桐子
2025-08-26 00:33:50
2054文字
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まわる世界③


ゲゲ郎が戸惑いと諦めを胸に水木と再会したのは、結婚式の当日だった。

式といっても、それぞれの親族が集まるだけのささやかなものだ。水木は初婚なのだから、もう少し盛大にしたいのではないかと思ったけれど、彼はこれでいいと言ったそうだ。
細い雨の降る中、水木と時貞翁、彼らの親族が乗った車が次々に到着する。ゲゲ郎は黒い紋付き袴で髪を軽く整え、どこか落ち着かない気持ちで玄関をうろうろしていた。
「おお、男ぶりがいいのう」
到着した時貞翁は、ゲゲ郎を見て満足げに頷いた。
「水木も惚れなおすじゃろう」
「またそんなことを……
呆れてため息をつきながら、時貞翁を招き入れる。そのすぐ後に入ってきたのは、傘をさしかけられた水木だった。
「ひょえ」
砂かけ婆がおかしな声を上げた。年甲斐もなく頬を赤らめている。それもそうだろう。同じ黒の紋付き袴を着た水木は、本当に美しい青年だった。
前髪を軽く撫でつけられたせいであらわになった額と目元は涼やかで凛々しいが、少し垂れた目元が甘く、彼を幼く見せていた。ほとんど肌を露出していないにも関わらず、首筋や手首から匂うような色気が漂っている。整った容姿をしているとは思っていたが、まさかここまでとは。ゲゲ郎も砂かけ婆といっしょになって、目の前の青年に見とれていた。
水木は物憂げな瞳をこちらに向けると、小さく頭を下げた。
「ああ……ようこそいらっしゃった」
呪縛が解けたように、ゲゲ郎はなんとか挨拶の言葉を絞り出した。
「水木殿。今日はよろしく頼む」
「はい」
水木の返事は相変わらず素っ気ない。彼も緊張しているのかもしれない。ゲゲ郎はそう思いながら、時貞翁と水木を座敷へ通した。




式は滞りなく進んでいった。
祝詞を神主が読み上げ、三々九度では、新郎二人がそれぞれ杯に口をつけた。水木は、一瞬躊躇したように手を止めたが、すぐに何事もなかったように飲み干していた。
その後の宴会では、龍賀と幽霊会がまじりあい、賑やかに酒を酌み交わした。
「まー親父さんもうまくやったばい。あんな美人しゃん見つけて来て」
「後継ぎの鬼太郎くんもいることだし、幽霊会も安泰ですなあ」
主役であるゲゲ郎と水木のもとに、入れ替わり立ち代わり親族や部下たちが訪れて酒をついでいく。酒は好きだが、あまり飲みすぎると泣き上戸になってしまう。それだけならいいが、さすがにこの場で妻の話をしてしまってはいい気がしないだろう。
「すまん、少し外の風にあたってくる」
そう言って、ゲゲ郎は座敷を抜け出した。
「ふう」
縁側に座り、雨に濡れた青紅葉を眺める。少し肌寒いが、酒で火照った体には心地よかった。
迎え入れた後添いとは、まだ一言も話をしていない。それなのに連れ合いになるというのもおかしな話だが、まあこれも何かの縁だ。少しずつ互いのことを知っていけばいいだろう。
「おじいさまは酷すぎます」
近くで女の声が聞こえた。まだ若い、龍賀側の親族なのだろう。そういえば一人、振袖を着た可愛らしい娘さんがいたとおぼろげに思い出す。
「お兄さまを、あんな不気味な男に嫁がせるなんて」
「沙代ちゃん」
宥めているのは水木らしい。彼も席を外していたのだろう。
「だって、お兄さま」
「俺は平気だよ」
「平気じゃないです! お兄さまが心配なんです!」
「沙代ちゃん……
水木は困り果てているようだった。
「今日の婚礼だって、こんな雨が降っているでしょう。この先、お兄さまが泣き暮らすような気がして、わたくしは……
そう言って、沙代と呼ばれた少女は泣き出した。
「沙代ちゃん、泣かないでくれ。俺は本当に大丈夫なんだ」
ああ、そうかと腑に落ちた。「お兄さま」と呼ばれてはいるが、水木には妹はいない。とすると、この二人は従兄妹どうしなのだろう。お互い好きあっているのに、血縁だから結ばれない。だから水木は、彼女とは似てもにつかない中年の男と結婚し、恋を諦めようとしているに違いない。
(難儀なものじゃのう)
軒先の雨だれを見やりながら、ゲゲ郎はため息をついた。
本当に愛しているなら、何もかも諦めて手に手をとり、逃げればよかったのに。しかし、それができないのが水木という青年なのだろう。
しばらくすると、二人はまた宴会場へ戻っていった。
頃合いを見計らい、ゲゲ郎も座敷へと戻る。水木は上座に座り、別の者から祝いの言葉をかけられていた。酒のせいで上気した頬や潤んだ瞳、少し乱れた髪が妙に色っぽい。
「親父どの」
砂かけ婆が小声で話しかけてきた。
「そろそろ時間じゃぞ。お開きにしてはどうじゃ」
「おお」
確かに、宴会が始まって数時間は過ぎている。鬼太郎も眠たそうだ。ゲゲ郎は時貞翁に声をかけ、一本締めをしてお開きにした。
こうして小さな遺恨を残しつつ、水木とゲゲ郎の婚礼は無事に終わったのだった。

この時のささやかな勘違いが二人の間に大きな溝を作ることになるのだが、今はまだ、そのことをゲゲ郎も水木も知る由もなかった。