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いさき
2025-08-24 17:13:06
2399文字
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鴨姫「移して、焦がして」
東ブレ稽古期間
鴨志田と姫川が話してるだけ
(非喫煙者による)喫煙描写有
建物の裏、人気のない風通しもそこそこのこの場所で、ひとり煙草に火を点けた。口に出さなかった愚痴や不満を煙に乗せて、腹の底から丁寧に吐き出す。
別に知り合いがいない現場なんてたくさんあるし、舞台の素人が混ざってるなんてこともよくある。上手い人も多いし、仕事で忙しいなんて嬉しい限りだ。文句なんてない。ないんだけど。
肺に溜めた煙をふーっと吐き出した。心の内を全部絡め取ってくれる感覚が嫌いじゃなかった。
遠くの空を見上げて頭を空にして煙を吐いて、雑音だらけの静かな時間を過ごす。一本だけ。ゆっくりしたいと思って。
空に溶けていく煙をぼうっと眺めていると、ざり、と地面を擦る音がして、目線だけをそちらに向けた。気まずそうにこちらを見る姫川さんに、俺は咥えていた煙草を手に持ち、にっこりと笑顔を作った。
「あー、すんません。ここ吸うとこなくて」
嘘だった。喫煙所があることは知っていたけど、なんだかひとりになりたかった。
姫川さんは適当に小さく返事をしてから、今度はじっと俺に目を向けた。
「
……
吸うんだ、鴨志田」
「まあ、たまに? ストレス発散方法のひとつっすね」
秘密にしといてくださいね、なんて笑って見せると、黙って近付いてきた姫川さんは俺の隣に並んだ。
「
……
俺にも、一本くれよ」
「姫川さんも吸う人?」
「吸わない」
「あれ? てか年いくつでした?」
「二十歳」
「
……
ほんとは?」
「ほんとだから」
ふむ、と一旦頭の中で考えてみるも、男の年齢なんて大体しか覚えていない。二十歳というならそうなんだろう。
吸わない二十歳。それはつまり。
「初めて?」
「初めて」
眼鏡の奥の瞳は地面をじっと見つめていて、考えなんて読めない。
先輩
姫川さん
に
要求
おねだり
されて断れるかって話か。
丁度いいというのかどうか、手に持ったままだった煙草からポロリと灰が落ちた。短くなったこれはもう終わりだと、ポケットから取り出した携帯灰皿に放り入れる。入れ替えるように煙草の箱とライターを取り出して、底を叩いて一本の頭を出した。
差し出すと、姫川さんは黙ってフィルターを摘んで取り出し、少し観察してから唇に挟んだ。カチッとライターの火を確認して、片手で囲むように風避けしながら、どうぞ、と姫川さんの咥える煙草に近付ける。姫川さんも気付いて、こちらへと体を寄せた。
「火がつくまでちょっとずつ吸って、
……
そうそう、上手」
姫川さんの呼吸に合わせて煙草の先端が赤く光って、火が移ったとわかるとすぐにライターを引いた。本当に初めてのようで姫川さんは距離感が掴めておらず、火で姫川さんの前髪まで焼いてしまいそうだったからだ。
「一気に吸うと咽せるから、少しずつ
……
」
新品の煙草の先が赤く光りながら、角ばった形を崩していく。綺麗なものを壊している感覚がして、思わず見惚れた。
「げほっ、はっ、はあ」
「ああ、ほら」
咽せた姫川さんにハッとして、トントンと背を摩る。
「ゆっくり、ちょっとずつ」
はじめは口に溜めて、いけそうなら肺まで吸って、溜めて、吐き出して。
言われるがままに素直に体内に煙を回す不器用な様子に妙な高揚感を覚えた。目の前の子どもに悪い事を教えている背徳感といってもいいかもしれない。
彼の吐いた煙がふんわりと鼻につく。独特の草の匂いが蠢いているような気がした。
「上手上手。どうです、煙の感想」
「これのどこがいいか、わかんねぇな」
「ははっ、まあ癖になるんすよ、これがね」
姫川さんが重い前髪の下で渋く眉を寄せながら煙草を睨みつける様子をにっこりと作り笑いを浮かべて眺めた。
姫川さんの周りは大人が多い。ストレス解消や依存して喫煙しているものもいるだろうし、業界を上手く渡り歩くためのツールとして利用しているものもいるだろう。きっと喫煙者は彼の身近にいて、彼も興味があったのだろう。だけど。
悪い教えを乞う相手は、もっと他にいるだろうに。
どうして俺に、と考え始めてすぐにやめた。なんでもいい。たまたま、俺がそこにいただけ。
すうと溜めた煙を吐き出すことに慣れてきた様子の姫川さんを見ると、眼鏡の奥と目が合った。
「煙草は俺の方が先輩ですね」
「年齢のせいだろ」
「まあそうですけど〜」
客席から舞台の上のこの人を何度も見たことがある。テレビの大画面にも耐えられる顔面力。化粧もせず、髭も生え放題の今は、確かに大人びてはいるが、元の顔にはまだ少し幼さを感じないこともない。
姫川さんが、ごほごほ、とまた咽せた。
慣れない喫煙で喉なんかやられたら一大事だ。
「おしまい」
姫川さんがもう一度咥えようと口元に寄せた煙草をひょいと摘んで自分で咥えて見せた。湿ったフィルターが唇に当たる。
吸って、吐いて。彼の吐いた煙の量よりも随分多くを一息に吐き出して、姫川さんはそれをまじまじと見ていた。
眼鏡に隠れた睫毛が、長いなと思った。
「似合わないから、吸わない方がいいよこんなの」
「
……
お前も、似合ってねーよ、煙草」
「え〜? 一日三箱くらい吸ってそうってよく言われるんですけど」
金髪ってのが悪いらしい。チャラいのもそういうイメージに繋がるのか、常習的に喫煙していると思われることは少なくない。
「吸ってんのも魅力的でしょ」
渡した時よりも随分短くなった煙草を手に、姫川さんを覗き込んだ。
「馬鹿、寄るな。くさい」
「今はおんなじ臭いしてますよ」
「げぇ」
服に、髪に、においを纏わせて。
自分で汚しておいて、綺麗なままでいてほしいなんて。
我儘。
煙を吸い込んで、肺の底から全部吐き出す。
吐いた煙が空に混ざるのがなんとなく嫌な気がして、もう終わりかけの煙草を握り潰した。
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