ナスカ
2025-08-24 18:00:00
5508文字
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カラミティアンドアストロジャー 17

前回の続き、そして最終回(千秋楽)です。
お付き合いありがとうございました。

……と、いうわけで、我とアストルの話は終いだ」
……これが、真実なのですね」
カーランは元厄災の長話に、飲み込んできた分のため息を吐き出した。人々はどうして、これほどまでに劇的な物語を忘れてしまったのだろう。新聞にまで載り、国中に伝えられたはずのアストルの活躍は、全く耳にしなかった。カカリコに逃れていたとは言え、カーランはそのことが不思議でならない。王の庶子となれば、大きく取り沙汰されてもおかしくないはずだ。
「此奴から聞いたが、その後随分国全体が慌ただしかったらしいな。忘れられても、致し方ないかもしれぬ」
ガノンは未だに気を失っているゼルダを小突いた。
「それで、貴方は消えたわけでは無かったのですね」
「あぁ。運良く奴の一撃が急所から外れておってな。七十年間、ちまちまと力を蓄えてようやくここまで動けるようになった。我を見た小娘の顔、あれは見ものだったぞ。だが、間に合って良かった」
「アストルさんに会いに行くのですか?」
何故わかった、とばかりにガノンがギョッとした。カーランとて、仕事に没頭しているばかりの朴念仁ではない。むしろ、永遠に叶わない恋を一つしている。恋路というものを、わかっているつもりだった。
咳払いを一つして、ガノンは赤くなった顔をカーランから逸らした。
……まあ、そういうことだ。その前に、お前に伝えるべきことを伝えようと、思ったまで」
「彼が何処にいるのか、ご存じで?」
「小娘から全て聞いておる。我が回復に必死になっている間、随分とアストルのことを支えてくれたらしい」
「ガノン殿」
カーランは、年に合わない様子ですっくと立ち上がり、深々と頭を下げた。
「此れほどまでに貴重なお話、お聞かせ下さり有難う御座いました。謹んで、こちらを芝居に仕立て上げさせていただきます」
……あぁ、頼んだぞ。では、王太后殿によろしく」
そう言うとガノンは、春の陽射しで温められた窓をすり抜けて飛んでいった。長い物語だった。季節が変わっていないせいか、まるまる一年彼の話を聴いていたような気分だ。
「っ……私は……
「ゼルダ様! お気づきになられましたか!」
「カーラン……。ガノンさんは?」
ゼルダ王太后は、周囲をキョロキョロと見回して訊ねた。まさか消えてしまったのだろうか、と不安そうにしてい?。
「たった今、ここを出ていかれました。会いに行かれるそうです」
誰に、とは言わなかったが、ゼルダは全てを察していた。あの二人に幸せな結末が訪れることが嬉しくて、翡翠色の瞳から泪が零れた。

✽✽

アデヤ村を囲むようにある丘の上に建つ、小さな家。一人の老人がベッドに横たわり、窓硝子越しに落ちていく夕日を見つめていた。
この日が沈む時、自分の人生は終わる。そんな確信が老人の中にはあった。それと同時に、あらゆる後悔もあった。
中でも最大の心残りは何かと問いかけられたら、それは告げたくても告げられなかった『ある男の真の運命』と答えるだろう。だが話す相手などいない。この家に、自分が一人いるだけ。このままゆっくり目を閉じれば、永遠の眠りにつける。予定よりも随分と長く生きてしまった。だから、もう良い。終わりにしてしまおう。
「相変わらず貧相な身体だな、アストル」
閉じかけていた瞳がパッと開いた。跳ねるように起き上がるなど、何年ぶりだろうか。
目の前には、偉そうに空気にもたれかかっている男がいる。完熟を前にした橄欖のような肌の色艶、夕暮れの砂漠に似て濃ゆく燃えるような赤毛、少し胡散臭く見える笑い顔には少しばかりの照れが混じっていた。
「ガっ、ガノっ……!」
名前を呼ぼうとして震える自分の声の若さにアストルは驚いて喉を押さえる。身体の軽さにも驚き、更に手を見れば皺など無く、正真正銘若者の頃の自分がそこにいた。
死んだ人間は、その魂の貌が表に出ると言う。アストルのそれは、彼と出会った年齢の姿だった。
「久しぶりだな」
「何故だ……? お前は、消えてしまったのでは、なかったのか……!?」
「『暫し眠るだけ』と言うたであろう。……随分と、待たせたな」
アストルはガノンに抱きつきたくなった。予備動作から読み取れる感情は完全にそうだった。しかし拳を作り、グッと足の裏に力が入っている。一瞬見せた再会を喜ぶ顔は本物のはずなのに、立っているその場から離れようとしなかった。
……お前に迎え入れてもらう資格など、私には無い」
「何がお前をそう思わせる?」
「あのあと……
目を伏せ、アストルは重苦しいため息を漏らした。
「リンクの持っていた剣がガノンドロフのミイラを破壊し、お陰で瘴気は止んで深穴も塞がった。王は不誠実な対応をしたとしてその座から追われ、ローム殿が国王として即位した。地底問題の後処理で大変だっただろう。ゼルダは救国の姫と崇められたが、それがあの子の幸せだったかどうかはわからない。多くの人々の望みに応え、娘に譲位するまでゼルダは働いていた。いや、今でも彼女は政の中にいる。私の起こした行動の余波を受けて、他に捧げる人生を送るしかなかった者たちが何人もいるのだ。本当なら、もっと自由に生きれたはずなのに。私が、首を突っ込んだために……
「この国は平和と繁栄の中にいる。そうではないか?」
捲し立てるように己を責めるアストルの言葉を、ガノンは止めた。そして彼の方から来ないならばと、自分からアストルを抱きしめる。アストルは驚いたのか固まっており、だが離せと抵抗するわけでもなかった。
「己を卑しむでない。お前は、ようやった」
するりと、ガノンの手がアストルの髪を撫でる。かつては触れられなかった、その手の無骨さと優しさが心に染み渡る。霊同士ならば触れ合えるという事実が、不思議であると当時にどうしようもなく嬉しい。
……私は、あれでよかったのか?」
「まあ、お前と出会って多少ヒドい目に遭ったのは事実かもしれんな。本当ならば、我はあの辺りで復活を果たし、ハイラルを征していたのだから」
おどけたようにガノンが言う。だがそれが前振りだとアストルは気付いていた。懐かしくて、思わず笑えてしまう。
「だが、お前の人生を最前列で鑑賞するのは、随分と面白かったぞ。拍手喝采だ。礼を言わせてくれ」
そう言うとガノンはゆったりと、賛美するように手を叩いた。思えば彼は最初、アストルの行く末に面白みを感じて取り憑くことを決めたのであった。殺してしいという望みから始まった関係は、不思議と形を変え、終着地点へとたどり着いた。
「さて、人の世から旅立つお前に、我から贈り物だ」
「お前が?」
プレゼントなどという柄では無さそうなのに、一体何を贈ってくれるというのだろう。そこまで期待せず、アストルはガノンの話を聞くことにした。
「何か一つ古いもの」
その言葉に、胸の奥が急に跳ね上がる。思わぬ一言だった。出会ったあの日、何気なく話したことを、彼が覚えていたということになる。それが堪らなく嬉しくて、そしてその先にある未来を考えて、照れくさくもなった。
「我はな、生まれてからざっと一万年以上だ。ヴィンテージものだぞ」
「はは、何だそれは」
それではまるで自分をプレゼントする、と言っているようではないか。
「何か一つ新しいもの。……お前が可愛がった『姫』が次世代へ繋いだ、この世界そのもの」
「随分と大仰だな」
「何か一つ借りたもの」
ガノンは自身の背後から、サッと球状の物を取り出した。金と赤に輝くそれは、かつてアストルが『地底の星』と呼ばれるようになった所以。そしてそれは、アストルがゼルダに預けたはずのものである。奴を思い出して辛くなるからと、敢えて距離を置いた。
「おい、これは……!?」
「子娘の部屋に置いてあったからな。無断で借りてきた。まあ許してくれるだろう。元々、お前のものなのだからな」
ふわりと手の内で浮かぶ天球儀は、まるでひとつの星のよう。もしも彼がもう一度、ずっと側にいてくれるのなら……この天球儀を携えていられるかもしれない。
「何か一つ、青いもの」
その瞬間、日が完全に沈んだ。アストルが一日の中で、最も愛する時間が訪れる。夜が来た。老いてなおアストルは、星を観測し記録することを止めなかった。いや、止められなかった。それが彼の道だった。
およそ無限にあるという星々の中で、ガノンがひとつ星を指差す。確かにあれは青い星だ。全天の中でも、最も明るいと言われている。
それをガノンから贈られるとは思わず、アストルは思わずニヤけてしまった。
……シリウスか」
「? ハイラルではそう呼んでいるのか」
「ゲルドでは別の呼び名が?」
「あぁ。我らはあの星を『ソティス』と呼んでいた。ゲルドは一年に一度雨季があるのだが、それを告げるのがあの星なのだ。ゲルドにおいて、雨季は一年の始まりでもある。つまりソティスは新年を……新たなる人生を迎えるに相応しい星なのだ」
あまりに大きすぎる贈り物。死んだ自分には何も成せないというのに。これだけのものを与えられてどうしようか戸惑ってしまう。
それ以上に、『サムシング・フォー』を贈られたことがこの上なく嬉しかった。花嫁が幸せになるために贈られるという四つのもの。それをガノンがくれたということは……
……まさか、私だけを送り出したりしないだろうな?」
「何のことだ?」
「こういう時、贈り物をするだけして『オレは行けねぇ』などと言うパターンもあるからな。どうなんだ? ガノンよ」
アストルはズイッとガノンに迫る。そんなことは無いと言ってほしかった。もう離れないと、ずっと一緒にいると、一人にしないと、彼の口からその言葉が聞きたかった。
「実は……
「あぁ」
……ついて行けないとばかり、思っていた」
ガノンの笑い顔は、これまで見たことが無いほど幸福に溢れていた。裏切りの人生を送ってきたという彼は、何度心からの笑みを浮かべたのだろう。死後である今も勘定に入れても、両手で数え切れる程度かもしれない。
「ということは?」
「我は厄災として、多くの者共を殺してきた。そんな我が、お前と共に過ごすという幸せを享受できるはずが無い。だがな、『慈悲深き女神ハイリア』とやらは、それを赦したのだ」
「女神が、お前の元に?」
今でも奇妙な経験だったとガノンは思う。自分は女神の血を引く数多の姫らと対立し、女神が護りたいと思うものに次から次へと手を出した。とてもガノンの幸福を許してくれるはずがない。だがそんな予想は外れ、女神はガノンに喜びを与えた。死後も何処かで道を歩むアストルと共に在れと。憎きとばかり思っていたが、ガノンは今回限り女神に感謝することにした。
……もしかすると、ガノンではなく、アストルのために下した判断かもしれないが。
「だから、我はお前と共に居れる。……嬉しけば、良いのだが」
「ガノン、私からも伝えることがある」
無論、アストルは嬉しかった。だがそう答えるには、アストルの掴んだ『運命』という『現実』を話さなければならない。
「私はお前の過去を知った後、ゼルダに頼んで過去何千年……更に遡って統一戦争前後の天体観測記録を見せてもらった。お前の生まれた日を確かめるためだ」
……何故そのようなことを?」
「お前の『本当の運命』を見つけるためだ」
ガノンは泡を食ったような顔をした。当たり前だろう。これまで彼はずっと、『王となってハイラルを手中に収めること』を自分の運命だと、そしてそれが叶わなかった以上、星が定めた運命など存在しないと思ってきたのだから。
「見つけた時は……流石に驚いた。だが、これが本当だと良いと思った。私は、自分に都合の良い星を見つけただけかもと思った。けどその時にはもう、お前は私の横にはいなくて……
「何なんだ、教えてくれぬか」
アストルがいたずらっぽく笑う。してやったとばかりに。彼の姪が『星の天使』と呼んでいたが、この顔はまるで小悪魔だ。星へ無関心を装ってきたガノンが気にしてくれるのが嬉しいらしい。
「『受難の星。長らく周囲によって不本意な環境に身を置くことになるが、それが報われる時は必ず来る。理想的な、パートナーの出現によって』……ということだ」
ガノンは口を半開きにした。王になること、隣国を支配下に置くこと、それらはどちらも自分の本当の運命では無かったのだ。アストルは星の告げる言葉を何より遵守する。嘘であるとも思えない。
「つまり……我はお前と共に在ることが最初から運命づけられていたと?」
「そういうことだ」
アストルはガノンに寄りかかり、青く輝くソティスを仰ぎ見てから再びガノンの方を向いた。
「だから、私は嬉しいぞ。お前とこれからも、ずっと一緒に居られることが!」
アストルの笑顔が、満面のそれになる。それと同時に、まるでスポットライトのようにソティスの光が二人に降り注ぐ。現世に別れを告げる刻限が来てしまった。
……行くか」
「あぁ、行こう」
見つめ合う二人の足が、地面から離れる。ゆっくりと、ソティスの光に導かれ、翼もないのに空を遊泳した。アストルは慣れない動きに戸惑ったが、ガノンが手を取って飛び方のコツを教えている。二人の高度が上がり、やがて地上からその姿は夜空へ溶けるように見えなくなった。
涼やかな風がひとつ吹く。それと同時に、赤い流れ星がふたつ空を駆け抜けていった。

王立劇団で二人の物語が上演されるのは、まだ少しばかり、先の話。


終わり