開始まってんじゃん性行為

2025/9/27 聡狂『花火のくせしてしぶといねん』のおまけ

 
 久しぶりに訪れた地元の小さな祭りである。

 狂児による屋台食品安全監査を無視して購入した焼きそば、そしてりんご飴とプリキュアのわたあめのうち後の二つを差し出すと、監査員設定を一瞬で放り投げた狂児は、にっこりと相好を崩した。「俺の?」
 
「はい」
「ありがとう~」
「要らんかったら僕食べます。川の水入っとるかもわからへんし」
「入っててもええわ」
 
 嬉しそうな顔があまりに可愛かったので「ええんかい」という雑なツッコミは衝動とともにぐっと飲み込まれてしまい、用意していた言葉を失った聡実は、代わりに脳直の欲求を提示した。

「これ食べたら狂児さんちいきたいです」

 何かとバタバタ忙しく、久々の逢瀬であった。帰省のタイミングでたまたま互いの都合があったので、ほんなら、と狂児の家にしけ込むことにし、しかしその前にお祭りに行きたい、花火も見たい、と言ったのは聡実だ。久しぶりの逢瀬ではあったが、であればなおのこと会ってすぐにセックスするのはどうかと思ったのが一つ、もう一つは純粋にそうしたかったから……なのだが、後者はともかく前者は完全に無根拠の懸念であり、狂児がそうしたいならともかく、聡実が自分自身に従わせるにはあまりに弱い、弱すぎる、ペラっペラの建前であった。そんなわけで自分で持ちかけたプランをあっさり打ち切ろうと提案したのだが、狂児のほうも案の定特に驚きは見せなかった。
 
「花火ええの」
「いいです。これ買うて気ぃ済みました。はよ狂児さんの家行きたいし」
「なんやえっちな響きやな」
「えっちなことするんで。親にも言うたし」
「言うたん!?」
「今日帰らへんて」
……そらえっちなことするしかないなぁ」
 
 そうだろう、とうなずきながら焼きそばを食べるための場所を探す。しかし人混みの中にそのような場所は見当たらず、少し離れた静かな場所ではすでにカップルたちが等間隔に腰を下ろしていて、その間に割って入るのは気が引けた。
 
「車で食べてもいいですか」
「ええよ。聡実くんが食べとる間にうち向かおか」
「あ、けど、わたあめしぼむか」
「わたあめは今いただきます」
 
 焼きそばをぶら下げりんご飴を手に、狂児と交互にわたあめを頬張りながら車に向かう。立派な祭りエンジョイ勢の格好だったが、ドアが閉まる音を合図に懐かしい非日常は完全に遠ざかった。残り香はわずか膝の上の焼きそばだけだ。

 すぐ食べてしまうことには変わりないのだがほんの少し名残惜しい。一旦おいてペットボトルのキャップを捻り、喉を鳴らしてウーロン茶を飲んでいると、運転席からおもしろがるような視線が飛んできた。

 目だけでなんですかと問うと「聡実くんが飲み食いするとこ見てんの好きやねん」とのことだったが、それは丸山の言うところの「サバンナのオアシスのライブカメラ見んの好きなんだよね」というのとほぼ同じ調子だった。

「丸山とおんなじこと言うやん」
「丸山くんも聡実くんの食べてるとこ好きって?気ぃ合うな」
「丸山はサバンナが好きらしいです」
「えっなんの話?」
「サバンナの……なんでもないです。説明長なるんで、はよいこ」
「気になんねんけど……
 
 ちゃんと教えてなーと言いながらサイドブレーキを下げた狂児の姿を横目に、聡実にも全容のよくわからないライブカメラについて何をどう説明しようかと考えつつ焼きそばの蓋を開ける。甘酸っぱく焦げたソースと油の香りは、聡実の身体から勝手に大量の唾液を引き出した。
 
 ◇◇◇
 
 何度来ても狂児の部屋には余白が多い。余白の分、呼吸やら何やらの音がよく響く。その余白をまずはビニールやプラの擦れる音で埋めながら、聡実は狂児を振り返った。
 
「焼きそばのパックどこにほかすん」
「流しんとこ……あ、もらうわ」
「りんご飴はどうしますか」
「食べる」
 
 それ持ってソファ座っといて~と促された聡実は、りんご飴一本を手にリビングのソファに腰を沈めた。クーラーに当たりながらりんごの首元に巻きついたテープを剥がし始める。物が少なすぎてモデルルームにもならなそうな部屋のソファは(というかダイニングのテーブルや椅子すら)聡実の来訪のためだけに用意されたものらしく、いつ座っても新品の皮の匂いがする。その匂いに近づいてきた狂児のそれが混ざり、彼の体温が室温を上げ、その重みの分だけ座面が傾いて沈んだ。
 
「開かへん」
「切る?」 
 
 提案してきた狂児はしかしそこを動かない。よってこれはこういう時間なのだなと理解した聡実は、頬を掠める呼吸と体温を味わいながら、ビニールテープの糊面に固執を続けた。その先端が二つに割け、接着面を残したまま千切れるという災難に見舞われながらもなんとか袋を開け、というか引き裂き、現れたピカピカの飴を狂児の口元に差し出す。

 狂児はぽっかりと口を開けた。

「あーん」
……

 それがいくら大きいとはいえまさかりんごを丸ごと突っ込むわけにもいかない。迷った末、飴は狂児の唇にペタリと押し当てられるにとどまった。舌を伸ばしてそれを舐りながら狂児は、「ふっほふはへふんはほほは」
 
「なんて?」
「ん……突っ込まれるんかおもた」
 
 唾液と飴で光る唇を舐めながら言い、今度は歯を立てる。飴にヒビを入れりんごを割り、咀嚼して飲み込み、再び口を開ける様をぼんやり眺めるうちに、聡実は天啓を得た。これか。「食べてるとこ見んの、良いですね」
 
「やろ」
「毎日カメラ見ると思う、狂児がサバンナにおったら」
「俺も聡実くんのもぐもぐチャンネル見たいわ。開設したら教えてな」
「しませんけど」
 
 ほんなら生で見たい、今、というリクエストに答え、聡実も逆側からりんごに歯を立てた。狂児も再び顔を近づけ、二人で両側から食べ進める。

 飴の砕ける音や、主に狂児の咀嚼音がとにかくよく響くため、動物二匹が一つの餌を分け合って食っているようだと聡実は思った。真ん中らへんカビてへんかよく見てな〜と注意する識者の声にいっとき勢いは衰えたものの、運よく新鮮だったそれは綺麗に二人の胃のなかにおさまり、最後に残ったのは割り箸一本と口の周りのベタベタのみである。

 その割り箸の先っぽをズタズタの袋に包んでテーブルに放った聡実は、そのベタベタを回収すべく狂児の口元へ舌を伸ばし、狂児も当たり前のようにそれを受け入れた。

「周りんとこべっこう飴なんですね」
「好き?」
「おばあちゃんみたいな味する」
「おばあちゃん……
 
 目を合わせたままおばあちゃんの味のする唇を舐めていると、狂児の指先が聡実の顎をなぞり始める。

 骨の角度を確かめるように滑る人差し指は聡実の舌のすぐ下に潜り込んだ。そのまま唇の真ん中、一番柔らかい部分をそっ……と押してくる。舌を引っ込めると、今度は指ではなく狂児の唇が、1ミリたりとも形を崩さぬようにそぉっと触れ、すぐに離れていった。……もう一度、次は表面を少し擦ってから離れる。耳朶に触れながらもう一度……「ん、」

 不意打ちで下唇を持っていかれる。

「ふ……

 聡実の声に目を細めた狂児は、それが痛みに変わるギリギリのところまで、ゆっ…………くりと聡実を吸った。

 はじめはくすぐる程度の細波だったそれは、次第に電気が走るような刺激になった。飴でぼんやりしていた粘膜の感覚が収縮して尖っていく。そこを舌先でチロチロと舐められると、血の流れと一緒に快感が滞留して蓄積されてゆく。

 狂児に与えられる快楽をうっとりと享受する頭の片隅で、聡実は、このまま気持ちええのが溜まり続けたらどうなってまうんやろ……と考えた。唇なくなるんやろか。少なくとも触れるだけのキスでは耐えられそうにない。満足できないのではなく、衝動を行為へと変えてやらないとおかしくなるだろうなという予感がある。その予感もすぐ現実になりそうである。気持ち良くて、気持ち良くて、下唇だけでは到底受け入れきれない……「は……

 ちゅぽ、という音と共に開放されると、折り重なった快感は一瞬で全身に広がり、すっかり聡実のモードを切り替えてしまった。

「ほんまやな。おばあちゃん舐めたことないけど」
 
 唇をぼそぼそ震わせる律儀なフィードバックに返事もせず、太ももにまたがり首に腕を絡める。再び舌を伸ばして唇の境を舐める聡実を見て、ゆっくり後ろに倒れる身体が笑いで震えた。

「やる気満々や〜ん」
……そうです。えっちなことする言うたやろ」
「うん。溜まってた?」
「溜まってた。溜めてた」

 低く喉を鳴らした狂児は、聡実のために唇をわずかに開いてみせる。

 聡実はその昏い隙間にようやく潜り込み、反響する吐息を聞きながら絡まる舌を前後に滑らせた。欲を擦り付けるように上顎のでこぼこを舐め、歯列をなぞり、また舌を合わせて絡めて……部屋の余白に反響する、ちゅ、ちゅ、という音と共に、陶酔と快感が腹の底にとぷとぷと溜まっていく。

 頭の芯が痺れ、掻きむしりたくなる欲望に駆られ、身体が先に先に進もうとするのを、狂児はねっとりと撫であげてなだめる。舌の裏側のひだや筋、その周囲の柔らかい部分まで遠慮なく甘やかしてくる分厚い舌は、聡実の衝動をゆっくり溶かして舐めているようだ。

 興奮はもうとっくに聡実の身体を満たしており、ところどころ溢れてさえいたのだが、堪らなくなってシャツの襟元に伸ばした指は狂児の手に捕まってしまい、ボタンを外すに至らなかった。連行された人差し指は狂児の尖った喉仏の上に置かれ、その突起を中心に、顎の下から鎖骨の間の窪みまで、薄い皮膚の上をゆっくり上下する。

 気持ちよさそうに目を細める狂児に、聡実はふと懸念を抱いた。
 
「狂児さんはどうですか」
「何が?」
「やる気」
「俺の?なんで?」
「なんか、いつもより焦らすから……

 動きを止めた狂児に見つめられるその数秒で聡実は悟った。アホなこと聞いたかも。

「めっっっっちゃあるよ」

 捕まえたままの聡実の指を優しく折り曲げ、下方に滑らせたその関節で自身を愛撫しながら、狂児は続けた。「ネ」

……
「俺もめっっっちゃ溜めたわ……溜めたし、久々やし、予定より時間増えたから、ゆっ…………くりスケベしよおもてん。聡実くんがよかったらやけど」

 口内に溢れた唾液を飲み下す。

 上下する聡実の喉仏を見て、狂児もまた喉を震わせた。聡実のほうはもはや、この小さな笑いによるほんの微細な振動で、たぷたぷに溜まった興奮を一筋二筋溢れさせているような有様なのだが、狂児のほうは、ゆっ…………くりしたいらしい。……いや、溜めたからゆっくりするってどういうことやねん……

「ドスケベの発想やん……
「ハハ」

 ハハちゃうねん。ハハちゃうし、どこまで応えられるかはわからないが、聡実は一応、尋ねた。

……ゆっくりって、何するんですか」

 身体の下の黒い瞳がじっとり聡実を舐った。その数秒で聡実は再び悟った。またアホなこと聞いた……「ほんなら今日のプランを発表しまーす」

 捕まっていた聡実の指は完全に絡めとられ、今度は聡実のほうを撫で上げながら身体を這い上がる。口元へと導いた指先を吐息でくすぐりながら、狂児は楽しそうに囁いた。「もうちょっとチューしよ」

……うん」

 ちょっと拍子抜けし、それから別の角度の期待に胸を膨らませてしまったことをちょっとだけ反省しかけた聡実の返事を追いかけて狂児が続けたのは、次のようなことだった。「チューだけでイケるかな」

……誰が?」
「聡実くんやろ」
……え、無理やろ」
「おっぱいいじってたらいかれへんかな」
「それはチューだけとちゃうんちゃいますか」
「そっか。ほなチューだけでがんばろ」
…………

 また余計なことを言ったがともかく、聡実だってキスは好きだ。キスは好きだが、キスだけで射精したことはさすがになかった。今すぐにでも擦り上げてほしいと涎を垂らしている下半身に触れずにいるのは責苦に近いという懸念と、聡実を絶頂に至らしめる狂児のキスとは一体どういう感じなのだろうという好奇心とを天秤にかける。

 白い歯の隙間から見え隠れする舌を見つめながら、聡実は一応、うなずいた。

……狂児さんは?」
「俺はこっち……

 狂児は微笑み、聡実の指で顎を伝って再び首元を撫でた。喉仏の骨を軽く押し込み、聡実が小さく息を呑むのを確かめてから、「イキたての聡実くん、ここに突っ込んで。奥まで」

……イキ……えっ、すぐ……?」
「一発目やとすぐイッてまうやろ。それも捨てがたいねんけど、今日は聡実くんが気持ちよぉなっとるところ、ゆっくり見たいねん。だからチューの後……あかん?」

 達してすぐ喉奥に愛撫されたこともまた、なかった。そんなことをしたら、ゆっくりどころかすぐさま性器が溶けてなくなってしまうのではないか?と聡実は思った。しかしその想像によってもたらされる興奮によって、天秤は簡単に壊れてしまう。

 動き出しそうな腰をぎゅうと押し付けたが、明け透けな要求とは裏腹に、狂児の下半身は巧みに核心を避けた。響く衣擦れの音にすら性感を刺激され、期待に膨れるそこに向かって、全身の血がさらに押し寄せていく。

……わかった」
「ありがとう〜😄かわいいお顔い〜〜〜〜っぱい見せてな。ほんでその後……
…………

 次々と繰り出される本日のプランを聞くたびに蓄積される快楽、その実際の重さを想像して吐息を漏らす聡実の姿を舐るように味わうように、狂児はこちらを見つめている。そのドスケベな顔は聡実が好きなもののひとつに違いなく、聡実だってできたらゆっ…………っくり見ていたい、が。

 いつ我慢をやめてそれにむしゃぶりつこうか?……朦朧とする頭で考えられるのはそれだけになってしまった。奥歯を噛み締めた聡実は、身体の底にさらに溜まる熱が決壊して濁流となる瞬間を夢想している。