もち屋
2025-08-22 09:39:48
6136文字
Public ファイモス
 

あいに行くまで、待っていて③

ファイモス/俳優ファイノン×バンドモーディス/転生現パロ
壊れたベッドを買いに行く話。恋の自覚はまだ薄く、愛の自覚は早いもの。短め。


 
「どうしてライブハウスで演奏することになったって教えてくれなかったんだ!?」

 衣装合わせも無事終わり、モーディスたちはライブハウスでの演奏を成功させた。それ自体は喜ばしいことなのだけど。
 てっきり、彼はもう部室に来ないものだと思っていた。けれど、ファイノンの予想を裏切って普通にやって来たモーディスは、何事もなかったかのように定位置でエレキのチューニングをしている。バンド活動が本格化するというのに、大学の部室で練習をしていていいのだろうか。「講義の合間に練習をするのに、いちいち大学の外に出ていては不便だろう」とはモーディスの弁だ。言いたいことは分かるけど、なんだか釈然としない。
 というよりは、僕が不貞腐れているだけといった方が正しいのかもしれない。だって仕方がないだろう。自分たちはそれなりに良い関係を築いていたと思っていたのに、モ彼はライブのことを教えてくれなかったんだから。
 友人だと思っていたのは自分だけだったんだな、といじけている最中に、平然とした顔で部室に来られたら文句の一つも言いたくなるというもので。そうして話は冒頭に立ち戻る。

「教える必要があるのか?」
「いや……ない、けどさ」

 僕と君ってそんなに薄い関係だったんだ、と拗ねたように唇を尖らせてみれば、ぱち、と金の瞳が驚いたようにまあるく見開かれる。何度か言葉を咀嚼するように瞬きを繰り返した後、モーディスはバツが悪そうに視線を逸らした。あれ、思っていた反応と違う。
 もっと澄ました顔で「そうだ」とでも言うと思っていたのに。もしかして、本当に他意はなかったんだろうか。
 モーディスは少しだけ言葉を選ぶように視線を彷徨わせた後、はぁ、と息を吐く。

……お前は、俺たちの活動に興味がないと思っていた」
「はあ!? 僕たちって友達だよね!?」

 前言撤回。ファイノンの想像していた以上に冷たい言葉が返ってきて、思わずモーディスに一歩詰め寄った。面食らったように彼がう、と唇をへの字に曲げる。眉根が寄って、小さな呻き声が聞こえた。ぼそ、と彼が漏らした声は聞き慣れない音で。なんと言っていたのかまではよく分からない。そもそも耳馴染みのない発音だったから、きっとクレムノスの言葉なのだろうけど。

……友だからといって、全てを教える必要もないだろう」
「ああ、そうだね。僕が君の音が好きだっていくら伝えていても、それを世辞だと受け取っていたってわけだ。そもそも君たちの曲を弾いていた僕が、ライブに興味がないと本気で思っていたのかい?」
「そもそも、お前の連絡先を俺は知らん。アグライアのところでバイトをしていたことも、あの日初めて知った」
「それは……

 たしかに、友人だと主張するのなら連絡先くらい交換するはずだし、バイトのことだって話すのかもしれない。モーディスの言っていることも理解できる。ただ、言い訳をさせてもらうのなら、そもそも上京するまで友人と連絡先を交換するような文化圏で育っていなかった。
 端末自体は持っていたけど、エリュシオンは小さな村だ。わざわざ小さな端末で連絡を取り合うよりは直接話に行ったほうが早い。だから、村の子供達は端末を持ってはいたけどほとんど使っていなかった。それに、オクヘイマから引いている電波の強度は弱く、ディアディクティオへの接続はかなり遅い。
 結果として、娯楽のツールとしても今ひとつ機能することがなかったそれは、天気予報を確認するくらいにしか使われていなかった。上京してからは電波強度が改善されたけど、僕の持っている端末は数世代前の機種だから、電話とメッセージくらいしか送れない。メッセージアプリを入れることさえ困難な有り様に、アグライアが新しい端末を支給しようとしたほどだ。それをいま伝えたところでただの言い訳にしかならない。結局、アグライアとは仕事で必要とはいえ、連絡を取っているわけだし。友人と連絡先を交換するという選択肢が頭になかった自分が悪い。

「ごめん……僕が悪かった。連絡先を交換させてほしい」
 結局、先に白旗をあげたのはファイノンだった。ここで無駄な押し問答をしたところで、互いにスッキリはしないのだから。そっとモーディスの表情を窺い見ると、僕が謝ってきたことが意外だったのか、やや困惑したように、ああ、と頷いた。
「ただ、先に伝えておくんだけど……

 モーディスが懐から取り出した最新式の真っ赤な端末を眺めながら、数世代前から使っている自身のそれを取り出して机に置く。
 ほとんど使うことはないから年数ほどは汚れていないが、詳しい人間が見れば骨董品かと思うほどの代物だ。
 案の定、端末を目にしたモーディスは、今まで見たことがないような表情で僕と端末を交互に眺めて、深い溜め息を吐いた。スペックの面でも、あらゆる面でも。ファイノンが連絡先の交換というものが端から頭になかったというのが伝わったのだろう。

「それで――この後、時間はあるか?」
「今日の講義は全部終わってるよ。6限もないから大丈夫、だけど……
「なら、来い」

 衣装合わせの時の礼をする、と言われれば断ることも難しく。分かった、楽器をケースに戻して、モーディスと共にオクヘイマの街へと繰り出した。






 目が覚めたら、身体中が痛かった。まぶたの奥が重たくて、首や背中も悲鳴を上げている。普段よりも窮屈で、身動きがとれない。なんでだろう、と視線をあげたら眠っているモーディスの顔が視界いっぱいに広がった。
 窓から差し込んだ朝日が、少し長い前髪に反射している。吐息が触れる距離にモーディスがいることを認めて、脳が急速に覚醒していった。なんで隣で寝ているんだ。普段はハイネックに隠されている鮮やかな刺青が、モーディスの呼吸に合わせて上下している。というか、服、着てなくないか。タオルケットからはみ出している上半身は何もまとっていない。
 寝起きであまり動いていない頭を回転させて、昨晩の記憶をどうにか手繰り寄せる。昨日は、衣装合わせの時の礼をしたいというモーディスと一緒に百貨店へ行くことになったんだっけ。あれもバイトの一環だから、特段礼をされるようなことではないと伝えたのに。モーディスとしては借りを作りたくないんだとか。別に気にするようなことじゃないと思うんだけど。まあ、彼がそういうのなら付き合うか、と好きにさせることにした。
 百貨店での彼はなんだか機嫌が良さそうだった。高そうなブランドの服をいくつか着せられて、その服のまま歩くことになって。その後、食事をしたことまでは覚えている。あれからどうしたんだっけ。
 普段、部室で練習の合間や終わった後に軽く会話をするだけだったから、改めてモーディスと言葉を交わすのが楽しかったのは覚えている。そうして、話が弾んでいって、なんだか解散するのがもったいないと感じて。
 ああ、そうだ。モーディスからもそんな空気を感じたから「よかったら、うちに来ないか?」って誘ったんだった。
 狭いアパルトメントだけど、大学には近いから、と彼を家に招いた。そうして家に帰って、少し緊張しているモーディスにシャワーを貸して。色々話しているうちに日付を越えてしまったから寝ようという話になって。あれ、でもモーディスにベッドを貸して、自分はソファで眠ったはずなのに、どうして。
 眼の前で静かな寝息を立てている男が小さく身動ぎをする。少し掠れた低い声に、わ、。と鼓動がうるさくなる。
 普段から思っていたけど、モーディスって本当に整った顔立ちをしている。切れ長の瞳に意志の強そうな眉は、がっしりとした体格も相まって人目をよく惹いた。彼自身の口数が多くないからか、今までは存在感のある美人という印象だったけど、こうして無防備に眠っている姿を見ると、まだまだ年相応のあどけなさが残っていて。なんだかギャップにくらくらする。まつげが落とす影ひとつとっても、調和が取れていて綺麗だ。
 正直、モーディスはとても好みの顔をしている。少しでも動いたら鼻先同士が触れ合う距離にそんな彼の顔があって、心臓がずっと落ち着かない。
 ファイノンの部屋にあるシングルベッドは、自分一人で寝るときにもやや足がはみ出るほどには小さい。そんなベッドに大の男二人が並んで寝たら、当然寝返りなんてろくに打てないし、身体のあちこちが痛む羽目になるのだと痛感した。
 このままでは絶対身体を痛めるから、さっさと起き上がってしまえばいいのに。無防備に眠っている眼の前のモーディスから目が離せなくて。なんだか、懐かない猫が自分に甘えてくれた時のような堪らない気持ちになって。
 「綺麗だな……」無意識に言葉がこぼれて、慌てて両手で口を塞ぐ。今ので起きてしまうのではないか、と内心ヒヤヒヤした。けれどモーディスは規則正しい呼吸音を乱すことなく眠っている。
 もう少しだけ、とそのまま彼の寝顔を見つめていると、不意に彼の口が開いて、何事かを呟いた。てっきりクレムノス語かと思ったけど、それにしては響きが違う。多少なりモーディスと会話できるように、と最近クレムノス語を学んでいるのだけど、特有の発音が混ざっていない。
 再び、モーディスが何事かを呟く。今度は、絞り出すような声だった。きっとそれは誰かの名前なのだろう。何度も繰り返し呼んでいる相手が誰なのかは分からない。夢の中に出てくるほど、彼の心を捉えている存在がいるのだろう。なんだか悔しい気持ちにはなるけど、別に僕たちはただの友達で、特別な関係というわけじゃない。
 そもそも自分は、モーディスのことを何も知らなかった。部室では音楽のことしか話さないし、バイト先でやっとバンド活動が本格的になることを知ったくらいだ。まあ、僕もモーディスにほとんど自分のことを全然話していないのだけど。
 だから、昨日の夜は会話が弾んで嬉しかった反面、今、こうして彼の知らない一面をみてショックを受けている自分もいて。自分から知ろうとしなかったのに、勝手な話だ。

「今ここにいるのは、僕なんだけどな」

 苦しそうに眉根を寄せるモーディスの額に手を伸ばし、そのまま優しく口づけを落とす。どうしてそんなことをしようと思ったのかは分からない。自分でやっておいて、その行動に困惑した。
 モーディスは起きてしまうかと思いきや、穏やかな寝息に変化はない。よく眠れるのは良いことだけど、あまりにも危機感がないのはどうかと思う。そんなことを考えながら彼を見下ろしていると、ぎし、とベッドが嫌な音を立てる。今までも二人分の体重を受けて軋んでいたけど、なんだか今回は様子が違った。嫌な予感がする。このベッドの耐荷重ってどのくらいだったけ、といまさらそんなことを思って。
 ぐら、と体重を預けていたマットレスが大きく傾ぐ。あ、とファイノンが声をあげるのと、ベッドの底板がへし折れるのはほぼ同時だった。
 
 




 キングサイズのベッドは広すぎて落ち着かない。買うならダブルかクイーンがいい。そんな甘えたことを言う男に説得されて、結局クイーンサイズを買った。今まで住んでいた部屋にはキングサイズのベッドが置かれていたが、ファイノンは訪れる度に広すぎる、と文句を言っていた。
 でも、小さいベッドは嫌だ。昔みたいに壊してしまうから、と続けられれば、それ以上反論する気にはなれなくて。
 大学を卒業し、互いに忙しい身の上になった辺りで一緒に暮らす話が出た。それぞれの家に通って、オフの日が合う時だけ泊まるという生活も嫌いではなかったが、寂しがり屋の男には耐えられなかったのだろう。けれど、自分としてはプライベートの時間も大切にすべきだ、とも思っていたから。結局、同じマンションの隣同士の部屋を借りるということで落ち着いて。
 今にして思えば、学生時代は互いに時間を持て余していた。渦中にいるときは講義やレポート、バンド活動に追われていると感じていたけれど、いざ、学業がなくなって本格的に活動を始めてみれば、今までと性質の違う忙しさに襲われた。
 講義の時間以外は部室で過ごしていたから、余計にそう感じるのだろう。連絡先を交換してからは、部室に行かない日はメッセージを送るようにしていたし、付き合うようになってからは特に用事のない週末は奴の家に泊まることも多かった。
 初めてファイノンの家に泊まった翌日、半分は自分のせいで壊したベッドを買い替えて。その時に、シングルは小さいからセミダブルにしようかな、と言っていたのを思い出す。
 ベッドから足がはみ出るんだ、なんて笑っていて。それならば、より大きいものにすればいいだろう、と自室と同じダブルを提案したら奴はなんとも言えない神妙な面持ちをしていた。

「君って本当に育ちが良いんだな……

 ベッドのサイズと育ちの良さは何も関係ないと思うのだが。モーディスが反論する前に、まぁでもダブルのほうがいいか、と勝手に納得をしていた。ならばなぜ文句を言ったのか。不思議でならなかったのだが。
 それが、奴なりの照れ隠しであることに気づいたのは、ベッドを買い替えて半年以上も経ってからだった。

「あの時、ダブルのベッドにしろって君が言ったのはさ……こういうことも想像してたってことで、いいんだよね」

 耳まで真っ赤に染めて、緊張し切った面持ちでそんなことを言ってくる男の手は熱かった。
 一人暮らしのファイノンの部屋は狭い。そのうちの半分以上を占めるベッドに押し倒されて、ゆっくりとまばたきをした。
 奴が指す言葉の意味は理解できる。ただ、自分がダブルベッドを提案したのは、そんなつもりなんて毛頭なかったものだから。ファイノンがあの時、なんだか妙な顔をしていた理由を理解すると同時に、羞恥が自身の内側を走っていく。

「そんなつもりは、なかったのだが……
「えっ!?」

 僕の勘違いだったのか、と、泣きそうな、弱りきったような顔で情けない声が落ちてくる。急にしおらしくなった男は、ごめん、と謝りながら離れていこうとした。
 言葉そのものは勘違いだが、この状況でそれはないだろう。どこまでも繊細でめんどくさい男だ。目に見えてしょげているファイノンの首元を掴んで、自分の方に引き寄せる。
 困惑したように、太陽を宿した空色が見開かれるのを認めながら、無防備に開いていた唇に噛みついた。
 状況を飲み込めないといったふうに戸惑いの色が強い男の唇を舐めてやり、うっすらと開けられた口に舌を差し込んでいく。
 ようやく理解が追いついたのか、びく、と身体を跳ねさせたファイノンは、抵抗するように俺の肩を強く押した。

「す、ストップ……!!君、本気か!?」
「いまさら何を言っている。お前はそういうことをしたいのだろう?」

 分からないほど知識がないわけでもない、と続ければ、男は言葉にならない音をあげた後「後悔しても知らないからな」と、なんだか怒ったような顔で叫んだ。


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