racmon
2025-08-20 20:56:50
1989文字
Public
 

T・T・M

ささろ
Talk Too Muchという曲をイメソンに書きました
ささろは一緒に住んでしばらく経ったら犬を飼うと、私個人はずっと思っています

 年季の入った磨りガラスからほのかな日光が流れ込む。駆け込んできた常連らしき客が「狐の嫁入りや」と額を拭った。窓に張り付いた水滴から外を覗くと、確かにおかしな空模様だ。いま自分が置かれている状況も相まって、妙な気分になってくる。間接照明の灯りが瞳孔に直接入り込み、まばたきが減る。冴えた頭にまったく必要のないコーヒーを口先だけで啜った。
「ダックス犬さ」
「おぉん」
 唐突に犬種を挙げられ、俺は反射で相槌を打った。向かいに座る盧笙の目も、いつもより見開かれている気がする。
「最近ようすれちがうて話したやん?」
「いつ外でてもおる言うてたやつ?」
「そう。あれ普通に2匹飼うてて、別個で散歩してただけやったわ。こないだ2匹一緒に見た」
「ああそうなん」
「おぉ」
 自分から始めたくせに、盧笙は特に話を広げるでもなく「どっちも茶色の短毛やから」と、微妙な言い訳をして、俺は「最近あんまり見ぃひんもんな」と的外れなフォローをする羽目になった。
「犬、犬な。盧笙は何犬が好きよ?」
 俺は行き当たりばったりなのも嫌いじゃなかった。しかしこの件に関しては事情が違う。それなのに、ゆっくり時間をかけるつもりが、一足飛びで着地しようとしていることに気づく。盧笙が犬種を答えたら、じゃあ一緒に飼うにはこんな家がいいね、と言わずにはいられない。もう喉元が震えて仕方ない。
「犬種にこだわりはないねん。そうやな、譲渡会とかに行って、決めたいな」
 そう真摯に答えた盧笙に俺は面食らってしまった。なんと犬を飼うことが決まっているかのような返答である。下心を読まれた気がした。思わずテーブルに乗り出す。
「いや、飼うかどうかの話してないよな」
 そう言って盧笙は大袈裟に口を塞いだ。落胆のSEが俺の背後で鳴る。
「ははっ。めっちゃ犬好きみたいやな、俺……
 ついには顔を覆ってしまったが、照れた声色は隠せていなかった。盧笙の様子に脳内で憶測が飛び交う。言葉の裏に別の意味を探す。期待が高まるにつれ、舌の回転が加速する。
「ええやん! 俺も保護犬の施設やったらロケで何回か行ったことあるわ! 大賛成やで!」
「あ、ああ! そうか!」
 以前までの盧笙の口なら「お前の賛否関係ないやろ」と返したはずだ。しかし、申し訳ないが、そうでなくなった理由に心当たりがありすぎる。かく言う俺の方も、商売道具のペラの様子が若干おかしい。
 原因はお互いの唇に記憶されてしまった感触である。同意の上でのそれだったはずなのに、離れた瞬間からいままでずっと落ち着きなく接している。悪い感じはない。むしろあと一言伝えるだけですべて上手くいくことは分かっていた。ただそれ以外がベラベラと、止まらない。
「連絡してみよか? ちょうどそこの人にも、誰か縁があったら紹介して欲しいて言われててん。まさか俺本人からくるとはおもてへん感じやったけどな!」
「実はな、ウチの学校にも動物の保護活動されてる先生がいてな」
「そうなん」
「ものすごい熱心で、いろんな話聞かせてくれはるねん。それこそ譲渡会にも誘ってくれたことあったし」
 盧笙の優しい微笑みに視界が緑がかる。
「あー、ほなその先生と──」
「また簓と休み合わせなな」
 盧笙は俺と一緒に訪問するつもりで話をしていた。直後に「いやなんでやねん」と己につっこんでいたが、「なんでやねんてことはないねんけど」とぶつぶつ言いながら襟足を掻いていた。俺は俺で嫉妬丸出しの発言をしかけていため、鏡写しのように同じ仕草を返した。
 天を仰ぎたくなる。これ以上喋り続けたくないと思ったのははじめてのことだった。
「俺ら日中は家あけがちになるけど散歩の時間は確保できるし──俺らってなんや」
「生活空間とは別にワンちゃん用のスペース作ったらええしな──ちょうどええ部屋見つかったら、や、まあ、それもたとえばの話であって」
 俺の方が明らかに前のめりだが、盧笙も首を傾げながら、話の中では住まいを共にしていた。いっそまた口を塞いでやった方がいい、お互いに。
「とにかく、迎えるにあたって準備とか、いろいろ調べなあかんと思うねん」
「そらそうや、ごもっとも」
「それも含めてまずちゃんと話聞いてみなな」
 耐えきれなくなった俺たちは同時に立ち上がった。
「おっ、宴もたけなわか」
 さっきの常連客が窓の外の快晴を見た。それを合図かのように一目散に店の外へ飛び出す。
「俺、施設の人に連絡してみる!」
「俺は職場の人に相談するわ!」
「ほな、また!」
 大股で去っていく盧笙の背中を振り返る。意気込みを感じて、自然と笑みが溢れた。核心に触れられずに消化不良かと思いきや、この時間も有意義に感じていた。
「まあ、喋りすぎやけどなあ……
 眩しいほどに青く晴れ渡り、虹さえかかる空を見上げた。