syake3
2025-08-20 23:06:45
5235文字
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異世界仲良しごはん

六さん宅のシスちゃんとうちのカロワイトがゴッホの世界でおにぎり食べておねむになる話


 そこは不思議な空間だった。

 小さな二つの手の平をランプに翳して、にぎにぎと指を動かす。
 短くてやや丸みを感じさせる指と腕。人間で言う『幼少期』という期間がない、正確には極端に短かった自身の生まれを顧みれば、あまりに新鮮で非日常だ。
 今の姿を人間の年齢に換算すると、大体十を超えない程度の幼さだろうか。俺がこのサイズだったのは数ヶ月という短い幼体期のうちのほんの一時だけだった。
 それも薄暗く狭い、培養ポッドの中で。

「カロカロ?手、どしたの?イタイにゃ?」

 幼さを残す鈴のような声が、狭い室内に響く。
 大きなアーチ型の窓から差し込む白い月明かりと、美しい流線を描く室内灯の暖かな橙色の光が、目の前で怪訝な顔をする小柄な少年の姿を映し出していた。
 一人掛けのラウンドテーブルに小さなベッド、それ以外に調度品らしい調度品などまるで無いこの部屋は、積まれた古書ばかりが床を独占している。自身が構える拠点のラボもこの部屋と似たようなもので、個人的にはあまり違和感はないのだがーー否。こちらの方が少々酷いかも知れない。
 《そういえばラボはジギィが幾らか片付けてくれていますからねぇ……
 うっかり寝食を忘れて部屋に籠りがちな俺を苦々しく思った弟が、ラボへ小言を言いに扉を開けた瞬間『汚部屋だろこれ!!』と悲鳴を上げたのは記憶に新しい。……以来ラボは弟が適宜片付けをしてくれる(埃や汚れは自動洗浄魔法かけていますし)のだが。
 しかしここには残念ながら弟が存在しない。
 つまり散らかし放題だった。
 《何処に何があるかはきちんと把握出来ているのですけどねぇ。確かに他者を呼ぶには向かないやも……
 足の踏み場もなく置かれた古書を隅に寄せて、冷えた床に座る。……座らせてしまっている。
 
「このスープ、食べたことない味だけどおいしい!今度リウに作ってもらうニャ」

 ……
 肝心の客人は、全く気にしていない様子だ。
 カップに入ったスープを美味しそうに飲んで『おかわり……』と、辺りをそわそわと探し始める彼に新しいカップを一つ渡した。簡単な『こちら』の野菜スープを作ってみたが、気に入ってもらえたようで何よりである。
 《そういえば、猫又でしたっけ。この子》
 むしろ嬉々として狭い隙間に自ら身を寄せようとしたのだから、彼にとってこの部屋の惨状はそう大した問題ではないのが窺える。
 一枚の大きな毛布を共有して頭から被る隣の少年は、両手に大きなオニギリという異世界の料理を持って不思議そうにこちらを覗き込んでいた。

……すみません、なんでもありませんよ。シスちゃん、オニギリ美味しいですか?」

 隣の少年、本名はシズカという名であるらしい彼は、口一杯に頬張ったソレを両手に持ったまま、ニコニコと微笑んだ。
 『シスちゃん』……誰かをあだ名で呼ぶなど、兄弟達以外では初めてかもしれない。
 この世界の季節がどのようなものなのかは定かではないが、夜になってひんやりと冷気をはらみ始めた部屋の中、カップの温かなスープを飲みながらしみじみと思う。彼の保護者の意向という程ではないが、幼い彼には聞き慣れた呼び方が良いだろうということで、『シスちゃん』と出会った時から呼んでいる。
 ニコニコとしつつも現在食べることに夢中なシスちゃんの銀髪は短くふわふわと跳ねていて、同じ銀髪でも長く真っ直ぐな自身のものとはまるで違う。 
 頬をコメで膨らませたままむぅむぅと何事かを喋りたそうにしている彼へ『慌てなくて良いですよ。ゆっくり食べて』と制すれば、頭から元気に生える大きな獣耳がぴるぴると揺れた。猫又という種族の妖だとは彼の保護者たるリュウイチが説明してくれたが、その耳は綺麗な鋭角の三角形だ。丸みがあってやや肉厚な弟の獣耳とは随分と違っている。元気に動く耳の先を何となく目線で追いつつ、カップを床に置く。
 …… 単純に犬と猫の違いなのだろうが、獣人と妖の違いも幾らか存在するのだろうか?
 《妖。我々の世界だと獣人にしか見えないのですが……悪さなどしそうにない穏やかな子ですし、価値観も人間に良く似ている》
 彼らは人の世に交わって生きているという。
 こちらの世界の妖ももう少し良心的で大人しければと思わないでもないが、シスちゃんのような可愛らしい妖が果たして居るのか?という疑問が先に湧く。
 残念ながら俺の世界の妖の多くは凶暴で可愛くない。

 彼の幼さを残す瞳はキトンブルーで、蒼白い月明かりを反射して瞬く。

「うんっ!おにいりおいしいよ!リウが作るのと同じ味だぁ」
「リュウイチ殿から教わったので、それはまあ。とはいえ美味しく出来たようで良かったですよ。異世界の料理は中々に興味深くて、色々な味のオニギリを作ってみたのですが……あ、シスちゃんそれ、ちょっと待っ」
「んぇ……っこのおにいり、甘いのに苦いニャ……!?んえぇ」
「あ〜、大人向けかなと思ったんですがやはり駄目でしたか。それは俺が食べるから、そちらをどうぞ。それなら大丈夫でしょう?」
「んん、……ん〜っ!!」

 頭から生えたふわふわの猫耳をしょんぼりと下げた少年だったが、新しいオニギリを頬張ると急速に笑顔を取り戻した。子供とはかくあるべしを体現したような子だ。素直で実に結構。
 調味料で甘辛く味をつけたゴマとオカカのオニギリは、恐らく彼が好むであろうと作った物だった。用意しておいてやはり正解だったようだと、嬉しそうに両の頬袋をぱんぱんに膨らませた彼を見て思う。猫は魚が好き。異界と共通項が多いのは興味深い。
 彼が一口食べたオニギリを受け取って、そのまま無造作に口へ放り込む。微かにほろ苦いフキの甘味噌ーー俺の世界だとポッセロ茎に香りが似ている。どちらかといえば嫌いではない味だ。

「俺の住む世界とそちらの世界、似たような素材があって興味深いですねぇ……それも世界を挟んだこの異空間に持ち込めるなんて」

 淡いランプの光の下で、大皿に盛られた山のようなオニギリを不思議な面持ちで眺めていれば、隣の少年が頬に米粒を幾つも付けて頷いた。……食事に夢中だと思っていたが、一応話は聞いているらしい。
 最近突然行き来できるようになったこの世界ーーgoghという領域で知り合ったこの猫又の少年と、今夜は保護者が迎えに来るまで夜更かしの予定だ。
 何やら事情があって遅くなるとのことで、予め彼の保護者たるリュウイチから食材一式も受け取ってオニギリも作った。
 陽が沈むにつれて保護者を恋しがるかと思われたシスちゃんだったが、予想に反して明るく元気いっぱいだ。これはリュウイチが思うよりもずっと自立精神は既に出来上がっているのかもしれないーー彼の男が知れば『しっ、シスちゃん……!?俺が居なくて淋しくないの!?淋しいって言ってくれシスちゃん……!!』と盛大な泣き言が聞けそうで、思わずニヤリと口元が笑んでしまう。……兄の友人だが、俺も嫌いではない人物だ。このネタで少し揶揄ってやろうなどと考えていれば、猫又の少年がオニギリの大皿をこちらに向けて寄せ置く。
 
「カロカロあんまり食べてないニャ?いっぱい食べなきゃだめだよ、お花のにーにが食べてなかったら怒ってやってくれ〜って言ってたニャ」
「はぁ、兄上がそんなことを?今の姿が幼いからといって、少し過保護ではありませんかね。ジギィみたいだな」
「リウもたまにカホゴかなーでもな〜って一人でブツブツ言うニャ。カホゴってなに?おいし?」
……どこの兄も似たようなものだということは分かりましたね。俺には美味しくはないですが、シスちゃんにはもう少し大人になるまで必要なものですね」
「そっかぁ〜!」

 大皿から一つ摘み上げて、ふむ、と三角に握られたソレを月光に照らす。
 我ながら良い造形だ。ノリという海藻で出来た紙を巻いても隙のない45度角。俵形とやらでは出せない美しさであろう。
 《造形に優れ合理的な食べ物ですね。実に素晴らしい》
 素早く簡単に熱量が取れて、何よりも片手で食べられる。
 カトラリーが必要ないという点だけでも夜国中に広めたい利点だ。時間を忘れて研究に没頭していたいが、生きている限りカロリーが必要。それが堪らなく面倒臭い。そんな我々魔導師には最も適した料理だろう。片手さえ空いていれば何とでもなるのだから。……シスちゃんは両手に一つずつ持って食べているが、それはまあ置いておいて。
 《あーあ……コメ粒まみれ》
 今度弟達にも沢山作ってやろう、と思うのと同時に、同じ毛布を被った今現在の可愛い『弟分』にそろりと顔を寄せる。

「もぎゅ……ニャ?カロカロ?」

 頭まで被っていた毛布が肩に落ちて、窓辺から差し込む淡い月明かりが互いの顔を照らす。
 自身より幾分も高い熱を感じさせる丸い頬へ、そっと唇を寄せてコメ粒を取れば少年はくすぐったそうに笑った。

「これ、知ってる!リウもよくぶちゅーっってやるニャ。可愛いからするんだって言ってた。仲良しのしるしだって〜」
「へぇ〜、別に普通の兄弟のスキンシップの筈なのに何だか言い訳がましくて犯罪くさあ、いえ、リュウイチ殿に随分と溺愛されているみたいですねぇ。まあ確かにシスちゃんは可愛らしいですが、今のはコメ粒を取っただけで深い意味はーーん?あ、こら、」
「僕もお返しするニャ。僕と仲良しニャ?仲良しニャ!!ん〜」
「ふはっ、あっははは!ザラザラ!!あなた舌も猫仕様なんですね!?あはっ、くすぐったい……!!こら、シスちゃん!俺の頬にコメ粒は付いてないんですよ、やめなさい。リュウイチ殿が泣きますよ!」
「んん?……なんだかカロカロのほっぺ、リウよりすごく冷たいニャ。ひょっとして寒い?」
「ああ、まあ、体質的な問題ですのでお気になさらず……あなたが温かいので、少し助かってますよ」
「ふ〜ん。……ニャア」
……!?」

 持っていたオニギリを全て口の中に押し込んだ彼は、何を考えたのかそのまま俺の肩口に頭を置いてもたれかかってきた。ギョッとして思わず後退しようとするものの、華奢で小柄な体格の割に強い力が逃さないといわんばかりに腕を掴んで離さない。
 《あーそうでした、ジギィもリシェも昔はこうでした。幼な子の行動は予測出来ませんねぇ……!》
 そのうちにモギュモギュという何やら気の抜ける咀嚼音が耳のすぐ側で響き始め、突然のことで身を硬くした俺の緊張を緩やかに解いていった。
 熱を発するのが得意ではないホムンクルス体にふんわりと温かな熱が伝わって、それを柔らかな毛布が逃さぬように包み込んでくれるーー愛らしい猫又の少年はキトンブルーの瞳を瞬かせると『リウも冬は僕でダンをとるよ。カロカロも僕がいるから寒くないニャ』と、掴んだ俺の腕をそのまま胸に抱き込んで笑った。……その手はオニギリのコメ粒まみれだった覚えがあるが、……忘れるとしよう。そうだ。それが良い。
 この部屋だって本まみれなのだ、たまには腕がコメ粒にまみれる日だってあるだろう。

…………温かいです」
「ん〜」
……シスちゃん」
「ニャ?」
「うちの子になりません?」
「リウがいっしょなら良いニャ〜」
「んふ、それは無理でしょうねえ」

 『うちのシスちゃんは!!絶対にあげません!!カロワイト君にはニーグラム殿が居るでしょう!!??』
 ……遠くであの保護者の叫び声が聞こえてくるようだ。
 毛布を手繰り寄せながら思わず吹き出せば、隣のいたいけな少年が不思議そうに尻尾を揺らす。その細い体を遠慮なく腕の中に抱き寄せて、今度は本当に頬へ『口付け』を落とせば、彼は『仲良しのしるしニャァ〜』と喉を鳴らしながら目を細めた。
 ……リュウイチが彼を溺愛する気持ちが、少し分かるかもしれない。

「ふぁあ……
「眠そうですねぇ。腹も膨れましたし、迎えが来るまで寝てしまいましょうか」
「んー。お花のにーにもくる?」
「はい。兄上もリュウイチ殿と少しこの世界を散歩してから来るそうですよ。はぁ、温かい……俺も少し眠くなってきたな……
「カロカロもねるにゃ……おににり、おきたらたべる……

 あれだけ食べたのにまだ食べるのか、と少しばかり吹き出して、残りは包んで持たせようかと算段する。ああ、フキの甘味噌だけは分けてリュウイチに持たせるべきか。彼ならばきっと食べるに違いない。
 毛布の中でゴロゴロと喉を鳴らしながら抱き締めてくる優しい熱を感じれば、まあ良いかと自身もゆっくりと思考を手放し始める。
 幸いこの世界には外敵がいない。

 古書と穏やかな月明かりと、静かな闇。身を包む優しい熱。

 奇妙に思っていたが悪くはないな、と何となしに思いながら、静謐な夜の空気にしずむ。