ながひさありか
2025-08-22 00:22:53
2765文字
Public STR-Phaidei
 

誰かを探している

3.5/なのでファイノンはいないのですが、「誰かとここで暮らしていた気がする」とずっと感じているモーディスと、そんな息子と話すゴルゴー。
対母の口調はスティコシアの記憶の結晶をベースにしています。

「メデイモス、私の可愛い子、一体何を探しているのですか?」
 ゴルゴーは聖都オクヘイマについてから、妙に落ち着きのない息子にそう尋ねた。今年で十三になる彼女の息子は、まだ少年のあどけなさの残る輪郭や体躯とは裏腹に、妙に大人びた子どもで、思慮深く、歴史や読書が好きで、血の気の多いクヘムノス人の中では比較的穏やかな性格だった。しかし彼女とその夫、二人の戦士の間に生まれた子らしく、武術の才にも恵まれている。
 ゴルゴーの夫であり、息子の父であるクレムノス王オーリパンがオクヘイマの女主人と元老院の面々と会談をする間、二人はトリビー、トリアン、トリノンの三人のヤーヌスの巫女にオクヘイマを案内され、今はバルネアの裏の休憩所で休んでいる。
 ゴルゴーはぶどうをつまむと、ザクロジュースを飲みながら、先ほどからずっと落ち着かない息子にもう一度「何か気になるものでもありましたか?」と尋ねた。
「気になると言うより……」メデイモスは不思議そうな表情で、バルネアのそばにある木馬のあたりに視線を向ける。「なんとなく、ここに来たことがあるような気がしています」
「随分とオクヘイマが気に入ったようですね。私たち家族——一部の者を除き、一族の者がこうして大勢オクヘイマに来るのははじめてのはずですが、きっとあなたには水があっているのでしょう」
 ゴルゴーは息子の奇妙な言葉に、恐らく彼は見知らぬ土地であるにも関わらず、居心地よく感じているのだろうと考えた。これからはオクヘイマで暮らしていくのだから、不安感や居心地の悪さを覚えるよりは余程いいだろう。彼女は息子の言葉をそう捉え、それ以上深くは考えなかった。何しろ彼女の息子は黄金の血を持つ黄金裔で、エスカトンのこの世では、突然消えてしまった異邦からの救世主とやらが再び戻ってくるまで、この世を守護すると言う大役を背負っている。
 いくら今のクレムノスは血の伝統を断ち切ったとは言え、やはり戦士の子として生まれた子は、戦いに身を置くのが宿命なのだろう。彼女の息子は「クレムノスの王の子として産まれたのであれば、民のために命を使う覚悟はあります」と幼い頃から言い切ることのできる子どもだった。
 であるからこそ、戦いから離れている時くらい、平和に過ごして欲しいと考えていた。ひとたび戦場へ出てしまえば、彼女自身も歴戦の猛者として息子の見本となるよう、苛烈な戦いに身を置いてしまうのだから。


……メデイモス、あなたはこれほど長い間、一体何を探しているのですか?」
 オクヘイマに来て数年が経過し、ゴルゴーの息子はタイタンの試練を間近に控えていた。あどけない少年は既に立派な体格の青年へと成長しており、生来の穏やかさや思慮深さも加わり、次代の王としての風格が備わりつつあった。既にこの世でメデイモスに敵う戦士は存在せず、しかしそれでも、驕らず、穏やかで思慮深いまま育った息子のことを誇りに思っている。
 世界の終末はゆっくりと、しかし着実に侵攻していた。彼女も夫や民、そして息子と共に暗黒の潮の造物との戦闘や、聖都の防衛を何度も経験にしている。
 そんな日々の中で、息子は未だに、市場やバルネア等、様々な場所で何かを、あるいは誰かを探しているような顔を見せることがあった。
 ゴルゴーは屋根の上で、ケファレを見上げながら何かを考え込んでいる息子へ声をかけた。もしかするとこの子は、いつかこの世界を救いに戻ってくると言われている「救世主」、ケファレの申し子を待っているだけなのかもしれない。しかし、そうであるならば、市場やバルネアに頻繁に出かけなくとも良いはずだった。
 近頃の息子は、毎日のように夕食の前と夜の鍛錬の後にピュエロスを訪れていて、何かを考え込んでいる様子だった。風呂に入るくらい気にするようなことではないだろう、と夫はあまり気にしていない様子だったが、ゴルゴーにはなんとなく、理由があるような気がした。
 息子はオクヘイマに来てから、ずっとこんな風に、何かを考え込むような瞬間が多い。
 腕を組んでいたメデイモスは母の言葉に手を下ろすと、「わかりません」と素直に口にした。母親譲りの美貌と称される息子の眉が微かに寄せられ、唇の端が僅かに下がる。美しい憂い顔を見せる息子にゴルゴーは微笑みかけ、「母に本当のことを話してはもらえませんか」と尋ねた。
 息子はきっと何かを隠している、と言う勘が彼女にはあった。
………………
 彼女の息子は自身の言葉の重さを、深く自覚していた。戦地以外では、大事なこと、あるいは大事になるかもしれないことを言う時は、いつだってこんな風に沈黙が続く。ゴルゴーは「時には考えすぎない事も必要ですよ」と息子に言った事もあったが、息子は「はい」と口にはしたものの、結局考えすぎる癖は治っていない。
「荒唐無稽に思われるかもしれませんが」
 やがて再び腕を組み、ケファレを眺めた息子が静かに口を開く。
「誰かとずっと、ここで暮らしていたような気がしてならないのです。母上や父上、それから一族や今オクヘイマに居る黄金裔の誰を見ても、何かが欠けているような、そんな感覚がずっとあります」
「そう……。オクヘイマのどこかにいるような気がするのですか?」
 ゴルゴーは悩む息子に、すぐにかけてやる言葉が見つからなかった。彼女の目に、今まではそうとは写っていなかった息子の表情が、今は唐突に、なにかに焦がれているように映ったからだ。死に別れた親やきょうだい、同胞たちを探すような、あるいは死に別れた恋人を求めるような。
「はい。オクヘイマのありとあらゆる場所で、いつも誰かと過ごしていたような不思議な感覚があります。ここに立っている時と、バルネアに居る時にそれをより強く感じます。……幼少時にオクヘイマで暮らしたこともなく、あり得ないことだとはわかっています。それでも何故かそう感じるのです」
 メデイモスは拳を握り、架空の誰かに触れるように、手を宙空へ掲げ、不思議そうな顔で下ろした。まるでそこに誰かがいて、触れるはずだったとでも言うかのように。
「ただの錯覚だとは思います。しかし日に日に違和感が強くなり、見知らぬ誰かと何かをして過ごした筈だ、と言う確信めいたものをオクヘイマの様々な場所で感じます」
 ゴルゴーはため息をついて悩む息子の真剣な横顔を見つめ、「それはあなたの勘違いでしょう」と言うことはできなかった。
「誰かと、ここで手合わせをしていたような気がします。……俺と手合わせをできる相手が聖都にいないことはわかっています。それなのに、何故かここで誰かを待っていたような気がしてならないのです」
 メデイモスは拳を握っては開き、不可解そうに眉を寄せた。


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