吾妻
2025-08-28 00:00:00
3871文字
Public GOD EATER
 

たとえば太陽のような

ソーマさん今年もお誕生日おめでとうございます。久々にと腕まくりしたんですが、お誕生日全く関係ない話になってしまった……。

 
 初めて本物の太陽を見た日のことを、今でも時々思い出す。

 いくつのときだったのか、なんの用事でアナグラの外に出たのか、細かいことは忘れてしまった。
 それでも、仰ぎ見た太陽の眩しさと、そのときに感じたやり場のない苛立ちは、今でも鮮明に覚えている。

 そうだ。あのとき、自分は確かに苛立った。
 望んでもいない光を我が物顔で延々と投げ掛けてきて、忌々しいと思った。今にして思えば、ただのガキの八つ当たりだったんだろう。
 何せあの頃の自分は、世界に味方など一人もいないと思い込んでいた。近づいてくるもの全てが鬱陶しくて、跳ね除けたくてたまらなかった。
 だから、太陽が投げ掛けてくる光すら、ひたすら無遠慮に存在を押し付けられているようで気に食わなかったのだ。

 数年後、今度は一人の女に同じ苛立ちを覚えた。
 目の前をうろちょろと、金色の頭がうろつきまわる。何度放っておけと突き放しても、いつの間にか傍にいる。
 はじめはその輝きが鬱陶しくてたまらなかった。これまで近づいてきた連中と同じように、早く諦めていなくなればいいと思っていた。
 だが、いつしか――
 身近に〝それ〟が見えないと落ち着かない。
 ギラギラと鬱陶しい光を、かけがえのないものだと感じるようになってしまった――のだが。

「何をどうしたらそうなる」
「いやぁ、それが私にもさっぱり……

 ソーマ・シックザールは、目一杯渋い顔をして、目の前の女を見た。
 二手に分かれての掃討作戦完遂後、ランデヴーポイントで合流した〝リーダー〟が、やや珍妙な格好をしていたからだ。
 へらへらと笑う彼女の、肩の下あたりまで伸びた髪には、片側にだけ細い鎖のようなものが絡まって垂れ下がっている。

「戦闘中もちょっと重いな~とは思ってたんだけど、気がついたらこうなってて……廃墟の中を通ったりしたから、その時かな……

 確かに戦闘中に細かいことを気にしている余裕がないのは認めるが、そのままここまで歩いてきたのは何故なのか。あまりにも適当すぎやしないか。
 疑問と呆れがありありと顔に浮かんでいたらしく、ルイは垂れ下がった鎖の先をつまみ上げて頬を膨らます。
「絡まっちゃって取れないんだもん」
 一応解こうとはしたらしい。だが、見た目よりも複雑に絡まってしまっているようで、結局解くのを諦めたというわけだ。
 ソーマは溜息ひとつ、バスターブレードを近くの壁に立てかけた。手先の器用さに然程自信があるわけではないが、鎖に絡まった髪の毛を解くくらい何とかなるはずだ。
 だが、貸してみろ、と手を伸ばしかけたところで、
「あ!」
 目の前の女が突如として大声を上げた。
 ひと気のない廃墟中に木霊するほどのボリュームだったので、ソーマは思わず顔を顰める。
「急に大声を出すな」
「なんだ、こうすればよかったんだ〜」
 嗜める声もどこ吹く風、ルイは片手で鎖が絡み付いている毛束を掴み、利き手で握ったままのショートブレードの刃を首の横まで持ち上げて。
……おい」
 何をするつもりなのか一拍遅れて気がついた。しかし、既に制止するには遅すぎた。
 サク、と。軽くて乾いた音の後、地面に細い鎖が落ち、追いかけるように金茶の毛束がはらはらと舞い落ちる。
「はー、やっと取れた。すっきり」
 ソーマは呆然と、地面に散らばる髪の毛を見つめ、その後に顔を上げて、片側だけざっくりと短くなったルイの髪を見た。
「お前……
 あまりに大雑把なやり方に、それ以上言葉が出てこない。最終的に切るしかなかったとしても、神機を使う奴がいるか。帰投後に鋏で切ればいいはずだ。
 気がかりを即座に解決しなければ気が済まない性分なのは知ってはいるが、ここまで躊躇なく実行に移されると見ている方が動揺する。
 勿体無い。
 浮かんできたのは、そんな奇妙な感慨だった。
 あれほど鬱陶しいと思っていたはずの輝きを、いつしか惜しむようになってしまった。
 何より、出会った頃の彼女は、過去を思い出すからと髪を伸ばすのを嫌っていた。肩より下まで伸ばせるようになったのは、本当にごく最近のことだ。
 過去の全てと訣別する必要などない。それでも、他人ばかりを優先して自分を大事にできないやつだからこそ、些細な変化も大切にしてやりたい。

 ソーマは無言で手を伸ばし、ルイの毛先の乱雑な切り口に触れた。
 慈しみのこもった手つきに、さすがにソーマの心情を察したらしく、ルイは困り顔で笑って見せた。

「髪なんてすぐ伸びるって」

 わざとらしいほど明るい声には、慰めの響きがある。
 どうして自分の方が慰められているのか。元はと言えば、自分を大事にしないお前の振る舞いが――そこまで考えて、ソーマは思考を打ち切った。
 もしかしたら本当に、自分の方が考えすぎなのかもしれない。
 彼女にとっては既に乗り越えた問題でしかなく、この感情は、自分勝手な感傷に過ぎないのかもしれない。
 また悪い癖が出ている。相手の心情を推察して理解したつもりになるのは、あまり良い行いとは言えない。

……雑に扱いすぎだ」
「ソーマが代わりに気にしてくれるから、つい……

 へらへらと笑うルイは、やけに上機嫌だ。
 なんの陰りもないその表情を見ていると、やはり自分が深刻に考えすぎなのではないかと思えてきた。

「戻ったらちゃんと整えろよ」
「ソーマさんが切ってくれたら嬉しいんですが~」
「調子乗んな」
「いたっ」

 額を小突くと、わざとらしく悲鳴を上げる。大して力も込めていないのだから、痛くもないだろうに。
 すぐに考え込むのがソーマの悪癖だとすれば、すぐに調子に乗るのがルイの悪癖と言える。それでも、帰投後にどうしてもとねだられたら、結局髪を整えるのを手伝ってしまう気がした。
 過保護にしすぎだろうか? おそらくはそうなのだろう。惚れた弱みと言われれば、それまでの話だけれど。
 いつも傍にいないと落ち着かない。
 そんな相手に出会ってしまったのだから仕方ない。
 これからも鬱陶しいくらい、目の前をうろちょろしてもらわねば困る。

 鋭敏な聴覚が、ヘリのプロペラ音を拾う。
「とっとと帰るぞ」
 ほんの少しだけ照れ臭くなって、ソーマは恋人の頬を軽くつまんだ。

 たかが髪の毛を切り落としたくらいで、過剰な反応をしてしまった。
 きっとそれほど大した話ではないのだろう。そう自身に言い聞かせた頃、迎えのヘリの影が太陽の光を遮った。



 ――数十分後
「いやぁぁぁぁっ――!」
 ロビーに戻ったふたりを出迎えたのは、アリサ・イリーニチナ・アミエーラの絶叫だった。
 はじめは帰投したふたりを――というよりもリーダーを――見つけてぱっと笑顔になった彼女だったが、ルイの髪が一部分ばっさりと短くなっているのに気づいて悲痛な叫びを上げたのだった。
「えっ、何が……? そんな、どうしてこんなことに……!?」
 恐るべき速さで駆け寄ってきたアリサは、真正面からルイの肩をがっちりと掴んだ。
「え、ええと……髪に鎖が絡まっちゃって……その……うまく、取れなくて……
 あまりの勢いに、さすがのルイも怖気づいて後退りをする。
「取れなくて……?」
 対するアリサはというと、リーダーが一歩下がった分を一歩踏み込み、逃がすつもりなどさらさらなさそうだった。
 適当な言い訳が許されるような雰囲気ではない。
 ルイは気まずそうに視線を明後日の方向に逃がし、できる限り小さな声で。
……神機で、切っちゃいました」
 ――と、白状した。
 アリサは一瞬、呆気に取られた表情で沈黙し、その後に、

…………、どうしてそういうことをするんですか~っ!」

 ロビー中に響き渡る声量で、そう叫んだ。
「信じられない! あなたはどうして自分のことを雑に扱うんですか!? ソーマもソーマですよ! 一緒にいたんですよね!?」
 矛先が急に自分にも向いたので、ソーマもまたふいっとアリサから目を反らした。
「せっかくきれいな髪なのに! もったいない! ほら、来てください! こっち!」
「わ、わ!」
 最終的にルイは、子猫よろしく襟首を掴まれ、エレベーターへとズルズル引きずられていってしまった。おそらくはアリサの部屋に連行され、中途半端な髪を整えられるのだろう。
「そ、そーまさん、たすけ――
 助けを求める悲痛な声は、無情に閉ざされるエレベーターの扉に掻き消されてしまった。

 嵐が過ぎ去り、息を潜めて成り行きを見守っていた同僚たちが、こそこそと窺うような視線を投げ掛けてくる。
 物言いたげなそれらの気配を鬱陶しく思いつつ、ソーマもまたエレベーターへと足を向けた。

 やっぱり、自分の感覚は間違ってなどいなかった。
 あんなにあっさり、ばっさりと髪を切ってしまうほうがおかしいのだ。
 このまま自室のあるエリアに戻ったら、妹分に力ずくの〝お世話〟をされているリーダーの悲鳴が聞こえてくるかもしれないが、自業自得なので諦めてもらうしかない。

(お前はせいぜい、周りから甘やかされとけ)

 どうせ、自分で自分を大事にできない生き物なのだから。
 散々説教されたあとで泣きついてくるであろうリーダーに、食わせてやるような菓子が部屋にあったかどうか。そんなことを考えながら、ソーマは到着したエレベーターに乗り込んだ。



【おわり】