千代里
2025-08-24 17:11:02
17598文字
Public ネイスのヒカセンルート
 

光の戦士・ネイスの話(新生開始~リムサ・ロミンサ出立まで)


「ダレン、いるか」
 ウルダハの冒険者居住区――ゴブレットビュート、その外れにて。一人の冒険者が、小さな一軒家の扉を開いた。
 念のため、一度はノックをした。だが、返事はない。おまけに鍵はかかっていなかった。
 家主に何かあったのか、それとも単なる鍵のかけ忘れか。冒険者は一瞬疑問を抱いたが、開いているならば入ってもよいだろうと中へと足を踏み入れる。
 旅暮らしが長かった上に、ここ最近も手作りの小さな家で暮らしていた彼には、鍵をかけるということに今ひとつ馴染みがない。初めて施錠された扉が開くのを見た時は、どうしてこんな小さな金属片で扉が開かなくなるのかと、不思議に思ったものだ。
 それはともかく。
「ダレン?」
 部屋の中に入ると、予想していたように、机のランタン以外はろくな照明もない空間が待ち構えていた。
 だが、扉一枚隔てても隠せない騒音が、無作法な来客への返答がわりに響いている。
 否、あれは槌の音だ。金属を鍛え、武器とするために必要な工程。
 この家の家主は鍛治師だ。さしずめ、いまはどこかで仕事の真っ最中なのだろう。地下か、あるいは冒険者の知らぬ何処かか。無理に探して仕事を邪魔しても悪いと、冒険者は部屋の片隅にあった椅子に腰を下ろした。
 待つこと一時間ほど。延々と流れる無為な時間を退屈とも思わず、彼は荷物の片付けをしながら過ごしていた。
 屈んだはずみで視界を覆ったほぼ白に近い髪に、手をやり、鬱陶しげに後ろへと流す。前髪の下にうっすら滲むのは、薄紅の瞳だ。
 ほっそりとした面差しではあるが、その体格は女性のものではない。背丈は二ヤルムには届かないが、体格のいいヒューラン族に近いその冒険者は、紛れもなく男性だ。
 だが、彼がヒューラン族ではない証拠に、その頭部には兎に似た大きく長い耳が生えていて、今も片耳はどこからか響く槌を振るう音に向けられている。
 彼が冒険者になって、早一ヶ月近く。拾い集めた素材やら、買い集めた錬金薬やら、報酬として貰った貨幣などで荷物袋が埋まってきたと、中身を整えていた時だった。
 ガチャリと玄関口の扉が開き、
「あぁん? 俺の断りもなく勝手に入ってきやがったのは、どこのどいつでぇ」
「俺だ」
 部屋の片隅で我が家で寛ぐかのように居座っている白髪の来訪者に、家主である男は最初こそ怪訝そうな顔をしていた。
 だが、それが誰かが分かると、家主である男――褐色の肌に白いものがいくつも混じった髪の毛を無造作にまとめた男は、ぼさぼさの眉毛を顰めてから、
「なんでえ、ネイスか。来てるんなら、来てるってちゃんと言え。おめえは肌も髪も全身小麦粉でもまぶしたみてえに真っ白だから、そんな暗いところにいたら、幽霊が入り込んだかと思ったじゃねえか」
 家主の男はぶっきらぼうにそう言うと、ネイスという名らしい予期せぬ来訪者にぞんざいに言葉を放った。
 長身のネイスよりもさらに上背がある上に、体格に見合った大きな声。働き盛りの若者のような体格をしているものの、家主の男は、積み重ねた年輪を皺として顔に刻んだ老爺だった。
 もっとも、その腕についた筋肉ときたら、並の荒くれ者よりも随分と逞しい。年齢の上ではネイスの方が何倍も若いはずなのに、頼もしいという印象は老爺の方が勝るかもしれない。
「ごめん、ダレン。でも仕事中みたいだったから」
「だったら、もっとでけえ声で『来たぞー!!』って叫んどけ。そんなら、俺にも聞こえるだろ」
 普通なら『なんでそんな面倒なことを』というところではあるが、ネイスと呼ばれた青年は素直に頷いた。
 ゴブレットビュートに住まう冒険者は、大体は外様のものだが、近くにある都市国家『ウルダハ』の気風に煽られて我が強い者が多い。荒くれ者と紙一重の彼らと比べると、素直に何でも受け入れようとするネイスはどこか浮いた冒険者だと、家主の鍛治師――ダレンは、彼をそう評価していた。
「それで? 今日は何の用だ。剣ならこの前打ってやったろ。おめぇはおめぇで冒険者としてそれなりに忙しくやってんじゃねえのか」
「実は……色々やってたら、ナナモ女王って人に晩餐会に呼ばれた」
 仕事の後の一杯として薄味の酒を注ぎ、口に含んでいたダレンは、盛大にその場で吹き出した。
「はあ!? またどうして、知らぬ間にそんなことになってんだ!?」
「説明すると長くなる。まずは、たしかササガン大王樹で――
「あー……そいつはまた今度でいい。おめぇの話、聞いてっと日が暮れんだよ。そんで、女王様の晩餐会に行くのに、何で俺のとこなんざに来てんだ。言っとくが、そいつと違って俺は格式ばった一張羅なんて作ってやれねえからな」
 言いつつ、ダレンはネイスが着ているチュニックに金属製の胸当てをつけた装備――バザーではコットンタバードという名前で売られている装具を指差した。この胸当ては、駆け出しのネイスにダレンが打ってくれたものでもあるのだ。
「ダレンに相談したいことがある」
 大真面目にそう言われて、ダレンも思わず表情を引き締めてしまう。ネイスの真面目腐った態度は、思わずこちらの襟を正したくなるようなひたむきさがあるのだ。
「実は、行きたくなくて」
「あぁ?」
「だから、晩餐会。行きたくないんだが、どうやって断ればいいと思う」
 普通の冒険者なら、両手を挙げて歓迎するような栄誉。しかし、目の前の冒険者は行きたくないなどと宣っている。
 一体何を寝ぼけたことを。そう思う一方で、どこか納得してしまっている自分もいることにダレンは気がつく。
(ネイスは、確かに最初からこういう奴だったか……
 すっかり白くなった髪をガシガシと掻きながら、ダレンは目の前の冒険者と出会ったきっかけを振り返る――
 
 ◇◇◇
 
 ザナラーンの荒野を日がな一日飽きることなく照らし続ける太陽が、ようやく山奥に消えようとした夕暮れ時。冒険者キャンプに、この辺りでは見慣れない風貌の冒険者が顔を見せた。
 日差しを浴びすぎて白くなった砂を思わせる真白の髪に、これまた見慣れない装束。外套の下に見えるそれは、金属製のブーツや籠手に独特の意匠が刻まれている。
 だが、その奇妙な装束を抜きにしても、目の前の青年の姿は目立つ。なぜなら、その頭部からは兎に似た耳が生えていたからだ。
 冒険者キャンプとは、宿屋に泊まれない駆け出しの冒険者や、宿泊費を惜しむ冒険者たちがより集まってできた野営地である。単なる野宿の拠点として利用されるだけでなく、力自慢と称して、周辺の魔物に腕試しに行く者の帰る場所としても機能している、独特の寄り合い場としての機能も兼ねていた。
 そんな中にやってきた、文字通り白い顔の青年に対して、胡乱な者を見つめる視線を向ける者も多い。
 だが、ネイスは自分に向けられた視線を全て無視して、キャンプ地の端にいるとある人物の元へとやってきた。
「頼みがある」
「ああん? 俺が一体誰だと……ああ、なんだおめぇか、ネイス。おめぇ、まだこんな所をうろちょろしてんのか」
 どこか呆れたように答えたのは、ネイスにとってキャンプ地唯一の顔見知りでもあったダレンだ。
「ウルダハの宿は、まだおめぇを入れてくれねえってか?」
 かけだしの冒険者は、冒険者としての信頼も底値である。そのため、睡眠と休息を提供する宿では、安全のため、先輩冒険者の紹介でもない限りは新人を泊めないとしている。
 日銭を稼ぎつつ、自分の体を休める場所を探す技量も、冒険者には求められるのだ。
「宿泊できるかはわからない。まだ訊いていないから。依頼は、それなりに数を重ねたと思う」
「だったら、そろそろ宿にも泊めてくれっだろうよ。路地裏でうろうろしていたひよこの頃とは、もうちげえんだよって言やいいんだ」
「分かった。今度言ってみる」
……おめぇなあ、ちっとは疑えよ。そんな風に言ったら、モモディに呆れられちまうぞ。ここ最近受けたでけえ依頼を一つ言ってみりゃいいんだよ。そういうのは」
 こくりと頷くネイスに、ダレンは肩をすくめてため息をつく。
 駆け出しの冒険者には、田舎者が多い。一旗あげようと息巻いて故郷から出てきた彼らの目は、いつも野心に満ち溢れている。
 そんな若々しくも危うい冒険者たちに剣やら防具やらを作って売り捌くのが、ここ暫くのダレンの生業でもあった。
 ダレンは武器や防具を作る職人だ。だが、彼自身に戦う力はない。口の悪さが災いして、駆け出しの頃はともかく、長期のお得意様がいるわけでもない彼には、性能のいい素材を集めてくれる馴染みの顧客もいない。
 結果、彼の作れる武具は初心者には重宝されても、熟練の冒険者には『物足りない』と評価されることがほとんどなのであった。
 そんな理由もあって、ダレンは新人の冒険者を見慣れていた。そんな彼の目にも、ネイスは一風変わって映っていた。
(単に世間様の冷たい風に慣れてねえって言うのも、なんか違ぇんだよなあ。お人よしって言やぁ、それまでなんだけどよ)
 ネイスとダレンが最初に出会ったのは、ウルダハの裏路地だった。
 少しでも場の空気というものが読める人間ならば、たとえ駆け出しであっても足を向けない場所。そんな地に赴いたのは、裏路地の路上生活者に薬を渡すように頼まれたからだと、ネイスは教えてくれた。
 錬金術師ギルドの試供品を貧民に渡す。依頼内容としてはありきたりだが、一歩間違えれば人体実験すれすれの内容でもある。常人なら、訪れる先に孕む危険性も気になって、まずもって首を横に振るような面倒な依頼だ。
 だが、ネイスは依頼を受けた理由をダレンに問われて、あっけらかんとした様子で言ってのけた。
 ――薬は大事なものだって聞いた。でも、すぐに買えるものじゃない。だから、配ってもいいって言われたなら、あそこの人たちに渡すべきだと思った。
 ――毒じゃないということは、俺が少し舐めて確かめたから。
 貧民街の様子を知っているのかと思いきや、どうやらそういうわけでもないらしい。
 その証拠に、ネイスは貧民街を彷徨いていた人買いに声をかけられ、あわや騙されて連れさらわれそうになっていたのだ。
 見るにみかねたダレンが、連れを装い、ネイスを表通りに引っ張り出さなければ、今頃ネイスは、奴隷としてどこぞの貴族にでも売り飛ばされていたかもしれない。
 閑話休題。
「それで、頼みってのはなんでぇ」
「俺に装備を作ってほしい」
「そいつぁ確かに俺の仕事だが、見たところ、別に壊れたとこなんざ、ねえじゃねえか」
 ネイスが外套の下に身につけている装備は、冒険者向けの簡素な防具ではない。だが、冒険者が甲冑とローブを纏い、如何にも冒険者然としていなければならない理由はない。
 私服だろうが野良着だろうが、冒険者として生きると決めた者は総じて冒険者だ。
「壊れてはいない。でも、傷がついたし綻びもでてきた」
「直したいってんなら、作ったやつに頼みな。それに、綻びなら繕っちまえばいいだろうがよ」
「できれば傷をつけたくないんだ。これは、大事な人たちが作ってくれたものだから。だから、新しい装備が欲しい」
 何を寝ぼけたことを、と吐き捨てそうになったが、一度そこで踏みとどまる。
 どんな田舎者にも、人生というものがある。この世間擦れしていない冒険者にも、相応の理由があってこの見慣れない装束を壊したくないと思ったのだろう。
……仕方ねえな。前にも言ったが、ただじゃねえからな」
「分かっている。いくらだ」
 ぼったくりの値段を冗談めかして言ったが、ネイスは真顔で「相場より高い気がする」と言い返した。
 どうやら、市場調査はそれなりにしていたらしい。ならば騙すのも失礼かと、適正な価格を伝えてやる。
「すぐには用意できねえ。おめぇの体格に合うように用意するんなら、一から作らなきゃならねえだろうからな。それまでは、その格好をしてるんだな」
「分かった」
 急かされるかと思いきや、存外素直にネイスは頷いた。そして、当然のようにダレンの近くで野宿の準備を始めた。
 目立つからどっかに行けと言おうか悩んだが、未来の客にそんな風に接するものじゃないと以前言われたのを思い出し、ぐっと言葉を飲み込む。
 ネイスはお上りのように見えて、野宿の腕だけは他の駆け出し冒険者よりも抜群に優れている。
 駆け出したちは、しばしば、燃えやすい薪の探し方や火のおこし方などで四苦八苦するものだ。一方で、ネイスはまるで息をするように薪に火をつけ、近場の川で魚と水を確保していた。
「ダレン。相談がある」
「武具のことか?」
「ああ。俺は今まで、弓とナイフを使って戦っていた。でも、それだと、誰かを護る戦いには不向きだと分かったんだ」
 いきなり何を言い出したのかと思いきや、ネイスは拙い言葉で今日あった出来事を話しはじめた。
 依頼を受けて、ネイスは一人のララフェル族の少女を探していた。
 捜索自体は比較的すぐに終わったものの、彼女を見つけた矢先に不運にも魔物に襲われた。魔物に彼女を近づけさせまいと奮戦したものの、結局防具の一部を損なうような無茶をしなければならず、ネイスはずっとそのことを気にしていた。
 その話を全て終える頃には、すっかり日が暮れ、ダレンの夕飯はすっかり腹に収まっていた。それほどまでに、ネイスの語り口は辿々しかったのだ。
 ネイスは自分の夕飯の支度をようやく始めながら、
「依頼主のことも守れるような、そんな戦い方をしたい。そういう場合は、どんな武器を使えばいい」
「俺ぁ鍛治師だ。戦いの専門家じゃねえよ。まして、護衛なんざ、さっぱりだね」
「でも、武器を作ることは、武器の使い方を知っているってことだ」
 妙に鋭い指摘に、ダレンは煙に巻いた返答をするのはやめることにする。
「そういうんなら、盾やら長剣やらがいいんじゃねえか。片手に盾を持ってりゃ、咄嗟の時に、武器で届かない範囲にいる奴を守れる。長い剣は、片手で振り回してもそれなりにリーチがある。ウルダハには剣術士ギルドもあるから、詳しくはそこの連中に聞いた方がいいだろ」
 ダレンは剣士ではないが、冒険者を見てきた数は目の前の若者より多い。その知見をぞんざいにまとめて一つの形に押し込み、答えとして放る。
 ネイスは、ダレンの月並みな答えすらも慎重に拾い上げ、吟味し、
「だったら武器も作って欲しい。さっき話していた、盾と剣を」
 追加の注文に素直に喜べばいいものの、ダレンは名状し難い複雑な顔をしてしまった。
 旅慣れているようなのに、どこか頼りない。魔物を倒す腕前はあるようだが、目を離すと悪人に騙されそうな危うさがある。
 そんな奇妙な冒険者の様子がいつしか気になるようになり、装備の素材探しを手伝えと理由をつけて、ダレンはしばらくネイスと行動を共にしていたのだった。
 
 ◇◇◇
 
 客として武具と防具を購入した後も、ネイスは何度かダレンの仕事場兼住居としている鍛冶場に来ていた。
 冒険者居住区のゴブレットビュートの家は、いくら僻地でも相応の値段がするので、駆け出しの冒険者は気後れして近づかないこともあるが、ネイスほど気後れという単語が似合わない青年はいなかった。しがない老鍛冶屋のダレンがそんな場所に居を構えている理由も、ネイスはとり立てて聞こうともしなかった。
「それで、晩餐会に行くのを断る理由。何か思いつかないか」
 当初の目的をもう一度繰り返すネイス。どうやら、行きたくないと言ったのは、聞き違いではなかったらしい。
「その前に、なんでおめぇは晩餐会に行くのが嫌なんだよ。勝手に乗り込むならいざ知らず、ナナモ女王陛下の招待ともなりゃあ、大手を振って行きゃいいだけの話じゃねえか」
「晩餐会に呼ばれるようなことを、ネイスはしていない。……それと、晩餐会が何かもよくわからない」
 後者はついでのように付け足されたので、前者の方が比重としては大きいのだろう。
 ネイスは、褒美を与えられたこと自体に違和感を覚えているようだ。
「おめぇは、どんだけお人よしなんだよ……
 女王陛下の晩餐会など、どうせ年若い女王の気まぐれに決まっている。
 ウルダハの政については、外様の鍛治師にも漏れ聞こえている。周囲が敵だらけの女王にとって、ネイスのように純粋なお人よしは物珍しく、好感の持てる相手だった。ただそれだけの話だろうと、ダレンは推察していた。
「そういうのはな、ギルドの報酬とおんなじだ。適当に受け取って、ありがとうございますって頭下げときゃいいんだよ。雲の上の連中にとっちゃ、断るってのも相手のプライドを傷つけるってことになりかねねぇんだからな」
「でも、俺は」
 そこまで言いかけて、ネイスは唇を閉ざす。まるで苦いものを噛んだような顔をした後、
……そうだな。ダレンの言う通りだ」
 妙に殊勝な態度は、何か思い当たることがあったからかもしれない。
 ネイスは世間知らずで少しぼんやりしたところがあって、なのにお人よしで時に融通の効かないところもあるが、決して話のわからないものではない。
 だが、それだけで完全に納得はできなかったのか。ネイスはまだ何か思い悩むように、口元に手を当てたり、髪の先をいじったりを繰り返したりしている。
「なんでぇ、まだなんかあんのか」
「晩餐会っていうのは何だ」
「晩餐会ってのは、上品に言い換えてるが、要するに飯食いながら話をする場だよ。冒険者ギルドにも、クイックサンドって飯食うところがあんだろ。金持ち連中にとっちゃ社交場だな」
 並いる富豪やら貴族やらが集まる場所を、冒険者が溜まる場所と一緒にするなど、聞くものが聞けば怒り出しそうな話だが、ネイスにはわかりやすかったのだろう。
 もう一度頷いた後、彼は懐をまさぐり、
「晩餐会に出席するには、これをつけてくるように言われた」
 示されたのは、名のある彫金師が作ったと思しき耳飾りだった。紫水晶を使ったのか、闇色に光るそれは上等なものだとダレンにはすぐわかる。
「ウルダハの晩餐会には、女王がカシした……っていう飾りをつけるって、モモディが教えてくれた」
「下賜、な。偉ぇやつが、自分の持ち物を下々のものに分けることを、そう言うんだよ。おめぇも、親しい奴には自分の持ち物を与えたりするだろ」
 ネイスは数度瞬きしていたが、一応頷いて見せた。
 おおかた彼のことだから「親しくなくても困っていたら渡す」とか考えていたのだろうが、それはここで言うことではないと思い直したらしい。
「俺は、この飾りを下賜された、のか。女王から直接もらったわけじゃないのに」
「偉い連中が直に贈り物をするってのは、相当な時だぞ。人伝いでも十分意味があんだよ、そういうのは。そんで、その飾りがどうしたんだ」
……これを外したくなくて。飾りをつけずに入る方法はないか」
 ネイスが指さしたのは、彼がずっと耳にぶら下げている片耳のイヤリングだ。
 赤い花に細い金鎖の飾りが揺れている。彼は出会った時からずっと、その飾りを耳につけていた。
(見たところ女性もんだが、親か家族のか? まあ、余計な詮索はするもんでもねえか)
 そこで一呼吸置き、ダレンはどう説明したものかと言葉を悩む。なぜこいつのために頭を悩ませなきゃいけないのだとは思うが、こうなったら乗りかかった船だ。
「偉い連中が作ったルールに逆らうのは、そいつの顔に泥を塗るようなもんだ。つけずに入るってのは、無理があるんじゃねえか」
「でも、外したくない」
「片方だけつけていくって方法もあるが、変に目立つだろうしな。特におめぇはそんな変わった種族の……えーと」
「ヴィエラ族だ」
「そう、それだ。そんな聞いたこともねえ、ヴィなんたらなんて種族なんだから、悪目立ちしねぇ方がいい。大事なもんなら、その時だけ懐に入れといたら、そいつを渡したもんも怒ったりしねぇだろうよ」
…………
 ネイスは、それでもしばらく耳飾りに指先を触れさせていたが、やがてそれをゆっくりと外した。まるで、それを渡した誰かと、心の中で話をしているかのようだった。
……わかった。モモディに言われた通りにして、晩餐会に行ってみる」
「そうかよ。話が済んだらとっとと帰れ帰れ。まだこちとら、依頼が山のように積み上がってんだ」
「分かった。また依頼があったら来る」
 普段の駆け出し冒険者とは異なり、ダレンとネイスの関係は妙にずるずると引き伸ばされている。自分でも変わった真似をしていると思う一方で、ダレンはこうも考えていた。
 ――こいつの他愛ない相談をダラダラと聞いてるのも、そう悪くねぇ、と。
 
 ***
 
 ネイスの突然の訪問から一週間ほどして。風の噂で、晩餐会の途中でナナモ女王から紹介された冒険者が気絶したと聞いて、ダレンは思わず天を仰ぎ、遠い目となっていた。
 一体どんな無作法を働くかとヒヤヒヤしていたが、まさか昏倒するとは。
 どんな顔をして土産話を持ち込んでくるかと思いきや、噂が収まった頃、ネイスはひょっこりと顔を出した。
「お――――い! 来たぞ――――!!」
 その日も仕事場にこもっていたダレンは、家から響く大きな声に目を丸くして、勢いよく玄関口の戸を開いた。
「うるせえ! 人の家でどれだけでけえ声出してんだ! ……って、おめぇか、ネイス。柄にもなくでけえ声だして、どうした」
「この前来た時、訪問したなら大きな声を出して呼べってダレンが言ったから」
「ああ……まあ、そうか。そんなこともあったな」
 馬鹿正直に実施すると思っていなかったと、ダレンは一度肩を落とす。だが、自分が言い出したことなので、反論のしようがなかった。
「そんで、今日は何の用だ」
「今日は挨拶に来た」
「挨拶ぅ? おめぇがそんな礼儀を知っているとは思わなかったぞ」
「今度、ウルダハの飛空挺でリムサ・ロミンサに向かうことになった。ラウバーンって人から、カルテノー平原で亡くなった人を追悼する式をしたいから、それに参加してほしいって手紙を、いろいろな人に届けてほしいって頼まれて」
 休憩がてらに、氷のクリスタルで冷やしていた水を飲んでいたダレンは、ネイスが滔々と述べた内容に水のほとんどを吹き出しそうになり、どうにか飲み込んだ。
 貴重な水を無駄にせずに済んだのは、ネイスが「冒険者ギルドにお使いを頼まれた」ぐらいの軽さで語っていたので、そうかそうかと途中まで相槌を打っていたおかげだ。
「ラウバーンって言えば……ナナモ女王陛下の腹心っていう男だろ。元剣闘士っていう、あの」
 ダレンの言葉に一瞬躊躇がよぎる。だが、ネイスはそれを気にすることもなく「大きな人だった」とだけ言った。
「ともあれ、そいつから他の国に渡す手紙を託されたってことは、重要な任務ってことじゃねえか。おめぇみたいに一般の冒険者に、そんなもんが託されるなんてなあ」
「難しいことを色々と言われたけれど……。あの人は、俺にしか頼めないって言っていた」
「ウルダハの連中は、自分の利益を気にする連中ばっかだからな。貴族に頼んでも商人に任せても、『女王が任せた』ってことだけで権力争いが起きちまう。その辺を気にして、おめぇみたいに、権力に振り回されねえ連中に任せたかったんだろ」
 消去法に選ばれたとしても、大変な名誉であるのは確かだ。
 何せ、他国間の飛空挺は現在その利用がかなり制限されている。海を行く船ならばいざ知らず、空を渡る船を使う許可をもらえるというのは、大変珍しいことなのである。
 もっとも、そんな事情は知らないだろうネイスは、相変わらず何も考えていなさそうな顔をしている、かと思いきや。
……世界を見てくるといい、と言われたんだ」
「へえ、そいつもラウバーンにか?」
「うん。それと、モモディにも」
「冒険者に送るには月並みな言葉だが、まあ激励と思ってありがたく受け取っておきゃいいだろ。どうしてそんな、苦虫噛み潰したみてぇな顔をしてんだ?」
 ダレンの言う通り、ネイスはまるで腐ったものでも食べたかのように渋い顔をしていた。
「冒険者になって、世界中に俺の活躍を見てほしいって。ネイスなら、困っている人を助ける、強くて優しい英雄になれるって……前にも言われたんだ。俺の……家族に」
 それもまた、家族が送るなら月並みな激励に思われた。
 なのに、ネイスは難しい顔をして、
「だから、俺は冒険者になって、困っている人を助けると決めた。それが、彼女の望んだことだから。でも……冒険者になって俺が出会したことは、俺が剣を振るうだけじゃ、どうにもならないことばかりだった」
 ぽつぽつと、ネイスは語る。
 新たな鉱脈を求めて新事業を興そうと息巻く商人を騙し、亡き者にしようとする大商会の人間。
 本来ならば、民を守るはずの傭兵が、盗賊と手を組んで密輸を行っていたという事実。
 立ち退きを強要されて、必死に抗うも、港町としての衰退を避けられずにいる漁村。
 挙句、先だっての晩餐会では、同じ街の為政者同士でいがみ合っているという話まで耳にした。
 それらの内容はウルダハでは頻繁に聞く、よくある話だ。そして、冒険者が剣を振り回したところで、変えられない『現実』でもある。
「手紙はもちろん届ける。でも、世界を見てまわったところで、俺は……結局誰一人助けられないのかもしれない」
 珍しくネイスが口にした弱音を聞き――ダレンは、わざとらしいぐらい大きくため息を吐いた。
「ったく、そんな面倒くせえこと、考えてんのか。巷で噂の『光の戦士』気取りか、おめぇはよお」
「そういうわけじゃない」
「そういうことだろ。たった一人の人間が剣を振り回しただけで、何でも解決したら、そいつはすげえことだ。だけどな、そういうやり方ができるやつってのは、こまけぇところまでは手が回せなくなっちまうんだよ」
 首を傾げるネイスに、ダレンは言う。
「おめえのいう漁村の話を例にしてやろうか。たとえば、そうだな。女王様が、偉そうにしているやつらに、立ち退きを強要するのはやめろって命じるだろ。貴族の家を建てるのをやめろって言ってもいい。でも、そういうことをしたら、家を建てるために雇われた連中は困っちまう。立ち退きのために金を貰った連中も、同じようにな。そして、そいつらの怒りは女王様に向いたり、あるいは漁村に住んでいた連中に向けられちまう。強い力ってのは、そんだけ、面倒ごとも増やしちまうんだ」
「だったら、俺はどうすればいい」
「知らねえよ、自分で考えろ。でも、おめぇが剣を振り回したおかげで、助かった連中もいんだろ。ナナモ女王も、そう思ったから、お前を晩餐会に招いたんじゃねえのか」
 ネイスがどこで何をしているか、そのすべてを知っているわけではない。
 だが、このお人よしのことだ。きっと、ダレンの知らないところでも、そのお節介ぶりを遺憾なく発揮していたことだろう。
 ネイスはまだ納得できていない様だが、自分の手をじっと見下ろして何か考えている様だった。
 五分ほど経って、ダレンがそろそろ仕事を再開するかと思い始めた頃。
「ダレン」
「あん?」
「出発は、四日後だと聞いた」
「見送りなんざいかねえぞ、俺は。めんどくせえ」
「見送りはいい。暫く来ないだろうから、心配かけたら悪いと思った。あと、もし必要な素材があったら、三日間のうちに取りに行く」
 どうやら、暇だから依頼をくれということらしい。あるいは、ネイスなりに話を聞いてくれたお礼の代わりなのかもしれない。
 ダレンは、しばしネイスをじっと見据えてから、
「じゃあ、三日後までの夕方までに、コブランどもを退治して、奴らが背中に背負ってる結晶を手に入るだけ持ってこい。そんなら、次の街で使えるもんを渡してやるよ」
「わかった。ありがとう」
 端的な回答だったが、どこか安堵したようにも見えた。このような話を聞かされて、嫌われたとでも思ったのだろうか。
「次はリムサ・ロミンサに行くっつってたな。行くのは初めてか」
「小さいときに行ったことがある。海が見える、白い大きな街だ」
「ははぁ、その辺の土地勘はあるってことか。だが、式典の親書ってなると、もう一つ行かなきゃいけねえ国があんだろ」
「たしか、グリダニアっていう国だったはずだ」
「それだ。あの国の連中は、器の小せえ偏屈な奴ばっかだからな。おめぇみたいな見た目から変わってる余所者は、変な顔されるかもしれねえ。適当にフードでも被っていろよ」
 そう言われて、ネイスは自分の耳を触ってから、ゆっくりと頭に沿って下げた。そして、不愉快そうに眉を顰めて
……この角度にしていると、何だか落ち着かない」
「うるせぇ。いいからカウルでも被ってろ」
 外出着として部屋の片隅に放りだしていたカウル――フード付きのローブを拾い上げ、ダレンはネイスへと投げつけたのだった。
 
 ***
 
 三日後。ネイスはダレンに言われた通り、カッパーベル銅山に蔓延るコブランを退治して、その体にこびりついている結晶の中から破損の少ないものをいくらか回収し、再び彼の家を訪れた。
 ダレンとの付き合いは、冒険者に登録してすぐの頃、貧民街の裏路地を通っているときからだ。貧民街のごろつき――後から、あれは人買いだと教えられた――に絡まれていたとき、酔っ払いを装ってネイスに絡み、表通りまで引きずってきてくれたのだ。
「あんな場所を、そんな小綺麗な顔を出してうろつくんじゃねぇよ。攫ってくれって自分から言いふらしてるようなもんだぞ!」
 そうやって小言を二、三ぶつけた後、どうしてあんな場所を通っていたのかと尋ねられた。
 元はといえば依頼のためであったが、興味もあったのだろう。ウルダハの貧民街は、ネイスの知り合いの故郷でもあったからだ。
 二度目の再会は、新人冒険者は宿を使えないと言われ、やむなく荒野を彷徨い、寝床になりそうな場所を探している時だった。
 偶然見つけたキャンプ地にいたダレンが、この場所が駆け出し冒険者の宿泊地でもあると教えてくれたのだ。そのとき、彼が鍛治師であり、普段は駆け出しの冒険者に向けて剣やら鎧やらを作っているのだと知った。
 三度目の出会いは、ダレンに装備の製作を頼んだときのことだ。その後、ブラックブラッシュ停留所付近で材料を集めるのを手伝えと言われ、それを手伝っているうちに、気が付けばネイスは彼にいくらか心を開いている自分に気がついた。
 そして、リムサ・ロミンサへと旅立つのを明日に控えた今日。
 ネイスはコブランから採取した鉱石を山と積み上げ、次に会うのはいつになるかわからない友人へ届けるために顔を出したのだが、
……ダレンが家の中にいた」
「当たり前ぇだ、ここは俺んちだぞ! 俺以外の誰がいるってぇいうんだ」
 そうは言うものの、ネイスが訪問するとダレンは大体どこぞにある鍛冶場にこもっており、来訪者を出迎える家主として顔を合わせたことは一度もなかった。
 もっとも、特段約束もなくいきなり訪問するネイスの方にも非はあると言えよう。
「この前話していた鉱石、持ってきた。暫くは、材料集めの依頼は受けられないから」
「別におめぇがいなくても何とかならぁ。だから、そんな辛気臭ぇ顔して来るんじゃねえ」
 そう言われたものの、ネイスに自分の顔がわかるわけでもない。頬をペタペタと叩いて、とりあえず妙な筋肉の使い方はしてなさそうだと確かめてから、
「でも、俺は少し寂しいと思う。リムサ・ロミンサは知らない人ばかりだろうから」
「だったら、知ってるやつを増やせばいいだろ。ただ、あの辺は海賊もいるって話だからな。気をつけねえと、また人買いに騙されっぞ」
「今度はもう騙されない」
 きっぱりと告げた言葉が、硬く聞こえすぎやしないかと一瞬危ぶむ。
 だが、ダレンは気にならなかったようで、ネイスが机の上にどさどさと載せた鉱石に目を奪われていた。
「ほっほーう。こんだけありゃ、暫くは鉱石の加工には困らねえな。てめぇも、少し持ってくか?」
「いい。飛空挺が重さで落ちるかもしれない」
「そんなことで落ちっかよ」
 そうは言われても、ネイスは飛空挺に乗ったことがない。空を飛んで移動するなどと聞くと、どうしても腰が落ち着かない気持ちになる。
 世話になったお礼もした。依頼された品々も渡した。
 双方長々とおしゃべりする性格でもない。あとは報酬を貰って、早々に引き上げようかと思った時だった。
「報酬を渡すから、ちっと来い」
 粗野な手振りでダレンが招いたのは、地下へと続く階段だった。
 今まで入った場所のない地に招かれ、驚きながらも、ネイスは恐る恐る階段を降りていく。
 地下と聞いて薄暗いイメージがあったが、うっすらと窓から光が差し込んでいる。どんな作りなのかと思いきや、元は丘の上に建てられた建物であるが故に、地下といいつつ、実際は地下の外壁部分も外に面しているのだそうだ。
「ダレン。ここは……?」
「あー、どこに置いたんだっけな……なんだよ、ネイス。その辺のものに触るなよ。怪我すっぞ」
「ここに炉はないのか?」
 鍛治師と言えば火を扱うものと、ネイスは漠然とした印象を抱いていた。だが、工房と思しき地下には、作業台はあっても火を入れる場所はなかった。
「こんなところで火を入れたら、上が蒸し焼きになっちまうだろ。そういうのは、庭の小屋でやってんだよ」
 思い出してみると、確かに庭先に小さな小屋があったような気もする。
 庭の緑も最低限に抑えられており、どことなく殺風景な印象があったが、万が一火事になっても問題ないようにか、それともウルダハの乾燥した地域に馴染ませた結果か。あれはあれで意味のある作りだったらしい。
「おっ、ここにあったか。おい、ネイス。こっちだ、こっち」
 ダレンに呼ばれて、ネイスは地下の一角にまで足を踏み入れる。
 そこで、彼は足を止めた。
……これは」
「まあ、なんだ。……よそに行く、おめぇへのちっとした餞別ってやつだな」
 雑然とした部屋の中で、その一角だけは余計なものが取り除かれていた。
 そこに置かれていたのは、一つの鎧だ。ネイスの体格にあわせて作られたトルソーに飾られたそれからは、加工したばかりの革から漂う独特の匂いが漂っていた。
 鎖帷子を覆うように作られた、丁寧になめされた革を用いた鎧。ところどころに金属製のパーツが付けられており、咄嗟の襲撃には即席の盾としても機能してくれるだろう。
 全体的に燻んだ暗い赤の皮を基調としており、これならば全身鎧のような重さもないだろう。
「ダレン、これは……?」
「だから、おめぇへの報酬だ。向こうに行って、今の装備が壊れたら、その代わりを探すってのも楽じゃねえだろ。特にお前は、ヒューラン族に似てるようで少し違ぇっていう面倒な体格してっからな」
 そうは言われても、ネイスは今まで自分の服は自分で作っていたので、自分の体格が一般向けではないなどと思ったことがなかった。
 とはいえ、ダレンの作る装備が体によく馴染み、動きやすいと思っていたのも事実だ。商人が扱っていた装備を身につけたこともあるが、どこか違和感を覚えていたのは、ダレンの言うとおり体格の微妙な差によるものなのだろう。
「でも、お金は」
「だーかーら、今回の依頼の報酬だっつってんだろ。金を渡すとは言ってねえだろ?」
 横暴とも思える提案だが、ネイスはすぐに首を縦に振った。
 自分の体格や癖をよく知っている職人に作ってもらう装備ほど、冒険者にとって必要なものはない。断る理由がなかった。
「あと、剣と盾もそっちに置いてある。今使ってるものも、そろそろ傷んでる頃合いだろうからな」
 作業台に置かれていたのは青の刀身が特徴的な片手剣と、カイトシールドと一般的に呼ばれる形状の、金属製の盾だ。
 先だって作ってもらった片手剣は、度重なる戦闘で刃が傷みつつある。ちょうど別のものを準備するか、直しながら使うべきかと考えていた矢先のことなので、渡りに船ではあるのだが、
「いいのか、これ」
「いいも悪いもねえ。おめぇに合わせて作ったんだから、おめぇ以外に使えるやつもいねえ。分かったならさっさと持ってけ」
「わかった。……ありがとう、ダレン」
 優秀な鍛治師の言う通り、ネイスが手に持つと、剣は驚くほどしっくりと手に馴染んだ。軽く振ると、見た目よりも軽いと感じる。
 だが、武具と防具一式がコブランの鉱石一山と釣り合うと、ネイスには到底思えなかった。
「ダレン。リムサ・ロミンサやグリダニアで、欲しいものはないか」
「あん? 別に土産なんざいらねえぞ」
「土産じゃない。この武器も防具も、依頼の報酬としては多すぎる。でも、これは俺しか使えないものだってダレンは言う。だったら、俺は支払えていない分を払わないと、釣り合いがとれない」
 ダレンの善意に甘えるのも、ネイスには納得できなかった。かといって、法外な値段を吹っ掛けて欲しいわけでもない。
 商売とは、お互いが正しい価値を知っているからこそ成立するものだ。相手を疑いすぎてもいけないし、
……信頼しすぎてもいけない)
 たとえ、ダレンが駆け出しの頃から世話になっていて、信用できる相手だと感じていても。
 それは、時に相手の心に毒を齎すのだと、ネイスはもう知っていた。
 そんなネイスの考えも、ダレンは察してくれたらしい。
……それなら、そうだな。リムサ・ロミンサには鍛治師のギルドがある。甲冑師もな。あそこは、駆け出し職人向けに、安くで銅鉱石や鉄鉱石を卸しているはずだ。今度ウルダハに来る時は、そいつを持てるだけ持ってきてもらいてえもんだな」
「分かった。他にはあるか」
「グリダニアに行くなら、同じように材木を卸しているだろうから、そいつも何枚か買ってきてもらおうか。ウルダハじゃ、木ぃ一つ仕入れるだけで、目玉飛び出るような値段を求められるときもあっからな」
 乾いた気候のウルダハでは、材木すらも簡単に採取できるものではない。剣の握り手や、杖などに用いる材木は、時に野菜同様大変な高値がつくこともあった。
「それでいいのか?」
「それでって言うけどな、おめぇ。飛空挺の乗れねえ連中にとっちゃ、十分価値のあることなんだよ。他にも何か持ってきてぇっつうんなら、魔物倒した時に珍しい鉱石が張り付いてたら、そいつでも剥がして持ってきな。皮でもいいぞ」
 そのほうが、ネイスにとってもわかりやすい提案だ。
 魔物から剥ぎ取った皮や角は、店に大量に卸せるような品物ではない。冒険者たちが個人的に取引してくれることもあるが、当然ながらその値段は希少価値に比例して高くなる傾向がある。
 ダレンに頷き返してから、ネイスは改めてトルソーに飾られた鎧を見やる。
 今身につけているタバードもそうだが、ネイスは全身を甲冑で固めるよりも、布や皮で包まれた防具の方が動きやすいと感じていた。
 盾を持ち、剣を振るう戦い方をするなら、敵の攻撃を受ける機会も多い。それならば、全身鎧で固めた方がいいと思いつつ、いまだに彼は胸当て以外は厚手の布地で造られた防具を身につけている。
(きっと、ネイスの戦い方をよく見て、こういう作りにしようと決めたんだろう)
 分厚い皮ではあるが、伸縮性もある上に、鎖帷子を身につけるので防具としての性能も悪くない。まさにネイスのために用意してくれた鎧だ、としみじみと感心する。
「ダレンは、革で作る防具も作れるんだな」
「俺が金属しかいじれねえと思ったか? これでも、昔は革だろうが布だろうがクリスタルだろうがなんでもござれの――
 そこで、ふ、と言葉が区切れる。どうしたのかと思いきや、いつも自信満々に己の腕を語るダレンが、どこか気落ちした様子を表情に浮かべ、
……まあ、大体のもんは作れんだよ。これでも、伊達に歳ばっか食ってねえんだ」
「そういうものか。ダレンはすごいな」
 話をしながら、ダレンは慣れた手つきで鎧を片付け始めた。一瞬気落ちした気配も、包み終える頃には掻き消え、
「まあ、なんだ。とにかく、飛空挺に乗ってあちこち行けるってんなら、適当に面白そうなもん見てこい。冒険者ってのは、結局そういう風にその場しのぎで適当にやっていくもんだろ」
「俺には、冒険者がどういうものかはわからない。でも、俺に旅立ってほしいと思った人は、俺にもっといろんな場所を見てきてほしいと思っただろうから」
 それが、ネイスの旅立ちのきっかけだ。
 己が冒険者を志した原点を思い返し、目を細める。赤い花の耳飾りが、どこからともなく吹き込んだ風に小さく揺れた。
「ダレン、ありがとう」
 彼が渡してくれた餞別を手に、月並みながら、彼はお礼を口にする。
 だが、そこで終わっていいものかと逡巡し、
――――
 喉の端まで出かけた言葉を口にするかを、一瞬躊躇う。
 その末に、彼は言う。
……いってきます」
「おう、いってこい。さっき話したもん、忘れるんじゃねえぞ」
「ああ。じゃあ、また」
 冒険者になってから、ついぞ口にすることのなくなった出立の言葉。
 旅立つ時にも一度口にしたものの、応じる者はいなかった。
 だが今は、ぞんざいな口ぶりながらも、何てことのないように見送りの言葉を返される。
 荷物を抱えて、ダレンの家から外へと出たネイスは、空を振り仰ぐ。
 ザナラーンのくすんだ夕日が、砂混じりの空を淡く包んでいた。
 懐かしさと、次の冒険への淡い期待と緊張。腕の重みは、自分が新たに積み上げた繋がりを示すものでもある。
……すぐに身につけるのは、何だか勿体無いな)
 意味のない感傷だと思いながらも、貰った防具は今使っているものがもう少し傷んでからにしようと思う。
 これを身につければ、きっと、ダレンの元に気ままに会いに行ける時間は終わったのだと自分に向けて宣言するような気持ちになるだろう。それを受け入れられるようになるまで、もう少し時間が欲しい。
 そんな小さな甘えを、あの口の悪い老鍛治師へと抱きながら、ネイスはゴブレットビュートを後にしたのだった。
 
 ***
 
 翌日、快晴の空を一騎の飛空挺が駆けていく。
 冒険者ギルド前には、それを見送る人々が集まり、ちょっとした人だかりができていた。
「クリスタルの導きがあらんことを――
 冒険者ギルドの主人として、一人の青年を見送るララフェル族の女性。
 数ある冒険者に捧げたのと全く同じ文句を口にしながら、彼女は青年の旅路に幸多いことを祈る。
 その集団から少し離れた一角。一人の老鍛治師もまた、空を振り仰いでいた。
 だが、彼は祈りを捧げはしない。見送りの言葉はすでに送ったあとだ。
「しっかりやれよ、若造。俺の剣を使ってヘマした日にゃ、ただじゃおかねえからな」
 彼が送るのは、そんな皮肉混じりの激励のみ。誰に聞かれるでもない言葉は、ウルダハの日差しに、あっという間に塗りつぶされていった。