てま
2025-08-23 23:09:25
1697文字
Public
 

「生意気」「雨上がり」

6/28お題(参戦未遂分)

 にわかに掻き曇った空から痛いほどの大粒の雨がおちてきて、それがアスファルトに小川を作るまでほんの一瞬のことだった。
 昼下がりの東都、いつものように外回りをしていた独歩は唐突な豪雨を避けるためコンビニへと駆け込む。折畳み傘を持ってはいるものの、そんなものが役に立つとは思えないほどの見事な﹅﹅﹅雨足だった。冷房の効いた店内でちいさく息を吐き、ガラス越しに外の様子を窺うと表通りは雨のしぶきで白く煙っていた。
「はあ、散々だな」
 仕事の釣果も、今のこの天気の荒れ具合も。自然と背中を丸めて独歩はもういちどため息を吐く。腕時計を確認すると時刻は十五時過ぎだった。定時まではあと二時間ほどであっても、実際の自分の終業まではまだまだ遠い。むしろここからあと八時間ほどあるのだと思えば、今がようやく始業時間のようなものだった。再三のため息を重ねてから、気を取り直したように独歩は腕時計から店内へと視線を戻した。
(打ち合わせの時間まではまだ余裕もあるし、なんかもう、おやつでも買っちゃおうかな……
 普段は外回り中にせいぜい飲み物の調達をする程度の独歩は、しかしきょうは商品の陳列棚をうろうろ見回りながらそんなことを考えた。今は就業時間中だとか、そんなことがちらと脳裏を過ったものの独歩はけっきょく開き直ることにした。
「たまには許されるよな、雨宿り中におやつを買うくらい」
 腹が減っては戦になど赴けない。チョコレートやビスケットをあれこれ眺めながら、けっきょく独歩が手にしたのはカロリーも栄養もバランスよく取れる、ブロックタイプの機能食品だった。
「これならおやつっぽさもあるし食事替わりにもなるし、高効率だよな」
 自分の選択に納得したあと棚から冷たい缶コーヒーも手にとって、独歩はレジへ向かうついでに今いちど外の景色を窺ってみた。
 先ほどの土砂降りは落ち着いていて、今は空もずいぶん明るくなっていた。まさに怒濤の通り雨、この調子ならもうすぐ止みそうだなと思いながら会計を済ます。次に向かう営業先へのルートを思い浮かべながら折畳み傘を差し、歩き始めたところで胸ポケットの携帯電話が短く鳴動した。
(メールか……
 いつどんな急ぎの用件が入るとも限らない営業職、差出人と件名だけは確認しておかなければ。ポケットから引き抜いた携帯電話を開いて画面を見ると、ちょうど次に向かう予定のクライアントについて事務所の内勤担当から、急患で都合が悪くなったから打ち合わせは後日に回したいという内容の連絡だった。
……はあ」
 雨のなか、立ち止まってメールに返信する。了解しました、日程はこちらから直接先方へ連絡します。今からの営業先をC病院へ変更しますので予定表の書き換えをお願いします。
 急な予定変更には慣れているし文句もないけれど、独歩は背中を丸めてため息を吐いた。雨足はずいぶん弱まったとはいえ雨はまだ止んでくれない。それでも空を見ると雨雲はところどころ破れていて、隙間からわずかに陽が差し込むのが見えた。
「虹でも出てくれれば気分も少しは晴れる、……のかな」
 そんな独り言を、まるで聞き届けたかのようなタイミングで携帯電話がふたたび鳴動した。仕舞ったばかりの電話を開き、件名のない新着メールを確認すると添付された画像ファイルが3枚。それから、まるで能天気な文面の短い用件。
 ──雨そっち行ったか? リオーさんの飯うめえ
 瞬間的な豪雨で濁流と化したらしい川の様子、よく分からないものが煮えているらしい鍋とその隣で満面の笑みを浮かべている男。そして──
……虹だ」
 森のひらけた場所から撮影したらしい写真には青い空と黒い雲、それからおおきな虹がきれいに写っていた。
 雨はまだ折畳み傘のやわい布地をしとしと叩き続けている。それでも、独歩は頬を緩めて携帯電話を胸ポケットへ仕舞った。タダ飯にご満悦な表情を浮かべた小生意気な恋人の顔と、その恋人が自分を思いながら写したのだろう虹の写真を交互に思い出しながら歩く独歩の爪先が、アスファルトの水たまりを軽やかに蹴散らした。




おわり