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史加
2025-08-22 07:27:31
3401文字
Public
zzz(アキ悠)
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その健気さに心臓を射抜かれてしまったから
アキ悠/甘えるのも一生懸命な悠真とアキラの話
八月も半分が終わって、夜の訪れが少しずつ早くなってきたというのに、日中の太陽は今もまだバカンス気分で浮かれていて容赦がない。冷房の効いている社用車から降り立った瞬間、むわりとした熱気が全身に纏わりついて汗が滲み出す感覚にアキラは深く息を吐き出した。
今年の夏はとにかく暑い。二、三年分くらいの暑さをひと夏にまとめて堪能した気がする。だからそろそろ涼しくなってくれてもいいんじゃないだろうかと、夏を永遠にしたがる太陽を恨みがましく思いながら、後部座席に積んである段ボール箱を引っ張り出して抱える。中にぎっしりと詰まっているのは仕入れたばかりのビデオテープだ。今年の猛暑にはさすがのリンも滅入っているようで、こんな暑い日に出かけるなんて無理と、いつもは率先して奪っていく仕入れの権利を譲ってくれた。先月、先々月とリンのチョイスでホラーやアクションの新作ばかりが店に増えていたから、うんざりするような暑さの中でもアキラが出かけない理由はない。ビデオ屋の店長として扱う商品のジャンルに偏りがあってはいけないし、夏が過ぎれば芸術の秋がやってくる。少しずつホラー映画をブースの隅に追いやり、アート作品やドキュメンタリーの品ぞろえを充実しておくべきだと考えてひとり、炎天下の中を出て回った。
車での移動が主とはいえ、こうも暑いと仕入れ作業はがっつりとアキラの体力を削る。店に入って荷物を下ろしたらキンキンに冷えたコーラかアイスコーヒーを飲みたい。あとできれば、一時間くらいソファで何もせずに休憩したい。もちろん今日も店は営業中なので、そんな余裕もないのだけれど。
もうひと踏ん張りだとアキラは気を取り直し、段ボール箱を抱えて店の裏口へと向かう。固く閉ざされたその扉が社用車の音を聞きつけて開かれることは基本的にない。なので一旦段ボール箱を地面に置くか、片腕で抱え直すかして自分で開けなければならなかった。普段は気にならない動作も億劫に感じるのは、やはり茹だるような暑さのせいだろう。少しでも動きを減らしたくて、嵩張る段ボール箱を抱え直そうとしたとき、ぎぃぃ、と蝶番の悲鳴が響く。
「おかえり、アキラくん」
大きく開かれた扉と投げかけられた声に、アキラは思わず目をぱちくりさせた。
「暑かったでしょ。ちょうどアイスコーヒー入れたところだから、奥で涼んできなよ」
涼やかなレモンイエローの目が愛らしく笑って、颯爽と段ボール箱を奪っていく。なびく黄色のハチマキを目で追い、呆然と立ち尽くすアキラだったが、そういえば店番を頼んでいたんだったと状況を理解した。
夏、それも長期休暇の時期となると、普段頼んでいるアルバイトのメンバーも休みを取ってバカンスと洒落こんだり、ほかの掛け持ちのバイトが忙しくてビデオ屋のバイトまで手が回らなかったりと、人手が足りなくなりやすい。今日はちょうどそんな日で、仕事が休みだから遊びに来たという悠真に事情を説明したところ、店番を快く引き受けてくれた。手伝ってもらうのは今回が初めてではないし、要領のいい彼は大抵の仕事を一度で覚えて完璧にこなしてくれるから、頼もしいことこの上ない。自分たちの表向きの仕事を手伝う姿は見慣れつつあるはずなのに、それでもどうしてか、揺れるハチマキから目を離せずにいた。
とりあえず中へ入って扉を閉め、言われた通り店舗スペースの奥にある作業部屋へ向かう。ソファ近くのテーブルの上にはグラスに入ったアイスコーヒーがふたつ、片方にはガムシロップとミルクを添えて置かれていた。十四時をすぎるこの時間帯は少し客入りも落ち着くので、一休みするつもりでいたのだろう。ただ当たり前のように並べられたふたつのグラスになんだかむずむずと胸の奥が落ち着かない気持ちになる。
「はぁ〜疲れた。あれ、アキラくん、何突っ立ってんの? お化けでもいた?」
棒立ちのアキラの背に飄々とした声がかかる。なんだか甘く聞こえるのは気のせいだろうか。
「縁起でもないことを言わないでくれ。それよりも店番ありがとう、助かったよ」
「どういたしまして〜。いやあ、あんたが仕入れに出かけてから大変だったよ
……
ファンの誰かが僕の写真を勝手に撮ってインターノットに投稿してくれたおかげでさっきまで僕のファンだっていう子たちがひっきりなしに来ててさぁ。リンちゃんが投稿を揉み消して、来てくれた子たちにも口止めしたからどうにか落ち着いたけど、もうへとへと〜」
大袈裟に肩を竦めながらソファに座り、何も入れていないブラックのアイスコーヒーが入ったグラスを手に取る悠真に倣って、アキラもその隣に座る。途端に悠真がこてんとアキラの肩に頭を預けてもたれかかって来るものだから、ぎゅん、と心臓からとんでもない音がした。用意してくれたガムシロップとミルクをコーヒーに入れてマドラーで混ぜることで平静を取り戻そうとするも、肩に伝わる重みと温みがそれを許してくれない。
「せっかくの休みの日だっていうのにさぁ、仕事の日よりも真面目に頑張っちゃったよ。これは明日代休を申請してもいいと思わない?」
いつも通り、悠真らしい軽口だ。けれど手を抜いたって別に怒られることもないのに自分の店の手伝いを真剣にやってくれたのかと思うと無性に頭を撫で回したい気持ちになって、どうにかアイスコーヒーを飲むことで誤魔化そうとする。
「もしくは格好いい店長どのから何かご褒美とか」
ごくり、と喉が大きな音を立てた。ガムシロップとミルクの後味が妙に甘ったるく舌の根に残り、頬をくすぐる悠真の髪の感触が生々しく伝わってくる。冷房の効いた涼しい部屋の中にいるはずなのに背中に汗が浮かび、知らずのうちにグラスを握る手に力がこもる。
ちらりと悠真のほうへ目を向けた。頭を持ち上げた彼がアキラをじっと見つめ返して、にんまりと笑う。機嫌が良さそうで何よりだとか、そんなふうに思っている暇がない。弧を描くレモンイエローの目も、緩んだ桃色の唇も、今日はほんのりと血色の良い頬も、すべてがまるでアキラを望んでいるみたいに見える。そんなわけあるはずもないのに。いや、あるのだろうか。
「ねえ、何もないの?」
硬直するアキラの、グラスを握りしめたままの手の甲に悠真の手が触れた。先ほどまで同じようにアイスコーヒーの入ったグラスを握っていた、今日は弓がけをしていない生身の手はほんの少しだけひんやりと濡れている。けれどそれも一瞬のことだ。ふたつの体温が交われば、すぐにじっとりと熱くなる。
いつから、こんなに懐に潜り込むのに躊躇わなくなったんだったか。今まではアキラが悠真との距離をじっくり詰めて、触れ合いを求めていた。ありとあらゆる他愛のないやりとりにどうも慣れていない様子の悠真に、やりたいようにやっていいのだと教えるために自らまいた種だ。
だけど、そうだ。悠真はとにかく覚えが良い。本人が意識してそう努めているところもあるのだろうけれど、何より弓を射るときのように、勇気を番える方法を分かっている。覚悟の決め方を知り尽くしている。だからこうして、もうすっかり慣れましたと言わんばかりの態度で、アキラの胸の奥を一生懸命に引っかいてくる。
そのいじらしさが、かわいくてたまらない。健気さがいとおしくて、これまではまだ蓄えのあった余裕というものが底を尽きようとしている。仕向けたのはアキラだけれど、悠真のほうが一枚も二枚も上手だったのかもしれない。
まだ半分中身の残っているグラスをテーブルに置くと、ふふ、と嬉しそうに笑う悠真の声が鼓膜を揺らした。グラスから離れた指を素早く絡め取っておきながらも、控えめな力加減で握ってくる。じっと見つめてくるのは、たぶん、キスがしたいのだろう。自分から仕掛けてこないのは「ご褒美」がほしいからだ。
休憩は、三十分だけ。あんまり長くだらだらしていると、勇猛果敢な妹がやってきてアキラをそのぶん何倍も働かせようとしてくる。彼女もまた悠真には甘い。そりゃあそうだ、懐に入り込んで甘えることを覚えた猫なんてかわいいに決まっている。
それでも。それでもどうしてこうもかわいく見えて仕方なくなってしまったんだろうかと、アキラは内心嘆息した。
その答えなんて、わかりきっているのだけれど。
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