山本
2025-08-25 01:48:00
2506文字
Public 手負いの野良猫と外科医
 

手負いの野良猫と外科医【1】

外科医🐯が怪我をした野良猫🕒を拾うお話。




【1】

ある雨の夜、勤務先の病院の職員駐車場の植え込みに怪我をした猫がいるのを見つけた。雨夜の暗がりに目立つ金に似た毛色の猫。
野良かなとわかったので荷物の中から清潔なタオルを発掘して包んで捕獲した。
抵抗はなし。ずぶ濡れで震え、後ろ左足を血に濡れさせ、そこだけ長い毛で右目が隠れた青い目の猫だった。
猫を捕獲するのに傘を差しかけたからおれが濡れたのを気にするように濡れた服をペロペロと舐める猫。ニャアと小さく鳴いたが逃げる素振りもなかったのでそのまま車に乗せて動物病院に連れていった。
自宅近くのホンゴウ動物病院で診てもらったところ、軽度の衰弱と左後ろ足の怪我ってことで治療をしてもらって、ついでにノミやマダニなんかの薬も頼んだ。飼い猫か野良かと問われたので、拾った時は野良だと思われるが飼う前提で連れてきたこと、可能ならできる検査は全て頼みたいことを告げる。すると、獣医は快く引き受けてくれた。
猫は獣医と話し合って一度入院の方向でお願いする。おれも外科医。プロに任せるのが治療の一番の近道だと理解はしている。
金色の野良は不安そうに見えたので、帰る前に治療のための入院になること、お見舞いにくること、退院までに名前を考えておくことを伝えて動物病院を後にした。
人間の言葉がわかっているかはわからない。が、どこか理解したような表情に見えた。
猫が入院してから六日後、退院の迎えに行った。本来五日後には退院できると言われていたが、仕事の都合で行けなかったのだ。
迎えに行った猫を併設のトリミングサロンでシャンプーなどを依頼。自宅には猫用ベッドにトイレ、ケージに餌皿など必要最低限と思われるものは用意してある。病気などは特にないらしいので寄生虫駆除と並行してワクチン接種を相談していくという過程を経る程度だ。
まず寄生虫駆除が終わるまで元野良には狭いだろうがケージにいてもらって環境に慣れてもらう。寄生虫駆除が済んだらケージを出られればいいと、あくまで理想として考えつつ“サンジ”と付けた名前で呼んだ。
そのサンジがうちに来て寄生虫駆除にワクチン接種、家慣れが済んだのが退院から二ヶ月後のこと。サンジがうちに来て四ヶ月ほど経った。珍しい毛色だと病院でもトリミングサロンでも言われるが、恐らく洋猫のミックスなんだろうと思われる。
細いしなやかな体とサラサラの綺麗な金色の毛並み。右目のみ長い毛で隠れているが視界に困っていないようなのでカットはせず。どうやら顔の毛を切られたくないらしく、カットの話になるとどこにいてもそっぽを向いて離れてしまうのだ。
「サンジ」
海の戦士ソラに出てくる金色の髪が特徴の敵、ステルスブラックの本名。それがこの元野良につけた名だ。敵ながら賢くソラも苦戦したその人物が綺麗な金髪と青い目で描かれていたことから連想してつけた。ステルスブラックと名付けなかったのはソラの敵としての名をつけたくないという正当な読者としての抵抗に他ならない。
「ニャア」
キャットタワーから軽々飛び降り足下にするりと擦り寄ってくるサンジがひと鳴きする。サンジはどうやら虫は嫌いらしい。リアルな動きをするという売り文句のコミカルな色と姿の虫のオモチャを買ってきたら飛び上がっておれの肩に逃げてきた。
耳は後ろに畳んでシャーッと唸り、拾って見せようとしたところ飛び退いてキャットハウスに駆け込んでいた。
極めつけは一度ゴキブリが出た時だ。おれが風呂にいたらサンジが脱衣所の引き戸を自力で開けたらしく、浴室のドアをカリカリ引っ掻いて驚く勢いで鳴いていた。
何事かと出てみればキッチンからダイニングに出てすぐの所にあの黒い影。腰にタオルを巻いただけのおれの腕の中で爪を立てしがみつくもんだから痛くて思わず叫んだが、その時も耳をペタンと倒してフシャーッと怒っていた。
まあ、細かい傷は相応に負ったがサンジがおれを信頼して頼ってくれているらしいというのは伝わったので良しとしている。ゴキブリはおれが粛々と始末をした。サンジのためにも害虫駆除は徹底すべきだなと感じたのもその時。
足に擦り寄ってくるサンジを抱き上げブラシで毛繕いをしてやる。ゴロゴロと喉を鳴らしてされるがままになる姿も可愛い。
サンジは少々甘えん坊のツンデレ。普段は自分の寝床で寝ている癖に、おれが当直の後や泊まり込みの勤務の後に帰ると、おれと一緒におれのベッドで寝る。しかも、早く寝るぞと言わんばかりに寝室に向かいながら来いとばかりに鳴く。ひょっとしたら世話を焼いてるつもりなのかもしれない。
世話を焼いてるつもりなのかもと思うのは他にも理由がある。
おれは仕事柄多忙なのと、料理が得意じゃないことから買ってきたもので食事を済ませがちなのだが、サンジはそれをテーブルの上に乗って眺めている。そして、連日カップ麺で済ませようとすると責めるようにおれを見てひとつ鳴く。
ある時なんてキッチンの棚に置いてたカップ麺のストックをカゴごと床に落としていた。その時は偶然だろうと思っていたが、何度戻しても落とすのでカップ麺が気に入らないのかと思い至った。なので、手間でも弁当を食べるようにして惣菜でも野菜を食べるように気にしたところ不満そうに尻尾でテーブルを叩きながらではあるが、テーブルの上で横になり見守るくらいにはなってくれた。
サンジを拾った三月二日から明日で四ヶ月目。サンジの誕生日は拾った日でいいかなと三月二日にしたが、出会って四ヶ月目の記念に何か祝いたい。
毛繕いのブラッシングを終え、ブラシを置くときょとんと顔を上げおれを見て膝に乗ってくる。俺の膝の上が居心地がいいのかは謎だが、膝の上で丸くなってくわっと欠伸をする姿に背を撫でる。
ゴロゴロと喉を鳴らして目を細める姿に撫でる手を喉へ。今日は夕方から当直だが、明日は何事もなければ午前中のうちには帰って一緒に過ごせる。独身三十路で新築一戸建てなんて買って悠々自適に暮らしてなんているのが虚しく感じなくなったのもサンジのお陰。なら、明日は何かお祝いをしようとサンジの喉を撫でながら考えた。