秋も半ばを過ぎた頃、基地で毎年恒例のパーティーが開かれることになった。マリーン・コー・バースデー・ボール
――海兵隊の創立記念日に合わせた、それはそれは盛大なものだ。全くうんざりする。くそ食らえって思う。というのも俺は自分が所属する基地じゃなく別の場所に招かれ、あろうことか会場でのスピーチを上から命じられ、所属する部隊の功績について語らなきゃならなかったからだ。
どうしてそんな目にあわなきゃならなかったって? それは本来聴衆に語りかけるはずだった新しい基地司令官が変わり者で名誉に興味がなく、パーティーを欠席すると宣言したからだ。とんでもない話だが、それで特殊部隊の隊長である俺にお鉢が回ってきたってわけだった。
とはいえ、何せ俺とその部下たちが担ってきた任務は特殊だったので、客達は剣を使ってのケーキカットセレモニーなんかが目当てだろうし、だから短く切り上げるつもりだった。でも、深夜薄暗い、ランプの明かりくらいしかないゼノの部屋でスピーチの原稿を雑誌に紙を押し付けて書いていた時(久しぶりのファックを終えてベッドでごろごろしながらペンを走らせていた時)、俺の恋人であるところのゼノ・ヒューストン・ウィングフィールドはそれを覗き込むと、ちょっとばかし短いんじゃないかとからかうように言った。君の名誉はそんな文じゃあ伝わらないだろうとも、部隊の士気を高めるためにはそんなんじゃあいけないだろうとも、少しかすれた声で、少しさっきの甘い雰囲気を残した声で。
確かに、パーティーには海兵隊員が多く参加するし、政治家、支援者、地域の名士、退役軍人なんかも招かれる。そこで名誉を重んじる特殊部隊隊長があやふやなスピーチをしたら、盛り下がるどころじゃあないだろう。分かってる、分かってるんだ、俺だって分かってるんだ。でも気が進まない。だって、俺は先の任務で一つヘマをやらかしてたのだ。それはゼノに言える機密レベルのものじゃなかったからここでは伝えられなかったが、詰まるところ俺は名誉を誇れるほどのいい隊長じゃあなかった。本来ならゲスト・オブ・オナーになんかなれるはずがなかった。なのに基地司令官が変わり者なおかげで、俺はその役目を代行する羽目になったのだった。
「僕も行こうかな」
俺が書きかけの空虚な原稿をペンで塗り潰そうとした時、ゼノが言った。確かに秋のそれはチケットを買えば一般市民でも来られるパーティーだったから、彼の参加に反対する理由はない。でも、やっぱり気が進まない。恋人に、本来なら俺が立つはずじゃなかった場所でスピーチをするのを見られるのは、あまり気が進まない。けれど反対したところで興味を持ったゼノはどうにかしてパーティーに潜り込むだろうし、彼には俺よりもずっと広い人脈があって、その要望は多くの場合受け入れられた。そう、俺が来るなって言ったって、ゼノはあらゆる手を使ってパーティーに来る。だったら、下手に嫌がる方がまずい。
「君のセクシーな声でのスピーチを聞きたいなって思ってね」
俺が黙っていたのが気になったのか、場を和ませるようにゼノは言った。きっとご婦人方は君を離さないよって、俺の頬を撫でながらジョークまで付け加えて。
「あんたの方がセクシーだと思うけどね。最中のよがり声なんて最高だったぜ」
俺はペンをベッドサイドのテーブルに置き、ゼノの手の甲に手のひらを重ねて間接的にリップ音を立てて口付ける。すると彼は満足そうに笑って、今度はもう片方の手で俺の唇を触った。
「もう一回聞きたいかい?」
そっと唇が近づいて来る。ふっくらとした、柔らかい、さっきは俺のディックを咥えてたそこ。それが今度は俺の粘膜を舐め、唾液を啜る。やけに積極的じゃん、俺の機嫌を取ってるつもりなん? そんなにしてパーティーに来たいん? そんなに俺の声を聞きたいん? 毎晩電話越しにお互いの声を聞いて眠ってるのに?
「もちろんだね」
俺は差し込まれる舌を緩く噛み、そして彼の口内に息を吹き込む。するとゼノは楽しそうに笑って、また俺に腰を押し付け、書きかけの原稿をベッド脇に落とし足を絡めて来た。
あんたがそう言うんならスピーチの原稿は書き直すよ。とびきりイケてるメダルに見合うものにすんよ。それがあんたの言うセクシーな俺なら、やぶさかじゃあないからさ。
俺はゼノにのしかかり、本格的にキスを仕掛ける。彼の唇も粘膜も甘く、俺は夢中になって口付けを堪能した。ゼノは満足げに俺の首に腕を回し、さっきみたいな甘い声を漏らして俺を楽しませた。俺達は充分恋人同士として楽しんでいた。まさかパーティーがあんなことになるとは思ってもいずに。
マリーン・コー・バースデー・ボールのその日、俺はドレスブルーに身を包んで壇上に据えられたマイクの前にいた。そして一度だけ咳払いをして、早速スピーチを始める。会場には多くの人がおり、彼らは壇上に上がった俺をじっと見つめた。
「グッド・イブニング、海兵隊の皆さん、敬愛するゲストの皆様、そして我々の使命を支える大切な家族と支援者の皆様」
こちらを見つめる聴衆の中には、もちろんゼノもいた。彼は正装であるタキシードに身を包み、銀髪をいつもよりきつく後ろに撫で付け、そして真っ黒な瞳でこちらを見ている。俺はあれから何度か手を入れた原稿を頭に思い浮かべて、スピーチを続ける。
「今夜、我々はアメリカ海兵隊の記念日を祝います。一七七五年のタン・バーンから始まり、戦場での犠牲と勇気を通じて築かれたこの遺産は、私達全員の心に刻まれています」
いつもの流れ、いつものスピーチ。でも、俺の実績をアピールすることも忘れない。ゼノが言ったように、部下たちのアピールも忘れない。
「私は特殊部隊の隊長として、射撃の精度と同じくらいチームの結束を重視して来ました。私の部下には、勇敢な女性隊員を含む最高の戦士達がいます。彼らは過酷な任務でも決して揺らぐことなく、互いを守り、使命を果たします。この信頼と絆こそが海兵隊の真髄です」
軽い拍手、さざめく笑い声。
「今夜、私の最愛のパートナーもここにいます。その存在は私の強さであり、どんな嵐も共に乗り越えてくれる仲間でもあります。そして皆さんの家族や支援者もまた、私達を支える力です」
俺はゼノに向かって微笑みかける。ゼノも笑っている。満足そうに、俺を見つめている。
あんたはこれで満足した? 必死こいて愛国者の特殊部隊の隊長を演じてる俺に満足した? 俺はそんなことを思ってスピーチを続ける。最愛のパートナーが見ているところで、俺は自らの名誉を誇る。
でも、実際のところ俺は褒められた隊長じゃあなかった。皆が褒めるように射撃の腕はいいさ、でも任務を全うしても、それでもここでは喋られない、墓場まで持って行かなきゃならない話もある。そんなのは、隊長をやってれば誰でも経験することだけれども。
俺は剣に手を添え、スピーチを続ける。皆がこちらを見ている。スマートフォンで撮影している者もいる。勿論、テーブルの上の軽食をつまんで気がそぞろになっている者もいたが、それでも多くの人々が俺を見ていた。
「最後に、二百数十年前の海兵隊員から今日の我々まで、変わらぬ信念があります。それは常に忠実であること。今夜、この言葉を胸に共にこの国の未来を築きましょう!Semper Fi!」
腰に刺した剣を掲げると、会場に拍手が鳴り響いた。俺はそんな中笑顔で壇を降り、政治家や支援者の輪の中に入る。くだらない愛想笑い、くだらない会話。俺の仕事はスピーチみたいな綺麗事では済まされない。けれど俺はそれでも、立派な特殊部隊隊長を演じなくちゃならなかった。部下のために、海兵隊員のために、そして多分ゼノのために。自分が何をしたって守ると決めた、そんな存在のために。自分が時には悪になったって、守ると決めた国や人々のために。
パーティーは順調に進んだ。最年長と最年少の海兵隊員が剣でケーキを切ったり、国旗が掲げられた会場でマーリン・バンドによる音楽を聴きながら、俺は様々な支援者と踊った。女があまりにもこちらを見てくるので、ゼノに嫉妬されるかもと思ったが、実際のところはそうじゃなかった。彼は彼で研究のスポンサーを見つけたいのか、数えきれないくらいの人々と挨拶を交わしていた。それどころかそのすらりとした立ち姿に見惚れた女達がダンスを申し込み、NASAの天才科学者はそれを受け入れるって始末だった。
正直なところ、俺はそれに妬いてしまっていた。彼が嫉妬するって思ったのに、反対に。だって今日、俺はまだ一度も彼と踊っていないのだ。俺はどんな支援者と踊っても彼だけ見ているっていうのに、まだタキシードが似合う恋人に触れてもいない。まぁ、ゼノはああ見えて一途で俺に夢中なんだ、浮気なんかしないって分かってはいる。でもそれでも、腹はもやもやした。嫉妬してた。今すぐにでも彼と踊りたいのに、それは叶わない。
「今夜いらっしゃってるミスター・スナイダーのパートナーにもご挨拶したいわ」
俺がそんなふうに自分の窮屈な心と向き合っていた時、一緒に踊っていた支援者の娘が、長い金髪を編み込んで背中に流したイブニングドレスの娘が言った。俺はそれに、バンドの音楽を背景にしてどうするかなって考える。素直にゼノを紹介する? でも、ここで俺達の関係をばらすのは良くない。スピーチではああ言ったが、自分がゲイだってことはお互い公にはしていなかったから。
シャンデリアの光がテーブルクロスに反射し、ワイングラスがきらめく中、海兵隊員の笑い声とマーリン・バンドの音色が響き合う。俺はそんな中、在り来りな言い訳を口にする。
「私も紹介したいのですが、何分パートナーは誰よりもシャイなもので」
「あら、秘密になさるの? じゃあその代わりに一つあなたが経験した秘密を教えてくださらない?」
秘密ね。海兵隊のもの? それともパートナーがセクシーだとかそういう類のものか? それとももっとロマンチックなやつか? 例えば、あの砕石場での運命的な出会いだとか?
出会った瞬間に雷に打たれたように分かった、あの感情を口にするのは少々厄介な作業だ。けれど支援者の娘を蔑ろにするのもまずい。
「自分を塗り替えてゆくものに出会った時の雷は、今ボーイが配ってるカクテルより甘い」
「
……ミスター・スナイダーは情熱的なのね。ますますあなたのパートナーにお会いしたくなったわ。それじゃあまた」
娘が笑って俺から離れてゆく。彼女が満足したかどうかは知らないが、あの微笑みならば支援者に俺を悪く言うことはないだろう。
「何を話していたんだい?」
ホールを歩くボーイからカクテルを受け取っていた時、後ろから懐かしい気配が近づいて来た。ゼノだ。彼はもう支援者を募るのに飽きてしまったのか、それとも失敗したのか、退屈そうにこちらにやって来た。
「勿論あんたのことだよ。俺は一途なもんでね」
「へぇ、君の最愛のパートナーのことをあんな綺麗なお嬢さんに?
……僕にも一杯」
ゼノはボーイに声をかけ、水色の液体が湛えられたカクテルグラスを手にしてこちらを見た。真っ黒な目は笑っていて、そして静かに熱を帯びていた。彼とはつい最近会ったばかりだっていうのに、この再会は運命的なように思えた。まるで初めて会った時のような、そんな感慨があった。
「あんたこそ、俺以外にいい男はいた?
……でも俺からは離れられねぇよ。逃げようとしても無駄だぜ、せんせ」
俺は腰をかがめ、ゼノの耳元に囁く。すると、彼はもう酔っ払ってしまったみたいに大きく笑い、俺にこう言った。
「パーティーを抜け出すのは、これまでだっていつも君とだったじゃないか。君以外の相手なんて探しちゃいないよ」
もう退屈になってきた? 僕と一緒に抜け出したい? そうゼノは笑う。俺はそれに自分がゲスト・オブ・オナーじゃなかったら、すぐにでも今ここを辞してあんたを抱いてたのにって思う。この基地に与えられた臨時の部屋に、あんたを誘い込んでたのにって思う。
「早くあんたと寝たいね。パーティーの後は空いてる? ダーリン」
俺は密やかに彼に囁く。するとゼノは、いたずらっぽく俺に笑いかけた。その笑顔は、子供の頃と同じ好奇心に満ちあふれている。彼は何かを見つけて、それを楽しんでいる。
「おぉ、駄目だよスタン。君はしばらくは有名人だから自粛しないと。ニュースサイトにでも取り上げられたら大ごとだ」
有名人? ニュースサイト? どういうことだ? あんたは何を言ってる?
俺は疑問符を浮かべて、黙ったままゼノを見つめる。すると彼はやっぱり楽しそうに、俺にとっておきの秘密を打ち明けるみたいにしてこう言った。
「
……ほら、これだよ。ネットに君の動画が上がってる。再生数は鰻登り、SNSで拡散もされてる。付いてるコメントは最高に熱狂的だ。やれ顔がいいだとか、この彼とキスしたいだとか
……結構過激だね」
タキシードのジャケットからスマートフォンを取り出し、さっきの俺のスピーチがユーチューブに上がってるのを見せて、ゼノは楽しそうに笑った。何と言うか、面倒なことになったものだ。でもあれは真面目なスピーチなんだ、コメントがどうであれ拡散されて隊員の士気が高揚するんならそれでいい。海兵隊の宣伝になるんなら、まぁそれもいいだろう。それに俺の本当を知っていて、どんな時も見つめているのはこの男だけなんだからそれでいいんじゃないか?
「生憎、俺は一生あんた以外とキスするつもりはないけどね」
そう囁き、俺は彼の耳元から唇を離す。そして俺達は示し合わせたように笑い合って、国旗がたなびくホールでくだらない会話をする。誰が聞いてもいいような、そんな会話をする。音楽はずっと続き、終わる様子はない。
このパーティーが終わったら、いつものようにあんたの部屋に行こう。このパーティーが終わったら、拡散された動画の中でも紹介してた、俺の最愛のパートナーをひっそりと愛そう。あんたが泣き言を言うまで、俺はあんたを愛そう。いつものようにありきたりでも、かけがえのない時間を過ごそう。骨の髄まで、あんたに捧げちまおう。
俺はゼノ、あんたに秘密がある。パーティーにやってきた連中にも秘密がある。スピーチをする俺は嘘っぱちだった。そんで俺はいい隊長じゃない。誰にも言えないが、俺は先の任務でヘマをやってしまったから。どうにか全うしたものの、それで多くの人が傷付き、彼らの人生すら変わったから。でもそれでも、このパーティーが終わったらただの男としてあんたを愛したい、愛されたい、あんただけを見ていたいし、あんただけに見られていたい。きっとそれが、俺がこの国に身を捧げている理由の一つなのだから。
今もマーリン・バンドの音楽に合わせて、多くの人が踊っている。俺達はそんな人々を眺めながら、言葉も使わないで正装に身を包んだ人々の笑い声を聞いて、視線を交わす。熱っぽくって、でもいたずらっぽい、そんな視線を交わす。まるで幼い頃一緒に星空を眺めた時のように、浮ついた視線を交わす。まるでお互いがたった一人みたいに、誰にも言わないで、世界に縛られている自分たちのために、なのにこの世界が存在しているみたいに。
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