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yn
2025-08-26 01:00:56
3352文字
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movie100
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056:けろ!
映画タイトル100題からお借りしました。
腕を拾うコユちゃんの話。拳←コユです。
このお題、元ネタの映画も単語の意味も何も分からなくて、しかもタイトル読み違えていて、でももう戻れないし、メモの中から一番訳のわからないオチのない話に使いました。なので、お題をかりた意味は多分ない。
ある日の明け方、店の裏で腕を拾った。
それがどうやら見知った人物の腕であったので、忘れ物かしら、今度お会いした時にお届けしなきゃ。それだけを思って拾い上げ、鞄にしまった。
翌昼、バシバシと誰かが布団を叩く音がして、お父さんやめて遅刻じゃないの、今日は半休だから夜からなのと文句を言いながら身体を起こし、ベッドの上でびったんびったん跳ねる『男の腕』にひぎゃぁと叫んで、ようやっと己の行いを思い出した。
たまたま大きめのトートバッグで来ていて良かったなぁと思いながら帰宅した時点で、仕事終わりの疲労に浸かった脳は冷静な働きを放棄していたのだろう。
さて、隕石に巨大な尻の行進、集団催眠、巨大クリオネに猥談結界と意味のわからない事態に慣れきった新横浜在住退治人見習いでも、切断された腕をまじまじと見るのは初めての経験だ。
顔見知りの吸血鬼は、確か腕型ラジコンを作って廃病院で人間を脅かしていた前科がある。その線も考えたが目の前の腕は血色が良く、まるで昆虫の足のように指を動かして布団の上を這っている。アンテナやコードは見当たらないし、浮き上がった血管や薬指のささくれが本物だと訴えてくる。
昔の映画にこんな生き物が出てきた気がするが、確かアレは手首から先だけが動くタイプでもっとコンパクトだ。恐る恐る切断面に視線をやると、皮膚が縫い合わされているわけではなくぽっかりと穴が空いたように真っ黒だった。なるほど、何らかの吸血鬼によるトラブルに違いない、とコユキは結論づけた。そうあってほしい。そうでなければ怖い。
改めて腕をじっと観察する。少し荒れた指先、筋張った手の甲に分厚い掌、それから太くて頑丈そうな、血管の浮いた腕。
シャカシャカ動き回る腕の特徴と記憶の中の形を一つずつ脳内で照合すると、成程全てが一致する。コユキの目が確かなら、この腕は彼のものだ。
お届けしなきゃ。きっと困っているはずだから。そう思い、枕元に置いていたスマートフォンで彼とのトークルームを呼び出して、はたと考える。なんて聞こう。
腕、落としましたか? 実はわたしがお預かりしていて。
そう馬鹿正直に聞くべきなのだろうか。どこか確信めいたものがあるのは事実だが、万が一この腕が別人のものだったらどう説明すれば良いのだろう。というかこれ、もしかしなくてもわたしは結構大変な犯罪に加担しているのではないだろうか。死体遺棄事件に関わっている形になるのか、しかしこの腕は間違いなく生きている。先に、本当にこれが彼のものなのか確信が欲しい。でもどうやって確かめよう。
〝
……
もしもし?〟
とりあえず声をかけてみた。耳がないのに声が聞こえるのかはわからないが、モノは試しだ。
試してみるもので、落ち着きなく動き回っていた腕はのそのそとコユキの方に指先を向ける形で止まり、じっとしている。理屈はわからないが、声は聞こえているようだ。
〝
……
よよいのよい!〟
掛け声と共にチョキを出す。と、腕は掛け声と共にひっくり返って手をパーに広げた。数秒の後、負けを悟ったらしく布団に沈んだ。落ち込んでいるらしい。コレはやはりあの男のもので間違いないだろう。腕だけになってもじゃんけんする性癖への執着心に末恐ろしさすら感じる。吸血鬼とはまことに不可思議な生き物だ。
〝えっと、ケンさん
……
なんですか〟
尋ねると、腕は肯定するかのようにゆっくりと布団の上を這い、コユキの方へ近寄ってきた。まるで様子を伺う小動物のような動きだが、実際のところ肌がカサついたごんぶとな成人男性の上腕である。
恐る恐る手の甲を撫でる。想像通りのカサついた肌。そのままそっと自分の手を重ねると、ピクンと小指が跳ねた。
一週間が経った。腕は未だコユキの部屋にいる。というのもあれから、コユキは腕の持ち主に会えていなかった。「お会いできませんか」とメッセージを送っても既読はつかぬまま。ギルドの退治人に尋ねると、ここ最近見かけていないからVRCに収監されているのでは、とのことだった。通常の収監であれば私物にさわれないなんてことは無いはずだ。今回はまあまあ派手にやらかして没収されているのかもしれない。
コユキも本業が忙しく、家と職場の往復の日々が続いていた為タイミングを失っていた。仕事の都合をつければなんとか休みを取ることは可能だが、何となくそうはしなかった。
本日もまた、レジ締めを終えて父より先に帰宅する。食事と風呂を済ませ、温まった体で部屋に戻ると、気配を感じたらしい腕がのそりとベッドから降りてコユキの方に這ってきた。
〝ただいま帰りました。何もお変わりなかったですか?〟
聞いたところで返事はない。ベッドに腰掛けると、腕はピッと人差し指を立ててコユキの頭を指した。
〝あたま?〟
指が振られる。
〝
……
うーんと、髪ですか?〟
指が二度布団を叩く。肯定らしい。そして今度はベッドの下を指差すと、手のひらで三度布団を叩いた。よく分からぬままベッドから降りて、背中をベッドに預ける形で床に座る。すると、腕は器用にもコユキが肩にかけていたタオルを取り、コユキの頭に被せてワシワシと水気を取り始めた。成程、半濡れの髪が気になったらしい。大きな手で髪をかき混ぜられて気持ちがいい。しばらく身を任せていると、満足したらしい腕はタオルをポイと捨て、髪を手櫛で整えてきた。頭を触ると、髪はすっかり乾いていて、マッサージのような手つき故かなんとなく思考がすっきりした気もする。
〝ありがとうございます〟
立ち上がり礼をすると、腕はせっせとタオルを綺麗に畳んで枕元に運んでいた。四隅がぴっちり揃った美しい四角形。彼が野球拳で負けた時と全く同じ仕草だ。
カーテンを引きなおして隙間を埋め、電気を消してベッドに潜り込むと、腕はコユキの周りを這いまわりながら布団を引き上げて、腹の辺りをリズミカルに叩いてきた。どうやら寝かしつけするつもりらしい。
〝寝れますよ、大人だもん。だからケンさんも休んで
……
〟
遮るように、人差し指が唇に当てられた。
黙んなさい、お前疲れてるんだから。さっさとねんねして体を休めた方がいいだろ。
〝でもけんさん、早く家に帰らなきゃ〟
いいんだよ別に。今はね。
〝弟さんも心配してるでしょ〟
奴等が俺に小言言うのはいつものことだから。気にしないで早く寝なさい。
〝でも〟
いい子だから。
〝
……
うん〟
おやすみ。
〝おやすみなさい〟
この会話の九割九分、コユキの妄想であることはわかっている。それでも素直に従って目を閉じると、誰かがコユキの頭を柔かく撫でてくれた。さらさら、綺麗に乾いた髪の毛を弄ぶように、慈しむように触れてくる。
人ならざる肌が存外温かいことは最近知った。
本当は、無理やり休みを取るなり仕事を抜けるなりして、早くこの手を持ち主に返すべきなのだ。わかっている。
けれどこうして彼が──コユキのひそかな想い人が、コユキを尊重して優しさを向けてくれる時間は、偽りとはいえ手放し難い。正しくない行為だと分かっていても、あと少し、今しばらくと未練がましくこの秘密を部屋に閉じ込めている。
手は穏やかに、コユキの頭を撫でている。
〝
……
わたし、けんさんのこと、すきなんですよ〟
ぴたり、手が止まった。
〝あなたはわたしのこと、どう思ってるのかな〟
布団から自分の腕を抜き、頭の上あたりにいる優しい手を探る。初めて部屋でした時と同じように、手の甲に手を重ねる。緩く指先を絡めた。想い人のものとはいえ、顔が見えないと思うと少し大胆になれた。
〝わたしのこと、ちょっとはそういう意味で好きになってくれますか〟
当たり前に返答はない。ただ、そっと指が外された。
衣擦れの音がして、ポンポンと腹のあたりを優しく叩かれた。寝なさい。そう言っている気がする。
〝
……
けち〟
コユキのちいさな悪態が、朝方の部屋の中にポツンと落ちた。誰もそれを拾うものはいない。
人工的な暗闇の中に静かな寝息が満ちた頃、世話焼きな腕はベッドから降りてのそのそと大きなトートバッグの中に潜っていった。
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