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匣舟
2025-08-24 22:35:11
5384文字
Public
RKRN
はなしてはいけない
ワードパレットリクエストの伊乱。
薬草採取に行ったふたりが迷って怪異に出会う話です。
リクエストくださってありがとうございました🫶
─最初は見慣れた場所なはずだった。
いつものように裏山と裏裏山の境目にある薬草の群生地に本日当番である保健委員会委員長である六年は組善法寺伊作と、保健委員である一年は組の猪名寺乱太郎が一緒に薬の原料になる薬草を自分たちが背負ってきた籠をいっぱいにしようと採取しに来ていた。
たくさんの薬草があってホクホク顔なふたりは薬草を全部むしり取るのではなく、次に採取出来るようにと少量ずつむしって取っていく。伊作は手際よくポイポイと雑草と薬草を見分けて籠に入れ、乱太郎はまだ雑草と薬草の見分け方が曖昧なので、図書館に行った時に借りた薬草図鑑にあった図を自分で書写した紙を手に取りながら籠に入れていた。
「
…
これぐらいかな。乱太郎はどう?」
「私の籠も薬草、結構はいってます!」
「じゃあ帰って干して休憩でもしようか。」
「はいっ!」
伊作が乱太郎にそう声をかけると乱太郎は元気よく返事した。元気よく返事をする乱太郎が可愛くて伊作は彼の頭をわしゃわしゃと撫でる。もう、伊作せんぱい!くすぐったいですよぉー!と心地よさそうに自分を見つめてくる乱太郎に伊作は胸を抑えながら早くこの子を甘やかしたいという気持ちでいっぱいだった。
さ、帰ろうか。と手を伸ばすと当たり前のように自分の手に手を絡めてくる乱太郎を見て微笑みながら伊作は、裏裏山と裏山の境目にある薬草の群生地から何事もありませんように。と出発したのだった。
しかし、現実はそううまくはいかないもので、いつもならもうとっくに忍術学園の敷地内にはいるはずなのに、どうしてだろうか一向に辿り着かない。今日は猪にも熊にも山賊にも出会わなかったから幸運だと思っていたのに、どうやら最後の最後で不運に巡り会ってしまったらしかった。
(
…
おかしい。)
裏裏山から忍術学園に帰るのに一刻も掛からないはずなのにもうかれこれ一刻以上は歩いている気がする。いつも通りの道を引き返してきたはずなのに、周りの景色もどこかおかしい気がした。
例えば、裏裏山や裏山で確認したことの無い薬草を見かけたり、こんなところにあんな山があったか?という景色もある。まるで別世界に入り込んだかのような感覚だった。伊作が感じ取った違和感はそれだけでは無い。
あの群生地を出発してから人はおろか動物にも出会わないのだ。いつもなら、猪や熊に追いかけられてもおかしくないのに。野生の動物に出会わないのは幸運と言えるが、いつも聞こえる鳥のさえずりや夏の風物詩である蝉の耳を劈くような鳴き声も今は聞こえないのだ。
静まり返っている森の中で聞こえるのは風で揺れる木々の音と自分たちの足音だけ。まるでふたりだけしかいないような世界に連れてこられてしまったようでゾワゾワと鳥肌が立つ。
いつもだったら乱太郎の楽しそうな一年は組のよい子たちの話を聞きながら歩いているのに、何故だか今日は口を開くことが出来なかった。そしてそれと同じく乱太郎も今日は静かだった。
普段なら伊作にたくさん話をしているのに今日だけは違う。ずっとキョロキョロとして何か探るように目を動かしていた。
(
…
多分、乱太郎は迷子になっている事に気づいているだろうな
……
。)
伊作は恐らく自分が今感じているこの違和感を乱太郎も感じているんだろうと思った。何も喋らないのはその違和感を感じて怖がっているのか、はたまた警戒してしまっているからなのかそれは分からないけれど。
「
…
せんぱい。」
「心配しないで、僕がついてるから。」
伊作がそういうと乱太郎はぎゅっと伊作の手を握る力を強める。そんな彼が愛らしくて伊作は彼の頭を優しく撫でるとふふふ。くすぐったい。と笑ってくれるので少しホッとした。
それからしばらく歩いても一向に忍術学園らしきものは見えないし周りの景色も変わらないうえに空が段々と暗くなってきていた。もうあと小半時もすれば完全に日が沈んでしまうだろう。
「乱太郎、どこか高い木に登ろう。」
「
…
忍術学園を探すためですか?」
「
…
それもあるし
……
。」
「他にも理由があるんですか?」
「
……
夜の森を歩くのは危険なんだよ。乱太郎もわかるよね?」
いくら人気のないところとはいえ、夜の森は危険だ。獣や賊、そして忍者の活動が活発化する時間帯でもあるし、昼間のように明るくないので足元だって不安定。
何よりここは自分の知る範囲の地理ではない。夜目を効かせて走ることは出来ても知らない地形を把握しながら進むことは容易では無いだろう。もしも崖なんかあったら真っ逆さまになりかねない。
「
……
分かりました。先輩、高い木を探しましょう。」
「
……
うん。」
乱太郎との会話が終わると、丁度いい高さのある大木があった。乱太郎に先に行っててと言うと乱太郎は韋駄天の走りで木の上の方まで駆け上がる。乱太郎の姿を確認した後は伊作も落ちないように駆け上がって、丁度いい木の幹に背を預ける。
先に登っていた乱太郎も伊作の隣に腰を下ろした。薬草をいっぱい詰めた籠は木の上だと邪魔になるので下に置いてきている。
「
…
せんぱい、私たちどこに来ちゃったんでしょう。」
「
……
分からない。でもきっと帰れるよ。」
「
…
そうですよね。」
心細そうな顔をして伊作に擦り寄ってくる乱太郎。伊作は乱太郎が安心できるように何度も優しく頭を撫でてあげていた。
すると乱太郎は歩き疲れたのかはたまた慣れない環境で警戒心を持ちながらいたからなのかうとうと船を漕ぎ出してしまい、いつの間にか伊作の腕の中ですやすや眠りについてしまった。
伊作は乱太郎が起きないようになんとか体勢を立て直してから乱太郎を抱きしめ続けた。今は安心して眠る乱太郎のために不寝番をしようと思いながら。
暫く時間が経ち、あたりが完全に闇に包まれた頃、伊作は乱太郎を起こさないようにそっと身体を離し周囲を見回す。
やはり人の気配はないし相変わらず動物もいない。虫の声ひとつすら聞こえてこない静寂の中にただ、自分と乱太郎の息遣いだけが聞こえるだけだった。
それにしてもここは一体どこなのか。乱太郎を連れて帰らなければならないという使命感はあるもののそれができない状況だということは確かだ。
(どうしたら良いのかな
……
。)
そんなことを考えていると突然どこからか声が聞こえた気がした。それは微かだが確かに聞こえたのだ。
いたい
……
。
「
……
え?」
いたい、
……
いたイ
……
。
くるシイ
……
。
たすけテ、誰か
……
誰カ。
「なっ
……
!!」
今度ははっきりと聞こえた。それは明らかに助けを求めている者の悲鳴。しかも複数聞こえてくる。まさか近くに怪我人がいるのではないかと思って急いで立ち上がろうとした時だった。
腕を引っ張られた感触がしたと思えば、いつの間にか乱太郎が起きていたらしい。乱太郎は強い目線をこちらに必死に向けていた。
「乱太郎?」
「
…
せんぱい、助けに行っちゃいけません。」
「え?」
「
……
あれは幽霊です。人ならざるものたちですよ。」
「ゆ
……
ゆうれい
……
?」
乱太郎の言葉に思わず固まってしまう伊作であったが、すぐに正気に戻ると改めて声がした方向を見る。そこには黒い影のようなものがいくつも蠢いておりそれがこちらに向かってきていた。
…
た、タすケテ、タスケテ、ダレカ。
それを見た瞬間、伊作の背筋に悪寒が走った。あれは絶対近付いてはいけないものだと本能的に分かるほどだったからだ。その恐怖のあまり震えてしまい上手く言葉が出せずにいるとそれを察したのか乱太郎は伊作の手を精一杯握りしめる。まるで、安心してください。とでも言うように。
「伊作せんぱい、わたしと一緒にいれば大丈夫です。」
「らんたろ
……
?」
「あなたのことは私が守ります。」
「
……
っ。」
伊作の震える指先に触れた掴む手は、彼の恐怖を紛らわすように、静かで確かな温もりを伝えてきた。
「伊作先輩、目閉じて、深呼吸してください。」
私が先輩の耳を開けるまで目を閉じていてくださいね。そう言うと乱太郎は伊作の両耳を塞ぎながら目を瞑るように指示をすると、伊作はゆっくりと深呼吸をしながら目を閉じた。それを見た乱太郎は、木の下から忌々しくこちらを見つめる黒い影を見据える。
「オマエガ、オマエガイナケレバ
……
、」
「この人の事を喰えたとでも?」
乱太郎の瞳孔が細くなる。彼の纏う空気が変わり始める。鋭く冷たい眼差しと共に放たれる殺気に、黒い影は乱太郎に慄くようにゆらゆらと影を揺らした。それが分かった乱太郎はさらに睨みつける力を強めた。
「私の大切な人に手を出すなんて許さない
…
。」
「ヒィッ
……
ッ」
「失せろ。」
乱太郎が冷たい声色で一喝すると黒い影は一斉に消え去った。辺りには再び静寂が訪れる。それを確認した乱太郎は安堵の表情を見せた後、伊作の耳を塞いでいた自分の手を退けた。
「せんぱい、もういいですよ。」
乱太郎の柔らかい声に反応するように伊作は目を開けると目の前にはいつも通りの優しい笑顔を見せてくれる乱太郎の姿があり、いつの間にか乱太郎の背から太陽が覗いていた。
「あ、あれ
……
あれは忍術学園?」
そして同時にいつもの見なれた景色が伊作の前に広がっていた。あの奇妙な空間ではなくいつもの世界に戻ってこれたのだ。それを理解した途端緊張していた糸が切れ一気に脱力感に襲われる。
「
……
も、戻ってきたの?」
「そうみたいですね。
…
あれはおそらくあの黒い影が作り出した空間でしょう。」
「そう
……
だったんだ。」
乱太郎が言うには黒い影というのは人の怨念によって生まれたモノであり特に強い思いを持つ者であればある程、姿や形は大きくなるものらしい。
今回のように集まって来るケースもあるようでそれこそ人を喰らうほどの力を持っているとのことだった。
「今回はまだ良かったですけど
……
。」
「うん?」
「あのまま、あの場所にいたら危なかったかもしれません。」
乱太郎が真剣な表情で言った言葉を聞いてハッとする伊作。乱太郎のお陰で助かったとはいえ自分一人の力では到底無理だっただろう。乱太郎がいなければ、多分
……
いやおそらく確実に自分の命は無かったのかもしれない。
そう思うと恐ろしくなり自然と体が震え出すのが分かった。そんな様子を見兼ねたのか乱太郎は伊作の腕を掴みそのまま抱き寄せてくれた。
「せんぱい、大丈夫です。何があっても、私が守りますから。」
「
…
うん
……
。」
乱太郎の温もりを感じたことで少しずつ落ち着きを取り戻していく伊作。そのまま乱太郎の肩越しに見える景色はいつもと変わらない朝焼けの光景。あぁ本当に日常に帰ってこれたんだと思うと嬉しさのあまり涙が出てきそうになった。
「乱太郎、ありがとう。君のお陰で本当に助かったよ。」
「ふふっ どういたしまして。」
照れくさそうにはにかんでいる乱太郎に対して感謝の意を込めて力いっぱい抱き締め返す伊作。その力強さに驚きつつも嫌がらずに受け入れてくれる。その姿があまりにも愛おしく思えて更に力を込めてしまう。
「ちょっ
……
!伊作先輩!?」
「ごめんつい
…
。」
「
…
もう。」
ふふ、しょうがないなあ。と言いながらも満更でもない顔をしているので問題はないだろう。
暫くその状態を楽しんだ後お互いゆっくり離れるとどちらからともなく自然に笑顔になってしまう。
「伊作先輩。」
「
……
うん?なに?」
「これからも私が守ってあげますからね。」
太陽に照らされた乱太郎の眩しい笑顔に伊作は堪らずぎゅうぅっと強く抱きしめた。
「
…
も、もう、これ以上僕をどうしたいの
……
。」
伊作は照れ隠しをするために乱太郎の首筋に顔を埋めた。すると彼は擽ったいのか小さく身を捩らせるが逃げることをせず大人しくしてくれている。それがとても嬉しくてもっと密着するために腕の力を強めてしまうがそれでも抵抗はしないようだ。
「先輩、そろそろ帰らないと
…
。」
「ああ、そうだった。もう夜が明けちゃったもんね
……
。」
いくら夏休みで学園警備の教師や生徒しかいない忍術学園だと言えど薬草採取の為に学園を一旦出るため、事務員の小松田に出門表を書いており、昼までには終わると話していた生徒ふたりが帰ってきていないとなると流石に騒ぎになっているかもしれない。ずっと乱太郎を強く抱きしめて、帰ってきたんだということを確かめあっていたいがそうも言ってられない。
「
…
騒ぎになってないといいけど
……
。」
「
…
それは多分無いですね、小松田さんが報告してるでしょうし
……
。」
「うーん
…
そうだよね。
…
まずは怒られに行くとしようかあ。」
「
…
がんばりましょう
……
。」
寝不足なふたりは顔を見合わせると同時に吹き出し大声で笑った。そしてひとしきり笑ったあと木から飛び降りて、薬草がたくさん入った籠を背負い、手を繋いで歩き始めるふたり。
「
…
怒られたあとは寝ようかあ
……
ふわぁ
…
。」
「
…
寝ましょう
……
。」
眠たい目をこすりながら互いに手を握り合い、忍術学園までの帰り道を歩いていく。空の色は茜色から青色に染まろうとしていた。
ワード:幽霊・掴む手・目を瞑る
了
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