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来羅
2025-08-23 23:07:09
2560文字
Public
トワウォ
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膝枕(風信)
ワンドロライ第6回。
「哥哥! 祖哥哥! 膝枕したことある!?」
学校から帰るなり理髪店に一目散に飛び込んできた信一は、息を弾ませながら目をキラキラとさせていた。
思わず手元が狂いそうになり、慌てて毛先へと移動させた鋏をじょきりと動かして、龍捲風は内心ほっと胸を撫で下ろす。
店には常連客が三人。理容師は龍捲風ひとりだ。
危うく禿げを作りそうになった客が鏡越しにからからと笑った。
「なんだ、信仔、とうとう色気づいたのか?」
振り向こうとする頭を無理矢理手で戻して、襟足に櫛を通す。
ほかの客らも皆、ここでは家族のようなものだ。
けれども彼らの野次の一切を無視して奥の椅子に鞄を放った信一は、空いている隣のバーバーチェアによじ登ると、こてんと首を傾げて龍捲風を見上げた。
「ある?」
育て方を間違ったか、とは思うものの、くるりとした大きな目に期待を滲ませて頬を紅潮させた幼子は、有体に言って可愛かった。
「その前に、言うことは?」
それでも一応、親らしいこともしなければと口にした龍捲風に、はっとした信一がバーバーチェアから降りる。
「祖哥哥、ただいま!」
そして店内をくるりと見まわし、頭を下げた。
「いらっしゃいませ!」
吹き出したのは長老格の老人だった。つられてほかの客らも笑いながら、信仔は良い子に育ったと褒めるものだから、調子に乗った幼子はゆらゆらと体を揺らしながら龍捲風の腰に抱きつく。ねぇ、ねぇ、と問うその姿に溜め息を漏らせば「信仔の前では、龍さんも形無しだな」とさらに笑われた。それがなんだかくすぐったくて、嫌じゃないのが不思議だ。
「なんでまたそんなことを言い出したんだ?」
信一を腰にまとわりつかせたまま、櫛を通して切った細かい毛を取り除いた龍捲風に、よくぞ聞いてくれたとばかりに信一が飛び跳ねた。
「膝枕は男のロマンだって!」
またもや老人が笑い出し、それが店内に広がる。
そして頬をひくりとさせただけだった龍捲風に構わず、勝手にそうだそうだと囃し立てるものだから、いただけない。
「信仔もそういう年頃になったか」
「そういう??」
「膝枕はいいぞ、信仔」
「叔叔も知ってるの!?」
「確かに男のロマンだな!」
「やっぱり!?」
客らの言葉に、いちいち反応しながらも龍捲風を窺う信一は小さく「哥哥、ある?」ともう一度首を傾げた。
あるかないかで言えば、ないこともなかった。龍捲風とて過去いろいろあったのだ。信一にはあまり知られたくはない。それに見上げる瞳は期待に満ちている。口籠った龍捲風に残された答えはひとつしかなかった。
「
…………
ない、な」
途端に大人三人から忍び笑いが返されるのを、視線だけで黙らせる。
けれどもそれに気づかない信一は、ぱぁっと満面の笑みを浮かべると、店内のソファへと飛び乗り、膝を揃えて行儀よく座り直したかと思うと、太腿を叩いて龍捲風を仰ぎ見た。
「おれがしてあげる!!」
いや、そっちか、と突っ込みそうになって咳払いする。
手を叩いて笑う客らはそりゃいいと無責任だ。
「信一、まだ仕事中だ」
「いやいや、してもらいなよ、龍さん」
「叔叔
……
」
「せっかくの信仔の膝枕だ」
「楽しんでるだけだろう」
「ほら、信仔が待ってる」
なんの茶番だと振り返れば、龍捲風が来ると疑いもしない瞳がキラキラとしている。
なんの茶番なんだと溜息をつく龍捲風の背を客が叩いた。
こうなってしまうと龍捲風には拒否権はない。この城砦を統べる龍頭であろうとも、養い子と老人たちにとってはただの腕白小僧の親だ。
もう一度だけ深々と溜息をついてソファに座る。隣ではまたぽんぽんと腿を叩く信一が早く早くとわくわくしていた。その顔を見てしまえば、やはり嫌だとは言えないのだからしかたがない。諦めて、信一の腿を枕に横になり、いつもとは違う角度から見上げれば、けれども信一は目をパチリと瞬いた。
「
……
これだけ?」
拍子抜けした顔に、今度こそ龍捲風もまた吹き出した。
「哥哥、これ楽しいの?」
「そうだな」
「そっかぁ」
「信一がしてくれたことが嬉しいな」
「ロマン?」
「ああ、ロマンだ」
「そっかぁ!」
でも重いね、と尖らせた唇に、まだまだ早かったかと笑い、早くて良かったとほっとする。
そんなことも、まぁ、あったのだ。
ヘッドボードにもたれるように背を預け、龍捲風は煙草を呑む。全裸のまま、申し訳程度に下腹にかけたタオルケットの上から、その太腿を枕にしてゴロゴロとしているのは、同じく一糸まとわぬ姿の信一だ。
手持ち無沙汰にウェーブを描いた髪をくるくると指に巻き付けて離す。髪の生え際を指先でくすぐり、確かにロマンだったなと思い返せば、自然と唇がゆるく弧を描いた。
「なぁに、思い出し笑いって、なんか、すけべ!」
ごろん、と寝返りを打つ体がこちらを向く。白い肌には、龍捲風がつけた鬱血が点々と散り、腰骨のあたりにも手の跡が赤くついていた。それらを惜しげもなく晒して、密やかに笑う。
「膝枕は男のロマンだそうだ」
「誰の説?」
「お前だ」
「俺?」
びっくりしたように目を丸くする瞳は、確かに面影がある。まだまだ早かったはずが、こんなことになるとは、あの頃は露ほども思わなかった。
「で、どうだ?」
「なにが?」
「膝枕されて、ロマンは感じられたか?」
茶化して笑えば、あのとき重いと言った信一は、けれども暫し思案して目を閉じたのち、にたりと笑った。
「悪くないかも。でも俺としては」
こっちのが好き。
タオルケットを取り払い、色を宿した瞳を細めたかつての幼子は、露わになった龍捲風の下腹に鼻先を埋める。
「信一」
なぁに、と上目遣いで見上げる瞳は、あの頃と変わらず龍捲風が否と言うことはないのだと確信しているそれだ。
「
……
育て方を間違ったな」
「えー、そんなことないだろ」
「あんなに素直で良い子だったのに、こんなに悪い大人になってしまった」
「大佬好みの?」
「ああ、俺好みの」
「じゃ、最高!」
伸ばされた手が首の後ろに回って引き寄せられる。抱き寄せて、その唇を再び塞ぎながら、これもまたロマンだなと龍捲風は笑った。
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