kanaco
2025-08-23 15:56:16
5689文字
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【十二信】お前の答えを聞かせて

《十二信》未成立CP十二信(モブ→信一→十二)。十二くんのことが好きであることを自覚したと同時に、仲の良かった友人に告白されて心が揺れる信一くん。

“九龍城砦の近くまで来たから久しぶりに会わないか“

そう友人に誘われて、信一は二つ返事で待ち合わせのBarにやってきた。

友人の名前は梓睿。

子供の頃に九龍城砦に母親と住んでいて、10代半ばには母の再婚をきっかけに城砦を出て行った。少年時代、よく遊んでいたので幼馴染と言っても差し支えない。城砦を出てからしばらくは連絡が途絶えていたが、信一が20歳を迎える前、偶然に道端で再会し、交流が復活した。梓睿は仕事などで城砦の近くに来ると連絡を寄こしてくる。今日は半年振りの再会だった。

信一にとって梓睿は今も昔も優しい兄貴分だ。信一より3つ年上というのもあるが、子供の頃から気性が穏やかで落ち着きある性格だった。信一や同じく幼馴染の十二がイタズラにはしゃいでいるのをニコニコと眺め、それでも本当に危ないことをしようとするとやんわりと注意してくれる。言い方は強くないのに、有無を言わせないような意志の強さも持っていて、そういう優しいだけではないところも信一には好ましく映っていた。龍兄貴も梓睿のことを信用していたし、年齢に比べて大人びた様子は子供心にちょっと憧れを感じたものだった。その雰囲気は大人になっても変わっていない。むしろスマートさや年齢の深みが増して、一緒にいて心地が良い相手だった。

そういうわけで、気心知れた友人と過ごす時間を信一は楽しみにしていたし、実際にカウンターテーブルに横並びになって、近況やたわいもない話題に花咲かせお喋りを楽しんでいた。Barに来て1時間ほど経過している。カジュアルなBarの店内は広く、若者たちの交流の場として活性化していて、どこのテーブルも賑わっていた。

一度会話が切りよく途切れたところで、信一は特に理由もなくドアの方に目を向けた。ちょうど新しい客が入ってくる。「あ」と信一は小さく声を漏らした。

まず最初に入ってきたのは女の子だった。二十歳くらいの娘。ポニーテールと膝丈の紺の花柄のワンピースに、ふわりと羽織った白のカーディガン。信一は素直に(お、可愛い)と思った。問題は次に入って来た人物だ。

十二だった。九龍城砦に遊びに来る服装よりもずっと小奇麗なカジュアル着に身を包み、髪型はいつものようにビシッと決めた、信一の年下の方の幼馴染。十二は女の子を先に通すと抑えていたドアを閉め、そのまま連れ立って奥の方の席へと歩いていく。柔らかい雰囲気のまま、時折微笑みながらお喋りをしている2人の足取りは軽やかだった。十二は信一が店にいることには気がついていないようだった。

信一の視線は2人に釘付けだった。信一が知らない女の子。本当に遠くに行ってしまった梓睿とは違い、九龍城砦の半住民である十二とは頻繁に会っている。それでも十二も今や住居も所属している組も違うわけで、信一は十二のプライベートを詳しく知っているわけではない。それは理解している。

しかし信一は何か重くて固いもので頭をガツンと殴られたような気持ちになった。

(あれって恋人か?)

脳が処理しきれないほど混乱をして、酸欠のような思考を少しでも働かせようとする。恋人がいると本人から聞いたことは無かった。そもそも十二の浮いた話を、本人からも周りからも今まで聞いたことが無い。女嫌いとも聞いたことは無いし、十二の所属から鑑みれば女性との色っぽい絡みは多そうであるが、いわゆる“恋人”という存在を匂わされたことが無かった。

強いて言うなら
そう。強いて言えば、だ。信一は十二が昔から懇ろにしている相手を1人だけ知っていた。

それは誰でもない、自分であった。

(最後にアイツと寝たの、いつだったっけ)
ぼんやりと記憶を辿る。先々週?いやもっと前か。でもそんなに...少なくとも2か月を超えてはない気がするけど。あ、でもあの時って確か架勢堂側の抗争直後でかなり血が湧きたってたからもっと生理的な、そういう

「信一」
……
「信一、大丈夫か?」
え?」
グルグルと思考をかき混ぜていた信一は、強く名前を呼ばれてハッと我に返った。見れば梓睿が神妙な顔をして信一の様子を伺っていた。強制的に現実へと引き戻された信一は慌てた。

「ごめん、ボーっとしてた。何だって?」
「今の十二だったよな?」
「そうみたいだな」
「一緒にいたの彼女?」
「いや、知らない

そんなこと信一が一番知りたかった。浮かない表情のままの相手に梓睿は不思議そうな顔をする。
「お前たち今でも仲が良いよな」
「良いけど、でもあいつと恋愛系の話はあまりしないから
「そうか。けれど信一。これは友人としての忠告なのだが」
梓睿が改まったように真剣な顔をしたので、信一も真面目な顔をして言葉を待つ。

「そんな傷ついたみたいな顔をしてるんじゃない」
その言葉が思いもよらなくて、信一は目をパチリとさせた。意味を考えあぐねて聞き返す。
「傷ついた顔?」
「うん。お前は龍兄貴の右腕だし、危ない場所に身も置いてるし、そうでなくても綺麗な顔してるんだから弱ったところを見せるんじゃない。俺は心配になってしまうよ」
…………

そこで信一は自分が酷く戸惑っていることにやっと気がついた。先ほどの彼女の正体は分からないのに、十二が女性と2人で過ごしている事実だけでこんなにも心がざわめいている。それは例えば羨ましいとか、悔しいとか、怒りとか嫌悪とかそういう類ではない。嫉妬のような感情ラインに立ててすらいない。近い感情を探すのであれば“悲しい”が妥当であった。

「そっかおれ傷ついてるんだ」
梓睿が、そして今自分がいったその言葉が心にストンと降りてくる。さらにもっと深く浸透してくる気づきがあった。

「俺ってあいつのこと好きだったんだ」

自分が言った言葉なのに衝撃的な気持ちになって、信一は「うわぁー」と小さく呻きながらカウンターテーブルへと突っ伏した。梓睿が心底呆れたような顔をする。
「お前たちの関係は?」
「たぶん、一番近い言葉はセフレ」
「お前らなぁ」
「いや、でもセフレだと言葉が重くて。なんかもっとすごい軽さのトコロから始まったんだよ、俺らは」

始めてキスをしたのは信一が15才くらいの頃だった。恋愛感情で突き動いたのではない。思春期のシンプルな好奇心からだ。映画だったかマンガだったか、付け焼き刃の知識だけで十二と試した。口を合わせただけの時はこれの何が良いのか分からなかったし、初めて舌を入れた時はその生々しさにお互いに気持ち悪る!ツバ臭い!となって飛びのいた。それなのに妙にクセになって、たまにし続けるうちに気持ちが良いところまで成長していった。

そうなってくると次の段階に進んで行くのも自分たちにとっては自然な流れだった。キスよりもクセづくのは早かった気がする。それはじゃれ合いやコミュニケーションの延長のように継続された。遠慮のない、心地よさが約束された空間、そのイメージが一番近い。愛情という言葉は多岐に渡る意味を持つが、少なくともどちらも行為を恋愛に結び付けるような会話をしたことはない。しかし2人のあらゆる性的な初体験は全てお互いであった。

「熟れてる」
「熟れてるかもしれないけど、熟れてるつもりはないの。俺らは」
「十二は恋人がいて、お前との関係を続けているということか?」
「あいつ、そんなヤツじゃない」
信一がキッパリと否定すると、梓睿も同意した。
「確かに。十二少じゃぁそうだろうな。あいつ潔癖だし。じゃぁできたばかりの彼女か、ただの女友達か」
「聞ぃちゃいない」
「どちらにせよ関係性を築くにあたってはセフレのお前を気に掛ける必要はない、と」
信一がグッと詰まった。
「だが、お前は実は十二少が好きだった、と」
信一が黙ってしまったので梓睿も息をついた。それから「ふふ」と笑った。どうして笑うの、と信一が顔をポカンとさせると梓睿は信一の目を真っすぐに見て口を開いた。

「自分に向いてくる感情には聡いというのに、自分の気持ちには疎いというのはなかなか難儀なものなんだな、と思ってさ」
「どういう意味?」
「お前、俺がお前のことを好きなの、ずっと前から気がついているよな?」
信一は再び黙り込んだ。沈黙を肯定と捉えた梓睿は、心落ち着かない信一とは反対にずいぶんとゆったりとした構えで話す。

「ここは1つ提案なんだが。俺と試しに付きあってみないか?」
「え?」
「実は近々、隣の市に引っ越してくる予定なんだ。城砦の近くとは言わないが、それでも今までよりずっと近くに来る」
「俺、ちょうど5分前に好きな相手が発覚したとこなんだけど
「そうだが3者の事情は様々で、未来はそれほど確定してはいないだろう。10年以上信一のことが好きである俺と、僅か5分前に十二への恋心を自覚したお前と、10年以上体の関係はあれど真意は見えない十二。おまけに彼女がいるかもしれない疑惑つき。自分で言うのもなんだが、恋愛感情としては俺が一番ストレートであると思うが」
「それはそうです
「ずっと思っていたんだが、お前ってさ。ピアス開けないの?」
「え?」
梓睿の話が飛んだことに追いつけず、信一は聞き返した。ずっと気もそぞろになっている信一を見て梓睿はどこか楽しそうにしていた。それぞれの気持ちを明確にしたからなのか積極性が増している。
「ピアス。お前ってオシャレが好きなのに、開けていないからさ」
「それは十二が」
「十二が?」
「俺は体にわざわざ穴をあけるようなことは、しなくていいじゃないかって」
「十二の言いつけを守ってる?」
そういうわけじゃない」
たしかにそう言われたのもあってピアスを開けていないのは事実だが、それはあくまで信一の決定であって、十二の言葉に強制力があるわけではない。信一と十二の間に言葉の効力は存在しない。どこまでも対等であり、何かを縛りつけるような関係ではなかった。梓睿はそれを聞いて「うん」と嬉しそうにする。

「それならば期間限定で付きあって、俺は二度目の覚悟を決めた時に信一にピアスを贈ろう」
………
「それでもお前が心変わりしないなら俺はスッパリ諦める。もしお前が俺のことを好きになっていたら」

俺がお前の耳に穴を空けて、お前が俺が贈ったピアスを身につける。

「どうだ?」と梓睿が優しく笑った。

信一の瞳がユラユラと揺れた。梓睿の手が伸びてきて信一の右手をそっと包む。嫌な感じはしなかった。小さい頃から梓睿に対して嫌な感情を持ったことなど一度も無い。それは恋愛とは違うけれども、一緒にいる時の穏やかな気持ちと安心感は本物だった。それに。

「なぁ、信一。俺を試してみるか?」
そう笑う男の穏やかな瞳の奥に、まるで駆け引きするような強かさと、負けを考えていない自信が伺える。本気で自分を手に入れようとしている、優男には納まろうとしないその獰猛さが、芯の強い男を望む信一にとって好ましいところだった。

試す

信一は心の中で繰り返した。

時間をもっと一緒に過ごせば、兄として慕う相手への友情が恋愛に変わることはあるかもしれない、と信一も素直にそう思う。梓睿の言う通りだ。事情は様々で、未来はそれほど確定してはいないだろう。でもそれは、信一と梓睿の関係だけに限られた話ではない。


信一は思う。
おい十二少。
もしも。もしもだけど。


俺が梓睿との賭けを試すようなことをしたら、お前って気にする?しない?
今のこの状況を見ていたとしたら、お前はどういう風に考える?

ああでも、お前って今俺がココにいるって知らないか。本当に?こんな近くにいるのに。俺たちが同じ空間にいて、お前が俺に気がつかないことなんてある?

...俺がお前を試すようなことをしたら、お前って怒るのかな?

俺って十二のことが好きだったらしいよ。ほんの10分前に気がついた俺が言えた義理じゃないんだけどさ。俺たちの関係って何?幼馴染、親友、悪友、相棒、兄弟?さすがにセフレの一言で済ませるなんてないよな?

好奇心から始まって、当然のようにキスを繰り返して、数え切れないほど体を重ねて。それって俺たちのただの快楽主義的なお遊び?何でも晒しあえる友達という距離が、性欲処理におあつらえ向きだっただけ?

それって、ねぇホント?

「信一」
名前を呼ばれた。

それに信一が薄く微笑むと、梓睿も和やかな微笑みを返す。握った手はそのままに、反対の手が信一の方へと伸ばされた。その男らしい指が信一の耳を触れ、その耳たぶを優しく撫でる。その指は次に信一の薄い唇を撫でた。緩やかな速度で梓睿の顔が近づいてくる。

信一と梓睿の新しい関係の始まりを告げるキスだ。信一が逃げないことを梓睿は分かっている。視線が絡み合う。どちらの瞳も好戦的だった。

これは賭けだ。いくつかの勝負がもうすでに始まっている。

信一はそっと目を閉じた。

梓睿のことは嫌いじゃない。
その上、お前と違って俺のことを好きだと声に出して言うよ。
俺の耳にピアスを開けたいんだって。
お前が開けるなって言ったこの耳にさ。

どう思う?
笑って祝福する?……それとも?

なぁ、十二。
今このカウンター席に座っている俺に本当は気づいてるだろ?
もしお前に思うところがあるならさ。


獣が得物を狙って気配を押し殺すように、一切を悟られずに背後へと近づいて。
香水みたいな外づけではない、慣れ親しんだその匂いで気づかせて。

突然に背後からのびた腕が、奪われないようにこの唇を塞いで。
痛いぐらいに強引に後ろから抱き引き寄せて。


「おい」


そう、全てを押し殺したような、怒りを纏った低い這う声を聞かせて。
仄暗い瞳に閃光のような火花を散らせて。
誰かのモノになってしまうかもしれない、その耳元から。


俺のモンに触るなって、そう言えよ。