわけにはそんな考えがどうでもよくなるくらいの不安に駆られ、男湯に駆け込もうとした_その時。

「おわぁっ!?」

 男湯からでてきたクサツさんにぶつかりそうになった。
 びっくりしてお互い大声を出す。

「きゃっ!?」
「か、カグヤさん!??!どうしたんスか!?こっちは男湯っスよ!?」

 男湯に突撃しようとする私を見てクサツさんが慌てて止めようとする。

「ごごごごめんなさいっ!あの、スバルを見ませんでしたか?」
「スバルさんですか?それなら、さっき男湯から出ていきましたよ」

 スバルはすでに男湯を出たらしい。だったらどうして、ロビーにいないのだろう。

「クサツさん、スバルがそのあとどこに向かったか、見ていませんか!?」
「えーっとたしか。そうそう、二階に上がっていくのを見た気がするっス」

 クサツさんが二階のほうを指さす。
 二階?たしか、そこは
 私は急いで階段のほうへ走り出す。

「クサツさん、ありがとうござ___!

 振り返ると、クサツさんはもうそこにはいなかった。

「え……?」

 まだ用事があって中にいってしまったのだろうか。私の言葉を聞く前に裏にはいっていってしまったのだろうか。
 いずれにせよ、目を離したこの一瞬の隙で目の前から消えるのは違和感があった。
 その次の瞬間、

 ドサリ。

 二階の一室から鈍い音がした。
 なにかが崩れ落ちるような音。
 一気に寒気が全身を襲った。

 違う、そんなはずない。
 脳裏に横切る最悪の結末を振り払いながら、少しずつ部屋に近づく。
 静寂に沈んだ旅館の扉をゆっくりと開ける。
 部屋の中から赤い夕暮れが私の足元に差し込んだ。

「あ……………っ」

 目の前に広がるのは、あの夢で見たのと同じ光景だった。
 私の足元には、血に濡れた軍帽が転がっている。
 スバルはただ足元に落ちた肉の塊を見下ろしていた。
 血に染まった白装束。
 乱れた黒い髪。
 動かない褐色の肌を纏った醜い肉塊。
 周囲に散らばる無数の紙切れ。
 イカルガさんの式神と争った痕跡がそこにあった。

 目は開いているはずなのに、目の前の視界が歪んで真っ黒になる。
 私は気絶するように意識を失った。
 窓から射す夕暮れの光が部屋を赤く染めていた。

________

 ハッと目が覚める。
 目覚めたのはいつもの竜神社。
 モコロンの姿はない。ただ静寂だけが広がっている。
 ゆっくりと体を起こすと、外は既に夕暮れ時だった。
 こんな時間に寝てしまうなんて。それにしても嫌な夢を見たな。
 畑の様子を見に行かなきゃ。
 農具を持って畑の様子を見に竜神社を後にした。
 夕暮れに包まれた夏の里には、煩い蝉の声が響き渡っていた。

 畑についた私は、里の人たちが手伝ってくれた作業を確認し、収穫した野菜を数え_

 ようとしてやめた。
 私は、昨日も同じことをしようとした気がする。
 毎日同じような畑仕事をルーティンとしてこなしているはずなのに、今日のは違う。
 この野菜も、まったく同じものを昨日見た気がする。
 どうして?毎日とれる野菜の量も、その形もどれも違うはずなのに。
 野菜を見つめていると、後ろから見知った声がする。

「あれ、カグヤ。こんな時間まで畑仕事?」

 振り返ると、そこにいたのは_スバル。

……スバル」

 私は野菜を手に持ったまま呆然と立ち尽くした。
 目の前にいる見知った幼馴染の姿が、全く知らない異質な何かに見えた。

「あえっと……

 私が言葉に詰まっていると、スバルは答える。

「疲れがたまってるんじゃない?言ってくれればオレも手伝ったのに」

 この言葉にも聞き覚えがある。

「あ、あの!今日は私の家で食事していきませんか!?」
「うぇ!?い、いいけど。カグヤ、どうしたの?」

 突然の申し出に驚いて目を丸くするスバルに、いつもの幼馴染の姿を感じて私は少しだけ安心した。

「たくさん野菜が余って困っていたんです!だから、遠慮しないでください」
「そういうことならわかった。それ、竜神社まで運ぶんだろ?手伝うよ」

 獲れた野菜を手分けして持ち、竜神社に向かった。
 道中のたわいのない会話が、私の不安を和らげてくれた。

「ありがとうございます。こっちは今日使ってしまいましょう」
「料理ならオレがやるよ。カグヤはそこで休んでて」
「いいえ、私もやります。昔よりは上手になったんですよ」

 そうしていつものようにやり取りしながら一緒に料理をつくった。
 料理を作っている間、スバルはなにか物思いにふけっているような仕草をしていた。

「スバル?どうかしましたか?」
「え?あぁいや……

 スバルは照れくさそうに笑う。

「その料理を作っていると、イカルガさんのことを考えちゃって。喜んでもらいたくて、最近は料理の特訓をしてるんだよ。あはは

 その名前を聞いて一瞬どきっとしたが、話すスバルの瞳も表情も、ただ純粋な優しさに満ちていた。
 そうだ。スバルは本来愛情深い人なんだ。
 私を妹のように可愛がってくれたように、イカルガさんのことだって大切にしてくれるはず。
 殺したりなんて、絶対にしない。

「ふふっ、スバルなら大丈夫ですよ。昔から私より器用ですから」
「そうだといいけど」

 料理を作り、そのまま二人で食事を楽しんだ。
 スバルの作った料理は、あたたかくて美味しかった。
 これならきっと、イカルガさんを満足させられますよ。
 そういうとスバルは嬉しそうに笑った。
 私たちは楽しい食事の時間を過ごした。

 食事を終え、食器を片付ける。

「あとは私がやっておきます。あとで野菜を分けたいので、スバルはそこで休んでいてください」
「ありがとう、ごちそうさま」

 私は台所に戻り、食べ終えたお皿を洗う。
 たまにはモコロン以外と家で食事をするのもいいと思った。
 いつか私にも大切な人ができたら、毎日笑いながら食卓を囲める日がくるのだろうか。
 そんな遠い未来に思いを馳せながらお皿を洗い終え、スバルのもとへ戻った。

「お待たせしました……スバル?」

 戻った時にはスバルの姿はなかった。

「もう、待っていてほしいと言ったのに。勝手に帰ってしまったのでしょうか

 私はそうぼやきながら表に出ると、竜神社を出てすぐの所にスバルの後ろ姿があった。
 安心して声をかけようと駆け寄る。

「よかった。まだいたんですね、スバ_____

 そこにあったのは、あの夢で見たのと同じ光景だった。
 私の足元には、血に濡れた軍帽が転がっている。
 スバルはただ足元に落ちた肉の塊を見下ろしていた。
 血に染まった白装束。
 乱れた黒い髪。
 動かない褐色の肌を纏った醜い肉塊。
 周囲に散らばる無数の紙切れ。
 イカルガさんの式神と争った痕跡がそこにあった。

「う、そ…………どう、して………

 さっきまであんなに楽しそうにしていたのに。
 彼のために料理の練習をしていると嬉しそうに話してくれたのに。
 どうして。
 どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして。

 血に染まったような赤い夕暮れが目に焼き付く。
 私はまた視界が真っ暗になった。

_____

 信じられるの?目に見えること
 信じられるの?貴方のこと
 信じられるの?私のこと

_____

 目が覚める。
 目覚めたのはいつもの竜神社。
 モコロンの姿はない。ただ静寂だけが広がっている。
 ゆっくりと体を起こすと、外は既に夕暮れ時だった。

 こんな日を何度繰り返しただろう。
 あれから私は、何度も何度も同じ悲劇の中を彷徨い続けていた。
 ある時は竜神社の中で、ある時は里の入り口で、またある時は私の目の前で。
 スバルが何度もイカルガさんを殺す姿を繰り返し見続けていた。
 あらゆる手を尽くした。何度も彼らを救おうとした。
 けれど、そのすべてが徒労に終わった。
 頑張れば頑張るほど、私の心が擦り減っていく。
 それでも起きなければ。
 動かなければ、この悲劇は永遠に終わらない。
 あの場所に行かなきゃ。
 なにも持たずに竜神社を後にした。
 夕暮れに包まれた夏の里には、煩い蝉の声が響き渡っていた。

 もうなにをする気にもならない。
 私は機械のように畑の野菜を回収しながら彼がくるのを待った。
 そろそろ時間だ。後ろから見知った声がする。

「あれ、カグヤ。こんな時間まで畑仕事?」

 振り返ると、そこにいたのは_スバル。

……
「疲れがたまってるんじゃない?言ってくれればオレも手伝ったのに」

 もうなにも話したくない。

「カグヤ?顔色悪そうだし、早く休んだほうがいいんじゃない?一緒に竜神社まで行くよ」

 その言葉ももう聞き飽きた。

「カグヤ。ごめん、話すのもつらいくらい疲れてるんだね。じゃあ

 虚ろな瞳のまま人形のように立ち尽くす私を見たスバルが、悲しそうに背を向けて去っていく。
 その背中ももう見飽きた。
 ここで私がスバルの後を追えば再びそこで悲劇が起きる。
 後を追わなくてもまた違う場所で同じような悲劇が起こる。
 私が竜神社に引きこもってもそれは竜神社の中で起こる。
 どこにも逃げられない。
 もう考えるのもつかれた。

 ドサリ。

 畑に立ち尽くす私の死角から物音がした。
 私はなにも感じないまま音のした物陰に向かう。

 そこにあったのは、いつもと同じ光景だった。
 私の足元には、血に濡れた軍帽が転がっている。
 スバルはただ足元に落ちた肉の塊を見下ろしていた。
 血に染まった白装束。
 乱れた黒い髪。
 動かない褐色の肌を纏った醜い肉塊。
 周囲に散らばる無数の紙切れ。
 イカルガさんの式神と争った痕跡がそこにあった。

 この光景ももう見飽きた。
 すぐに私は意識を失って、また同じ悲劇が始まる。
 あと何度繰り返すのだろう。
 もうここで見た記憶以外も薄れてきている。
 日に日に薄れていく遠い昔の記憶に想いを馳せながら、私は目の前に暗闇に身を委ねるように意識を閉ざした。
 建物の隙間から血に染まったような赤い夕焼けが私の頬を照らしている。
 それからまた、私は何百回も同じ悲劇を繰り返した。

_____

 訪れたのは、懐かしい面影
 見つけたのは、寄り添う二つの影
 開かれたのは、惨劇の幕開け

_____

 目が覚める。
 目覚めたのはいつもの竜神社。
 モコロンの姿はない。ただ静寂だけが広がっている。
 ゆっくりと体を起こすと、外は既に夕暮れ時だった。
 もうなにも見たくない。
 どうせここにいても悲劇は起きる。
 ならばせめて海でも眺めに行こうと、夏の里の竜神社をあとにした。

 里の中の海辺に立ち、味のしない空気を吸った。
 血に染まったような夕暮れが私を照らしている。
 どうせここにいても、またスバルが同じように声をかけてくる。
 そのパターンももう何度も経験した。
 何百回と繰り返した悲劇の中で、時に私は自分を殺そうした。
 私が死ねばこの残酷な舞台が終わると信じていた。
 愛刀を腹に突き刺し、痛みに耐えながら自らの肉を抉った。
 猛烈な痛みの先で私が次に目覚めたのは、変わらぬ悲劇の舞台だった。
 なにをしても変わらない。
 そろそろスバルが来る時間だ。
 そう思っていた時、後ろから声をかけられる。

「おや、舞手。こんなところでどうしたのです?」

 振り返ると、そこにいたのは_イカルガさんだった。

「ぁ…………

 私は驚きのあまり目を見開いて呆然と立ち尽くした。
 スバルじゃない。そこに立っている人物が幻ではないかと目を疑った。

「イ、カルガ……さん……

 声にならない声を振り絞ってその名を呼んだ。
 声を出すことが久々すぎて、うまく音を発するだけで精一杯だった。
 それどころか、生きた姿の彼を見るのはいつぶりだろう。
 その姿が私の都合のいい幻覚だったとしても、縋らずにはいられなかった。

「イカルガさんっ、イカルガさん!」

 わっと涙が溢れだす。
 都合のいい幻でもいい。
 ただその命をもう一度感じることができるのなら、それだけでよかった。
 彼の頬に触れ、胸に顔を埋めた。
 あたたかい、確かな胸の鼓動が聞こえる。
 _生きている。
 それが感じられただけで、私はその場に泣き崩れた。

「ま、舞手!?一体どうしたのです!」

 滲んだ視界の中に私を心配げに見つめるイカルガさんの姿が見える。
 イカルガさんはその場で膝をつき、私の背中を優しくさすった。

「うっ!うぁっ、あぁ……!!あぁぁあ!」

 とめどなく流れる涙は、夕暮れの赤い砂浜を濡らした。
 泣き止まない私を、イカルガさんは人目につかない場所まで連れて行ってくれた。

「ようやく泣き止みましたか」

 涙が涸れるまで、私はイカルガさんがどこにも行かないようにずっと袖を掴んでいた。
 本来なら嫌がるものを、私の異常な様子に彼は特別許してくれた。

「なにがあったのか、聞かせていただけませんか」

 イカルガさんは私を真剣な眼差しで見つめる。私はそれから目を逸らした。
 話してしまいたい。
 全部打ち明けて楽になりたい。
 でも、口に出せばそれが現実になってしまいそうで、怖くて言えなかった。

「言えないようですね」

 イカルガさんは俯いて視線を逸らしたままの私を見て、察したように目を閉じた。

「では質問を変えましょう。先ほどの私に対する貴女の態度は尋常ではありませんでした。貴女がなにを隠しているのかはわかりませんが、それは私に関係することなのではありませんか?」
……
「関係しているのなら、私にも聞く義務はあると思いますが?」
……ごめんなさい」

 怖い、現実にしたくない。
 今はなにも話したくない。
 ただ、もう悲劇は終わったのだと、確かな証明がほしかった。
 貴方が生きている時間を少しでも感じていたい。

……わかりました。なにも責めたつもりはないのですが。では私は用事がありますので、これで」

 口を閉ざしたままの私を見て、イカルガさんは諦めたようにため息をついた。
 そして足早に私から離れようとする。

「ま、待ってくださいっ!」
「まだなにか?」

 私は咄嗟に一度離した袖を、もう一度掴んだ。

「よ、用事ってなんですか……?」

 必死に縋りつく私がおかしく見えたのだろう、イカルガさんは目を丸くしてうろたえながらも答えた。

「大した用ではありませんよ。あ、貴方の幼馴染に会う約束をしているだけです」
!スバルと、会うんですか?」
「ええ。なにか問題でも?貴女も知っているでしょう、その。そういう関係、ですので」

 _会わせたくない。
 赤くなった顔を隠すように逸らしたイカルガさんの袖を、より一層強く握りしめた。

「あの、私も一緒に行っていいですか?」
「は!?」

 イカルガさんは驚きのあまり、顔を赤くしたまま振り向いて大きな声を出した。
 それでも私はその袖を絶対に離さない。

……まあ、他でもない貴女なら。彼も拒みはしないでしょう」

 その言葉に私はホッと胸を撫で下ろした。

「すみません。ありがとうございます」
「全く、勝手な人ですね。話せる時が来たら、ちゃんと話してください。いいですね?」
「はい……

 そうして私たちは共に、待ち合わせの場所に向かった。
 私を慰めていたせいで、待ち合わせちょうどくらいの時間にその場所に着いた。
 そこにいたのは、恋人の到着を待っていた_スバル。

「イカルガさん!あれ?」

 スバルは私がイカルガさんの袖を掴んでいることに気が付く。

なんでカグヤが一緒にいるの?それにその手」

 スバルは私に嫉妬の眼差しを向けた。
 無意識に掴んでいた手を慌てて離す。

「す、すみません。事情はあとで話しますから、今日は私も一緒にいさせてください
「ふ~ん

 納得のいかない様子のまま疑いの目でじっとこちらを見つめるスバルに、イカルガさんが説得する。

「私にも詳しいことはわかりませんが、なにやら只ならぬ事情がある様子。今回だけは、許してやってもよいのではありませんか」
「イカルガさん……

 イカルガさんがそんな風にフォローをいれるなんて珍しい。スバルはそんな顔を一瞬見せながらも恋人の変化を見られた喜びに免じて許してくれた。

 そうして私たちは夏の里を出る。
 私は談笑しながら歩く二人の後ろをついて歩いた。
 こんな風に二人が楽しそうにしている姿を見るのは、いつぶりだろう。
 私はただぼんやりと二人の後ろ姿を眺めて歩いた。
 寄り添う2つの影と、それを追いかけるようにあとをつける私の影が地面に揺れる。
 血に染まったような赤い夕暮れが、私を照らしている。
 私は願っていた、こんな幸せがずっと続けばいいと。
 ただ微笑みながら見守っていたかった。 
 いつまでも、いつまでも。
 血に染まったような赤い夕暮れが、私を照らしている。
 いつか私にも、こんな幸せが訪れたらいいな。
 そう思いながら今この瞬間を噛みしめるように一歩一歩前に進む。
 血に染まったような赤い夕暮れが、私を照らしている。

「ところでどこに向かっているのですか?」
「ああ、もう少ししたところにある高台だよ。星が綺麗に見えるから、たまにこうして一緒に見に行くんだ」

 その言葉に私の足が止まった。
 気づいた2人が不思議そうにこちらを振り返る。
 血に染まったような赤い夕暮れが、私を照らしている。

カグヤ?」

 私はその場所をよく知っている。
 忘れもしない。
 あの残酷な悲劇の中で、一番最初にスバルがイカルガさんを殺したのを目にした場所だ。
 終わりの始まりの場所。
 忘れたくても忘れられない。
 血に染まったような赤い夕暮れが、私を照らしている。

「ついてこないなら、おいていくよ~」

 スバルがそういうとイカルガさんと顔を合わせてまた前を向いた。
 私を置いて、2人が前に歩き出す。

 _嫌な予感がする。
 悲劇はまだ終わっていない。 
 行かないで。
 それ以上前に進まないで。
 血に染まったような赤い夕暮れが、私を照らしている。
 そうだ、そうに違いない。
 スバルがイカルガさんを殺そうとしている。
 悲劇はまだ終わっていない。
 血に染まったような赤い夕暮れが、私を照らしている。
 たどり着いた先で、きっとまた同じような悲劇が起こる。
 やっと、やっと抜け出せたと思ったのに。
 また目覚めたら同じ悲劇が始まってしまう。
 血に染まったような赤い夕暮れが、私を照らしている。
 止めなくては。
 スバルがイカルガさんを殺そうとしている。
 今ならまだ間に合う。
 血に染まったような赤い夕暮れが、私を照らしている。
 スバルがイカルガさんを殺そうとしている。
 止められるのは、私しかいない。
 血に染まったような赤い夕暮れが、私を照らしている。
 血に染まったような赤い夕暮れが、私を照らしている。
 血に染まったような赤い夕暮れが、私を照らしている。
 血に染まったような赤い夕暮れが、私を照らしている。
 血に染まったような赤い夕暮れが、私を照らしている。
 血に染まったような赤い夕暮れが、私を照らしている。
 血に染まったような赤い夕暮れが、私を照らしている。
 血に染まったような赤い夕暮れが、私を照らしている。
 血に染まったような赤い夕暮れが、私を照らしている。
 血に染まったような赤い夕暮れが、私を照らしている。
 血に染まったような赤い夕暮れが、私を照らしている。
 私は静かに腰に下げた刀に手を伸ばした。

 今ここで_この悲劇を終わらせよう。
 赤い夕暮れが、血に染まった私を照らしている。

_____

 惑わしたのは、赤色の夕暮れ
 忘れていたのは、貴方の温もり
 解けたのは、赤色の組紐

_____

 ___どうしてこうなったのかわからない。
 私はただ平穏を望んでいた。
 幸せな未来を望んでいた。
 そのはずなのに、そこにいるのは残虐な自分の姿だった。
 血に染まった組紐が私の足元に落ちている。
 私が、スバルを殺してしまった。
 夏の里から少し離れた、見渡しのよい高台の上。
 赤い夕暮れが、血に染まった私を照らしている。
 私はただ、虚ろな眼差しで地面に崩れ落ちた肉塊を見下ろす。
 煩い蝉の声の残響と、愛する人を失い、悲しみに濡れた声。
 目の前には、スバルの亡骸を抱えて涙を流すイカルガさんがいた。

_____

 向けたのは、虚ろな眼差し
 向かい合うのは、すれ違う想い
 向けられたのは、憎しみの瞳

_____

「スバル。スバルっ、私はまたっ!」

 イカルガさんがスバルにもう届かない声をかけ続ける。
 私がスバルを殺した。
 この悲劇を終わらせるには、こうするしかなかった。
 私の心に、大きな穴が空いた気がする。
 しばらくスバルを抱きかかえていたイカルガさんが、そっとその亡骸を降ろして立ち上がった。

「貴方を信じていたのに」

 イカルガさんは私に向かって武器を構える。
 どうして。私はイカルガさんを守ったのに。
 やっと貴方を死の苦しみから救うことができたのに。

「イカルガさん?どうして私に武器を構えるんですか?」

 イカルガさんの陽を失った瞳が、私に憎しみの眼差しを向けた。
 赤い夕暮れが、血に染まった私たちを照らしている。

「絶対に、許しません」

 イカルガさんが私に襲い掛かる。
 先ほどの戦闘でほとんどの手札を使い切ってしまったというのに。
 式神たちはもう紙くずとなってしまったというのに。
 それでも私を殺そうと、その身ひとつで必死に私を死へ追いつめようとしてくる。
 違う、こんなの望んでいない。
 私はただ幸せな世界に帰りたかっただけ。
 私はただ、もう一度幸せな2人に会いたかっただけ。
 それだけなのに。
 どうして、私はイカルガさんと殺し合っているんですか。
 私は_

_____

 貫きたいのは、未来への想い
 貫いたのは、守りたかったもの
 そこにあるのは、最悪の結末

_____

 至近距離に近づいた時、イカルガさんが大きな術を発動しようと詠唱する。
 殺される_私は自分を守ろうと、咄嗟に刀を前に突き出した。
 その瞬間。

 前に突き出した私の刀が、イカルガさんの体を貫いた。

 その手に感じた生々しい感触に、私は反射的に刀から手を離し後ずさる。

「ぁ……………

 イカルガさんの術は発動しなかった。
 体内のルーンが切れ、もう術が発動できなくなっていたのだ。

 ドサリ。
 刀が突き刺さったまま、イカルガさんが地面に崩れ落ちる。

「ぁがはっ!」

 苦しそうに血を吐きながら足元で悶え苦しむ。
 夕暮れに染まった地面に赤い血が広がっていく。

「ち、ちが……わたし、は……

 うまく息ができない。

「ぁ、ぁすば、る

 イカルガさんはスバルだった肉細工のほうへ必死に手を伸ばす。
 血か涙かわからぬような体液を流しながら、最後の力を振り絞って恋人の名を呼ぶ。

「す、る、スバル……っ!」

 次の瞬間、力尽きたように動かなくなった。

「あああ……ああああああ……!」

 こんなの違う。
 違う、違う違う違う違う違う違い違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。
 こんなの私が望んだ終わりじゃない、こんなの違う、私が望んだ結末じゃない。

「うああぁぁぁあああああああああああああっ!!!!!!!!!!!!!!!ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 天に向かって叫んだ。
 こんな最後を迎えるのなら。
 こんな惨劇になるくらいなら、ずっとあのまま終わりのない悲劇を彷徨っていたかった。
 私はこの手で愛する人たちを殺した。
 手に残る生々しい温もり、冷たくなっていく大切な人たちだったもの。
 もう2人の笑顔は見れない。
 もう私を呼んでくれない。
 もう幸せは帰ってこない。
 どうして気づけなかったんだろう。

 私はとっくに、あの悲劇の舞台から抜け出していたこと____。

_____

-『追憶』-

 辿るのは、過去の残骸
 狂わすのは、記された真実
 焦がれるのは、戻らない幸せ

_____

 これは、悲劇の舞台がはじまる前のこと__。
 いつものように畑仕事に行こうとすると、スバルとイカルガさんが並んで歩いている姿を見かけた。

「あ、カグヤおはよう。今日も畑仕事?」
「スバル、イカルガさん。おはようございます。そうですよ。お2人は?」
「クサツ旅館に行くところです。なにやら催しがあるようでして、宿屋から招待状をいただいたもので」

 二人はいつも寄り添っていて、仲睦まじい姿になんだか羨ましさを感じる。

「そうなんですね!ふふ、どんな催しなんでしょう。あとで感想を聞かせてくださいね」
「もちろん、楽しみだな。じゃあ行きましょうか、イカルガさん」
「ええ」

 手を振って二人と別れる。
 少しずつ遠くなっていく2人の背中を見ていたくて、姿が見えなくなるまでなんとなく眺めていた。
 スバルが生き返ってから随分と経ち、イカルガさんという恋人までできた。
 スバルの恋人がイカルガさんでよかったと、心から思うことがこれまでに何度もあった。
 イカルガさんは危なっかしいスバルを式神でいつも守ってくれるし、ちゃんと叱ってもくれる。
 だけど、スバルのそんなところもちゃんと受け入れて、一緒に歩んでくれる。
 私にとってスバルは兄のようでありつつも、もう1人の私のような存在だからこそ、スバルにとってイカルガさんがどれだけ相応しい人かがわかるのだと思った。
 私があの選択を選ばなければ、二人がああして出会うこともなかったのだと思うと、感慨深いものがある。
 私もスバルみたいに、いつかイカルガさんのような素敵な恋人ができたらいいな。なんて、淡い期待を胸に閉まって畑に向かった。

 あたりはすっかり夕暮れになり、畑仕事を終え里の人たちと別れたあと。
 私は竜神社に帰ってたまにはと思い立ち、家の整理をしていた。
 あまり触っていなかった物置を漁っていると、昔書いた日記帳を見つけた。

「あれ?こんなところに……いつ頃のものでしょうか」

 自分が書いたにも関わらずあまり覚えがなかったので開いてみると、それは旅の最中に日課としてつけていた頃のものだった。懐かしいな、と思いながら一枚一枚ページをめくっていく。

「たしかそんなこともあったなあ……。ん……?」

 そこにあったのは、覚えのない記録。

「あれ……?こんなことあったかな」

 とても大切なことのように長い期間に渡り書かれていたそれは、たしかに私の記憶の一部だった。
 誰かと頻繁に会った記録。なにかに恋い焦がれる私の姿。どれも全く心当たりがない。
 進めていくと、だんだんと日付は私がスバルと再会した日に近づいていく。
 私の中に失った記憶があるとするなら、それはスバルの命と引き換えに差し出したものに違いない。
 この日記帳の中には、失くしたはずの記憶が封じ込められている。
 どんどんぺージをめくっていく。
 そして、とあるページをめくった時、そこには衝撃の事実が書かれていた。

 _
 私にこんな幸せが訪れるとは夢にも見ていなかった。
 恋い焦がれ続けて、やっとの想いで気持ちを伝えることができた。
 返事を聞くまで怖くて、緊張してなかなか眠れなかった。
 けれど、今は安心して眠ることができる。だってようやく_

 『イカルガさんと恋人になれたのだから』
 _

…………………………え」

 その瞬間、失ったはずの記憶がフラッシュバックする。
 幸せそうにイカルガさんの隣を歩く私の姿。
 微笑ましいと見守ってくれるみんなの姿。
 将来を誓い合う私たちの姿。
 肌に触れた温もり。恋い焦がれた想い。愛しい貴方の微笑み。

 全部、思い出した。

「あ………っあぁ……

 その場に膝をついて頭を抱えるように崩れ落ちた。
 私がスバルの命と引き換えに失ったもの。
 それは、記憶だけじゃない。
 恋人_、イカルガさんと結ばれた事実そのもの。
 私たちは、恋人同士だった。
 スバルはもう一人の私のような存在。
 そう、供犠の宣誓札を使ったことで、私とイカルガさんが結ばれた事実が、スバルのものとなっていたのだ。
 でも、私は思い出してしまった。
 貴方と過ごした記憶も、恋い焦がれた想いも、貴方からもらった温もりも。
 もう二度と手に入らない。
 イカルガさんはもう、スバルのものだ。
 ……胸が、苦しい。
 思い出さなければよかった。
 日記帳なんて開かなければよかった。
 今朝見た二人の仲睦まじい姿を思い返す。
 ただ微笑ましいと思えたはずの感情が、醜い嫉妬に変わっていく。
 嫌だ、嫌だ。
 こんな風に思いたくない。
 私はスバルの幸せを願っているはず。それなのに。

「私は、もう一度貴方と___!」

 その時、黒龍の言葉を思い出す。
『代償にしたものをお前がもう一度望んだ時、最悪の悲劇が訪れるであろう_』

「ぁ………………………………

 望んでしまった。
 私は。
 もう一度。
 イカルガさんと結ばれたい。

 「う……、ああぁあ……!!」

 頭が痛い。
 手に持っていた日記帳が勢いよく床に落ちる。
 バサバサと音を立てて愛する人と過ごした時間が記されたぺージがめくられていく。
 その音と同時に、私の中の記憶ももう一度消えていく。
 すべて消え去った時、私はその場に倒れ意識を失った。
 夕焼けが竜神社を赤く染めている。

_____

 ハッと目が覚める。
 目覚めたのはいつもの竜神社。
 モコロンの姿はない。ただ静寂だけが広がっている。
 ゆっくりと体を起こすと、外は既に夕暮れ時だった。
 こんな時間に寝てしまうなんて。
 畑の様子を見に行かなきゃ。
 農具を持って畑の様子を見に竜神社を後にした。
 夕暮れに包まれた夏の里には、煩い蝉の声が響き渡っていた。

 捧げたのは、貴方との幸せ。
 始まるのは、最悪の悲劇。
 選んだのは、私自身。

-END-