てま
2025-08-23 23:25:14
3063文字
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「こどもの日」

5/5作成・自主的ワンライ



 ゴールデンウィークなんて単語は俺の辞書から抹消されて久しい。
 二十九歳社畜、特技は連勤術。きょうだって国民の皆さんは休日を満喫してるってのに俺は普通に出勤だ。いや、別に俺だけって訳じゃないか。昼飯を買うために入るコンビニにも、休日返上で納品に向かう先の病院にも、どこにだって働いている人はいる。お疲れ様です。頑張りましょう、お互いに。いや、本来ならきょうの俺は休みのはずではあるんだが、まあいつもの事だし仕方ないか。
 休日出勤で虚無を抱えてるとはいえ、せっかくいい天気だからと昼飯はコンビニで買って近場の公園へとやってきた。楽しそうに遊んでいる家族連れや笑いながら歩いていくカップルを見ながら食うサンドイッチは、それでも事務所で書き込むカップ麺よりずっとうまい。木漏れ日が優しい。風が心地良い。ぶえっくし! いや、花粉症ではない。断じて。
 缶コーヒーを片手に、たまごと野菜のサンドイッチをのんびり味わっていると、不意に後ろから聞き慣れた声がした。
「おいリーマン! こんな時間にこんなトコで何してんだよ!」
「あ……
 以前、一郎さん発案の音楽フェスでよくわからないままデュエットすることになった――そしてつい先日、ファイナルバトルで対戦した因縁の相手――
「有栖川さん」
「よっ」
 人好きのする笑みを浮かべて有栖川さんが、ごく自然に俺のベンチのすぐ隣に腰を下ろす。どかっと豪快に座って、流れるように俺の手元を見た。
「もしかして飯、もう終わった?」
「え、ああ、今ちょうど」
 食べ終わったサンドイッチの、空っぽのフィルムをビニル袋に入れて、かわりに袋の中から柏餅の包みを取り出した。
「デザートなんだ、今から」
 途端、食い入るようにビニルを覗き込んで有栖川さんが大声をあげた。
「おい! 俺の分はねえのかよ!」
「え、ないけど」
 あるわけない。むしろ、偶然会った他人の分を前もって買ってたら怖い。答えながら、柏餅のフィルムを剥くとあからさまに有栖川さんの顔がこっちに寄ってきた。おい、近い近い。
「コンビニに行ったらカウンターに置いてあって、つい買っちゃったんだ。きょう、こどもの日だもんな」
「あ?」
 俺の手のなかの柏餅をじっと見て、有栖川さんが首を捻った。
「こどもの日、ってのはソレ食うのか?」
「え、そうだけど……
 冗談っぽくなく、有栖川さんが俺の手元を――柏餅を凝視したまま動かないのを見て、家庭の事情みたいなのを想像した。よく分からないけど、有栖川さんはどうやら総理の息子らしいって噂を聞いたからだ。先日のバトル終了後にも、ふたりで何かを喋っていたようだし、おそらく事実なんだろう。俺は総理の家のこととか詳しくないけど、父方が代々政界に居たりとか、母方は世が世なら貴族華族みたいな家柄だってことはちらっと耳に挟んだ覚えがある。総理がクーデターで政権を執った頃、そんな話を聞いた。
 上流家庭の食卓事情なんか分からないし、今隣にいる有栖川さん――なんでも食べるクソジャリ――を見ていても何も想像できないんだが、もしかしたらこどもの日を祝うような風習はなかったのかも知れない。いや、寧ろお祝いはしたのかもな。五月人形とか鯉幟なんかは立派なの用意されてそうだ。そこに柏餅こそなかったのかも知れないけど。
 柏餅を食べようとして、けど、じっと見られたままでさすがにいたたまれなくなってきて、俺はいったん柏餅をフィルムにしまい直した。
「食べてみる?」
「え、くれんのか!?」
「違うよ、これはさすがに開けちゃったし俺が食べる」
「何だよ! 期待させんなよ!」
「そうじゃなくて」
 コンビニに買いに行こうかと提案すると有栖川さんは、ぱっと顔を輝かせた。「そう来なくっちゃな!」


 買い足した柏餅をふたつ、有栖川さんに持たせてベンチに戻ってきた。俺はさっき包み直したフィルムを今度こそ開いて、飲みかけのコーヒーをポケットから出した(蓋を閉められるタイプを買って良かった)。

「さて、……久しぶりだな」
 柏の葉をぺろっと、すこしだけ剥がして餅部分にかぶりついた。中身は粒あんだ! コンビニで買えるような手軽な柏餅だけど、味はもちろんおいしい。餅もやわらかいし、午前中の仕事で疲れた頭にあんこの甘みが沁みる。ブラックのコーヒーを啜りながら、ふと隣を見ると――
「え、なんで」
「むま?」
「いや、口に入れたまま喋らなくていいから」
「もむえっ、あまま」
「何言ってるかぜんぜん分かんないから。ていうか、なんで葉っぱまで食べてるんだ……
 やっぱりこいつ、クソジャリだ。総理の息子だって思ったらなんか、こいつもやっぱり成人してるんだし一応は『さん』付けしておいたほうがいいかなとか余計なこと考えたけど、普通は葉っぱは残すだろ、葉っぱは。
「剥いて食べろよ、葉っぱ」
「はむん?」
……飲み込んでから喋って」
 クソジャリは、しばらくのあいだ口をもごもごさせていたけど、ようやく飲み込んで笑顔を浮かべた。
「なんかメチャクチャ皮硬え饅頭だな!」
「それ、皮じゃないし。饅頭なのかな、餅と饅頭って一緒なのか……
「歯ごたえあってうまかったぜ! もー一個も今食っちまおっかな」
 言いながら、さっそくフィルムを剥いているその手をとっさに握って止めた。待て。
「柏餅の葉っぱは食べずに残せ。それは可食部じゃない」
「え? 何でだよ。うまかったぜ? なんつーか、こう……独特の匂いみたいなのがしてよ」有栖川さんはものすごく素直な顔で言って、それからこう続けた。「つーか、桜餅は葉っぱも食うだろ? コレもそうじゃねえの?」
 桜餅の葉っぱは確かに俺も剥かない。剥くのが難しいし、あの程度なら食べられるし、風味があっておいしいと思うからだ。
「いやいやいやいや、モノが違うだろ!?」
「葉っぱは葉っぱじゃねーか。つーか、俺いっつも野草食ってるしな! うめえ草よりは食いにくかったが、悪くねー味だったぜ」
「うめえくさ」
「なんだよ、うめえ草はうめえ草だよ。まずくねえ草」
「まずくねえ、くさ」
「草にもうめえのとまずいのがあんだよ。まずいの食うと腹壊すしな!」
……あ、そう」
 どうにもいけすかないクソジャリだと思ってたけど、案外それだけのガキじゃないのかも知れないな、と何となく思う。総理の息子で、家がなくて、でも総理――お母さんとは、不仲でもなさそうで。きっと何か深い事情があるんだろうけど、悩みなんかなさそうで。
 不意に、腑に落ちた音がした。デッドオアアライブなんて大仰だなって、最初はそう思ったけど。案外、こいつにとっては大げさでもなんでもないのかも知れない。
……とりあえず今度はその葉っぱ、ちゃんと剥いてから食べろよ。ちゃんとしたおいしさを味わわないと、メーカーさんに申し訳ないだろ」
……わーったよ。そんじゃ、饅頭と葉っぱ別々に食えば文句ねーだろ」
「葉っぱは捨てろよ」
「んなことしねーよ。食えるモンは全部食う!!」
 言うが早いか、剥いた葉っぱをそのまま小さく丸めると口に放り込んで、クソジャリが子供じみた楽しげな表情を俺に向ける。
……こどもだな」
 まるで悪戯を誇らしげに見せてくる馬鹿餓鬼だ。まあ、そんな日だってあるだろう。だってきょうは、こどもの日だから。
 生意気な子供の笑顔があんまり眩しかったから、午後からの仕事も頑張ろう、そう思えた。



おわり