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てま
2025-08-23 23:33:07
3297文字
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Lovely heyday, Hug me, Baby.【こんど出したい本】
※冒頭部分ほんのちょこっとのみ※
ドダではじめて解釈に重心を置こうとしています どうにか無事に完成するといいんだけど……
「だから、付き合ってみてくれないか」
一、
観音坂独歩がそんな突飛なことを言い出したのは昼間の暑気も引ききらない七月半ばの熱帯夜、雑草が伸び伸び茂ったちいさな公園の、ペンキの剥げかけたベンチの上でのことだった。
コンビニで買った缶チューハイとつまみ、おにぎりに惣菜──そんな即席の夜呑みの会場に、参加者は酔いどれサラリーマンの独歩と、きょうも普段どおりにギャンブルで大負けして腹を空かせていた有栖川帝統の二名だけだった。ふたりは小一時間ほど前からこの場所で呑んでいて、ついさっき近場のコンビニで帝統が食料を買い足してきたばかりだった。もちろん、独歩の財布でだ。独歩はチューハイ片手に帝統の帰りを待っていて、戻ってきた帝統がさっそく惣菜のパックを開けるのを見ながら、先ほどの科白を帝統へと投げ掛けたのだった。
「お、
……
は?」
おそらくは『お前、何を言ってんだ』とでも言いたかったに違いない。けれど、続くはずだったことばのすべてを、けっきょく帝統は『は?』の一文字に詰め込んだ。
独歩がこぼす職場の愚痴を終始適当に受け流しながら、帝統は追加で買ってきた玉子とブロッコリーの鶏ささみサラダのひと口めを今まさに頬張ったところで、しかし口に入ったそれをろくに味わう余裕もないままにチューハイで流し込んだ。
「
……
ナニ言ってんだ?」
あるいは聞き間違いかも知れない──そんな一縷の望みとともに帝統が独歩を怪訝に見遣ると、独歩は至極真面目な顔で缶チューハイを片手にもういちど、さきほどの科白を繰り返した。
「だから
……
俺と付き合ってみてくれないか」
「
……
さてはてめー、酔っ払ってんな?」
「ほろ酔いではあるけど、正気で言ってる」
「酔っ払いの正気ほどアテになんねーモンはねーんだよ」
「
……
本気で言ってるよ。割といま、冷静に」
ここまで会話をつないでようやく、独歩は手に持っていたチューハイの缶をベンチの端へちょこんと置いた。改めてすぐ隣の帝統をじっと見て、しばしことばを選ぶふうに目を閉じた。
「うまく言えるか分からないんだけど──」
「ジョーダンを今うまく言う必要ねーんじゃね?」
「冗談じゃないからちゃんと説明しようとしてるんだろ」
「あ、そ」
すでにチューハイ二本を空にしている独歩の隣で帝統は惣菜つまみ惣菜おにぎりつまみつまみ惣菜、と食べっぱなしだったから、独歩の空けた缶をちらりと横目で見てから独歩へと向き直った。
「そんじゃとりあえず聞いてやるよ、何だって?」
握りっぱなしだった箸を一旦は置いて、帝統は独歩の話を聞く体勢をととのえた。悪い冗談であるのなら食べながら聞き流してやることもできたろうけれど、どうも相手の方はそういう雰囲気ではなさそうだったからだ。
帝統が話をきちんと聞いてくれそうなのを把握して、独歩はいちど息を大きく吐き出した。わびしい街灯に照らされた顔がほんのり赤いのは酒のせいだろうか。それともこれから話そうとしていることの内容に、もしかしたら緊張しているせいなのかもしれなかった。膝のうえで両の拳をぎゅっと握って、独歩はもういちど──三度目となることばを口にした。
「付き合ってみてほしいんだ、俺と」
独歩と帝統はディビジョンラップバトルで何度も対戦をしている因縁の相手だった。
今でこそこんなふうに、夜の公園で愚痴を肴に安酒を呑み合えるような仲であるものの、第一印象はお互いに最悪だった。
独歩の方は帝統の物言いを苦手に感じたし、帝統の方は独歩の挙動に苛々した。可能であるのならあいつとは顔を合わせたくない、互いにそんなふうに思っていたはずのふたりはひょんなことから時々は公園で酒を飲むようになって、そろそろこんな飲み会も十回は数えるだろうかという今日この夜、あろうことか独歩は帝統に交際を持ちかけたのだった。
とは言え、これまでふたりのあいだに特に色事めいた行為──たとえば出来心でホテルへなだれ込むとか──のようなことさえ皆無だった。ふたりの仲は険悪になることはあったけれど至って健全だった。単純にギャンブルで負けて素寒貧になった帝統へコンビニの惣菜を奢るかわり、独歩は積もり積もった仕事の愚痴を聞いてもらうという、例えるのなら羽根のように薄くて軽い交友関係であるに過ぎないはずだった。
それなのに唐突に「付き合ってみてくれ」などと言われてしまって、そんなのは当然寝耳に水な帝統にとって、本気で受け取ることのほうがいっそ無理筋に近かった。
「あのよ、」困惑を隠せないまま帝統が口を開く。ひとまず大切なことを確認するべく、こう聞いた。「付き合うっつーのはフツー、好き合ってるヤツがすんじゃねえか?」
帝統はこれまで所謂男女交際のようなものをしたことがなかった。これは帝統がモテたとかモテなかったとかそういう次元の話ではなくて、単純に帝統自身が他人と「付き合う」ことに興味を見出せなかっただけのことだ。
幼少から複雑な家庭環境に身を置いて、そんな帝統の身の回りを常に取り囲んでいたのは他者の顔色を窺ってばかりの有象無象だった。周りの人間から見た自分は『東方天豺狼の孫』であり『有栖川の坊ちゃん』であって、帝統を帝統として扱う人間はとても少なかったから、帝統自身も周囲の人間をいっそ背景か何かのように感じることが多かった。
学生時代の同級生との交友関係なんてものはもうとっくの昔に切れている。当時、自分に言い寄ってきた人間が居なかったわけではなかったものの、彼ら彼女らのほとんどは家格に絡む交流を求めてきただけだった。だから帝統には何の面白みもなかったし、いちいちそんな相手の顔も名前も覚えようとも思わなかった。
そんな帝統だったから、薮から棒に「付き合って
みて
﹅﹅
くれ」と──ちょっと気軽なお試しみたいな言い方で──言われて、何よりまずはその真意を確かめるのが肝心だと思ったのだった。だって、どう考えてみたところで帝統と独歩は『好き合っている同士』ではないはずなのだ。少なくとも、帝統自身は独歩に対して特異な感情を持ち合わせてはいないし、おそらく独歩だってそのはずだ。
帝統にはこれまでの人生のうちに色恋の記憶がないから正直なところは分からないにせよ、自分を見る独歩の視線に
異状
﹅﹅
を感じたことなど、疑いようもなく一度だって無いと言い切れた。
「俺とお前は別にいま好き合ってるとかじゃねーよな? なのにお前それマジで言ってんのか?」
「マジで言ってる」
いっぽう目の前の独歩はしっかりと頷いて、改めて帝統の目を見た。
「お互いに恋愛感情がないと付き合っちゃ駄目って訳じゃないだろう、多分。いや、ちょっと何か違うな
……
」
言いながら自分のことばに納得しないのか、独歩が首をかしげた。
「誤解のないように最初に言っとくけど、お前に対してミリも恋愛感情が無いって訳じゃないんだ。ただ、これがそうなのか確信できないってだけで」
「
…………
はあ?」
「恋愛感情っていうか、特別な感情っていうか。
……
何ていうんだろう、こういうの」
不可解な顔をした帝統の目の前で、独歩は眉を寄せながらことばを選ぼうとしているようだった。
「俺はお前のこと、基本的に生意気なクソジャリだと思ってるし反りが合わないなとも思ってるんだが、その
……
それだけって訳じゃない。こうして酒を飲んでる時は純粋に楽しいし、バトルでやり合ってるときは柄になく高揚するし。だからたまに──」
分からなくなるんだ、とことばを結んで独歩が帝統に苦笑した。
「不意に心臓を掴まれるみたいな、そんな気持ちになることがあるんだ」
「
……
へえ?」
すこしばかり興味を引かれて帝統が眉を上げた。チューハイ二本目までは確かに会社へ対する愚痴を無限にあふれさせていたはずの男が、今は同じ口で自分を口説こうとしている。視線で続きを促すと、独歩はもういちど考えるように首を傾け、それから今度はどこか遠くを見るように視線を空へと向けた。
(つづく)
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