望月 鏡翠
2025-08-26 20:30:29
967文字
Public 日課
 

#1824 「油」「騒がしい」「母船」

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 柔らかい草の上に大の字になる。柔らかいと言っても繊維の硬い草は、頬をチクチクとさした。今日は雲が少なく、空を見上げれば、頭上には満点の星空が広がっている。
 まだ虫が鳴くような季節ではないから、鳥の声が時折聞こえてくる程度だ。きっとそのうちカエルが鳴くようになるのだろうし、秋には虫の声が聞こえてくるのだろう。
 それでも、静かなものだ。
 人間以外が賑やかにしているが、人間の声はない。
 静かな場所にいると、ときたま無性に故郷が恋しくなる。見上げた星の中のどこかに、母船も浮かんでいるのだろうか。
 あそこは人口が過密だった。昼と夜とのスケジュールはもうめちゃくちゃになっていたし、老朽化したパーツからは古くなった黒い油が滲んでいた。
 そして、どこにいっても蜂の巣のような騒ぎだった。人がいない場所というのは、最も高級なエリアで、静寂は贅沢を意味する言葉で、当たり前のように全員が耳栓を所持して、その品質の高さを競ったものだった。
 一人になることがわかっていたら、もう少し周りの人間やあの騒がしい環境を恋しく思っただろうか。
 いや、と首を横に振った。
 確かに今この瞬間に寂しさを感じている。誰かが隣にいて欲しいとも感じている。しかしそれはあの母船に戻りたいという感情ではない。
 隣にいて欲しいのは、国の全員ではなく一人か二人。あるいは一家族くらいの単位だ。
 この星の平穏になれたあとに、母船に戻ったら、きっと騒音でノイローゼになって眠れなくなり、夜になっても電気がついたままのブースに苛立ち、そして手足を投げ出して眠れないベッドの狭さに苛立ったに違いない。
 空にノスタルジーを見出すのはやめて、立ち上がった。
 帰ることのない故郷のことより、今生活している場所のことを考えないと。ここでは油は有限の、しかも高級な資源だ。夜中に灯りを使って活動し続けるのは、燃料の無駄だ。早く帰って食事をして寝てしまおう。
 宇宙にいたときは星の光なんて微かで、世界なんて真っ暗だと思っていた。しかし今こうして見上げた星は案外明るい。
 目が慣れれば灯りなしでも歩くことができるのだ。
 遠いところに来たなと思う。
 もともと我々の故郷はここだったんじゃないかと思うくらいに、私も私の体も、この場所での生活に馴染んでいた。