頭上から降り注ぐ太陽、押しては返す波音、水が跳ねる音に混じって笑い声が二つ聞こえる。楽しそうに水をかけ合っているのは少女たち。長い金色の髪を二つに束ねた翠眼の少女が水を被って負けじと「やったな〜」と相手に向かって水をかけた。
「ちょっとアルキャス! うわっ!」
アルトリア・キャスターのかけた水を顔面から受けたのはオレンジがかったセミショート赤毛の少女。ずぶ濡れの少女は顔の水を手拭っている。
「ご、ごめん立香!」
駆け寄るアルトリア・キャスターに笑いながら立香が首を緩く左右に振る。ふいに、立香が浜辺を見た。太陽に似た金色の瞳が、ビーチパラソルの下に腰を下ろしながら立香たちを眺めていたオベロンを見据える。暑さにうんざりしていたオベロンはそれを笑顔で隠し、立香へと手を振ってみせる。
立香の視線を辿ったアルトリア・キャスターがオベロンの感情に気づいてうわぁ〜と声が聞こえてきそうなほど頬を引きつらせる。
「オベロン〜! 一緒に遊ばない?」
「ちょっと立香!?」
オベロンの心情を知ってか知らずか、立香が声を張り上げる。隣で目を丸くしたアルトリア・キャスターが透け感のある上着を掴んだ。金色の髪の少女が掴む手を立香はゆっくりと解いて小さく笑うとこちら側へ向かって歩いてくる。むぅー、と頬を膨らませたアルトリア・キャスターが不満気な顔を隠すことなく立香の後ろをついてきた。
浜辺を歩いてきた立香がビーチパラソルの前で足を止めた。立香を見上げるオベロンとこちらを見下ろしてくる立香。太陽のような金色の瞳と暗く沈み込んだような碧眼が絡んで互いを映す。オベロンが口を開きかけたところで立香の背後からアルトリア・キャスターがひょっこりと顔を覗かせるが、オベロンは視界から外した。
「やあ。何かな、マスター」
太陽の眩さにオベロンは持参していたサングラスをかける。
「オベロンは海で遊ばないの?」
しゃがんだ立香の髪は水で濡れている。雫がオレンジがかった赤毛の先から首筋を伝っていく。見てはいけないもののようでオベロンはそっとサングラス越しに視線をそらした。
「僕は荷物番に徹するよ。せっかくの休日なんだ、もう少し遊んで来たらどうだい?」
ニコリと笑みを向けるオベロンに立香は納得していないのか、ジッとオベロンを見つめている。
「……わかった」
「納得してくれ嬉しいよ。さ、もう一度海へ行ってきたまえ。……どうして隣に座るのかな?」
立ち上がった立香が踵を返して海へ向かうと思っていたオベロンの予想は外れ、立香がオベロンの隣に腰かけた。
「どうしてって、休憩しようかなって」
グレーの短パンから覗く白く細い両脚を立香が自分の方へ引き寄せて膝を抱える。首を傾けた立香が小さく笑うのを直視したオベロンはだぶついている白いパーカーの袖を意味もなく捲った。
「そう。好きにしなよ」
「うん。そうする」
明るく笑う立香から視線を外してサングラスを外したオベロンは海の方を見つめた。
「私も休憩する!」
「うん」
アルトリア・キャスターが隣のレジャーシートに寝転がった。
しばらく波の音を聞いていた立香がアルトリア・キャスターの方を見て急にカバンの中を漁り始めた。それを横目で見ていたオベロンはカバンから落ちた髪ゴムを手に取る。暇を持て余しているように人差し指で髪ゴムを回しているオベロンの横で立香がアルトリア・キャスターにバスタオルをかけた。
「我らがマスターは優しいね。そうやって誰にでも優しくしていると付け込まれても知らないよ」
戻ってオベロンの隣に腰を下ろした立香につい、口が滑る。きょとん、としていた立香が曖昧に笑ってオレンジがかったセミショートを耳にかけた。
「アルキャス、元気そうに見えてこのビーチをモルガンと一緒に維持してるからたぶん、けっこう無理してると思う」
「ああ、そういえばそうだったね。それもきみに夏休みをプレゼントするため、だけど。ずいぶんと愛されているじゃないか」
「……オベロン、なんか怒ってる?」
膝を抱え、首を傾けた立香がオベロンに問う。
「いいや。怒ってはいないよ。ただ、僕にはできないことだからね。少し羨ましいと思っただけさ」
「……ウソつき」
暗く沈み込んだ碧眼を細めるオベロンに立香は小さくこぼした。付き合いがそれなりに長い立香には妖精眼は必要ないのかもしれない。オベロンは困ったように眉を下げた。
「そうさ、僕はウソつきの妖精王オベロン。そんなのいまさらだろ?」
「そうだね。それも全部含めてオベロン、だよね」
ニッ、と太陽を想わせるような笑みを向けてくる立香にオベロンは何度か目をしばたたかせて後ろの首筋に触れた。ミディアムボブくらいのシルバーブロンド色の髪を団子状に束ねているせいか、首筋が晒されており熱が手のひらに伝わる。
「……何かな? マスター」
視線を感じて立香の方を見ると、彼女はジッとこちらを見つめている。
「あ! ううん! オベロンって水着霊衣の時は髪結んでるんだなって!」
慌てて立香が視線をそらす。顔が熱いのか、手のひらで仰いでいる立香にオベロンは先ほどカバンから落ちた髪ゴムを手にした。
「髪、結ぼうか?」
「え? いいの!?」
何とはなしに口にした誘い。大したことでもないのに、立香が嬉しそうに表情を綻ばせて身を乗り出した。白いタンクトップの水着とはいえ、自然と胸元に視線が向いてしまう。とっさに視線をそらしたオベロンは咳払いをして立香の両肩を掴んだ。
「髪を結ぶんだろう? さ、後ろを向いて」
「あ、うん」
「触れるよ」
背を向けた立香に声をかけたオベロンの指が相手の首筋を掠めた。びくり、と微かに肩を揺らした立香にオベロンは構わず黒いシュシュを外し、オレンジがかったセミショートの赤毛を手に取った。一つに束ねて手にしていた髪ゴムで結って同じような団子状にする。
大人しく身をゆだねていた立香に少しだけいたずら心が顔を覗かせる。首筋に触れた指先、僅かに揺れた肩。それらを思い出してオベロンは指先で立香の首筋を撫でた。
「っ、オベロン?」
「うん?」
「うん? じゃない。何してるの?」
ゆっくりとこちらを振り向いたタイミングでオベロンは手を離す。無罪を主張するように両手を挙げて笑みでごまかす。
「指が触れただけじゃないか。くすぐったかったかい? それは悪いことをしたね」
「……少し」
赤い顔で視線を下げた立香の反応が意外だったオベロンは暗い碧眼を何度かしばたたかせる。顔に熱が集中し始めてオベロンは口元を片手で覆った。無駄に鼓動が早鐘を打ってうるさい。頬が熱い。オベロンは熱を冷ますように近くにあったペットボトルに手を伸ばした。同時に手を伸ばした立香と手が触れてとっさに二人は手を引いた。
「これ、わたしの」
「……」
動揺しているオベロンは何も言葉が出てこず、自分のペットボトルを取った。勢いよく水を飲んで海の方を向いて座り直した。視界の端で立香もペットボトルを傾けている。
少しして互いに無言になったまま海を見つめていた。寄せては返す波の音、時折吹く波風に膝を抱えている立香を盗み見れば、彼女は目元を細めて海を見ていた。
戦いに身を投じている立香は今だけはカルデアを離れて年相応の少女のようだとオベロンは目元を少しだけ緩めた。
「ねえ、オベロン。やっぱり海で遊ばない?」
何度目かの誘い。断られると分かっていても諦めないのが自分のマスターだ。こちらが折れるまで引かない。オベロンはそっと息をついた。
「……日が沈んだらね」
立香の方から息を呑む気配を感じる。横目に映るのは表情を輝かせて嬉しそうに笑った立香の顔。
「なんて顔してるんだい、立香」
つられたオベロンは立香の方を向くと眉を下げて笑った。
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