燦々と照りつける陽光がアスファルトを熱し、足元からじりじりと灼かれる。ナタの暑さが可愛らしく思える程の地獄を歩かされたスラーインは、ようやく解放されて自宅へと戻った。部下の不始末は上司である自分が助けてやるべきだとは思うが、折角の休日に、しかも猛暑日に泣きつかれるのはたまったものではない。前世とは違い今は至って普通の人間の身体であるのだから、耐え難いものは耐え難いのだ。
「おかえりスラーイ……凄い汗だな、おつかれさま」
「ああ……ただいま」
「冷たい麦茶を用意しよう。こういう時にはミネラルが効くんだ」
帰宅を出迎えてくれたオロルンはパタパタとキッチンへと消えていった。スラーインは鞄を手にしたままリビングへとまっすぐ向かい、冷房の風が直接あたるソファへどかりと腰を下ろした。ソファの前にあるローテーブルには今しがた入れられたばかりであろう、グラスに露が付いていないアイスコーヒーが置かれている。カランカランとグラスに氷を入れる音が聞こえ、オロルンが麦茶を用意をしてくれているのが耳で分かる。だが酷く渇いている喉が、今すぐ潤してくれと叫んでいた。飲んでいいかと声を掛けるべきなのだろうが、その発声すらためらうほどだ。
スラーインは眼前にあったそのグラスを手に取ると、ぐっと傾けて喉へと流し込んだ。氷も幾つか含もうと、口も大きく開けている。冷たい液体が香ばしい珈琲の香りと共に口内を満たすが、それは予想と少しばかり様子が違っていた。ぱちぱちと炭酸が弾け、氷とはまた違う、弾力をもった何かの塊がその炭酸を纏ってしゅわしゅわと口の中に留まっている。その物体の正体は何なのだろうかと咀嚼しつつ眉をひそめていると、オロルンがスラーインの元へ麦茶を運んできた。
「あ、それは僕のだぞ!」
「すまない、耐えきれなかった。これは、何だ……?」
くどいと感じるほど甘みのある塊を飲み込んで、オロルンから麦茶を受け取る。少しだけむすっと口を曲げたオロルンだったが、仕方ないなという顔で空になった方のグラスを回収して、そのままストンと横に腰を下ろした。
「『サウリアンサキュレント入りコーヒーソーダ』だ。……サウリアンサキュレントは手に入らないから、代用品を使っている」
「サウリアンサキュレント……ナタに自生していた多肉植物だったか。確かにここじゃ手に入らないだろう。何で代用したんだ?」
「今回はナタデココだ。タピオカやアロエも試したんだが、いまひとつしっくりこなかったんだ。タピオカは食感が違うし、アロエはぬめぬめとしていて喉越しが好みじゃなかった。まだ僕は飲んでいなかったんだがどうだ、美味しかったか?サウリアンサキュレントに近かっただろうか」
「なるほどあの甘さはシロップ漬けのナタデココか。近いかどうかだが、『サウリアンサキュレント入りコーヒーソーダ』を飲んだことが無いから比較してどうとは言えんな」
「そうか……少し遠くにあるスーパーでやっとナタデココを見つけたから、楽しみにしていたんだが……」
近くのスーパーにはフルーツと一緒になっているものしか売っていないんだ、と、耳を垂らして残念そうにしているオロルンの顔を見て、スラーインは胸の辺りがきゅっと締め付けられた。
「すまない。この後買い出しにでるだろう?車を出すからその店まで買いに行こう。……いや、その店と言わずもっと凝った食品を扱っている専門店に行ってもいい」
「君は疲れているだろう?僕一人でいつものスーパーに行ってくる、気にしなくていい」
「……俺が気にする。少し休めば大丈夫だ、専門店に行く」
「フルーツ缶の中からナタデココを取り分ける作業をしてくれてもいいんだぞ?」
「……フルーツが残る。俺もお前も、シロップ漬けの甘いものは好まんだろう」
「確かにそうだ。僕も自然な甘味のほうが好きだからな」
ナタデココのシロップはいいのか、という疑念はさておいて、納得してくれたオロルンを連れて買い出しへと出かけることとなった。
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夕暮れとなり大分涼しくなるかと思いきや、熱されていた地面はそう簡単には冷えていなかった。買い出しから帰ったスラーインとオロルンが荷を抱えて部屋に戻ると、先ほどのスラーインと同じように二人してソファに身体を投げた。
「冷房を付けたまま出かけて正解だった……夏場は外に出るべきじゃないな、少なくとも太陽が居るうちは」
「お前はそれが可能だが、俺はそうにも行かん……」
「全部リモートにできないのか?」
「それが出来るのなら、今日外に出ていない」
「それもそうだな……よっ、と」
暫く溶けて居たかったが、要冷蔵のものをしまわねばとオロルンがソファから立ち上がる。少しだけそわそわと嬉しそうにしているのは、コーヒーソーダの為に買ってきたあれこれのおかげだろう。
「ナタデココ以外にもいろいろ買ったからな……ナタデココ、杏仁豆腐、あんみつ用の寒天だけのやつと、サボテン。どれが一番近いだろうか」
「……俺には理解できんが、お前が楽しそうで何よりだ。珈琲も色々買ってきたから、好きな組み合わせを見つけるといい」
「ああ、試すのが楽しみだ!……そういえば、スラーイン」
オロルンは買ってきた荷をごそごそと漁り、数種買ってきた中からある一種類の珈琲のパッケージを取り出した。
「これは二人でいるときに飲むことにしないか?」
「試飲して買った奴か。構わんが、理由は」
「野営で飲んでいたのと同じ味がするんだ、店で飲んだ時、とても懐かしい気持ちになった」
はてそうだったかと先ほどの試飲を思い起こせば、言われてみればどことなく似ている気がしないでもない。当時は味がどうのと意識して飲んでいなかったせいか、その珈琲の味に関する記憶はかなりぼんやりとしていた。だが、同じ味だと断言できるほどに、オロルンの中ではその味が強烈に記憶に残っているのだろう。
「……お前がそう思うのなら、そうなのだろう。好きにしろ」
「よかった、飲みたいときは声を掛けるからな。じゃあこれはここにしまっておこう、あとは……」
「俺も手伝おう、半分寄越せ」
買ってきた食材を保存用に切り分け、ストック品を所定の位置に収めていく。
広さはあれど流石に男二人で立つには些か窮屈なキッチンに、穏やかな時間が流れていた。
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