spmm8ck9
2025-08-23 22:01:42
1488文字
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オロイフワンライ「蜜酒」


 ドン、とテーブルに置かれた大瓶には名前がない。手作りのラベルが張ってあるけれど、そこに描かれているのは3匹のミツムシだけだ。イファは「おぉっ」と短く歓声を上げ、濃い色ガラスの瓶を手に取ってみる。
「こいつがそうか」
「あぁ。僕の作った特製の蜜酒だ」
 対面席に腰かけた生産者は、露わにした三角の両耳をピンと反り返らせて答えた。
 のびのびリゾートでミツムシのスタッフを監修していたオロルンさんは、「謎煙の主」に帰って来てからも蜜酒造りに嵌っている。「うちのミツムシたちの力を借りて、特製の蜜酒を仕込んでいるんだ」と聞かされた時に、イファは是非ともご相伴に預からせてくれと頼み込んだものだ。
 時は夜も更け月も高い。仕事を終えて夕飯を済ませ、カクークこどもはとっくにベッドの中。まったり酒を舐めるにはいい頃合いだろう。
 オロルンは耳だけでなく、胸も反らせて嬉しそうな表情を隠しもしない。出来に相当の自信があるのだろう。
 久し振りの飲みの機会に、イファも──ほんとうに、ほんとうに少しだけだが──朝からワクワクしていたのだ。
「早速開けてもいいか、きょうだい」
「うん。瓶を貸してくれ、イファ」
 何だったら自分で栓を引き抜きたいくらいだったが、堪えて家主に瓶を返す。今の自分はお客さんだ。キュポンと弾けた音にソワソワしながら、じっとオロルンの手元を見る。
 背の低いグラスにとくとくと注がれる酒は透明だ。帽子を下して軽くなった頭を傾げる。
「あれ? ティティ島で飲んだ奴は蜜の色をしてただろ」
「あれは混ぜ物をしているらしい。ばえ、とかいうものを狙ったんだろう」
 言いなれない単語を持て余すのを「ふうん」と聞き流しながら、イファは鼻をひくつかせた。ほのかに香る蜜の他に、嗅いだことのある匂いがある。
「ハーブと生薬だ」
 まずは味見といった所か、指の一関節くらいに注がれたグラスが目の前に置かれた。片手で鼻先まで持ち上げ、すんと鼻を鳴らす。鼻腔に満ちる独特の香りは、なるほど薬の調合にも使っている植物のそれだ。
「飲んで楽しむものっつーより、健康の為の薬っぽいな」
「その場合はお湯で割って飲むんだそうだ。勿論、皆で酔う為のものでもある」
「酔う為? 義務みたいな言い方だな」
 グラスを傾けて、ちろりと舌先で蜜酒を舐める。匂いで身構えていたが、やはり観光地で飲んだものとは全く違う。……大分強い。
 ぴりぴりする舌をしまいあぐねているイファを他所に、オロルンはグラスをカッと呷った。咽るでもなく飲み込んで、さっさとお代わりに手を出している。
「皆で酔っぱらうことで一体感を覚え、コミュニティーの連携を強めるんだ。長じて宗教儀式なんかにも使われるようになったらしい……イファ? 進んでないみたいだけど、強すぎたか? レモネードでも持ってこようか」
「いらねぇよ」
 むっと眉根を寄せて、グラスの角度を急にする。口に流れ込む苦みと甘み、僅かな酸味。独特な草の匂いとほんのりとした蜜の香りが、鼻からゆっくりと抜けていく。
 とん、とテーブルを叩いたグラスの縁に、色ガラスの口が乗る。心配するくせに飲ませたがりだ。そんなに自慢の出来なんだろうか。
 取り上げたグラスをちびちびと舐めながら、既に二杯目を乾しそうになっているオロルンを半眼で眺める。
 炎水なんて消毒用アルコールみたいなものを平然と喉に流し込む男だ。張り合う方が馬鹿げている。それを分かっているのに、イファは少しだけグラスの底を持ち上げた。……やっぱりレモネードを貰った方が良かったかな、なんて思いながら。