kizahane
2016-06-15 12:20:39
2829文字
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【シュガキュー】太陽を添えたレモネード


 カコン、と一つ音がして、今日も心の神様は、うきうきいそいそ、ポストを覗き込みました。
「『太陽を添えたレモネード』、かぁ
 ううんどうしよう、どういうのがいいだろう、とうんうん呻りながらぽてぽて歩いて、花壇の傍の芝生に寝転んで。うーんと伸びをして、それからかざすように、日の光に透かすように、手にしたカードを顔の真っ直ぐ上に持ち上げて。
 カードの後ろを、白い雲が流れていきます。そよそよ風が揺れて、抜けるような青空を、ゆっくりゆっくり捲っていきます。
 真上を見上げても眩しすぎないところに浮かぶ太陽の場所を、カードで隠しながら確かめて。
あの子のお部屋に、太陽はあるのかな?」
 神様の頭にぽんと浮かんだのは、素敵なアイディアではなくて、一人の小さなお友達の顔でした。なんだかちょっぴり寂しそうな、あの子の顔でした。
 よいしょ、と両足を空に向かって持ち上げて。そいやっと振り下ろしてすたっと立ち上がって。思い立ったら吉日と、神様はだだだっと、扉に向かって駆け出しました。

 太陽はありません、と、その子は言いました。
 ありませんでした、と。ANGEの庭にはありませんでした、と。
 ちょっとちょっと、こっち来て、と扉から顔を覗かせて手招きしたら、とてとて神様のお庭の入り口まで来てくれたその子は言いました。
「そっか、教えてくれてありがとね。今度遊びに行ってもいい?」
 小首を傾げて問い掛けて、その子がこくりと頷いてくれて、じゃあ何日後にと約束して。神様はにこにこ手を振って。その子はちょいとスカートを持ち上げてお辞儀をして。
 ぱたん、と閉じた扉を前に、神様は暫く、黙って立っていました。両手を体の横に降ろして、黙って黙って、彼にしては珍しく、彼にしては、難しい顔をしていました。
 そうしてそうして、胸の高さに持ち上げた手をぎゅっと握って。
「よしっ」
 と、声を張り上げて、神様はまただだだっと駆け出しました。

「お邪魔します、アンジェちゃんこんにちは!ご主人様もこんにちは!」
 執事よろしく騎士よろしく、王子よろしく、神様は、言葉は元気いっぱいでも恭しくお辞儀して。顔を上げて、それから肩の高さに挙げた手を、お友達と、お友達のご主人様に向けて振りました。その子はぺこりとお辞儀を返してくれて、ご主人様からの返事はありません。
 ご主人様からのお返事は、なくてよいのです。なくてよいのだけども、あれれ、と神様はお部屋の天井を見上げました。それは天井で、空ではありませんでした。
「アンジェちゃーん
 ねえひょっとして、と上を見上げながら情けない声を出せば、その子は、ご主人様は席を外していらっしゃるご様子、と教えてくれて。丁度いいような、でもでも寂しいような、としょんぼりしている神様に、その子はお荷物を、と声を掛けてくれて。
 けれども神様は、首を横に振りました。ううん、と首を横に振って。誇らしげに、郵便屋さんの大きな鞄の紐をぎゅぎゅっと両手で握りしめて。
「太陽をお届けしに参りました!」
 キリッと敬礼して高らかに宣言して、それなのに神様は、直ぐに照れくさくなって。顔の力が抜けてしまって、首を傾げるその子に、えへへ、と同じ方向に首を傾げながら笑いかけました。

 床に座り込んで、肩に掛けた星空マントをぐるりと前に回して。その子から手元が見えないようにして、ごそごそ鞄からお届け物を取り出して。見ないで、と言えば見ないでくれるけれども、だってこういうのは隠したほうがワクワクするじゃないか、と神様は思っていたので。
 からん、とグラスが音を立てます
 とぷとぷ、グラスが満たされる音もします
 その子はちょこんと待っていました。まるで立ち尽くすように、ちょこんと立って待っていました。
 マントを覗き込む神様の顔が温かそうな色で照らされて、その子の、零れ落ちそうに大きな瞳がぱちりと瞬いて。神様は、目を細めて静かに笑って、手招きして。しー、だなんて人差し指を立ててみながら、そうっとだよそうっとだよ、なんて言ってみながら。
 夜空の端を捲り上げて、現れるのは小さな太陽。
 暖かくて柔らかな光を放つ、グラスの中の小さな太陽。
 それはレモネードの空をぷかぷか泳ぐ、光を閉じ込めた溶けない氷でした。

 神様は、人が好きでした。人間が好きでした。人間の形をした人間でないものであっても、人間の形をしていない人間であっても、いいえそれ以外の全部でも。
 心を宿す全てが愛おしくて、この心に映る全てが愛おしくて。
 神様は、笑顔が好きでした。
 目を見開いて、キラキラさせて、手を合わせて、歓声を上げて、とろけそうに幸せそうな顔をして貰えたら、それはどんなに素敵でしょうか。
 その素敵さを、神様は知っています。今の気持ちを取り出して見せることができるなら、そうして笑って貰える幸せとはこういうものだよ、と伝えることができるでしょう。
 喜びはここにありました。
 今この瞬間、神様の胸の中は、太陽のような甘酸っぱい温かさで一杯でした。
 おすましさんのその子の顔に、満面の笑みは浮かびません。それでいいのです。それでも、ではなくて、それでいいのです。
 その子は覗き込んでくれました。
 おいで、と呼んだのよりも、その子から身をかがめてくれました。
 でこぼこのグラスの模様を通る、きらきらゆれるお日様の光を、その瞳の上で揺らめかせてくれました。
 ありがとう、の言葉が口から零れて、その子に不思議そうに見上げられて。
 気にしなくていいよ、と首を横に振りながら、けれども神様は、太陽の浮かぶレモネードのグラスを両手で掲げ持つその子を見て、目を細めて、ありがとうと、もう一度そう口にしました。

 それは溶けない氷に湛えられた、黄色の光のカケラたち。風が吹けば飛んで溶けて消えてしまう、小さな小さな光の砂粒。
 神様は心の中で言いました。
 あなたの手よりもずっと小さなものだよ。あなたの手の中に閉じ込めてしまえるものだよ。閉じ込めたその手を火傷させることも、貫いて照らすこともないちっぽけな太陽だよ。掲げて、床に叩き付けて、それだけでもう、壊れて消えてしまう太陽だよ。
 だからどうか。だからどうか、怖がらないでいてくれないかな、と。
 神様は心の中で呟きました。
 取り返しの付かない物でもないから。君が壊してしまっても、そうかと笑ってもひとつこさえて持ってくるから。怖がらなくていいよ。なにも脅かしやしないよ。少しでも嫌になったら壊してくれていいから。
 だからどうか、この白の城に、色を一つ置くことを許してあげて、と。
 神様は心の中で言いました。それは願いでした。
 あの子に、許してあげて。この場所に、許してあげて。
 神様は心の中で呟きました。それは祈りでした。
 どうか君に、許してあげて、と。