ここ数年119番通報の件数が高止まりなのは読者の皆様もご存知の通り。大阪市西区の大阪市消防局指令情報センターも職員達が朝から119番通報の対応に大わらわ。
「119番です。火事ですか?救急ですか?」
「救急です!」
「救急車向かいます。ご住所をお願い致します。」
「大阪市中央区大手前3丁目のホテルグランドタニマチです!」
「どうされましたか?」
「3階の宴会場で50歳ぐらいの口髭を生やした男性が倒れ、意識がありません!」
「分かりました。救急車が向かっています。お待ち下さい。」
救急救命士達が50歳ぐらいの口髭を生やした男性を車内に運び込むや否や、救急車は市内の総合病院へと道を急ぐ。
「バイタル低下!」
「充電完了しました!電気ショック行います!」
救急救命士達の懸命な蘇生措置も虚しく、口髭男は救急車の車内にてその生涯を終えることに。
「結局助からへんかったんか。せやけどこの男、宴会場で全裸姿とかどういうことなん?あの宴会場におった他の人等も皆裸やったし意味わからへん。」
「亡くなった人のこと悪く言うんはアカンってわかってる。でもこの口髭のオッサン大したケガでも無いのにしょっちゅう119番使って救急車呼んでてごっつい評判悪いねん。ウチの知り合いの元自衛官の話やとすぐ怒鳴るわ、部下ドツくわ、自分の裸見せびらかすわで最低の上官やねんて。自分がドツきまくって血だらけにした部下には痛がるな、とか怒鳴る癖に、自分は軽いケガでも大袈裟に痛がって119番しろとうるさかったとも聞ぃとるわ。」
「自衛隊はえらい離職率高いとは聞いてるけど、そんなんが上官やったらそらすぐ辞めるわな。下手すると辞める前にこの口髭のオッサンに叩き殺されるかもしれへんし。」
たった今亡くなった口髭男、即ち楠木武一等陸佐の悪評は救急救命士達の間にもかなり広まっている様子。
それではこの楠木が何故全裸になり救急車の車内にて亡くなることになったのかを見ていこう。
楠木はホテルグランドタニマチ3階の宴会場を貸し切り、自ら率いる極右政治団体「皇国義勇軍」の団員達を呼び集めた。
「諸君、本日は忙しい中よく来てくれた!それではこの機械を披露しよう!シン・ヒエロニムスマシンだぁ!」
フロリダ州出身の電気技術者トーマス・ガレン・ヒエロニムスが1946年に発明し1948年にはアメリカ国内での特許も取得した鉱物放射検知器はヒエロニムスマシンと呼ばれ一部のオカルトマニアの間では人気が高く、ヒエロニムス自身この装置を使い遠隔地から害虫駆除を行ったという。読者の皆様の中には「鉱物放射検知器で害虫駆除とか意味がわからんぞ!」と突っ込みたくなった方もいるかもしれない。そう、現在この装置は偽科学と見做されているのが実情だ。
楠木がお披露目したシン・ヒエロニムスマシンは怪しげなネット通販サイトにて購入したもの。従来のヒエロニムスマシンに改良を加え装置に置いた写真に写っている人を意のままに操れる、この説明からして物凄く胡散臭いが。
「諸君!今までこの楠木のことを一佐と呼んでくれていたがこれからは閣下と呼べ!」
「はい、楠木閣下!」
既に装置には団員達の集合写真を置いていて、早速団員達を操れたのが嬉しい楠木は嫌らしく微笑む。
「それでは諸君!今から着ている服を全部破り捨てろ!下着も全部だ!人間以外の動物は皆裸!つまり全裸こそ自然な姿だ!今からその自然な姿になるが良い!」
楠木の命令通り衣服も下着もビリビリ破り捨てた団員達は皆目が異様にぎらついていて、中には靴下、ストッキングまで破り捨てる者も。
「よぉし、皆自然な姿になったな!良い眺めだ!だがこれで残念な事実が判明した。ここにいる者の裸体は皆この楠木の裸体ほどの美しさを備えていないという残念な、そして残酷な事実だ!それではとくと見よ!この楠木の全裸を!」
そう吠えた途端に楠木は己の服も下着もビリビリ破り捨て、運動不足に加え缶コーヒーの飲み過ぎが祟った中年男のブヨブヨ裸体をLED蛍光灯の光が照らし出す。
「これがこの楠木の全裸!ミケランジェロのダビデ像に匹敵する美しさがあるだろう!おっとあっちは冷たい大理石製、そしてこの楠木の裸体は毎日太陽を浴び続けた小麦色故冷たい大理石には無い温かみがあったか!グハハハハ!」
浮かれた時の楠木の笑い声は実にやかましく、下品なことこの上ない。このやかましく下品な笑い声が部屋中にガンガン鳴り響いたにも拘らず、両目が異様にぎらついている団員達は誰一人嫌悪感を示さない。
さて、このくだりを読まれて「楠木武も変な装置で誰かに操られているの?」と思った方もいるかもしれない。しかしながら楠木は常日頃から己の弛みきった裸体をミケランジェロのダビデ像並みに美しいと思い込んでいる男だとここに明記しておく。
「それでは諸君に新たな指令を出す!腰を振れ!発情期のオス犬のように激しく!」
全裸男楠木の命令通り激しく腰を振る全裸の団員達、これを映像化するのは色々な意味で不味過ぎる。
「グハハハハ!良い眺めだ!この楠木をこんなにも笑わせてくれた諸君はお笑い芸人の才がある!いつか東京ドームを貸し切ってこの腰振り大会をやりたいものだ!」
笑うのに夢中の全裸男楠木は何と両手で装置をバンバン叩き始め、装置全体から煙がモクモク出ても叩くのを止めようとしない。そしてついに装置から多量の電流が漏れ出て全裸男楠木の全身を襲う。
「グババギベベベゴブブブブ!」
全身に多量の電流を浴びた全裸男楠木は珍妙な叫び声を上げ仰向けに倒れ込んだ。途端に装置が爆発し、洗脳状態から解放されるも何故自分が全裸姿なのかさっぱりわからない団員達が悲鳴を上げ宴会場はパニック状態に。悲鳴を聞き宴会場に駆け付けたホテルの従業員が倒れている全裸男楠木を発見し119番通報したものの、結局この全裸男が助からなかったのは前述の通り。
我に返った途端に禁断の果実を食べたイヴとアダム宜しく自分が全裸姿であることに気付いた団員達には感電し意識の無い楠木に蘇生を試みる余裕など当然無い。要するに怪しげな装置を使い団員達を文字通り玩具扱いした楠木は己が助かる最後の機会を自らドブに捨てたということ。後に大阪府警の科学捜査研究所が楠木に文字通り叩き壊された装置の残骸を詳しく調べたものの、結局何もわからなかった。(終)
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.