夏休みも中間に差し掛かった頃、猪名寺邸では乱太郎と乱太郎の恋人である庄左ヱ門が木製の長方形テーブルを分け合いながら各々高校から出された夏休みの宿題を片付けている最中であった。通っている高校は一緒といえど乱太郎は普通コースで庄左ヱ門は進学コースのためクラスが違い、普通コースと進学コースでは授業内容も違う。
そのため、出されている課題も量も違うので乱太郎は教科書と課題プリントを交互に見ては書いての繰り返しをしており一方、庄左ヱ門は余裕そうに課題プリントが印刷されている紙にスラスラとシャーペンを走らせ、次々にプリントに書かれている解答欄に文字を埋めていた。
「…ふう。」
課題プリントの最後の解答欄まで埋め、一息ついた庄左ヱ門は向かいに座っている乱太郎をふと視界に入れると、教科書と課題プリントとにらみ合いっこをしている乱太郎と目が合った。乱太郎は庄左ヱ門を見てへらりと笑ってから彼の下にある解答欄が全部埋まったプリントを見て驚く。
「庄ちゃん、もう課題終わったの?」
「うん。」
頷いた庄左ヱ門を見て乱太郎は庄ちゃんって本当に頭いいよね。羨ましいなあ……。と頬杖をしながら庄左ヱ門を見つめた。乱太郎がやっているプリントを見るとほぼ解答欄は埋まっていて、あともう少しで終わりそうなそんな感じだった。
「乱太郎はまだかかりそう?」
「うーん…。どうだろう。あとちょっとで終わりそうなんだけど、ここが難しくて…。」
彼が指で示した問題文を見てみると、さっき自分がやっていた問題の少し簡単バージョンだった。乱太郎がシャーペンの芯を引っ込めては頭を軽く掻くと、庄左ヱ門はそんな乱太郎に優しく微笑んだ。
「じゃあさ、僕が教えてあげるよ。さっき僕がやっていたのと似てるし。」
「えっ?いいの?」
「うん。だって僕も早く終わらせたいし。」
朝からお昼休憩を挟みながらもずっと勉強をしていたふたり。集中力もそろそろ限界を迎えるところだろう。庄左ヱ門の言葉にぱあっと笑顔を咲かせた乱太郎はじゃあお願いしようかな。と言うとプリントを持って立ち上がり、庄左ヱ門の隣に座った。
「あのね、ここが分からなくて…。」
「どれどれ。」
乱太郎が指を差す箇所を見て庄左ヱ門はここかと小さく呟いた。庄左ヱ門が問題文を確認している間、乱太郎はシャーペンの頭をノックする。
「……つまりこの式がこうなるから、答えはこれになって……。」
「…ふむ、あーっ!…なーるほど!」
乱太郎が指差した問題の解き方を庄左ヱ門は丁寧にわかりやすく教えると乱太郎はすぐに理解をする。
「じゃあこの問題はこうすれば……?」
「うん。正解だよ。」
自分の出した答えがあっていることに乱太郎はわーい!と喜び残りの問題を解き始める。一生懸命計算式を解いている乱太郎を見てしばらくするとシャーペンが置かれる音が聞こえた。
ふーっと息を吐いた乱太郎の手元を見ると全ての解答欄が埋まっており見事に全問解けていた。
「できたあ~!」
乱太郎は達成感でいっぱいになり、嬉しそうに声を上げた。その顔はとても眩しくて可愛くて庄左ヱ門はそんな乱太郎を見て思わず抱きしめたくなった。
「乱太郎。」
庄左ヱ門は勉強が終わった労りを込めて乱太郎を抱きしめようと両腕を広げたその時、じゃあ休憩しよっか!と言ってベストタイミングで席を立った乱太郎。
そんな乱太郎の言葉に一瞬きょとんとする庄左ヱ門だがすぐに苦笑いを浮かべながらそうだね。と返事をする。
「私、集中しすぎて喉乾いちゃったみたい。だから飲み物取ってくるね。…庄ちゃんは何飲みたい?」
「…じゃあ、お茶をお願いしてもいいかな。」
「了解!じゃあお茶持ってくるからちょっと待ってて。」
庄左ヱ門のリクエストを聞いた乱太郎はドアを開けて一階のリビングへと向かった。扉の向こう側に消えた乱太郎の背中を見送った後、庄左ヱ門はテーブルの上に散らばったプリントや参考書などを閉じたりまとめたりする。勉強用具を一旦まとめて隅に寄せたあと庄左ヱ門は机に頬杖をつきながら、乱太郎の部屋をぐるりと見渡した。
乱太郎の部屋の壁には有名な画家が描いた絵画のポスターが貼られていたり本棚の中にはその絵画集や、植物図鑑、小説や漫画などがぎっしり詰まっている。そしてベッドの上にちょこんといる子どもの頃に両親から貰ったであろう少し色褪せたクマのぬいぐるみなどを見て、子どもの時にもらったものをまだこうして置いて一緒に寝てるなんて乱太郎らしいなぁ。と思いながら目を細めていると、ガチャッという音と共に扉が開いた。庄左ヱ門がドアの方を見るとお盆を持った乱太郎が入ってきた。乱太郎の手の上にあるお盆には、茶が入れられているであろうコップふたつと棒付きアイスがコップと同じようにふたつ、お盆の上にあった。
「はいっ、お待ちどおさまー。母さんが買ってきたアイスもあるよ〜。」
「ありがとう、乱太郎。」
庄左ヱ門は乱太郎にお礼を言うと乱太郎からコップを受け取り中身を見る。そこには氷入りの麦茶が注がれていてコップ越しに冷たさが伝わってきて涼しさを感じられた。乱太郎は庄左ヱ門の隣に腰掛けると持ってきたアイスの袋を開封する。
乱太郎が持ってきたアイスの中身はソーダ味のアイスキャンディだった。それを手に取ると乱太郎はそれを口に運ぶ。冷たい甘さが舌に乗ると乱太郎は笑顔になった。
「おいしいね〜!」
「うん、おいしいね。」
庄左ヱ門も自分の分のアイスを一口食べると同じように表情を和らげる。しかし次の瞬間、乱太郎があっ!と言いながら自分の手元を見た。どうしたのかと思った庄左ヱ門が乱太郎の視線を追っていくとそこには今にも崩れ落ちそうなほど溶けかけているアイスがあった。
「溶けるの早いよぅ〜!庄ちゃんのはまだ溶けてないのにっ!」
慌ててアイスを頬張る乱太郎。そんな姿に思わず笑ってしまう庄左ヱ門。
「ふふっ、エアコンの風が当たってるからじゃない?」
「そ、そうなの?…あっ、溶けちゃう!」
早く食べないと〜っ!なんて言いながらアイスを急いで食べる乱太郎に庄左ヱ門はさらに笑みを深める。
「もう、口の端についてるよ。」
「えっ?どこ?」
「ふふっ、ここだよ。」
そう言って庄左ヱ門は乱太郎の唇についたアイスクリームを舌で舐め取るとそのまま乱太郎にキスを落とした。触れた唇はひやりとしていて冷たい。
突然のことに驚いたのか乱太郎は目を見開き固まる。庄左ヱ門がゆっくりと離すと乱太郎は顔を赤くして俯いた。そんなキスだけで顔を真っ赤にさせる乱太郎の様子が可愛くて庄左ヱ門はもう一度触れるだけのキスを贈ると耳元に顔を寄せて囁いた。
「…かわいい。」
その一言だけでボンッと顔を真っ赤にする乱太郎。
「ず、ずるい…っ。」
潤んだ瞳で恥ずかしそうに言う姿が愛おしくてしょうがない。庄左ヱ門はそんな乱太郎をぎゅっと抱きしめると頬にちゅっと軽く口づけをした。
「わぁっ!!」
「隙あり…。」
庄左ヱ門は悪戯っぽく笑うと乱太郎の額に自らの額をコツンと合わせた。
「……ねぇ、乱太郎。キスしてもいい?」
庄左ヱ門は乱太郎のふわふわの髪を撫でながら上目遣いで問いかける。
「もうしてるじゃん……。」
「…もっとしたいなって思ったんだ。ダメかな……?」
上目遣いをすれば折れてくれるだろうという庄左ヱ門の算段を分かっていながらも、乱太郎は断ることが出来なかった。だって、こういう雰囲気になるのを期待している自分がいたのも事実だったからである。
はやく、はやくキスして欲しいなんて心の中では思っているけれど、でも素直になれない乱太郎はせめてもの反抗として庄左ヱ門に聞こえるか聞こえないくらいの小さな声で呟いた。
「……いいよ。」
乱太郎の小さい声が聞こえたのだろう、庄左ヱ門は嬉しそうに微笑むと優しく乱太郎の肩を掴んで引き寄せるとそっと唇を重ねた。
何度か触れるだけのキスをした後、顔を真っ赤にさせた乱太郎に庄左ヱ門はふふっと笑いながらもういっかいしてもいい?と問いかけた。
「……庄ちゃんのいじわる……。」
乱太郎は不満げな表情をしながらも庄左ヱ門にされるがままになっている。そんな反応を楽しんでいるかのように庄左ヱ門は乱太郎の首筋にキスを落とす。ちゅっという音が鳴り響く度に乱太郎の体は小さく跳ね上がる。
「ひゃっ…!」
庄左ヱ門はそんな乱太郎の様子を眺めながら今度は頬に触れる程度のキスを落とすと乱太郎は恥ずかしそうに頬を染め上げた。そんな姿を見た庄左ヱ門は再び顔を近づけて唇にキスするかと思いきや、もう一度乱太郎の頬にキスをした。
完全に次は唇にキスされるだろうなと思った乱太郎は肩透かしを食らい、思わず庄左ヱ門の方を見て睨んだ。
「…焦らしてるの?」
「……どうだろう?」
そう言ってにやりと笑うと庄左ヱ門は再び乱太郎の耳元に顔を寄せると小さな声で囁いた。
「ねぇ、乱太郎…。キスしてほしいんでしょ……?」
庄左ヱ門の吐息混じりの声にぞくりとする乱太郎だったがここで負けたら相手の思う壺だと自分に言い聞かせる。いつもこうして庄左ヱ門に負けてしまうのだから、今回こそは抗うぞ!なんて思いながら喉をごくりと鳴らして庄左ヱ門から来る誘惑に耐えようとする。
だけど、ずっとキスを焦らされている乱太郎はそんな庄左ヱ門からの誘惑に抗えず、とうとう観念したように呟いた。
「…庄ちゃん、もっと、ちゅー、してほしいぃ……。」
乱太郎の消え入るような小さな声に庄左ヱ門はよく出来ました。とでも言うように満足気に微笑むとそのまま乱太郎の顎に手を添えて持ち上げるとゆっくりと顔を近づけた。唇同士が触れる寸前で止まり目を閉じる乱太郎のまつ毛が微かに揺れているのが見える。
その瞼の上にも優しくキスを落とすと乱太郎の柔らかい唇を奪った。庄左ヱ門からの優しいキスに乱太郎は目を閉じて受け入れる。
「…ん、もっとして。」
「……お望みのままに。」
角度を変えてもう一度重なり合うお互いの唇からは先程食べたソーダアイスの味がうっすらしたのだった。
ワード:アイス・溶ける・上目遣い
了
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